第一章 第二十七話 約束を果たしに
「お邪魔しまーす!」
「あらタクマ君達、お帰りなさい!」
ドアをノックすると、笑顔を浮かべるフィーネさんが出迎えてくれた。
今こうして戻ってきたのはお昼休憩が主なのと、今日この後の話し合いだ。
「まあとりあえず入って。お水でも出すから」
「はーい。失礼します」
家の中に上がるよう勧められ、居間で皆座って落ち着いた。
まだ少し慣れ感じはするが、段々ここが帰る場所なんだなあ、と最近思えるようになってきた。
「はい皆、お水どうぞー」
「ありがとうございます」
木製のお盆に置かれた、木製のコップに入った水が運ばれてきた。各々勝手にコップを手に取り、皆一気に呷る。疲れているのか、美味しそうだ。
「ところでタクマ君」
「はい、なんでしょ?」
「あの子は……何?」
そんな割と日常的なシーンの中、台所のフィーネさんがひそひそとフェルンについて聞いてきた。
そういえば、あいつについてもお願いしなきゃならんな。何せ行き場がないし。
「彼女はフェルン・セラフィム。新しく僕らの中身に入ったんですよ」
「あらそう。ところでもしかして、とは思うのだけど……あの子もそうなの?」
「あははは……。お願いできますかね?」
笑って誤魔化す俺に、頬を膨らませた。
まあ正行もなし崩しで面倒見てもらっちゃってるから、怒るのも無理はない。それでも帰る場所が無い以上、甘えるしかないのだが。
「全く。色々手伝ってもらうわよ?」
「という事は?」
「あの子が最後。それ以上は知りません!」
「ありがとうございます!」
つん、とそっぽを向くフィーネさんに深く頭を下げた。
良かった、これである意味一番困る事が解決された。ホッとしたよ。
「しかし……あのカボボは凄かったよな」
「今日のクエストの話か。確かにアレはなあ」
台所から居間に戻ると、皆がクエストで出てきた馬鹿でかいカボボの話を振り返っていた。
石みたく硬い、人間並みにデカイと俺たちの世界で言うカボチャとは思えないシロモノだった。魔力はやっぱり凄いと思う。
「あの大きさは、見たことがないかなあ」
「突然変異とはいえ、硬さと大きさどちらも伴うとは中々珍しい……」
「まあ珍しく無い方が不思議だよな。にしても」
そう含みを付けると、皆こちらを向いてきた。
あのデカいカボボ、それとサナを助けるまでの過程、そしてこれからあるであろう出来事。
「これから先色んな冒険をするんだろうな……」
「そう思うよ。森、洞窟や遺跡……。色んな所へ行く事になるんじゃないかな」
「夢幻迷宮にもいつかは行きたい所だね。特色のある武器や、宝。冒険者にとっては夢の場所さ」
「まっ、俺は食いっぱぐれなきゃいい!」
約一名を除き、呟きにそんな夢ある言葉を返してくれた。
サナの言う所は現実世界でも行った経験が無いし、フェルンのは聞いた事すらない。これから先、そんな未知の探求が待っていると考えると、ワクワクしてくる。
「けど、その前に片付けなならん事もしねえとな」
「確かにな。片付けなきゃいけない事かぁ」
堅実な事を言われ、頭が少し冷え、冴えてきた。
やらなきゃいけない事。魔王を倒す、その前に魔物を倒せるようになる。それからせっかく元の世界に戻れるんだから——
「あっ」
「どうしたのタクマ、急に真っ青になって」
どうしよ。
元の世界……そうだ。
俺、建前上帰らないといかんな。
あーまずい。頭真っ白になってきた……!
「突然でごめん。俺さ、ちょっと帰らないと不味いの思い出したわ」
「お、おい待つんだ! 落ち着こう、一度深く息を吸って吐けば落ち着くはずだ!」
立ち上がったのを、フェルンが慌てて服の袖を引いて止めた。それをきっかけに、頭が動いてきた。
そうだ、確かにそうだ。帰る以前に、どういう理由で帰らなければならないのかを話さないと、皆困ってしまうのは道理だよな。
「すぅ、はぁ……。俺は、今現在、元の世界では家で出来る仕事で篭っているていう建前なんだよ」
「前も聞いたな。それがどうしたんだよ」
「ああ。家を空けている時間が長くなってきたから、さ。一旦帰らないと、世間の目が怖い」
まだ少したどたどしくも、頭の中で要点を整理しながら理由を話す。
確かに在宅勤務は、家にずっと居て働くものだから人目に触れないものの、かといってプライベート含め、全く外に顔を出さないのもまた不自然だ。
「だからたまに帰らないと、近所の人とかに何かあったのか、と思われるかもってわけだ」
「ああ、一週間位篭っているならまだしもだがよ、二週間とか三週間……一ヶ月となると、なあ?」
頷く正行に、こちらも頷く。
今戻ろうと思い立ったのは、早めに戻って予防しておくのと、単純に異世界生活が濃すぎて忘れていたから。そして両親に心配をかけたくないから。
「ふむ。聞いていて経緯は納得したよ。キミは戻らないとならない状況にあるようだ」
「そうだろ。じゃあ早速で悪いけど」
元の世界に帰してほしい。
と言おうとした口は、唇に指を触れられ、音を出せなくなる。
「但しだ。帰れるようになったら一刻も早く連絡を入れる事。いいね?」
「あっ……。そう、だよな」
フェルンの視線の先には、飼い主を見送る犬のように寂しそうにするサナの姿があった。
これまで過ごして、確かに仲良くなった自覚はあったけどそこまで落ち込まれると、罪悪感が強い。
「ごめんな、なるべく早く帰ってくるから」
「ちょっと寂しいけど、大丈夫。待ってるからね」
そう気丈に振る舞って見せ、杖を構えると青白い光と共に詠唱が進んでいく。
なるべく早く帰ってこよう。サナに寂しい想いはさせたくない。
「んむ、むぅ……」
ああ来た来た。
もう眠気に身を任せれば元の世界、で……。
いやでも、何か大事な事、を……。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
「あ、ぅううぅ」
意識と視界がゆっくりと覚醒する。
知ってる門と、馴染みのある家がすぐ側にある。
「家の、前か……」
自分の声に異常はない。
耳は聞こえるし、肌にあたる風がわかる。おまけで舌が唾で濡れているのもわかる。
「体に異常は無さそうだ」
うん、体に異常はない。
しかし周囲、具体的には時間がかなり不味い時間だ。これは不味い。
「よりにもよって深夜かよ」
やっちまった。
空はとうに暗く、自分の家含め灯は皆消え、人気は全く無い。さっきの違和感は異世界に行って久しかったから、こちらの世界での時間がわからなかったからか。
「困ったな、これじゃ不審者だ」
玄関のドアの前まで来たは良いものの、家に入る策がないな。
この世界でも魔法は使えるが、解錠の魔法なんて便利なものは未習得だ。どうしたものか。
「けどあっちに連絡する事は出来たよな。じゃあ詰みではないか……?」
ついさっき、帰れるようになったら連絡するよう言われたばかりだったな。
まあこれだけ早ければぬか喜びさせる事はないはずだ。下手にトラブルを起こすよりはマシだし、ちゃちゃっと解決して——
『呼んだ? 今私を必要とした?』
「ふぁっ!?」
ええっ。
心の中で呼んだだけで出てくるってどうなってんだ? 実際必要としたから呼ぶ手間は省けたけど、こうも対応が良いとむしろ引く。
「色々突っ込みたい所はあるけどいいや。見ての通り深夜に来ちまった。何とかなるか?」
『はいはい、ご両親を何とかすれば良いんだよねー。ちょっと待っててねー』
そう言って、通信が切られた。
あ、何とかしてくれと言っただけで方法は指定してないけど大丈夫かな。
『ぎゃっ!』
『うぉぉおっ!?』
あっ、大丈夫じゃなかった。
悲鳴から察するに不条理な起こし方をされたんだろうな。家から凄いドタバタした音がしてる……。驚かしてごめんな母さん、父さん。
「はー、はあぁー……っ、本当に帰って来た」
「おはよ二人共。こんな深夜にごめん」
「そこまで気にしてないわ。とにかく早く入りなさいな、拓真」
暫くして、ゾンビよろしく真っ青な顔をした父さんと母さんが出てきた。
まあ母さんの言う通り家に上がろう。この時間に長く外に居ては、何を思われるかわからない。
「存外早く帰ってきたな、拓真」
「一週間家に居ない在宅勤務はおかしいからね」
「違えねえな」
玄関から居間へ行く中、そんな会話を交わす。深夜だから当たり前だけど二人共眠そうだ。
「私達はもう寝るから、拓真も早く寝るのよ?」
「そうしたいんだけど、あっちがさっきまで昼だったから全く眠たくない。時差ボケが出ちまってるみたいでさ」
時計の針はもう一を示しているのに、眠気は感じられない。
異世界初日はサナの色気で寝付けなかったとばかり思っていたけれど、昼夜逆転して眠れないのは当たり前だよな。
「そう……。けどどうするの?」
「まあ眠くなるまで起きてるよ。二人は寝てて」
「そうか、じゃあ寝るぞ江美」
二人が寝室へ姿を消し、居間の灯が消されて人気が無くなる。
さて向こうで昼飯を食い損ねたから何か食べておこう。とりあえず台所の棚から探すか。
「これで良いか……」
台所の灯を付けて棚を漁り、インスタントのラーメンを見つけた。
当然引きこもりゲームオタクだった俺に料理スキルなんて無いからこれ一択。
「鍋はこれにすっか」
銀色で柄が木製の鍋を手に取る。
蛇口を捻って水を出す……必要はないか。
「この身体に宿る魔力よ、その姿と形を水へと変えよ、ウォーター」
棒読みで詠唱すると、手に現れた魔法陣から水が出てきた。
それを鍋に入れて、IHコンロで熱して沸騰するまで待つ。
「ふむ……」
沸騰するまで暇だから居間に置いてあったスマホ手に取った。
もう頻繁にこの世界には来れないから、ゲームをする事は少ないけど、調べたい事はある。
「全国連続神隠し事件、どう、なったかな……」
自分は黒幕のパートナーであるから、この件について知る責任ある。
そう言い聞かせつつも震える指で「検索」のボタンを押した。




