序章 第四話 聞いておきたい事
また遅刻してしまいました……
うーん、気をつけないと。
それから今回は結構説明が入ります。
冷たい。
寄りかかる建物も、触れる空気も、立っている地面も、着ている服も、ひとまわり大きな靴も、何もかもが冷たい。
「ううっ……」
「冗談としか思えねえよ、さっきまで大火事起こしてた場所だったんだぞ?」
なんていう愚痴と悪態を付いても肩に寄りかかって荒い呼吸を繰り返す、この少女には届かないだろうが。さっきとっさに目を瞑った一瞬の間に表現のし難い水の暴力が振るわれ文字通り人家を燃やす火を全て消し去った。
それすらも驚愕だがこの今は服が濡れその華奢な身体の線がわかる少女がやったのだ。さらに水分で服にぴっちりと服がくっついた事で発覚したが……。
細い身体とは不釣り合いに胸が大きい。さらに頬を上気させ身体が熱くなっていて触れれば熱く嗅げば甘い匂いのする吐息を吐いており、どうしようもなく蠱惑的。
この状況下だ、男では色々我慢できるはずも——
「ちげえわ、俺のバカぁ! 目を開けたらびしょ濡れで倒れてて助けようにもよろしくない方向に意識が行くのを抑制してんのにそっちを賞賛してどうする!」
自分で自分の頬を殴りつけて消えかけた理性を取り戻した。結構危ない所だったぜ。
さて、あんな風に別のことを意識しないと勝手に視線が行くほど官能的な見た目になってしまったサナだがどうしようか……。いくら目のやり場に困るからと言って吹きさらしの道中において行くのも無理だし、辺りにある人家は灯がまだあるものはないから頼れない。
「しかも理由はわからないけど髪の色まで変わっとるもんな。見つけた時別人かと思ったわ」
先程まで白く青い毛先のをしていたが今のサナは完全に青い毛色をしていて、そっくりなだけで別人と言われたら頷いてしまうかもしれないくらい豹変した。
ただ、目をつぶっている瞬間にそっくりな人間とサナが入れ替わるなんて無いだろと別人説を速攻で取り下げサナの家に引き返そう、としたのだが。
「俺ホント馬鹿だよなぁ……。来た道も引き返せないなんてさ」
途中で複雑な路地のせいで道に迷ってしまい、動けずにいる。出来ている事といえばせめて寒くならないようにと濡れた服を絞って、できる限り水分を無くしてから毛布代わりにかけてやったり支えがなくては倒れるサナの身体に肩を貸して支えるくらい。
……まあ個人的に一番困るのは服をかけても俺からはあられもないサナの姿が見えてしまうことで、相手の隙に漬け込んでいるから背徳感と良心の呵責が凄い。
「ん……。あれ、ここは?」
「ああ、サナ、目を覚ましたんだな!……よかったぁ」
「ちょっと石を触らせて……」
「ペンダントか?」
「うん……はあっ……全力で魔法を使ったから凄く怠くて……」
「さっき言ってたぬるま湯が流れてくる感じのやつか?」
「それ、だね……ふうっ……やるから……ちょっとだけじっとしてて……」
息も絶え絶えの中、細い腕を伸ばしてペンダントを握る。いや握るというより触るのが正しいかもしれない、握力がほとんど残ってないから。
そういえばさっきの言い方だと自動的に俺の方に流れてくるものだと思ってたけど手動なんだな……
「んんっ……?」
なんて考えていると
腕の中に丁度点滴等に使うチューブのような何かが入り込む感覚がした。
どこからかはわからない。
しかし、痛くはなく少しくすぐったいだけの不思議な感覚が腕に現れた。
「おおうっ……!」
そんな不可思議な感覚に耐えていたら今度はチューブの先から腕へ人肌くらいの温度をした液体が絶えず入ってくるうようになった。
異物感があり気持ち悪いから長時間されるのはいただけないものだな、これ。
「はあっ。だいぶ落ち着いたぁ。ありがとうタクマ」
「おぅ、こっちは結構疲れ……っておま、髪の色がまた変わってるぞ!? どういう事だ!」
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「あー……これは魔力の色でこうなってるの。魔力はこの世界にある、あらゆるものに宿り、あらゆるものに成れる凄いエネルギーね」
「ほー……んでさっきのを見た感じ魔法っていうのが魔力というエネルギーを変換する感じ、なのか?」
「そうね、そして私は魔力が水に近いから水に染まった魔力の色に影響されて髪の色が青くなるって事なの」
髪色は魔力のせいだったのか。あらゆるものに宿るならサナの髪の毛に宿ってもおかしくないのかもしれない。
これで髪色については解決……じゃない、髪色が変化するのはわかったけど何で時と場合によって青だったり白だったりツートンなんだよっ!
「髪色が変化する事については理解したけどさ、色合いに差が出るのはなんで?」
「そうねえ、ちょっと突っ込んだ話になるけどテナっていう魔力を持つものなら必ずある入れ物があるの」
「魔力の入れ物、かあ。箱とかいい例えある?」
「入れ物がバケツ、魔力は注がれる水と思えばわかりやすいはずよ」
「よっしゃわかった」
頭の中に蛇口から出てくる水と入れ物であるバケツを描いておくとしよう。
「魔法を使うと魔力が減って使った分の魔力を体は食べたり、空気を吸ったり自然な治癒で回復するはずなのだけど私はその回復に問題があるの」
「ほうほう……」
減った分の魔力という水をテナというバケツに注ぐわけか。その方法が自然治癒と食事、呼吸と。
「魔法を使った時に足りない分だけ回復すれば良いものを私の場合必要以上に、しかも凄く早く注いでしまってそれが溢れてしまうって感じ、ね」
「あー、なるほどな」
減った分だけの水を入れればいいのに減った以上に注ぐから溢れてしまうって事か。しかも注ぐスピードも早いから減る速さを上げても無駄、か。手詰まりだな。
つまり、魔法を使ったからと言っていたのを見ると先刻の体調不良もこの過剰に回復する魔力が原因だろう。
むっ、いや待てよ。
もし体調不良が、髪色の変化が、魔力の過剰回復が体質か病気でいつも苦しんでるなら?
治そうとするはずだ。
そして何故か不明な召喚理由。
もう言わずとも明らかだ。
とりあえずこの推理は多分合ってると見ていいだろう。
俺としてはそれよりも、サナが火事を起こしてしまった責任をああも必死に贖おうとするかと、なぜ他人を顧みず行動するかが知りたいけど手がかりがなあ。
それにこれ踏み込んでいい領域なのか怪しいところだな。もしかしたらサナにとって聞かれたくない部分なのかもしれないし本人の説明からして確定的とはいえまだ完全にはいと言われたわけでもない。
よしとりあえずはそこを聞いて、他はその後で。
「あー、サナ? 魔力が溢れて髪色が変わったり体調不良を起こすのって病気か体質なのか?」
「そうよ、迷惑な話よねぇ」
相槌を打ち、肯定された。
これで不確定要素は消えたから後は尋ねるだけだ。
「そうなのか、じゃあもう一ついいか?」
「うん、なあに?」
「俺を召喚した理由はひょっとして溢れる魔力を移す為か?」
会話に空白ができる。
あくまで推測の域を出ないのと、サナが行使した魔法を思い出し短気を起こさないかと、変な汗がじっとりと背中を濡らして行っている。
「……もしそうだとしたら?」
「何をしようってわけじゃないよ。単なる確認だ、今の話で勘付いたってだけ」
「そう。なら答えは、はいよ」
「ありがと、答えてくれて」
やはりサナは召喚の理由に関することは聞かれたがらないようで聞いた後の雰囲気が一気に剣呑なものになった。
しかしそれと先の人を顧みず自分の願いだけを他人に叶えてもらおうとする態度からして。
まさか——
「もしかして……サナってあんまり人と接した経験なかったりしない?」
そう剣呑な雰囲気を放つ横顔に問いかけた瞬間、勢いに任せた平手打ちが視界に入ってきていた。