第一章 第八話 頼れる仲間を求めて
「ちょっと驚きましたが、無事に終わって良かったですよねえ」
「お体に何か違和感はございませんか?」
「いえ、ないですよ」
ドアノブに手をかける女性にそう言いながら、体のあちこちを動かしてみるがやはり何も無い。夢の記憶はほぼ無いが、絶叫して起き上がったくらいの悪夢を見ていたはずなのだが。
「ただ、少しだけ身体が怠いです」
「その症状は、クラス変更で身体を弄ったことによる一過性のものと思われます。ご安心下さい」
硬い表情で語った茶髪の女性は、眼前にある鉄のドアを開きながら続けた。
「この先、ギルドのロビーとなります。初めてのクラス変更お疲れ様でした」
「失礼します。ありがとうございました」
開かれたドアを通る。
現状特に身体に異常はないが、この先突然発生するなんて事がないといいけど。
「あれ……」
ちょっとした身体への懸念は吹っ飛んだ。
ロビーはその場にいる顔ぶれがだいぶ違っているのだ。サナは席を移動しているし、いつの間にかムロウスが解放されている。さらに、さっきまで居たはずの冒険者が一人が居ない。ついでに、戦士と見られる厳つい連中が増えている。
「インテンスさん」
「あら、タクマ様。クラス変更お疲れ様です。それで、どうされましたか?」
インテンスさんは同じ場所に座っていた。
ギルドがどれほど人の行き来があるかはわからないが、見たことのある顔が一つもないのだ。何かあったか、俺が軽い浦島太郎状態か。
「僕がクラス変更を行ってから、どれくらい経ちましたかね?」
「一刻ほど経過しましたね。平常よりやや長いですが……」
「えっ? い、いっこく?」
一刻……聞いたことがない。
様子を見る限り、驚く程ではないが少し長い時間の単位だろうか。いやそれ以前に、時間の単位についてサナに聞いてないような気がするが……まあ、大事な報告よりは優先度が落ちるか。
「すいません、時間は今は置いとくとして。クラス変更について大事な事が」
「どのような事でしょうか?」
「サナにも話すべき事なんで、彼女も交えていいですか?」
「構いませんよ」
大事な事とはクラス変更で起こしたあの悪夢だ。
どんな夢かはもうわからないが、非常に稀な不具合らしいのだ。この二人には話しておきたいし、二人の知恵を借りれば何かわかるはず。
「んー。ごめんね、タクマ。私にはわからないや」
「申し訳ありません、タクマ様。付き添いをしていた者と同じ回答しかできません」
「えぇー……嘘ぉ」
お手上げときたかー……
部屋に入るとこから装置の中で目覚めるまで詳らかに話したが、答えは得られずじまい。けど、覚えてる夢の内容が「苦しかった」のみでは当然かあ。
「けれど、異常な事が起こったのはわかった。気をつけようね、タクマ」
「ああ。そうだな」
「ところで次は何しよっか?」
次する事か。
サナと正式な契約はした、王様への報告は済ませた、ギルドへの登録も済ませたしクラスも変え終わった。となると後は冒険者としての活動を……
「あれ、ギルドカードって受け取ったっけ?」
「あ、申し訳ありません!」
「ですよね。なんか違和感あると思った」
跳ねるような動きで水晶体が埋め込まれた、スマホサイズのカードを取り出して手渡してきた。
表にある大きな水晶体には「パーティランクF」とあり、裏は「特記事項及び使用可能魔法」というタイトルでその下に幾らか記載がある。大よそ何の事かはわかるが……ちゃんと理解しようとすると難しそうだな。
「タクマ様、ギルドカードに関して説明はご入用でしょうか?」
「追々サナに聞いてくんで大丈夫です」
こういう説明は必要になったら逐一聞いていけばいいから、今は不要だ。それよりもだいぶ焦らされているから早く冒険者らしい事がしたいんだよ。最も、サナは明らかに不安そうな視線を送ってきているが。
「よし、クラス変更も登録も終わったし、クエストってやつをやろうぜ」
「いやいや。何を言ってるのタクマ」
「そっちこそ。せっかく冒険者になったんだぜ? クエストって奴をやりたいじゃないか」
何を言っているんだ、と言わんばかりのサナにこちらも同じ態度で返す。下準備が大事なのはわかるが危険じゃない、雑用なんかのクエストがあるならそれぐらいはこなせると思うが。
「私達はまだ二人しかパーティにいないんだよ?」
「仲間が少ないのは認める。けど、危険じゃないクエストがあるなら、慣れの為にも一度クエストってものをこなしてみたいんだよ」
「うーん。けどなぁ……」
大層怠そうにため息をつくこの態度。
何かサナにとって不都合な他意がありそうだ。
「サナ、その感じなんかあるんだろ?」
「何かあった時の為と、先にギルドカードやその他諸々理解してから望んで欲しくって」
「他に?」
「……ちょっぴり説明が面倒なの」
なるほど。
そういえば面倒なことを嫌う傾向にあったな、このやらかし召喚士。しかし、前二つはその通りだ。クエスト中にトラブルが起きたら俺たち二人で対応できるかわからない。
「そんじゃ仲間増やしますか!」
「じゃあ私は募集を前の掲示板で……」
「いや待て」
「どしたの、タクマ?」
掲示板に行こうとするサナを引き止める。
彼女の手段も手ではあるが、仲間を必要になり次第都度募集するようなその場凌ぎでやっていくのは御免願いたい。また俺たちの冒険は相手が相手。長いなんてもんじゃないだろう。
つまり、超長期で行動できる必要がある。この条件は中々に厳しい。
「俺にやらせてくれ」
「どうやって?」
怪訝な表情で投げかけてくるサナを見て、笑みがこぼれる。
一人心当たりがあるのだ。長きに渡る魔王を倒す旅路をずっと共にできる信頼できる人材に……!
「元の世界から連れてくるよ」
「待って、それは……!」
「大丈夫。アイツは心配いらないよ。だから、俺を一度元の世界へ送ってくれ」
苦み走った表情を浮かべたサナは髪を振り乱して首を横に振り続ける。
余程今までの事が効いているらしい。最もその連れてくる予定の人はこの世界に来たら驚くどころか、大喜びするだろうが。
「まあ、とりあえず送ってくれ。そしたらヴィジョンで見ればいいだろ?」
「確かにそうだけどさ。私、心配だなあ」
「アイツは本当に大丈夫だって!」
「うー……わかった」
本人は拗ね気味だが、何とか説得できた。
しかし知らないとは恐ろしい。
アイツを見たら……神谷正行をその目で見たら、この世界に馴染めるか、だとか魔法に驚かないだろうかといった世界の違いによるギャップを懸念をした事を後悔するだろう。
「アイツ、異世界なんてものがあったら行きたいって常々言ってもんなあ」
神谷正行はオタクだ。
俺と同じ情報系の専門校の卒業生で一つ年上にして、ご近所さんの友人。アニメ好き、ゲーム好き、ラノベ好き、話題といえばスマホ向けゲームのシステムや運営への文句、多方面なキャラの分析、新作アニメの予測といった典型的なオタクである。
異世界ものの見識は勿論あったし、そんな奴が異世界での長期の活動の機会を得たら逃すとは……とても思えないのだ。
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「う、ぁー ……お」
意識と視覚が両方目覚める。
既に日が暮れいて、現在位置は自宅前。
冷たい風が肌に吹き付け、またその音がする。カレーの匂いがご近所からし、舌で指に触れると僅かに酸っぱい。
「五感に問題は無しと」
転移に伴う異常はないようだ。
さて連絡を取るのが先決だが、現在時刻を確かめなければ。休学中の俺と違い、ちゃんと仕事してる社会人だから時間を間違えれば迷惑かけるかもしれない。
「ただいまあー」
「あらぁ? タクマもう帰ってきたの?」
玄関に入ると母さんが驚いた様子で出迎えてきた。一時的な帰宅とはいえ、異世界へ旅立って一日しか経ってないもんなあ。
「一時帰宅だ。今日は正行に連絡取るのにスマホが使いたくってさ」
「正行君に?」
「うん。そんで、今の時間は?」
「丁度八時回るくらいかしら」
「ありがと、家入るね」
靴を脱いで、玄関から居間へ。
そこの収納箱に俺のスマホがある。ゲームアプリは全部削除及び引退したが、まだ使うであろう連絡手段となるアプリは消さないで正解だった。
「ちゃちゃっと連絡取るかあ」
スマホ片手に座椅子に寝転がる。
起動するアプリは吹き出しマークのアプリだ。今の時間なら正行は仕事を終えている時間のはず。連絡を取っても大丈夫だろう。
『正行、ちょっといいか?』
メッセージをキーボードで打ち、送信。
気になるのか、アイツはメッセージがあったらすぐに返してくれるタイプだから読まずに無視なんて事はしないはずだと思うが……
この待つ時間が、少しだけ焦れったい。
「あ。既読ついた」
俺が送ったメッセージの上に白文字がついた。
このアプリは、相手が自分の送ったメッセージを閲覧したか知らせてくれる機能もあるのだ。
また、これが付けばメッセージを見る時間の余裕はあるとも言える為、仕事中では無さそうだ。
『どした?』
「よしきたっ!」
良かった、連絡を取れたぞ。
ここで要件を送ってもいいが、文章で説明してもまず信じてもらえないはずだから、直接会ってある程度は異世界について説明した後、駄目なら異世界に連れ込んで証明しよう。
『大事な要件あってさ。今から会えるか?』
これでよし。
送信ボタンを押して再び待つ。
『今からか!? ううむ、それは要件による……』
ああ、まあそう来るよな。
けど異世界がある、という証明そのものはそこまで時間はかからないから大丈夫。
『いやあ、時間は全くかからんよ?』
メッセージを書いて、送信と。
『ほーん……まあ仕事はもう終わったし時間かからんならいいか。わかった、今から行くわ』
よし、上手く行った。
こういう時、ご近所というのは本当に便利だ。
俺の自宅と正行の自宅は徒歩二分未満程度の距離しかないから、こうしている間に……
ピンポーン!
そら来た。
このタイミングのインターホンは間違いなく正行のはずだ。外に迎えに行かないと!
「悪いなー、急に呼びつけちまって」
「気にすんな、すぐそこだから」
玄関を出ると、庭先に正行が居た。
俺と同じような背の筋肉質の身体に上は黒で無地のシャツ、下はゆったりとした紺色で幾つもポケットが付いたズボンを着ている。
顔立ちは一重で鼻は高くなく、地味な印象を覚える。髪や目の色も黒髪黒目。
目立った特色はないが小学生時代から付き合ってきたからか、顔を見ると安心感を覚える。
「ほんで、用ってなんだよ?」
「喜べ正行、異世界に行けるぞ!」
躊躇なく言い放った。
いくら各種媒体でそういうシチュエーションに耐性があっても、初めは戸惑われるのはわかっている。ならばいっそ、例え話や説明を抜いて本命を出してしまった方が受け入れられるかもしれない。
「お前……それ本気で言ってる?」
「本気じゃなかったら呼び出すと思うか?」
「うっ。確かに」
「いくら言っても証明にならないからさ、今は言う通りにしてくれ」
「腑に落ちない部分しかねえけど……わかったよ」
疑いが晴れない様子の正行。
この世界に居てはいくらでも言い訳が効くから晴らすには異世界に連れてく他ない。強引なのも止むなしだ。
「つーわけで、見えてるか?」
一応正行が従う意思を示した所で、虚空に話しかける。
こっちでの話し方を聞き忘れてしまったから、こうするしかないのだが、正行にああも痛い子を見る視線を向けられのは嫌だな。帰ったら口に出さなくていい話し方を聞いておこう。
『見えてるし聞いてるよー。その人だね?』
「友人の神谷正行だよ。一旦連れて行くのが早いと思うから、召喚を頼む」
『わかった。こっちはもう準備始めてる。召喚していいってなったらまた言って』
頭の中に違和感がすると共に、サナの声が直接響いてくる。
状況は今まで見てきただろうから、後は召喚される本人が了承すればいい。
「お、おい。今独り言喋ってたよな……まさかとは思うが今のって」
「そのまさかだよ。俺たちを異世界に召喚してくれる人と喋ってた」
「マジかよ! 女の子か!?」
「オイオイ、聞くのそこかよ」
俗っぽい正行にこちらも苦笑が零れる。
まあらしいし、いつも通りで何よりだ。もう少し押しておけばいざ着いた時、落ち着いていられるかもしれないから情報で緊張を解いておこう。
「そうだよ、女の子だ。俺の一つ下ぐらいのな」
「キタコレ!」
「しかも白髪で毛先が青色っていう不思議な髪色してて、目が青いんだよ」
「ツートン白髪キャラ……いいねえ!」
「気性もちょっと忘れっぽい所や強引な所もあるけど、いい奴だよ」
「ドジっ子属性とな? 嫌いじゃないぜ」
「あと、ナニとは言わないが服越しにわかるぐらいに大きいぞ」
「よしわかった、何処へでも連れてけぇ!」
さっきまでのは態度は何処へやら。
物凄い食いつきようじゃないか!
ただ、このままでは正行の中でサナが萌えキャラに仕立て上げられるだけだから餌やりはここまで。
これだけ釣っとけば大丈夫。コイツが単純で今は感謝だ。
「今からお前を異世界へ連れてく。召喚してくれる子が俺たちを召喚すると、逆らえないような眠気が差してくるから、後はそれに身を任せてくれ」
「わかった、目を瞑って待ってるよ」
そう言って、正行が目を瞑るに代わってまた違和感と共にサナの声が頭の中に響いてきた。
召喚のゴーサインを確認だろうか?
『タクマ、様子からしてもう召喚してもいいよね?』
「こっちは説得が終わったから大丈夫だ」
『わかった。じゃあ目を瞑って待ってて』
そうサナが言うと、頭の違和感が消え去った。
同時にまたあの逆らい難い眠気が差してくる。既に自宅の庭を写した視界が歪んでおり、意識が混濁状態にあるせいで正行が眠っているか確認したかったが、できそうにもない。
「毎度、思う、けど強引、だな……」
このやり方には少し不満があるが、今は逆らっても仕方ない。
今はもう、寝よう……
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆
「すっげ! タクマの言ってた通りじゃねえか!」
「な、なにこの人。聞いてたのと違う」
「やっべ、現実とは思えねえ。良いのかよ俺がこんな不思議少女と居ても。許される事象か?」
「やだこの人怖い……」
うるさい。
聞き覚えのある二つの声が何やら言い争っている。いや言い争うというより一方が気味悪がってるようだ。
「う……ああ?」
おぼつかない意識の中で目を擦るとそこはサナの部屋で既に目覚めたらしい正行が、サナと会話しているが……
「あ、タクマやっと起きてくれた! ねえ本当にこの人信頼置けるの? おかしな事ばっかり言ってくるんだけど!」
ナンテコッタ。
物凄い引かれているじゃないか。
「おっ、タクマ目が覚めたか!」
「目なら覚めたよ。ところでお前、ドン引きされてんの気づいた?」
「えっ! あー……ごめんっ!」
怯えて俺の影に隠れるサナに流れるような動きで正行は五体投地し、さらにその後跳ねるように立って続けた。
「俺の名前は神谷正行! タクマの友人で一つ年上だ。勤め先がガテン系だから体力は自信あるぜ?」
挽回すべく、腕まくりをして自身の筋肉を披露しつつ、自己紹介を始める正行だった。




