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アノマリー・ライフズ  作者: カジタク
一章 鮮やかなる国 ブライト
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第一章 第二十話 はじめてのまほう

「んで、検査の時間ってのはいつだ?」

「ああ、十刻だよ」

「じゅっこく……て、なんだ?」


 聞き覚えのない単位に首を傾げる。

 歯磨きを終え、魔法の練習をする、前にいつまで練習ができるかを聞こうとしたのだ。


「刻は長くて太い針と言えば通じるかな?」


 こちらの世界で言う所の時針を指差している。

 つまり、十時が検査の時間というわけだな。


「じゃあ、この細い二つは?」

「長いのが間、短い方が細と呼ばれているね」

「へえ……!」


 間が分針で、細が秒針だ。

 名称が違うだけで、時間の見方までそっくりとは驚きだ。この世界がいかに俺が居た世界の影響を受けているかよくわかる。


「時間の確認が出来たし、移動しようか」

「わかった。部屋から出ようか」


 横開きのドアを開き、白い廊下に出る。

 幾つかある出てきた部屋と同じ形のドアは、俺たちと同じように患者の居る部屋だろう。


「人気がないなあ」

「外に居たり、休んでる者が多いんじゃないかな」


 十刻は、十時だったな。病人の朝は遅いのかな。

 このフロアの入院者が少ないのもあるかもしれないが、俺達以外に部屋の外を出歩いている人は、片手で数えられる程しか居ない。ちょっと不気味だ。


「さてエレベーターで移動しようか」

「そんなものあるのか!?」

「あるよ。これがそうだね」


 俺の驚きなんて意に介せず。

 扉の横にある縦三つに並ぶボタンを、慣れた仕草でポチポチ押して行くと。


 ポーン


 聴いたことのある音共に、独りでに扉が開いて中央から放射状に線が走る形の魔法陣が描かれた、硬そうな円盤が降りてきた。

 ワイヤーとかで引っ張るわけじゃなく、これ単純に浮いてるだけに見えるけど……大丈夫か?


「どうしたんだい、行くよ?」

「ああ悪い。今乗るよ」


 あれこれ迷っていたら、フェルンがキョトン顔で待ちぼうけていたのでこちらも乗ってみる。

 乗ってみた感じ、揺れは無く足にくる感触はマンホールのフタに似ている。この硬さなら壊れる事はないだろう。


「じゃあ閉めるよー」

「わかった」


 円盤に付けられた装置を弄ると、独りでに扉が閉まり、連鎖的に降りて行く。

 元の世界のエレベーターとの違いは、物理的な壁が無くて周囲の円筒状の構造が見える事と。


「周りにある白い筒状の膜は?」

「魔法による保護だね。揺れを防ぐんだよ」


 触ると固い感触がする淡い白色をした膜がある。

 確かに膜は、円盤の大きさにピッタリでそう言われてみると合点が行く。


 ポーン


「お、着いたか」

「みたいだね。扉を開けようか」


 また装置を弄ると、扉が開いた。

 開いた先には、一口で言うならロビーと言える場所が広がっている。


「広いな」


 パッと見、広さは体育館と同じぐらいか。

 そんな場所にカウンターと、待っている人用であろうソファががズラリ並び、観葉植物が窓辺に幾つかある。床や壁の色みは白だな。


「外に出たら練習開始だよ」

「わかった」


 袖を引いてくるフェルンがそう言う。

 その僅かな力に逆らう事なく、同じ方向へ歩みを進めていく。

 

「着いたよ。ボクらはこの中にある魔法陣で練習をする事になる」


 開かれた扉の先は、一面緑色の芝生。

 既に男女数人が走ったり、剣や槍といった武器の類を振っている。そしてフェルンが言うのは。


「我が魔力よ、その力、姿を炎へと変えよ……!」

「あの中でやるのか……」


 芝生の一角に半透明の青い壁に囲われた箇所が目に入った。

 既に中にいる男性が何か詠唱をしているようだが、フェルンは遠慮なく入っていく。

 ちょっと迷うけど、俺も続くかぁ。


「お邪魔するよ」

「お、お邪魔します」


 そう一言告げると、男性は頷いて練習を続けた。

 サナが魔法を使っていた時に声をかけたら怒られたし、魔法は集中しないと使えないのだろう。


「早速練習を始めよう。希望通り基礎からだ」

「よろしくお願いします」


 男性とは距離を置いた場所に位置取る。

 魔法がぶつかりあったら危険だからな。


「さてキミには【フォース】という魔法を使えるようになってもらおう」


 言いながらフェルンは、灰色の霧のような何かを指先に出現させた。

 名前の響の割にはやたら暗い感じの魔法だが、アレが基礎なのだから、使えるようにならなければ。


「因みにボクのは見た目こんなだけど、この魔法は人によって効果も見た目も変わるよ」

「あれっ、そうなのか。俺はソレなのかと」

「この魔法は、使用者の魔力をそのまま放出するものだからね」


 言い終えると指を鳴らして霧を消した。

 その説明の通りだと、フェルンの持つ魔力がどんな物なのか気になるが、話がややこしくなりかねないから突っ込むのはやめておこう。


「早速使ってみようか。先ずは目を瞑るといい」


 言われた通り瞑目する。

 視界が暗転し、目からの情報が無くなった。

 代わりに辺りの木々のざわめきや走る人々の吐息、青臭い草の匂いといった、視界以外の情報をより強く感じられる。


「恐らくは普段より音とか匂いとか。そういうモノを強く感じ取っていると思う」

「言う通りだ。草の匂いや木々のざわめき。色々なモノを感じるよ」


 声だけのフェルンにそう返すと楽しそうに「ふふっ」と漏らして続けた。


「それはいい。今度は自分の中のモノを感じ取ってみてくれ」


 自分の中のモノ。

 流れる血の音とか、心臓の鼓動とかだろうか。

 とりあえずは胸に手を当て、今までやった中で一番感じやすかった鼓動を意識してみる。



 とくん、とくん。



 異常は無い。

 心臓の鼓動がいつも通りするだけで、それ以外感じられるものは無い。

 まあ始めたばかりだし、続けてみよう。



 とくん、とくん。

 ざあぁ、ざあぁ。



 あれっ。

 鼓動の間にさざ波みたい音が紛れ込んだ?

 音の癖して何故か僅かに伝わる触覚があり、根のような感じがするのが凄く不思議だな。


「自分の中に根のようなモノがあるはずだ。感じられたら、今度はそれを外へ引っ張って、フォースと宣言するんだ」


 根をまず掴む。

 掴んだ感じは根深くて、抜くのは何となく危険な気がするがとにかく言われた通り、雑草を引っこ抜く要領で引っ張ってみよう。


「んっ、んんぎぎ……っ」


 やっぱり根深い……!

 たんぽぽの根みたいに抜けない。けど諦めるもんか、今から思いっきり引っ張ってやる!


「おらああぁぁー! フォースッ!」


 取れた!

 全部は引っこ抜けなかったが、半分ぐらいは抜けたはず。これで俺も魔法を——


「あれっ?」


 と思って目を開くと。

 掌に少量の水と。


「ごめんね、タクマ。キミがとっても頑張り屋さんという事を知らなかったんだ」

「なんという、事だ……!」


 フェルンと男性、おまけに魔法陣の中の庭全てがずぶ濡れになるという、理解不能な光景があった。




_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆




「まあ信じられないだろうが、これはキミがやったんだよ」


 すっかり濡れてしまった服を絞るフェルンが冗談じみた事を言う。

 あくまで魔法を使おうとしただけで、周囲をずぶ濡れにしようとした覚えはない。


「冗談はよしてくれよ。こんな風にしようとした覚えは……」

「いいや、間違いなくお前の仕業だな」


 ないと言おうとした所に男性が割り込んできた。

 場に居合わせた三人の内、二人に俺と言われると否定できなくなってくる。信じたくもないが……。


「じゃあこれは、なんなんですか……?」

「端的に言えば暴走だ。初心者が魔法を使おうとして、使う魔力の量を間違えるとこうなるのだ」



 暴走。

 それは見ればわかるが、使う魔力の量を間違えるとはつまりどういう事だ?



「すいません、魔力の下りがわからないんですが」

「ボクが根を引っ張ってと言ったろう? キミはあの時、少しだけ引っ張れば良かったのだけどね」

「ああ、やり過ぎってわけかぁ……」


 フェルンの説明で理解した。

 あの根は魔力で、魔法を使う分にはちょっと外に引っ張るだけで使えていたのだが、俺は全部引っこ抜こうとして、半分こっちへ千切って持ってきたからこうなったのだろう。


「それと、お前は大量の魔力を消費している。非常に身体に負担がかかっているはすだ。早く休んだ方が身の為だぞ」


 なんて考えていたら男性は最後にそれだけ言って去ってしまった。

 謝罪の一言ぐらいしたかったが、去ったものは追わずに、会う機会があったら謝っておこう。


「まあ彼の言う通り、戻って休もうか。検査の時間も迫っているだろうからね」

「もうそんな時間経ったのか」

「だと思うよ。どれどれ……」


 服のポケットをまさぐり、手の平サイズの石を取り出すと。


「ほらこれ。もう九刻の四十間だ」


 こちらに見せきてた石には、算用数字の出来損ないのような文字が刻まれている。

 前に文字を読む時は集中すれば読めたから……。ああ、本当だ。確かにそう書いてある。元の世界で言うなら九時四十分か。


「じゃあ急いで病室に戻ろう」

「その前に、受付の人にやった事を謝らないとね」

「それはっ、確かにそうだ……!」


 この後受付の人に謝った所「よくある事です」と言われて許されたが、その目は呆れ果てていた。

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