第一章 第十七話 墜チル翼
——負けられない。
立ち上がってくれた皆の為にも、ボク自身の為にも、いやそれよりも。
「何故だ。何故、お前は逆らう」
目の前で未だ過ちに気付けない、愚かで、どうしようもなくて、それなのにどうやったってやっぱり恨めない彼の為にも。
「さぁ、どうしてだろう?」
手に持つ剣で空を横に切り、問いを返す。
どうせ今の彼に問いても、ボクの考えを読めるとは思えないけど。何せ暴政の張本人なのだから。
「力か、力が足らんのか」
「残念。全然違うよ」
ほらやっぱり。
彼はもうダメだ。
こんな体たらくじゃボクがやった方がよっぽどまし。まあ彼の所業を見ていられず、力づくでその椅子から今こうして、退かそうとしているボクも十分に短絡的だけど。
「そうか。ならば求める物を申してみよ」
「くすっ、がっかりだよ。わからないんだ?」
「なっ。お前……!」
うわ、少し煽っただけで血管浮かせちゃって。
前までの大らかさはどこに行ったのってぐらい様変わりしたなあ、まるで別人。けどこのまま答えないと余計不利だし——
「そうだねえ」
言うと同時。
前へ踏み込む。
彼は強い。けど強いからこそ、隙がある。
「申してみよ。お前になら望むままを与えて……」
彼が気づかないぐらいの速さの中。
甘言が聞こえる。
けどそんなの目もくれないよ。
だって、ボクが欲しいのは——
「キミの、首なんだから」
「ぬ!?」
背後から首に剣を突き立てる。
やっぱり上手く行った。とても強い分、自分をあらゆる面で凌駕されると思えないんだね。
にしても、顔一杯に汗流しちゃって。こんな酷い顔を見たのは付き合い始めて初めてかな。
「どうしてじゃ。儂は、儂は。お前に望むままを与え続けてきたろうにっ……!」
「そうだね、そうだとも。そこについてはボクも感謝してる」
憐れみに満ちた声。それでも、心は動かない。
だって彼はボクにとって二番なんだ。本来なら一番になるんだろうけど、彼自身がそう作ったんだから仕方ないよね?
「キミはこの頃、らしくない」
「儂がが。何がならんのじゃ。皆にこれ程までに優しく接し、今も本来なら……」
言いながら、ボクの首に人差し指で触れ、横に一閃する。
この首は繋がってないと言いたいんだろうけど、それはない。その仕草でもう決定したからね。
「もう語るべき事はないね」
首に当たる剣。
それを、一息に横へ払う。
「があッ……」
一瞬の苦鳴が響く。
しかしそれはすぐ止み、代わりに血潮が周囲にぶち撒けられ、血の香りが漂ってくる。
まあこんなの何度も同胞を斬ってきたから慣れたものだけど。
「ボク、キミの事結構愛していたんだよ?」
亡骸に触れてこんな事言うのはおかしいね。
さて殺したはいいけど、どうしようか。
ただの反逆者ならば、ボクは廃棄されるだけだけど、次の統治者を決めなければならない。
「本当にボクになってしまうかもね」
この世界は実力主義な所もある。
本来なら性質や性格によって平和的に決めるけど、同時に統治するには実力も必要とされるからだ。なら、彼を殺したボクは。
「ふふっ、ないない。有り得ないよ」
自分で言っておいて笑ってしまった。
落ち着いて考えたらそうだ。実力以前に、ボクは仕える者を殺めたんだ。そんなの取るに足らないじゃないか。
「……」
ふと彼の亡骸を見る。
正直あっさり過ぎる。もっと抵抗するものかと思っていた。
「本当に死んでるか?」
亡骸に手を伸ばす。
触ると冷たいし、首は確かに両断してある。問題ない。確かに死んでる。
「…………」
あれ、目が動いた?
胸も一瞬だけ膨らんだような。
いやまさか有り得ない。
幾ら何でも、完全な死から生き返るなんて。
「なっ!」
刹那、目を見開く。
亡骸の首が。
くっついて、身体が動き出したと思うとボクの首を絞めてきたじゃないか。
「ぐううっ! どう、なって……!」
「さあ? だが貴様はもうここに置いておけんのは確かじゃろうて!」
ダメだ、息が苦しくて頭がぼうっとする。
終わったか。反逆、最も許されざる罪。
それに対する相応の罰が如何なるものか、成り立てや、産まれたてでも知ってる。勿論ボクも。
「さらばじゃ。愛しき子よ」
「それは……!」
指に灯った黒い印が迫ってくる。
あれを押し付けられたら最後、どんなに高位だろうともれなく堕とされる。
「ああ。皆ごめんよ」
この先の事を全て諦め、目を閉じる。
堕ちた先で生き恥を晒すぐらいならいっそ——
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「はっ!」
意識と視覚が同時に覚めた。
今の夢はなんだったんだろう?
現実に見紛うぐらいに激しく、また鮮烈だったけれど色々とおかしかった。
「少なくとも、俺の記憶じゃないのは確かだ」
自分を呼称する時、ボクなんてのは使わない。
それに俺は、人を殺しておいて……。
「あれっ。思い出せない」
人を殺して、何て言ったんだっけ。
あんなに妙で激しい夢だったのに、どうして記憶が抜けてるのかわからない。まあ夢だから当たり前と言えばそうなんだが。
「一応メモを取っておこう」
枕元のかばんから紙とシャーペンを取り出す。
もう既に頭の中で登場人物を上手く再現できなくなりつつあるが、覚えてる所だけでも書き出しておこう。何があってもおかしくないこの世界だ、こんな事でも役にたつかもしれない。
「こんな所か」
覚えていたのは……。
登場人物は二人で、中性的な少女と老齢の男性。少女は人を殺して言う事じゃない言っていて、男性の方は何故逆らわれた理由が判らないって事。
「あの子はどうなるんだろうな……」
そして。
この二人は何かの理由で争い、少女が敗北したから男性に罰を下され、ここで目が覚めた。
確かに大筋は覚えているが、夢の中では少女の髪色や顔立ち、着てる服や男性の顔のシワまでくっきりだったから、既に記憶が怪しいな。
「あだっ!」
そんな思考を回すように、ペンを回していたら腕が痛みを訴えてきた。
やっぱり床で寝るのは堪えたらしく、身体を試しに動かそうとすると同じような痛みが走り、動きが阻害される。
「けど全く動けないわけじゃないな」
阻害されるだけで、頑張れば動かせそうだ。
ただ、このままだと今日の活動に支障が出るから少し身体を動かして身体の緊張を解しておこう。
「そうと決まれば……いだっ!」
と思ったのだが、腰にもダメージが行ってるらしく、うまく立てなかったので痛みが引くまでほふく前進で玄関まで向かった。
「うん、大分マシになってきた」
外に出る頃には腰の痛みが引き、立ち上がる事が出来た。にしても陽の光を浴びると目が覚める。
さてと、痛むところはまだ痛むし軽く身体を動かしていこうかね。
「よっ、ほっ、はっ」
身体を伸ばし、腕を振って足を曲げ伸ばして、今度は回し、続いて胸を反らす。
さらに身体を横に曲げ、今度は前後に……。
「あー。居た居たあ」
「んお? サナ」
次は身体を捻ろうと思った所に、少し寝ぼけた様子のサナがやってきた。
突然家から出たもんだから少し心配をかけたかもしれないな。
「ご飯はちょっと先だよタクマ……。それに朝早いし、もー少し休んだ方がいいよ?」
「そうしたいんだけど、身体がね」
身体の調子が一番だが、それだけじゃない。
件の夢もそうだ。あれは悪夢ではなかったが、内容が残忍で衝撃的で、今眠るのはちょっと出来なさそうだ。
「実は、妙な夢を見たんだ」
「夢? どんなの見たの?」
「ああ……それがな」
ポケットに入れておいたメモを取り出し、その通りに話した。
所々本当にそんなシーンがあったかきちんと覚えておらず言葉に詰まってしまい、記憶が怪しくなっているのがよくわかった。メモして正解だったよ。
「うーん、ごめんね。特に心当たりないや」
「そっか。相談乗ってくれてありがとな」
夢の事で心当たり方が不思議か。
サナとは契約を結んでいるが、夢に関する記述は契約書に見当たらなかったし、サナの部屋にある本にそういった内容のものは無かったから知らないのが普通だ。
「今はこの話はいいや。それより、そろそろ朝ごはんの時間じゃないか?」
「ほんとだ、いい匂いするー!」
夢の話をする内に時間が過ぎていたようだ。
家の中から煮物の香りが漂い、トントンという耳障りのいい野菜を切る音が聞こえてきた。
「さあ、今日も頑張るか」
そう呟き、サナを先頭に大分馴染んできた家の中に入るとフィーネさんが白いエプロン姿で朝食の準備を進めていた。
普段から可愛い奥さんっていう感じだけど、改めてこういう服装になると新妻感が出て……。こう、グッとくるものがある。
「フッ、私の妻は可愛いだろう」
「ラルトイさん! あなたまたですか?」
「まさか。顔にそう書いてあったのでね」
ズバリ言われたからまさかと思ったが顔に出ていただけらしい。顔まで正直なのも考えものだ。
これでラルトイさん、フィーネさん、俺、サナが揃った。食卓にはもう皿が並んできているが、約一名はまだ寝てんのか。
「おぉぉんおんおおぉぉぉ……」
「やっと起きたか」
ボサボサ頭の正行がゾンビよろしく這い出してきた、否起きてきた。
日頃こんな時間に起きないから仕方がないか。俺も眠気が取れ切れてないし。
「あらマサユキ君起きたのね」
「ふぁい。おひゃようごじゃいます……」
「彼が席に着いたら頂きましょうか」
そんな調子で相変わらずパンとシンプルなスープとサラダ等の朝食を頂き、一日が始まった。
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「もう、このバカバカ……!」
「どうしてこうなった……」
腕を引っ張られる正行を追いかけ、石造りの街道を進む。
後ろから見えるサナはほのかな怒りと面倒な事になりそうなオーラを感じるが、多分気のせいだ。そう、気のせい。
「もう、どうしてあなたは気にしないのっ!?」
「うぉっ」
「ひっ」
ダメだった。
怒り心頭までは行かないが俺たちのこの状態にご立腹のようだ。こうなったのには訳があり、時間を朝食まで遡る。
「ねえ二人共、おかしいと思わない?」
きっかけはサナのこの一言だった。
多分俺達はここですぐに気付くべきだったのだろうが、答えには至れなかった。
「何がだー? 俺は特におかしくないと思うぞ?」
「正行はそう思うのね。わかったわ」
この時、もう結構我慢してきたんだと思う。
同時にこの時サナは、俺たちがソレについておかしいと思ってないのを察したのだろう。
「タクマは……。タクマは、どう思う?」
「特におかしな所はないと思うよ。強いて挙げるなら防具や武器が足らないって所じゃないか?」
「そ、そう……」
俺は気付いていると思ってたんだろうけど。
外見や周囲への配慮といった所までに気が付かなかったんだ。今考えてみればわかるが。
「えっと、私は服が結構おかしいと思うんだけど」
「「ああー」」
そう、服。
今着ている服に慣れてるせいで言われるまで気づかなかったが、着ているのは元の世界の物だ。悪目立ちしてしまうからと気を使ったんだろうけど。
「俺はそう気にならんがなあ。別に多少浮いててもよくね?」
正行踏みにじりやがった。
これを皮切りに、次から次へと気遣いに対して地雷原でタップダンスをするようなセリフ吐きまくったのだ。まあその場でサナは怒らなかったが……。
「周りの目線や、ムロウスさんにすぐ看破されてたから気になって言ったのに。何よもう……」
この通り、今に至るまでに非常に不機嫌に。
半ば引きずられる形で連れていかれているコイツが、こういう時はカンが悪いのか不思議で仕方ない。
「まあ今は怒っても仕方ない。気遣いはわかったからさ、早く服屋に行ってみよう」
「確かにそうね。分からない人に言っても虚しいもの。服屋さんはそこを曲がったら着くよ」
少し機嫌を良くなり「着いてきて」と言うサナの後を追って十字を曲がると。
「ほお、ここが」
服の看板がついた家屋が一見、曲がったらすぐ目に入った。当然ドアはガラスではないから、中にある服や内装は見えない。
「ふふっ、ふふふ……」
けどまあ、この後の展開は一気に上機嫌になったサナを見ればわかる。
間違いなく着せ替え人形にされるぞ。何故かこういう所はやたら女の子してるよなあ……。
「おい拓真、上見ろ」
「どうした正行」
なんて予測される女子ムーブに嘆息していたら正行が上を見るよう促してきた。
「あれは!」
「珍しいよなあ。ここまで綺麗で少ないのは」
「天使の梯子、だっけ?」
雲間から光が漏れ出し、地上に光が降りる現象。天使の梯子や薄明光線、呼び名は色々だが。
それが一本だけはっきりと見えた。まあだからなんだ、と言われたらそこまでだが。
「タクマ達、何やってるのー。早く入ろ?」
「おおっと、ごめん、ごめん」
呼ばれたので店に入ると。
内装自体は普通の家屋だった。具体的には石の壁と木の床、天井。そこに服が並べられていたり、木製のハンガーで吊るされている。
「これが異世界の服屋かー」
並べられている服は皆似ていた。
ワンピース状のものばかりで、それが腰丈なのかより長い物なのか。そして模様と色が異なってくるぐらいでズボンやシャツらしき物はないようだ。
「いらっしゃいサナちゃん」
「おはようおばさん、今日は私達だけで見るよ」
話しかけてきたおばさんにそう告げたサナは奥へと進み、服を見繕い始めた。あの様子だとまだかかりそうだし、何か……。
「いや……待てよ」
ハッとした。
ワンピースしかないのはまだ良い。チュニックというのもある。でもこの世界にどの程度当てはまるかわからないが、俺たちの世界で文明が近い中世は服は今とは比べ物にならないぐらい高かったはずなのに、一般の店であるはずのここが並べられるはずがない。
「お、おい正行。服ってさ」
「お前も気付いたか。この文明レベルならもっと高いはずなんだがな」
となると、何かの要因で安くなってるのだろうか。
だとしたら、これだけの数だ。随分安くなってるなあ、なんて思っていたら。
「一旦出ようぜ。物がこんだけ安いと気味が悪い」
「あ、ああわかった」
正行が気持ち悪そうに口元を抑えていたから、連れ添って外に出た。
オタクな分、こういった知識に詳しいのがあって余計に精神的負担が大きいのかもしれない。
「……ッ!」
そう考えていた矢先。
正行の顔色がみるみる内に青ざめ、指を上に指した。
釣られ、俺も上を見ると。
「嘘だろ……!」
それを見た時。
考えるより体が動き、走っていた。
信じられない、信じられないが。
「空から……空から、女の子が!」
「わかってらぁ!」
どこかで聞いた台詞を叫ぶ正行の声を捨て置き、ひた走る。
方向は偶然か、天使の梯子が降りていた方で、具体的には噴水広場の辺り。
走れば間に合う距離だ。
「うぉぉぉぉっ……間に合えェェェ!」
走る、走る。
運動に慣れず苦鳴を挙げる心臓を無視し、とにかく走る。
それとサナが何かの詠唱をしているが、今はそれどこじゃない。
「おぉっ!?」
と、走る足が軽やかになった。
サナの魔法、早くする為のものだったらしい。
噴水広場はもう目の前、しかし女の子も視認できる距離、噴水の最上部に落ちてしまう。
「こなくそぉぉー!」
そのままの勢いでジャンプし、落ちそうになった女の子に手を伸ばす。
瞬間、手ごたえ。確かに受け止めたという感覚がある。良かった、これで。
「あ、あれ?」
しかし、足が止まらない。
噴水の下が目に映り……。
「あーあ……」
もう止められないのを覚悟し、目を瞑ったとほぼ同時に激痛が頭に走った。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
「やあ、キミだね?」
意識が醒める。
男とも女ともつかない、誰かの声が聞こえる。
「あがっ。あぁぁ……」
目が覚める。
天井は知らないものなのを確認し、体を起こして周囲を見回す。
「感謝してるよ、キミには」
「どうも?」
——いや。
見回すまでもなく、真っ先に視界に入った。
その異常な見た目。一口で言うなら、純白に漆黒を無理矢理継ぎ足したような、おかしな存在が目の前にある。
「君はなに?」
「さあ……なんだろうね?」
白と黒の翼。
黒と白の髪に黒い角、白と赤の瞳。天使というには、冒涜的な存在。
それが、さも自分でもわからないように問いを投げかけてくる。
「ごめん、わからないよ」
「それが正常な返事だね」
それはくすっ、と白い眉をひそめて苦笑し。
「僕は……フェルン・セラフィム」
平たい胸に手を添えて、名乗りをあげると。
「神に逆らった者、そう言っておこうか」
なんでもないように、とんでもない事を言ってきた。




