第一章 第十三話 物資の持ち込み
「ひゅー、さみさみ」
「早く入ろか……」
瓦屋根で白い壁の、二階建ての家。
周囲にある家と比べて決して大きくはないが、この辺では見ない、伝統的な景観が正行が住む家の特徴だ。
「待ってろ、鍵開けっからな」
ガチャ、ガチャチャ。
ポケットから取り出した鍵を錠に挿して回す。
なんか泥棒みたいだな……。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす……」
横開きのドアを開いて玄関へ。
こういう時先ず行くべき場所は、決まってる。
「「先ずは押入れだな!」」
やはり幼馴染、こういう時は考えが通じる。特に意味もなくハイタッチ。
実際、押入れには何か眠ってる可能性が高いからいい提案だと我ながら思う。
「にーちゃんっ!」
うぉ、まぶしっ!
まずい、これからだってのに見つかるなんて……
あれっ? でもこの声聞き覚えがあるような。
「なんだお前、起きたのか」
「こんな夜にドアを開く音がしたんだから、普通は気づくでしょ!」
光に目が慣れてきたところで視界に映ったのは、会うのは随分久しい正行の妹だ。
コイツに顔は結構似てて、割と平たい顔。しかし性格は逆でしっかり者なのだ。記憶の中では短めのツインテールが印象的だったが、今は髪を下ろしているだな。
「そう声を荒げんなって。ちょっと物を持っていきたいだけなんからさ」
「だめ! 家の物を持って行くならちゃんとお母さんかお父さんに言ってからにしてよ!」
妹さんはそう腕を組んで続ける。
冷めた態度の正行とは対称に、カンカンに怒ってるな……。どう突破しようか。
「持ってくはいいけど、みんなに無くなった物をどう説明するの!」
「そいつは……返す言葉がねえけどよ」
言っていることは正しい。
若干の深夜テンションで気づかなかったが、このまま許可も取らずに物を持って行くのは、かなりまずい。正行がこの家の人間であるとはいえ、やってる事は泥棒みたいなモンだ。
「けど直接言うってのはな……」
しかし家の人を起こして釈明するのは無謀だ。また俺の家族よろしく七面倒な工程を踏む羽目になるのは目に浮かぶ。それはお断り願いたい。
「んーと、書き置きか何かで勘弁できない?」
「どーいうことです?」
口では丁寧でも口調は呆れ気味の妹さんに説明を俺は始めた。
「まずは、こんな時間にお邪魔したのは謝るよ。この通りだ」
「ほんとです! にーちゃんてば新しい仕事で当分家に帰れないって言ったのにこれだもの!」
憤慨する妹さんから、異世界に行く口実ガバガバのお兄さんは苦笑しながら目を逸らす。
危ねえ……! 異世界で物が必要って口実使おうと思ってたのにこれだよ。参ったな、嘘を重ねるのは嫌だけど話を合わせないと。
「あくまでも仕事で必要な物を取りに戻っただけなんだよ。だから誤解しないでほしい」
「ふぅーん、忘れ物を取りに来るだけにしては随分と帰りが遅い気がしますが」
「そ、ソンナコトナイヨー? なあ正行!」
「おうっ! その通りだぜ!」
鋭いところ突くな……!
勢いで正行に振ってみたけど、ヘドバンよろしく首を振るだけでまるで役に立たないし、これ以上それらしい言い訳も思いつかない。どうしたものか。
「まあいっか、書き置きをして下さい。私がうまく言っておきます」
「えっ、いいの?」
「ちょっと考えてみたら、お父さんやお母さんの睡眠の邪魔になりますから」
「なるほどね……」
俗っぽい理由に肩の力が抜ける。
まあこれで家の中を探せるから、こんな不自然な時間で、具体的な職場の業務内容とかを聞かずに通してくれる訳だから感謝だが。
「じゃ、こっちの部屋でにーちゃんは書き置きを書いてね。拓真さんは要る物をその間、探して下さい。押し入れはあっちですから」
「あ、わかりまし……」
言い終わる前に、隣の部屋に入って横開きのドアを閉めてしまった。中からは正行の悲鳴が聞こえてくるが触らぬ神に祟りなし、放っておこう。
「さて……と。ガイド頼むよ?」
魔法を使うのに憂慮すべき要素がなくなったので、虚空に話しかける。
自分が出たら状況が悪くなると察したのか、出てこなかった判断には感謝したい。
『お話終わったみたいだねー。見ててこっちもひやひやしたよー』
ノイズ混じりにサナと背景に彼女の部屋の映像が何もない空間に映し出された。言動からしてやはり察していたようだ。
ここからは難しくない。押入れの中を漁って使えそうな物を取り出して、持っていっていいかを聞くだけだ。
「よおし、ガサ入れしますか!」
『タクマ、ノリがおかしいよー……』
軽いツッコミをスルーし、言われた通りの方向にもう見えている押入れらしき扉へと足を運んだ。
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「こいつは大丈夫か?」
『だと思う。どう使うのかはわからないけれど』
「うーむ、言われてみれば。人の家の物だから洗いざらい持っていくのは気がひけるしなあ」
手に取った缶詰を元の位置に戻す。
押入れの中はぐしゃぐしゃではなく、また二段構成を活かして整理が行き届いているおかげで物が見つけ出しやすい。
「だとしても、量が多いなあ……。押入れだから当然ではあるけど」
記憶する限り、一番広い押入れのはずだ。玄関の左手の居間の反対側が和室で、その隣の手前に開く扉を開けるとあるのがここだ。
「上が保存食なんかの実用品、下が思い出の品を置いてある場所って所か」
『そうなの? 下のは鎧っぽいのとか棍棒、兜っぽいのとか使えそうなのが一杯あるよう見えるけど』
「ああ、サナにはそう見えるのか」
今挙げられたのはプロテクター、木製バット、ヘルメットだ。
正行は専門学校に上がるまで、野球部に所属していたからこれらはその時使用してたか、友人に譲られた物なのだろうが、用途を知らないなら思い出の品には見えないか。
「コイツらを持ってくのはまずい。他にないかな」
下の段をじっと観察する。
電気がついているから見えないわけではないが、量が多いせいで目移りするから、集中しないと。
「おっ、アレは!」
『あっ、何か見つけた!?』
カバーをされた鋭利なシルエットが幾つか。
大きさは包丁よりは全体的に小さい。
——ナイフだ。
「んしょっ……と」
自動販売機の下に入った小銭を拾うように、ナイフ数本を取る、と——
「おお、使われてなさそうな袋もある!」
『何に使うの……?』
「戦利品を回収する時とか使えるって」
呆れ気味なサナを無視してナイフと無地で綿製の巾着袋を取り出す。
見ると少し埃がかかっており、また乱雑に置かれていた点から察するに、使う事はなさそうだから持っていっても問題なさそうだ。
「ふぃー……収穫無しは避けられそうだ」
『見つかってよかった。今タクマが手に取った物は持って帰ってきて大丈夫そうだよ』
「そいつは良かった。じゃあ続けよう」
再び下の段に視線を落とす。
うーん、やっぱりバットとか以上に魅力的な物は見当たらないなあ。何かこう、シャベルや鎌なんかの農具があれば武器にも応用できるんだが。
「おいタクマ」
「ん? おっと」
声のする方に視線をやると、正行が居た。
察するに、物を持っていく口実を書き終えたから探し物の手伝いに戻ってきたか。なら丁度いい。
「なあ、ここの下にある……」
「バットとヘルメット。後プロテクターだろ? 持って行っても大丈夫だ」
「じゃあこっちのナイフと袋は大丈夫か?」
問いかけに「そっちも問題ない」と肯定してくれたので、袋の埃を払ってからナイフを入れる。
「この下にある物は大体が俺とアイツの持ち物だ。持って帰って問題はねえよ」
居間に居るであろう妹さんへ視線を向けて屈み、バットとヘルメット、プロテクターを取り出して姿勢を変えず続けた。
「うし、ここはこんなもんだろ。後は俺とアイツとでやるから拓真は自分の家へ行け」
「俺の家?」
「この家に何があるか知らんお前が留まるよりも、知ってる自分の家を探した方が効率がいいだろ」
確かにそうだ。
ある程度だが、家に何があるか記憶はある。あと、庭に農具が幾つかあったような。
「家戻るわ。集合場所は俺の家の前でいいか?」
「おっけ。ちゃっちゃと行ってこい」
玄関を出て、歩道を真っ直ぐ走る。
『タクマの家に戻るんだね?』
「ああそうだ、すぐに着くよ」
話しかけてきたサナにそう返して、左に曲がると見えてきた平屋だから横に広い家。
俺の家だ。明りは案の定消えているが、目当ては庭にあったはずだから問題はない。
「っ、ふぅ……。着いたか」
足を止めて早くなる脈を落ち着かせ、周囲を見やると放置されているシャベルが目に入った。先ずはアレだな。
「シャベル回収っと……」
『ねえタクマ、色々持って行くのご両親に伝えた方がいいよね?』
「そりゃあな。けど寝てる中起こすのもな」
『なら私が書き置きを送っておくねー』
「おっ、そりゃあ助かる!」
これでいざ家に戻った時に困らんな。
次は何を探そうか……と。
「あれは確か」
視界に入ったのは緑色で俺の座高ぐらいある、プラスチック製の箱だ。
あの中にはスコップや草刈り鎌、軍手や除草剤といった農業に関する道具が大量に入っていたはず。
「この中なら、多分」
箱に歩み寄り蓋を開け、中身を漁る。
鎌が三つとスコップ四つ、軍手が二組に汚れてる軍手も二組、空の除草剤がいくつも。
「使える。除草剤以外は持って帰ろう」
『書き置き送っておいたよー』
箱の中身を物色している間に終わったか。
これとシャベルに正行が持ってくるものも合わせれば、あの羊ぐらいの敵を相手取る武装としては大丈夫だし、ある程度はあっちで買い足せば良い。長いは不要、そろそろ戻ろう。
「正行が戻り次第そっちに帰るよ」
『うん。詠唱はもうしておくよ』
そう言うと、詠唱が聞こえてきた。【セデム】という召喚する魔法のものだ。
『我が魔力を以って……』
「毎回思うんだけど、その魔法の気絶だか強制催眠って絶対なの?」
『ぴゃっ!?』
せっかく繋がっていたので素朴な疑問を投げかけたら、えらく驚かれた。
うーん……。今のでこの繋げてる魔法の仕様が生中継みたいなきらいがしてきたぞ。
『ま、まだ繋がってたの!?』
「みたいだな。なあ、どうなんだ?」
『どうって、セデムの気絶かな? あれは仕方ないものだから我慢してよ』
なんだ仕様なのかよ。
変えれるものじゃないなら仕方がないか。
「拓真ぁーっ!」
「お、来たか」
正行が戻ってきた。
大きな袋の中には多分、持って帰る物が入っているのだろうが、先刻見つけたものだけにしては袋が大きすぎる。恐らくは妹さんに着替えなんかの日用品を持たされたんだろう。
『皆揃ったね。転移させるから目を瞑ってて』
「「わかった」」
『セデムッ!』
魔法の宣言がされ、足元に青緑の魔法陣が展開。
真夜中だからより光が綺麗だなんていう、とりとめのない感想抱いている内に、段々と眠気が増してきた。
「んがぁっ」
「はえーよお前」
やっぱり正行はもう寝ている。この先催眠系の魔法なんかを使われた時が心配だ。
けど俺ももう、眠気に抗え、ない……
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「……か……り……」
意識が醒めると同時。
聞き覚えのある声に気づく。
「おかえりっ!」
「むおっ!?」
目が覚めたらそこに目の前にサナの顔があった。
心臓に悪いが……見た目は良いから寝覚めはむしろ大変良い、ご褒美まである。
「はー驚いた。そんでここは」
「私の部屋だよ」
一応起き上がって周囲を確認。
天井に壁、家具と全て安心感を覚えるものだ。言う通りサナの部屋に召喚されたらしい。
「コイツ起こして持ち帰った物の確認を……」
「その前にご飯食べてお風呂入っちゃお?」
言葉の先を遮ってサナはそう言った。
言われてみれば今日は昼ご飯は抜いているし、横で爆睡している正行は、初めての戦闘で疲労が蓄積しているはず。先に風呂に入らせ、残りの作業は俺たちでやった方が身体のためだ。
「うん。そうしよう」
「ふっふっふ……」
「嬉しそうだな?」
珍しくニマニマと。何か企んでやがる。
とはいえ有害な事は考えておらず、大方俺に見せたいものがあるだとかだろうが。
「実は、この家にはお風呂はありませーん!」
「じゃあどこで……?」
「けれども、皆で集まって入るお風呂屋さんならありまーす!」
「ほうほう、銭湯みたいなものか」
「そしてそして……」
あれ。
何故溜める?
待て待て、この間はなんだよ。
「タクマが見て、きっと喜ぶ物があるよ!」
「俺が見て喜ぶ物……なんだろう」
「見てのお楽しみだよっ! ささ、マサユキさん起こしてご飯食べちゃおー」
「おいおい、教えてくれないのかよ!」
先ずマサユキを叩き起こし、やたら大げさなアクションだったせいで気になる心持ちを抑えながら、晩御飯を頂いた。




