第一章 第十六話 異世界生活・一日目の終わり
「そもそも言い忘れていたんだけど」
「おや。一体何を忘れたんです?」
原健介。異世界の銭湯で出くわした、俺と正行以外の召喚者。
ステータス閲覧、という字面からして強力な能力を持つ彼の事情を聞いていたのだがこの話、与えた本人がした事が魔王降臨のきっかけだ。
「私が与えた能力の話。あるって事ぐらいしか聞いてもらってないのよ」
「あちゃあ。先ずそこを話さないとわかるものもわからないって事ですね」
そんな込み入った話を銭湯なんて公共の場でするわけにも行かず、俺の提案で健介共々サナの家へ戻ってきた。
しかし、やっぱり字面でもう強烈だ。能力自体の使用条件や、どの位使えるか……。健介の能力で言うなら、どれ程わかるかにもよるがこういう能力とかの話は聞いててワクワクする。
「って、タクマ話聞いてる?」
「おっ……と。ごめん。能力の基礎だったよな」
「わかってるならいいんだけどね」
一応聞き耳は立てていたからそう返すとサナは、話していた健介に目配せし、続けた。
「能力って何なのか、実践も交えて話そっか」
「実践というと?」
「実践は実践ですよ、拓真さん」
よくわかってない俺のよそに、二人は立ち上がって杖を持ってきたり、身体を動かし始める。何をするつもりなのか。
いや何となく察しはつく。でも、実践するというのは危ういし、そんな物騒な力を使うのかと思うと気が気でないのだ。
「閲覧ッ!」
「うっ!」
なんて心配をしていたら、健介は目を強く見開いてこちらを見つめ始める。
やけに勢いよく何かの宣言らしきものをしたが、目がやたら血走っている以外、彼の見た目に変化は見られないような……。
「拓真さん、あなた花粉症です?」
「えっ、まあうん。ウチは代々そうだね」
「なるほど。森のダンジョンに挑む時は気をつけてくださいね」
「お、おう。どうもありがと」
なんだったんだ……?
やたらドヤ顔なのが気になるが、まあいい。早くその実践とやらをだな……。
「タクマっ、あんまり興味なさそうな目で見ないであげて!」
「何の事? それより早く見せてくれよ。健介の能力ってやつをさ!」
そうだ、まさかここまで引っ張った能力が花粉症を見破るだけなわけないだろ。
だって魔王だぜ、魔王。そんなのが出てくるチートを与えた人が一番最初に与えたのがこれで終わりなわけがないよな。
「あの、今のが僕のステータス閲覧です」
「えっ、今何て?」
「ですから、これが僕の能力なんです」
健介の言っていることがイマイチ呑み込めない。
ステータス閲覧がこれで終わりなわけないだろ。俺の知る限り、この手の能力はもっと派手だったはずなんだが……。
「なあ健介、ステータス閲覧って白縁のウィンドウがぶわぁーって出てくるやつ?」
「はい、正しくそんな風です」
頷く健介。
彼にはそう見えているらしいが、俺や反応からして正行には何も見えないし、感じない。ならば導き出される答えは簡単だ。
「俺らには、見えないと」
「はい。そうなんですよ……」
「なるほどな……。なるほどなあ」
肯定と共に、その場にいる全員が健介に哀れみの視線を向けた。
本人にはきっと大量のウィンドウが表示され、その弱点や状態が事細かく見えているのだろうが、他人には見えない。そしてどんなに多くの情報があっても伝達手段は人並みなせいで、今のようになってしまうと。
「ま、まあ戦闘においては凄い有利だよ!」
「はい。実際便利なんですけどね……」
「そうだって! 何もねえより良いって!」
「けど所詮便利止まりですよ。はは……」
俺と正行は精一杯のフォローをするが、健介は自虐的になってしまった。
多分他にも能力持ちが居るんだろうが、自分がやたら地味だからコンプレックスなんだろうなぁ。悪いことをしてしまったよ。
「能力についてはわかった。まあ他の事を話そう」
「待って待って、まだ終わりじゃないの」
「んんー? 他に何かあったか?」
「まだ能力がそもそもどういうものなのかっていう事と、あと一つ話さなきゃいけないの」
指を折って話す事を整理しながらサナはそう言った。こちらとしては能力についてはサナが与えた、魔王を降臨させるレベルで凄い力って事が分かっていれば良い気もするが。
「先ず一つ目、そもそも能力っていうのは私が与えた魔力で出来てるモノ」
「んっ? それおかしくないか?」
指摘に頷いた。
構成されている魔力がサナのならば、動かす魔力もサナのであって然るべきなのだが、健介は見る限り独力で能力を行使していたのだから。
「これが二つ目。能力は本来、私の魔力を流さないと動かないようにしてある」
「つまり健介は特例ってわけか」
「当たり。ちょっと語弊があるけど、ケンスケ君が普通の能力者と思われるのは困るもの」
まだ部屋の隅で落ち込んでいる健介に柔らかな視線を向けつつ、そう語った。
この二人銭湯に入っていた時から思っていたが、かなり親しい仲に見える。俺や正行より上手くやってけるような気がするぐらいには。
「なあサナ」
「なに、タクマ」
「また明日、頑張ろうな」
「もう、どうしたの。いきなりそんなの言って」
唐突な言葉に苦笑された。
深掘りになるだろうから理由を聞く代わりに出た言葉だが、えらく不自然になってしまった。参ったな、続く言葉が思い浮かばないよ。
「僕そろそろ帰らないと」
「そういえばそうね、もう時間が」
なんて頭を抱えていたらいつの間にか立ち上がり、ドアの前に立っていた健介。
正直あのままだと何を口走るかわからなかったから、助かった。
「大分暗いし、良ければ送ろっか?」
「大丈夫です。一人で帰れますので」
この後僅かに会話を交わし、玄関付近で彼を見送った後特に用は無い為、今日はもう寝る事になった。
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「うー……。これどうしたもんか」
「全くだ。参ったな、タクマ」
敷かれた布団を見つめ、立ち尽くす俺達。
発生した問題が二つほどあり、それ自体は我慢できなくもないが、できる限りはしたくない。そして解決するとなると、非常に面倒臭い。
「布団持って来るの、忘れちまったな」
「何やってんだこの馬鹿は……。普段慎重な癖して何かしら一つ抜けるのが皮肉だよな」
「本当にな。自分でも嫌になるよ」
そう、布団だ。
俺が布団を持ってくるのを忘れてしまったのだ。因みに忘れ物に関しては言う通りで、弁明の余地は全くない。
「ふふーん、まーた一緒に寝る事になっちゃったねータクマ。あっ、そうそう私は平気だよ?」
そして年頃の女の子なら普通男と寝る事になったら嫌がるはずなのに、いやに上機嫌なコイツ。
いざとなったら毛布借りるなりして、床で寝ればいいが今まで暖かな布団で寝て来た以上寝つきが悪くなるのは目に見えている。正直避けたい。
「俺には問題だらけなんだよ……」
「何がどう問題か私にはわからないよ? 私は魔力がよりそっちに行くようになるし、タクマは温かい布団で寝れるし!」
サムズアップし「ね!」と満面の笑みを浮かべるが、それは出来ないのだ。
そうしたらこの薄布一枚に身を包んだサナとまた一夜を共にする事になる。色々当たる、柔らかい身体、いい匂いがやたらする。何よりも同じ布団で眠るという自覚が寝付かせてくれない。
そもそも役得以前に睡眠不足が嫌なんだ!
「けど私と寝なかったらタクマは正行と一緒か床で寝るんだよ?」
「ぐっ。まあそこなんだよなあ」
小首を傾けるサナは少し呆れ顔で言った。
そして何より厄介なのが、これは堂々巡りだ。サナと寝るのは嫌、でも床で寝るのと寝相の悪い正行とも嫌だから……となっていく。
「拓真、選択肢はまだあるぞ」
「何かあるのか? 正行」
たまにいい提案をしてくれる正行だ。
こういう時頼れるのは昔っからだもんな、信じてるぜ。
「俺とサナが一緒に……!」
「やめとけそれぇ!」
前言撤回、とんでもない案だった……。
いや確かに折檻案としてありだが、寝相の悪い正行と一緒に寝るのはサナが可愛そうだし、正行も多分寝付けないから両方損するだけだ。
「ちぇっ」
そして正行、あの顔は役得のチャンスだと思ってたんだろうな。本当は辛いだけなのに。
「これも駄目って。じゃあどうすんだよ」
「だから考えてんだろ。この時間に元の世界へ取りにはいけないし、かと言ってサナの家はこれ以上布団はない。最悪の条件だよ」
結局の所残った選択肢は床で寝るのみか。
実は今まで経験が全く無かったし、身体に悪いが全体が恙無く動くにはこれが一番……。
「——はあ、俺が床で寝る。自業自得だ」
「お前まじか!」
「おう、考えてみれば今まで一回も床で寝た事なかったしな。経験するのもありかなって」
今のは完全に出まかせだ。
単純にサナと正行に嫌な思いをして欲しくないだけでそれ以外に意図は無い。
「じゃあ私毛布持ってくるけど……いいの?」
「構わないよ。経験つったろ?」
この後すぐに毛布が運ばれ、サナの部屋では俺の毛布を敷くスペースも無かったせいで俺は居間で一人硬い床で眠る事になった。しかし一つだけ救いがあったとすれば。
「二枚あったのが、良かったよな」
そう呟き、背中に感じる暖かな感触に触れる。
この先きっとより劣悪な環境下で眠る事を考えれば、今こうして毛布で眠れるのはましだから、うんそうだ、そのはず。
「あー硬い」
だめだ、誤魔化せない。
足冷えるし、背中痛い。これやる奴尊敬する、真面目に。もういい、眠れなくともドジった俺が悪いんだからもう目を瞑って大人しくしていよう……。




