第一章 第三十二話 楽しみ
「ただいまぁ」
「あらお帰りなさい。大丈夫だった?」
「お前やつれてるぞ。何かあったな」
魔法の使い過ぎで少し休んでから家に帰ると、俺の席にだけ夕食がラップに包まれて並べられており二人は居間でくつろいでいた。
メニューはご飯と味噌汁、餃子とサラダにたけのこの煮物と和風も中華もあったもんじゃないけど、ウチではよくあるから気にしない。
「何かあったつーか、えーと」
「もう俺らは信じるぞ。洗いざらい話せ」
「話してごらん、何か出来るかもしれないよ」
言われてみればそうか、異世界を知ってるから小難しく話さなくとも良い。
そう気づいたので異世界に残した皆の為にパイロシープを拘束した事、その拘束に膨大な魔力を使用したからやつれてるるか、足りなくて代わりに何かを持っていかれたんだろうという推理と。
そして今回取った行動はサナとの約束を無視していた事全てを話した。
「うん成る程?」
「そんな事が。うん、うん?」
「お、おう。あれ?」
駄目だ分かってるけど確信持ててねえ!
いや当たり前か、異世界ある証明出来てもそこで起きた常識外な話をしたところで「そんな事があったのか」程度の理解しかできないよな、普通。信じて貰える分安心感が違うけど。
「パイロシープとやらを召喚したのは独り善がりだな。あの子一人でも倒せたんだろ?」
「あの時は恐れがあまり無かった、というか」
「ほおー。お前らしくもねぇな」
「俺もそう思う。怖気付く事も無かった」
あの時あったのは皆の危機に助力したい気持ちと、行動出来ずに終わる事への反逆心、そして本能的に燻る恐れ。
勿論一番は力になりたかったからなのだけど、気味が悪いのは恐怖心で思いとどまり色々考えるのに恐れを塗り潰されたように湧いてこなかった。
「ま、次無いよう反省しろ。但し後悔はすんな」
「そう、だね。今はそう思っておくよ」
「良し。んじゃやりことでも考えとけ」
「いや特別これといってないかも」
怪訝そうな視線を向けられても、本当にない。
思い返せば今日一日、魔法以外頭にあまり無かったし、大好きだったゲームも久々にやって新鮮味を感じるかと思ったら、何にも楽しく無かった。
「楽しみだった物が楽しめなくなっちまった。何でかは、わからないけど」
「んな深刻に考えずとも。聞く限りじゃより楽しみだったモノが見つかった、だけじゃねえか」
「より楽しみなモノ……?」
「あっちでの生活思い返してみろ」
あっちの世界かあ。
サナがやらかし召喚士と気付いたけどそれを飲み下して、冒険家デビューと思ったらやたら手続きが難航し挙句悪夢を見て、正行を誘ったら今度魔物倒す事になったけどどうにか倒せたんだよ。
それからえっと、そう。やっと冒険出来るかと思ったら、堕ちてきた天使と頭打って入院からの冒険お預け、やっと退院したと思ったら雑用こなして元の世界へとんぼ返り……あれ。
「物凄い不完全燃焼で終わってる」
「じゃあ完全に燃やすべきだろ?」
「確かに異世界での生活は楽しかった、けど」
「その辺はお前の裁量だろ。好きにやれば良い」
好きにやれば良い。
素気無い言い方ではあるけれど、異世界に行くのも俺がそうしたいと言いだして、世間体だって元の世界に戻れるように俺が頼んだ事。自分の立場になってみれば、父さんと同じ言葉を返したと思う。
「じゃあ明日一日過ごしたらあっちに行くよ」
「そうかわかった。明日分の仕事出しとくよう成海に言っておく。終わったら行ってこい」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
翌日何でもない一日を過ごし、サナに頼んで補充した道具やリュックを持って異世界に飛んだ。
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「よっ、よお。二日ぶり!」
「おかえりタクマ。今回はありがとね」
「すっ、好きでやった事だしな! 改めてこっちこそ勝手に動いてごめんな」
良かった、まだ怒ってるかもと思ってたけど違うみたいだ。
でもギクシャク感がまだ拭えない。あと一歩踏み込めなくて焦れったい。
「けっ、いつまでもんな事で気にすんな」
「どういう意味だ? 正行」
「本人が気にしないって言ってたからな」
しれっと暴露され、横で当人は仕方無い人を見るように微笑む。
深く考えすぎてたのは俺だけだったらしく、何となくこっ恥ずかしい。話を変えてしまおうか。
「んで、やって欲しい事って何だよ?」
「パーティー申請だよ。事情に関しては」
「まあとにかく書きゃ良いんだよ、書けば」
「こら待ちたまえちゃんと話さないとだな……」
「えーとまあうん、書かせてもらうよ」
なぜか焦る正行にそう促され、渡された紙にある皆の名前が書かれた欄の一番上に異世界の文字で名前を書いておく。
しかしパーティー申請ってパーティーの意味がゲームでよく見る奴だったら、ここに居る四人でチーム組むって意味のはずで書類的に考えたらかなり……。まあ考えないでおくか。
「ああ何の説明も無しに書いて……。急いでいるのは間違いから良いのだけれど」
「今日は皆そわそわしてるもんな。何でだ?」
「実際に見てもらうのが手取りばいいだろう」
フェルンは手を一杯に広げた大きさの羊皮紙を机に広げて、書かれたバツ印を指差して続けた。
「これは有り体に言うと地図だ」
「うん見ればわかるよ」
くたびれてはいるが、地形や目立つ樹木や岩等特徴的な物を記号化して記してあるのがわかる。
また北の方角に城壁が描かれている事から察するに、この街から出てそう遠くない場所を示しているようだ。
「んでこの古びた地図がなんだ?」
「行けばわかる、というより行かないとわからないんじゃないかな」
そう小首を傾げて、サナは何処か強制力を感じる笑みを向けてきた。
ああ、うん。多分理解不能な物が待ち受けていて、説明するだけ無駄で断っても連れてかれる奴だこれ。
「わかった。んじゃさっさと行こう」
「踏ん切りが早くて助かるよ。じゃあ行くよ」
多分おんぶするなりした方が早いから、またお荷物みたいに運ばれるんだろうなあ。
まあ全く役得がないといえば、柔らかな身体を堪能出来るから嘘になる。正直ちょっと嬉しいし。
「アノマリー・クイック!」
「おー早いはやーい……あれこう来ちゃう?」
運ばれるのはわかってたけど、担いじゃうのか、というか俺六十キロあるけど、魔法の補正無しに担ぐとは驚きだ。
もう抵抗するだけ無駄だし、川の流れようにレンガの街並み、噴水広場、農村、門の前から草原と色とりどりに変わりゆく景色を眺めてようかねえ。
「ちぃ!」
「お、お、おおお、とと、と!?」
呑気にしてたら急に止まってつんのめり、落ちかけた所を支えられてから降ろされた。
この平原でこうも急に、という事は魔物の襲撃だろうと思って周りを見ると。
〈ンメメッ〉
〈メメッ、メメメ……〉
〈メェッ、メッ、メメッ〉
〈メェェェ、エ、エェェェ〉
前後左右ぐるりと見渡す限りのホーンシープ。
草の緑色すら目に入らず、本来大人しいはずなのに殺気マシマシで今にも襲われそうだ。
「この数は危険だぞ……!」
多勢に無勢、サナが一騎当千だろうと人間。
パイロシープのような事態が起きないとは限らない以上、ここは引き返し様子を見てもう一度ここに来ればいいだけだから、焦る必要はない。
「じゃま!」
と口にしようとした時目に入ったのは細切れになって霧散する肉片と、剥き出しの地面だった。




