第一章 第二十一話 お大事に
コンコン。
白いドアを人差し指を曲げ、二度ノックする。
すると、ヒリングさんの声が帰ってきた。
「タクマさんですか。どうぞー」
「はい、失礼します」
ドアを横に開き、中へ入った。
ざっと部屋を見ると、椅子に座ったヒリングさんを中心に、右にベッドが幾つか、後ろに助手の女性が二人。机もベッドの反対にある。
そして最も目を引くのは、助手のさらに後ろにある見知った装置。
「フェルン、アレは……?」
「全身の調子を診る機械だね。検査の時に肌がちょっとピリピリするよ」
「へえ。そんな便利な物があるのかぁ」
全身の調子を診る、か。
ドーナツ状の装置と、その手前にあるベッド。機能的にも形的にも人間ドックに酷似しているな。これも元の世界の知識からの産物だろうか。
「どうしましたか、タクマさん」
「おおっと、すいませんね」
手の仕草で着席を促され、座る。
じっと人間ドックもどきを見つめるのは、ちょっと不自然な動きだったかもしれない。
「では、検査です。先ずは体の魔力を診るのでジッとしていて下さいね」
「はい、わかりました。大人しくしてます」
そう言って机の上にあった赤みを帯びたレンズのメガネをかけた。
ところで身体の魔力といえば、今さっき半分は暴走してお庭の芝生のご飯になっていたような……。
「な、なんだこれは……。身体の魔力が半分以上が消えてるじゃないか! どういう事です!?」
うわ、凄い剣幕……。
この感じから察するに魔力の使い過ぎは体に良くないみたいだなあ。ここまで来る道中やたらとフェルンが苦い顔してたのもそういう事か。
「すいません、ここに来るちょっと前に練習で魔法が暴走しまして」
「暴走? 魔法がですよね。魔法の暴走なんて完全な初心者ぐらいしか聞いた事しか……」
「いやあの……。お恥ずかしいんですが」
言い淀む俺に「まさか」と漏らすヒリングさんを見て、認めるのはちょっと悔しいが、頷く。
これは治療だ。恥ずかしがって隠したせいで、痛い目に遭うよりはずっとマシだろう。
「はあー……。正直、驚きました。タクマさんの魔力は誰が見たって熟練者のものですから」
「この魔力、サナのなんですよ。確か彼女は国一番の水魔法の使い手だとか」
「ええ、問題児でもありますがね。彼女の魔力なら納得ですよ」
ヒリングさんはそう言いながら、引き出しから取り出した小さな羊皮紙の束の一枚にササッと何かを書いて、再びしまった。
この世界でのメモ用紙かな……。あ、ヒリング居ずまいを直したな。聞く姿勢に入らないと。
「異常事態でそれてしまいましたが、本題に入りましょうか。先ずあちらの装置に入って下さい」
「あの輪っかのある奴ですね」
例の人間ドックもどきに移動するよう促されたので、言われた通り移動する。
テレビで見た記憶だと、ベッドがスライドしてこの輪っかの中をくぐっていったよな、確か。
「この装置では魔法を用い、身体に魔力を通してその部分を映像として写します」
そう確認事項を述べ、装置にあるスイッチに手を伸ばしながらヒリングさんは続ける。
「お連れ様が仰る通り、肌がピリピリする感覚しますが、異常ではありません。また、検査中異常がありましたらすぐ言ってくださいね」
「わかりました!」
「では寝台に横になって目を瞑って下さい」
指示通り寝台に横になって目を瞑る。
視界が暗転し、目の情報が消えた。わかるのは機械の動作音と自分や他の人の吐息、匂いといった視覚以外の情報のみ。
「検査開始しますー」
声と共にスイッチが押された音がした。
装置や機械といえば、ギルドで嫌な目にあったな。今回は何もないといいんだけど。
「なんて考えてるとロクな目に遭わないんだろうけどな……」
そんな取り留めのない事を考えつつ、検査の終わりを待った。
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「お疲れ様でした。本日はこれで終わりです」
入った方とは反対にある出口から出てきた所をヒリングさんに迎えられた。
今回は悪夢や予知夢の類なく、無事終えれて良かった。まあ今回はそもそも意識が落ちていないが。
「ありがとうございます。結果はいつ出ますか?」
一つ礼をして問いを投げかける。
今聞く意味はないけど、こういう予定の話は早く明らかにしておきたいんだよな。
「分析した映像を専用の装置で解析するので、明日の十二刻を過ぎぐらいになるでしょうか」
「明日の十二刻過ぎですね。わかりました」
十二刻は十二時だったな。
となると準備の時間含め、十一刻の三十間には練習を終えてないといけないか。今日みたいな暴走があってもおかしくない。時間に余裕を持っとこう。
「最後にもう一つ。魔力不足による強い倦怠感を今日中に感じるはずです」
「使い過ぎは身体に良くないのは察してましたが、そんな事が?」
「はい。本日はお部屋で安静にしていて下さい」
「はあ、わかりました」
釘を刺されてしまった。
倦怠感というのがどの程度で、治療が効くのか言及がないのが気になるが……。恐らくは、敢えて触れてこないのが答えだろう。
「お大事に」
「はい、ありがとうございました」
「部屋に戻ろうか、タクマ」
「わかったよ、行こう」
部屋の中のヒリングさんに一礼し、部屋を後にする。今の所言っていた怠い感じはない。
それが来る前に早く戻り、出来るなら眠っている間にその怠くなる期間を迎えてしまいたい。
「エレベーターに着いたよ、タクマ」
「乗ろうか」
僅かな会話の間にエレベーターの前に着いた。
ボタンを押したから、後は来るのを待つだけ——
「タクマ、大丈夫かな……」
着いたエレベーターの扉。
それが開かれた瞬間。
見知った顔が二つ。
「あっ、あ。タクマ」
「おっ、サナに正行! 偶然だなぁ。お見舞いに来てくれ……」
偶然サナと正行に居合わせた。
でもサナの様子がおかしい。俯いたまま喋らず、ふるふると手を震わせている。どうしたんだろうか、俺が何か癪に触る事でも……。
「良かったぁ……っ!」
「へ、ほえっ?」
前言撤回。
この大事な花瓶を抱くような抱擁のしかた、サナの奴感極まってる。
まあ嬉しいし、頭を思いっきり打って俺を治したサナの立場になって考えてみればわかるんだけど、これ物凄い恥ずかしい……!
「ごめんね、私がもっと強い魔法かけてれば……。私が受け止めてれば良かったのに。ごめんね……本当に、私のせいで……!」
「いきなり飛び出した俺も悪かったんだよ。そう自分を責めるなって」
参ったなあ、こんなに泣かれちゃうと!
こうなったらもう慰めるしかないじゃないか。
割れ物を扱うように、さっき俺がされたように、大事に、大事に仕返そうか。
「お願いだから、無茶しないでっ……。あなたが居なくなったら、私は、身体は勿論、心だって!」
「ああ、そうか……。なるほど」
こうして改めて表現し、言葉にされると。
理解した、無理ないよこれは。
「振り返ってみれば、そうだよな」
元の世界を放棄していつまでも居るという、難しい条件を満たした誰か。
バケモノと嘲られた自分を受け入れ、理解する親以外の誰か。
自分の魔力を受け入れ、水以外の魔法を使えなくなっても構わないと言った誰か。
同郷の人間を何人も攫ったのを許なかったが、贖罪するべきだからと今は目を瞑った誰か。
そしてこれらは、最も大事な人になる条件とかじゃなく召喚された者がサナとわかり合う為の条件。
召喚されたなら誰にでも出来たはずだが、誰も呑まなかったから、換えが効かないのだ。
呑んだ自分を誇りには思わないが、サナがこうなるのは納得出来る分の理由を満たしている。
「大丈夫か?」
「ひくっ、うん……。もう大丈夫」
「そっか。良かったよ」
思考した分だけ長くなったお返しの抱擁を解くと、上ずった声がいつもの声に戻っていた。それに目元に跡はあっても涙はない。
泣き止んでくれたようだ。けどまあ今はそれとな違った、面倒なヤツの予感が背中にある。
「大量の砂糖をご馳走さまだよ、タクマ」
「投げかけやがって……爆ぜろ」
右はホクホクした表情。
左は悪鬼の如くの様相を呈した表情だ。
あー、やっちまった。今のこの二人の視点からするとイチャついてるように見えたか……!




