第一章 第十八話 黒白の約束
「どうしたんだい? ない目をまん丸にして」
「いやいや、驚かない方がおかしいよ」
「くすっ、そうかな?」
これが驚かずにいられるか!
状況説明零の状態で。
そんな見た目でそんな事言われたら……。
驚かない方が珍しいだろうよ。
「後しれっと悪口混ぜんな」
「おや、聞こえてしまっていたんだね」
くすくす、と笑うフェルンと名乗った人物。
ところでどうして俺はここに居るんだ。
女の子を助けたくて、その後……あれ。
「えーと、確か女の子を」
「それがボクだね、感謝してるよ」
「あっ、君がか?」
確認にまた胸に手を添え、頷く。
一瞬だけの記憶だが、全身血まみれで掴んだ時の感触が人というより、肉塊を掴んだ感じで助からないと思っていたが。
「ということは」
そんな状態で助かる、裏を返せば。
人並み外れた強い生命力を持っていて、そしてこの黒白の翼に角。
人ならざるモノの証明であり、この見た目なら最早疑う余地はないな。
「フェルンは、堕天使か?」
「なんだい、それは? 確かにボクは天使ではあったけれど」
「あれっ、ハズレか?」
間違い無いと思ったんだが……。
対するフェルンはキョトンとしている。どうやら互いの認識に食い違いがあるようだ。
「もしかして堕天使、がわからない?」
「言葉の意味は知らないし、聞いたこともないね。世間でも広まっている言葉ではないと思うよ」
「ふむふむ……」
つまりこの世界ではフェルンのような状態の者を示す言葉がないか、違う言葉になっていると。
しかし、神に反逆して堕ちてきた事、過去形だが天使であることを自ら述べているのを見ればと俺達の世界での堕天使と変換して良いだろう。
「ごめん、俺達の世界ではフェルンみたいなのを堕天使って呼ぶんだよ」
「ああ、そういえば連れが言ってたね」
俺の着替えに目線をやるフェルン。
服がこのままだと看破されると判断したサナの采配は正しかったようだ。
「にしても」
「うん?」
思わず、肩から覗く胸元に目が行く。
この子、体の年齢は中学生行くか行かないかぐらいなんだが、そんなのがこんな乱れた格好だと強い背徳感を感じてしまうし。
「くすっ、どうしたんだい?」
「えーと」
どっちか、わからないのだ。
体全体は丸みを帯びているが、肩幅もあって男性らしさも散見されるから女っぽい男とも取れ、声も低くはあるが、男声とは行かない。
そんな中性的な見た目や声のせいで、判断材料となり得る胸元により視線が……。
「気になるかい?」
「うえぇぇっ!?」
そのバストは平坦であった。
いやいや違うそうじゃない!
どういう思考したらむしろ胸を見せるっていう結論に至るんだ!? そんでもって今俺が知りたいのは性別だからドヤ顔されても困る!
「ウブなんだねぇキミ。からかい甲斐があるよ」
「魔性め……!」
「褒め言葉だよ、くすくす」
蠱惑的な笑みを浮かべ、出した胸元を隠すフェルン。大きさが伴わないのが。
本人のプロポーションはともかく、こんな事をする程大胆な性格の持ち主だ。
こんなのに性別について直接聞いたら……。
うん、まあ今は話題を変えてしまおう。
「あのさ、君を助けてからどのぐらい経ったかわかるか?」
「言うより見るほうが早い。窓の外をご覧よ」
「確かに。じゃあそうすっか」
ベッドから降りると、周囲の環境に目が入った。
この部屋の薄気味悪いぐらいの白さと、鼻をつくアルコール臭。元の世界にある同じような施設を俺は知っている。
「ここは病院か」
「なんだ、やっと気付いたのかい?」
「はっ、誰のせいだよ」
半笑いしつつ皮肉を返し、開く四つ窓に目を向けると見えた空は橙色に染まっていた。
現在の時間は大体夕方か。最後の記憶では昼にすらなっていなかったから、かなり長い時間気を失っていたようだ。
「もう夕方か。連れがどこに居るか知らないか?」
随分と時間を無駄にしてしまったと、ため息を零す代わりにフェルンに問いを投げかける。
正行はともかくとして、若干心配性のきらいがあるサナの姿が見えないのが少し不思議だからだ。
「連れというのは白髪の女の子と、キミと同じ髪と目の色をした青年かい?」
「その女の子の髪、青みがかってたか?」
「青み……? いや、確かにそうだったね」
返答に若干含みがあるのが気になるが……。
なんて細かいことを気にしていたら、そのままフェルンは口元に指を当て、続けた。
「驚かないでくれたまえ、キミはここに入院する事になったんだよ」
この後唐突な入院宣告を理解するのに、日が暮れるまでかかった。
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「俺はフェルンを助けようとして頭を打って、サナに治療をされた後、この病院に担ぎ込まれたっていうわけか」
「そうだね。そこまでは合っているよ」
確認にフェルンは頷く。
頭を打った時、居合わせた人々は血塗れの人や、倒れた人と大騒ぎだったそうだ。最も話を聞かせてくれた本人もサナ達の受け売りらしいが。
「そして病院で魔法を用いて検査をした結果、特に異常は見られなかったけど、頭を打ったのが心配だから一応入院してくれと?」
「その認識で問題ない」
「面倒な事になっちまったな……」
あまりに酷い体たらくに頭を抱える。
異世界での冒険生活が始まると思ったら、早速二の足を踏んでしまうとは。
「そんで、ここには何日ぐらい入院すんだ?」
「その話をするのに、私が居るわけです」
フェルンへの問いは、白く横に開くドアから現れた白衣を着た医者と思しき男性が遮った。
「もしかして、あなたが僕を?」
「ええ。ヒリング、と申します」
険しい表情でヒリングと名乗った黒髪で緑の眼をした医者は、値踏みするように俺の顔を見て——
「ああ……よかったぁ!」
「えっ」
途端、笑顔になって手を握ってきた。
ナニコレ。何が始まるの?
「通りかかりであなたを見つけた時、私はほんっ……とうに、本当に、どうしようかとッ!」
なんだこれ。
俺なんで噴水に頭打って回復しただけなのに、お医者様に感動されなきゃいけないの?
「既にお聞きになったかもしれませんが、頭を打って流血していたのですよ!」
「えっ?」
前言撤回。
頭部からの流血なんて致命傷、この人が感動するのは当然で、多分今無事なのは——
「うッ!」
あれ?
視界がおかしい。
しかも凄く気持ち悪い。
なんだこれ。ヒリングさんが、さんにんに、みえ、てきた、ような……。
「大丈夫ですか、タクマさんッ、タクマさん!」
「うう、ああ?」
「ここはボクやるよっ。キュア!」
んん?
いま、なんかひかり、がでてきて。
しかいが段々と、良くなって来た。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「後遺症があるようですね。油断はできません」
「その通りですね……無理は避けます」
再び険しい顔つきになったヒリングさんは「話を戻しますが」と付けて続けた。
「入院日数についてのお話をさせて頂きます」
「ああ、それですか」
「結論が申しますと、後遺症が見られる以上明日といった、すぐというのは難しいでしょう」
すぐにではない。
憶測だが、気絶した時サナは全力で治療し、国一番の水魔法使いにして、神すら手を出すその魔力を駆使しているだろう。
だから多分、常識の範疇から外れたレベルで善くなっているはずで、すぐにではない程度で済んでいるのは喜ぶべきまである。
「まっ、考えようによっては随分良い方になったわけですよね?」
「お連れ様が居なかった事を考えればそうですね」
「ならそう考えることにします。具体的には分かり次第という事で?」
「はい、そのようになります」
唐突に後遺症があるとわかっただけだ。
退院できるのがいつになるか、まだわからないの当たり前。理解しているが、やっぱりこれからという所で寸止めというのは、もどかしい。
「くれぐれもお体に負担がかかる事は、避けてくださいね。それでは」
「ありがとうございました」
部屋からヒリングさんが出て行ったのを見計らい、フェルンに視線を向け今の話の矛盾点ついて、訴えかける。
「ごめんね、聞かされてなかったんだ。キミがそんな重体になっていたとは、思いもしなかったし」
「フェルンが隠したわけじゃないのかよ」
ヒリングさんの説明と、フェルンの説明では俺が頭を打った時の状態が異なっていたのが、口にはしなかったものの気になっていたのだ。
「あいつ、変な所で気を利かせて……」
「ショックを受けないようにという事だろうね」
まあ隠したのはサナの変な気遣いと見て間違いない。正行なら隠さないし。
それに今考えるべきはそんな人の粗探しではなくて別な所にある。
「滅茶苦茶暇なんだよ」
「あー……うん。だろうねぇ」
溢れた本音ににお互い苦笑い。
この部屋にあるのは青い花が飾られた花瓶と、着替えを入れる箱。それからお互いのベッド、難しそうなタイトルの本が入った本棚ぐらい。
「娯楽らしい娯楽がない。電波も通じないし」
「病院はそういう場所だから。デンパ、が何かボクにはわからないがね」
何故かスマホも持ってきたが、当然圏外でゲームなんてやれないし、ネットサーフィンやチャットなんて論外だ。
あるのはやたらと余った時間だけで、暇を持て余すばかりかと思うと、溜息が漏れる。
「キミ、名前を教えてくれるかい?」
「野鹿拓真だけど」
「そうか。タクマ、タクマか」
唐突に名前を聞いてなんだろうか。
契約何かでも結ぶのか、或いは名前が必要な魔法でも使用するのか。
「驚いたかい、タクマ?」
そんな風に頭を使っている最中だった。
翼を黒い方だけ身の丈程まで伸ばされたのを視認した直後、視界が黒く覆われる。
「お、おいフェルンこれはどういうつもりだ!」
「さあどういうつもりだろうねぇ……くすっ」
多分フェルンの翼に包まれたのだろう。
それ以降の思考する隙を貰えないまま、ねっとりとした蕩けそうな声が続く。
「退屈で仕方ないノジカ・タクマよ、助けてくれた礼だ。この数日間はボクが相手をしよう……!」
暗い翼の中、金色に輝く焔を小指で灯し、今日一番のイタズラな笑みでそう囁いてきた。
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