第一章 第二十九話 火中の栗は拾えない
「なんだろう……これは」
また暗転した画面。
けど、前と違う感じがする。
言葉にはしにくいが、何か居る……?
「ん、くっ、ぃよっと」
うわぁっ!
手が、手がぁ!
画面から手が出てくるなんてホラー映画じゃあるまいし、どうしてしまったんだ俺のパソコンは。それにこいつ十万は軽くしたんだぞ。母さん泣いちまうだろぉ!
「い、よいしょ……」
「げっ、ああ……? うええっ?」
と思ってたらサナが出てきた!?
じゃあさっきの手はつまりそういう事?
いやそれよりも——
「おっ、おい。大丈夫か、おい!」
「かはっ。た、く……ま……」
腹に流血の痕……。
服で隠れてこそいるけど、その下の惨状は想像に難くない。見れば髪も青く染まってる点から察するに、回復と移動で手一杯だったという所か。
「ち、ちょと……。こはっ」
「お、おう。どうした、何が、何がしたい?」
よろよろこちらに這いずってくるのを見て、こっちも気が気じゃない。
ただ、こんなに負傷が酷いと喋らせることすら憚れるから、サナの意図がわからないんだよな……。もう任せてしまうべきか。
「だ、こふっ。か、ううっ……」
「無理して喋らないでいい……。今は好きにしていいから、サナの身体が心配だよ……」
そう告げると。
血の香りの後に。
力無い腕が背中に回され。
生気が薄い少し冷たい身体が当てられ。
「ちょっと、だけ……だから」
「えと、なんで?」
抱擁されている。
好きにしろ、とは言ったけど今はスキンシップを取っている場合じゃないだろうに、何でこんな。
「グレイト・ヒール……」
「おい何をっ!」
なんて頭の中で困ったのもつかの間。
いつもの詠唱無しに、名称だけで魔法が発動してまだ血がじくじくと滲み出ている腹の辺りに白い光をゆっくりと包んで行く。
「ふう、大分よくなった、かな」
「こうして見ると、魔法は凄えよって思うよ」
「それは褒めてるの、貶してるの?」
「ははっ、もちろん褒めてるよ」
光が収まると、血の滲みこそ残ったものの息が整い腹の辺りから滲んでいた血が止まっていた。
さっき見た怪物にやられたのだろうけど、それをこうも早く治してしまうとは。ちょっと呆れてしまうぐらい凄い。
「んで、どうして抱きついたのか聞いても?」
「あっ、それ聞くんだね……」
そりゃ気になるから。
そこそこ親しくなった自覚はあるけど、あんな血塗れの状態で理由もなく抱きついてくるおかしいし、性格上理由もなくというのは無さそうだからどうしてかは聞いておきたい。
「理由は交わした契約、魔力の送り方を利用したかったから、かな」
「俺の体に常時魔力が流れてくるんだよな」
「うん。それ実は一定の距離を離れるまでは近い程より多く送れるって性質があるの。ただ——」
目線で俺の髪を指される。
特に何かこれといった変化は。
「あれっ、髪の毛が」
「そうなっちゃうからやりたくないんだよね」
前髪の毛先が青くなっている。
確か魔力の影響で髪は色が変わるはず。
しかし、さっき魔法を使ったのはサナだから。
「俺に漏れた魔力を肩代わりさせたのか」
「当たり。多分そろそろ負荷が」
なんだそれ、と口に出しかけ。
身体がずっしりと重くなった。
まるで高熱を出した時の症状だ。
今は家の中で危険がないからいいけど、戦闘中は使いたくないな……。
「魔法を使えば魔力が抜けて楽になるよ。後、本題に入っていいかな?」
「お、おう。構わないよ」
感情を殺した表情をしたサナに気圧され、頷くしかない。
けどさっきから何処か焦ってるし、状況的に言いたい事には察しがつく。
「簡単に言うと、私達はさっきの魔物ののせいで全滅しかけたの」
「思った以上に追い込まれたな……!?」
「出会い頭に一刺しにされるとは思わなかったよ。視界が曖昧だったから詳しくはわからないけど、皆倒れていくのは見えたわ」
魔物なのになんて賢い奴だ。
というか魔物だったのな、あの怪物。
いやいや感心してる場合じゃない。そうなるとフェルンや正行は……。
「その顔、言わなくてもわかっちゃう。皆ちゃんと無事だから安心して」
「ほん、とだ。ああ良かったぁ」
言葉と共に展開されたヴィジョンの魔法には、サナの部屋のベッドで眠る正行とフェルンが。
ここに来るまでにした事は、先ず自分を治して二人を治療した後自室に魔法で飛び、ベッドに寝かせて休んでもらい、そこで限界が来てさっきの緊急連絡を飛ばしたという所か。
「やられた事は大体わかった。けど多分、回復だけが理由じゃないよな」
この後の展開を考えれば、回復しただけで問題は終わらない。
本当に困るのはあの魔物の処置だ。倒せないと、サナがこれでは普通の冒険者がどうなってしまうかわかったもんじゃない。
「そうだね。ここ数日で今回みたいなのが何度かあるからっていうお話をしようかなって」
「おいおい、まさかそれは!」
理解が出来ず、首を傾げた。
いや納得ができない。
だって今回みたいなのって。
「そんな顔されても。私は国一番の水魔法の使い手なんだよ? それがあんなの出てきて何もせずに済む訳無いのよ」
「言ってる事は、わかるよ。けどさ」
「けど、何かな」
言葉が詰まった。
昨日自分でこの先きっと傷つくものだと言った手前、傷ついて欲しく無いとは言えない。おまけにこれは、化け物と貶されてきた汚名を返上できるチャンスかもしれない。
「……それにあの魔物はもしかしたら、魔王が関わってるかもしれないの」
止めるか止めないかで迷っている間に入ったパワーワードに、口を噤む。
サナの目つきが前にテウメスを見た時と同じ風になっているからだ。これはちゃんと聞いて欲しいだろうし、確信を持っている事なのだろう。
「あの魔物元々は、ゴーストシープというホーンシープの怨念が亡骸を動かしてる魔物なの」
「その話ぶりだとアイツは改造された……?」
「改造だけでなく、強化もされてると思う。宣戦布告のつもりなのかしら」
何を想うのか、遠い目をしたサナはこちらに向き直って続けた。
「何にせよもう帰らなきゃ。あなたはここで待っててくれればいいの」
「っ。あーっ……と」
いつもの転移の魔法の詠唱が始まる中、作戦に文句の付け所が無いのに気付いた。
サナが攻撃をして、限界が来たら安全なこの世界で待機している俺で魔力を吸い上げて再度攻撃、これを繰り返す。もし傷を負っても俺さえここに居れば、回復魔法の使用コストは踏み倒せる。
「完璧なんだよなぁ……」
攻撃方法から保険まで。
しれっとやっているけど、俺や自分の性質をフルに活かした素晴らしいプランだ。今までドジ踏んでるのを心の中でからかっていたのを撤回したい。
「じゃ、私もう帰るねー。あ、お仕事頑張って!」
「ああっ、お、おい」
最後に何か一つ言葉を。
そう思った頃には求めた姿はなかった。
俺は行ったところで戦闘経験が少なくて危険だし、そもまた異世界に行っては戻ってきた意味が無いから、ここに居るのが正解だ。
「俺に出来る事、か」
あの日言われた、側にいてくれるだけでいいの言葉は確かに偽りは無かった。
それでも何もしないのは願った事じゃない。なのに俺は戦力になれない。
「ん、これは……?」
なんて考えていた時、趣味でやっているプラモの道具であるデザインナイフの替刃が目に入った。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
「これ、使えるんじゃないかな」
デザインナイフ。
ペンのように握れ、刃先が鋭い為細かい作業に適したナイフだ。プラモ作りでの用途は、ランナーから切り出した際に付いてくる痕を削り、処理する為に使う。そして今目に入った替刃は刃が悪くなったりした時に交換するもの。
「数も多いし、良いんじゃないか」
しかし今思い付いたのは本来の用途ではなく、攻撃の使い方。
当たり前だけども、ナイフだから指を滑らせて切ってしまえば出血する。だから例えば魔法で浮かべて撃ち込めば、牽制位にはならないだろうか。丁度替刃は大学ノートサイズの袋一杯に詰めてある。
「他にもあるじゃないか……!」
ニッパー、先の鋭いヤスリ、ピンバイス。
プラモだけでもこれだ。ニッパーとヤスリ、ピンバイスはナイフよろしく撃ち込めば良い。
どうして包丁と鎌しか持って行かなかったのだろう。無論正規の武器には敵わないけれども、魔法のある世界だから如何様にもなるのに。
「まだまだある、少しずつ探そう。今は出来る事を尽くすんだ」
そんな事に気付き部屋を漁っていたら、居間の方から母さんがお昼を食べるように言ってきた。
とにかく焦れったかったので、さっさと掻き込んで部屋に戻り、規定量の仕事の終わりを目指しながら武器を探した。




