第一章 第七話 身体に強く関わる事
資料と、冒険者としての職業であるクラスが決まり、サナもギルドカード作成申請用の書類を書き終わった。そしてそれをインテンスさんに報告した所、彼女はその処理を始めたのだが。
「ええっと、この書類は……これはお客様の確認書類、これは私が処理しなくてよし」
今度は彼女自身が、ギルド内をあっちこっちしながら書類と格闘している。
渡した書類の重ねた厚みは丁度、ラノベの文庫本くらいある。幾らかこちらの確認用のもの、手本のものもあったから、見た目よりは処理量は減るだろうけど、それでも多いなあ。お気の毒。
「すごい多いな。時間がかかりそうだ」
「うん。ギルドって世界各国色んな場所にあるもの。だから、どうしても時間が……」
「待て待て、世界各国だって?」
さらっとパワーワード言ったやらかし召喚士さんは何ら不思議なことでない風に、むしろ「またそうやって脱線するー」と本題から逸れる事に頬を膨らませつつも続けた。
「ギルドについては、私や私のお父さんが産まれた頃から……ううん。それこそ皆があって当たり前だったの。だから何で世界各国にあるのって言われても、あるからある、と答えるしかないわ」
「あるのが当たり前、か。そいつは凄いな」
「そっかなー?」
「いやいや、凄い事だと思うよ」
サナはさも当たり前の事を言わせるな、という態度だがギルドの仕事をちゃんと考えると、えらく大変そうだ。
周りにあるものだけでもクエストの掲示板、クラス変更の受付及び、クラス変更をに伴う経費、ギルド登録者の管理。そして何か道具が必要なら導入から廃棄まで。これを世界各国だ。普及に必要とされた労力は計り知れない。
当然仕事は分けているだろうが、インテンスさんのあの様子だと、このギルドに限っては人手が足りてるようには見えない。数多の冒険者を纏めるわけだから、要求される人材のレベルが高いのかもしれない。
「大変そー……」
「手伝ったらー?」
「あれを? ははっ、ご冗談を!」
互いに他人事の風に木製のテーブルにて駄弁る。あの紙と文字の量を俺がやったらギャグ漫画よろしく頭から火でも吹いてしまいそうだ。
「タクマさーん! ノジカ・タクマさーん!」
「おっと」
なんて他愛ないやりとりをしていたら、インテンスさんがカウンターで鋭く俺の名前を呼んだ。処理が完了したらしいな。
「はーい。お呼びですね」
「必要な書類の処理とクラス変更装置の準備が完了しました」
「お疲れ様です」
呼ばれ、カウンターへ移動して話を聞く。
顔や腕、足、胸元にちらほらと汗が見受けられ先程より疲れているように見える。流石に大人数が変更する時は応援を呼ぶだろうが、一人でこれだ。団体での変更時は……うん、血の気が引くな。
「……ホント、お疲れ様です」
「労いの言葉、痛み入ります。装置の部屋にご案内しますが、お連れ様はよろしいですか?」
「サナは……」
サナへ視線を向けると首を横に振った。待つつもりらしい。
装置のある部屋で延々と待機してるのも退屈だろうから全く構わない。
「じゃあ、お願いしますね」
「それではこちらへどうぞ」
インテンスさんは自分の居るカウンターの左手にある分厚く、いかにも頑丈そうな金属製の扉を指し、そのまま先に部屋に入っていった。
「いってくる、サナ」
振り返りそう告げ、返事が来るのを待たずに部屋に入る。
「うわぁ。こいつはなんだ?」
目の前に広がる光景は先程までの部屋と比べて、あまりにも様変わりしていた。
奥に広い部屋で、白い壁と緑の床。ここまではまだいい。
「改めまして、本日担当のインテンス・レッズです。よろしくお願いいたします」
「はあ。ご丁寧にどうも」
今から周りにあるものに体を弄られるって思うと正直怖い。周囲にあるものはどれも強い生理的な嫌悪感があるのは勿論、既視感もあるからだ。
「タクマ様にはこの装置に入っていただきます」
「わかり、ました」
彼女が指す装置は人が一人入るぐらいの透明な円筒を底の黒に近い灰色の計機がついたパーツで床に固定している。また底に透明な管が細い太い問わず鬱蒼と繋げられており、管の中は光が行ったり来たりしている。
そしてこれがこの部屋に左手側に五つ、右手側にも五つ、合計十台。
「あのタクマ様、お顔色が優れないようですが」
「あ、ああ! 大丈夫ですよ」
何よりも装置の中にある黒くて細いチューブの先には吸盤が備えられていて、これは多分肌に付けるものだろう。
こんな感じの場所を実際には見たことないが、知ってはいる。元の世界の知識だ。
「なんかの実験室、かよ……」
そう呟き、ツンと来る臭いに鼻をつまんだ。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_
『こんな事も、できなくて……』
ん……? あれ。
おかしいな、目の前が黒一色でなにも見えない。ダメだ、体と頭が重い……ああクソ、考える気すら起きないぞ。
『なにが、■■■だ……■も助けられないのに!』
ええっと、俺はどうしたんだっけ。
確か根掘り葉掘り聞いて……いや、それよりも何やら声が響いてくる。ガラス越しのような感じで上手く聞き取れないが、憎しみの篭った低い……
『僕は、いや俺は……。なに? 自分を嫌うな? そうだな。その通りだとも』
男の声だ。
何だろう、凄く大事な事が聞こえてる気がする。目をこすってみれば見える、か?
「待ってろ■■……そんな体は嫌だろう。すぐに替えを作ってやるからな!」
お。
ぼやけてるけど見えてきた。ついでに意識もはっきりしてきたぞ。
さて、周囲は……さっきのクラス変更室に似てるな。壁が黒くて部屋の明かりが点ってないらしく、いかにも背徳的な実験してそうな雰囲気だけど。
他にもクラス変更室との差異は、透明な円筒装置の中に発光する緑色の液体が入っている事と。
「絶対に俺はお前を救ってみせるぞ。それが例え神に叛旗を翻す行為だろうとも、絶対にだ」
その液体の入った装置の中に、人らしきシルエットが見えていて、痩せこけた白衣を着た黒髪の男が嗚咽しながら円筒に話しかけている事。
俺がどんな視点でこの光景を見ているかわからないが……とにかく不気味だ。
「む、実験体の一体が目を覚ましたか。自我を持たれては困るな」
なっ!?
気づかれたか? 男がふらふらとした足取りで近づいてくる。いやいや、それよりも今、俺を指して実験体って言ったか? つまり俺は俺じゃない誰かの体に入ってるという事になるし、周りにある人型にシルエットは人間の可能性が高いって事に……!
「不具合を起こされては困る。処理せねば」
腕が近づいてくる。
何をされるかわからんが、人間を実験道具に使うような人間がすることだからろくなもんじゃないのは確かだが!
「ごぼがぼっ、ごぼがぼごぼっ!」
不意に出た泡交じりに自分の聞こえる声。
高くて聞き覚えがないものだ。
ついでに胸の辺りが変に重たいが……そういう事なのか?
「なーに、痛いのは一瞬だよ。そら、目を瞑れ」
「ごぼっ!」
腕が、顔に近づいてくる。
この腕にされる、何か。
嫌な事、痛い事、苦しい事、不快な事。
わからない。けど、いや故に怖い。
だから、早く、出ないと……!
「やめろおぉおぉぉーっ!」
あれ。
さっきまでの場所と違う。
「あ?」
よく覚えてないが俺はさっきまで、不気味な実験室に居て何かをしていたはずだったよな。
あれれ、何でかまた違う実験室に景色が変わってるし……目の前に居るのは男ではなく何かの制服姿で茶髪の女性で……んん?
「お目覚めですね。タクマ様」
「あ、はい。そうですけど、あなたは?」
「インテンスの交代でタクマ様を見張っておりました者です。かなりうなされていたようですね」
目の前の女性の言葉で思い出した。
俺はサナとギルドに来て冒険者のクラスを決めて、インテンスさんにそれを告げた。それで機械に入るように言われたが、部屋の雰囲気と装置の形が不気味だったから安全なのかを聞いた上で、装置に入ったんだ。
そして、さっきまでのは夢だったようだ。現実じゃなくて本当に良かった!
「そうだった、そうだった。ところで、クラス変更はうまく行ったんですか?」
心配そうにこちらを見つめる女性にクラス変更の成否を尋ねる。インテンスさんは安全性について熱弁していた。なら、あんな悪い夢を見たのなら何かしら支障があってもおかしく無いはず。
「その点についてはご安心ください。クラスは無事に変更されております」
「あっ……そうでしたか! そりゃあ良かった!」
ほっとした。
またあんな思いをする可能性があるならクラス変更はもう御免だからな。
「で、僕がさっきまで見てた夢は一体?」
聞かねばならない点が聞き終わったので、個人的に一番気になる点について切り込むと、女性は頬に手を当て嘆息し、「大変稀な現象なのですが」と前置きして語り出した。
「装置が使用者の魔力に関与する性質上、使用者の魔力か、装置の運用に使用する魔力かを通して装置、正確には構成する物に宿る記憶をクラス変更中に夢という形で見てしまう事があるのです」
「なんじゃそりゃ! いや待てよ。その言い方だとひょっとして」
「はい。大変申し上げにくいのですが仕様、というものでございます」
「うーわ……」
なんたるクソ仕様だ。
これがゲームだったら運営に問い合わせするね! 最も話を聞くにどうしても直せないものらしいから改善は見込めそうにもないが。
「つっても、現状を悲しむより報告が先か。非常に稀な現象らしいし」
ここで目の前の女性に文句言うよりも、クラスを変更する為にギルドには来たのだ。今は事故があったのを含めサナに報告しに行くべきだろう。
「とりあえず今は良いとして……さっきの部屋に戻りたいんですが出してもらえます?」
「あっ、はい、ただいまお出ししますね!」
頭を上げた女性は、まず装置を止めてから、鍵を取り出して扉を開けて、ついでに吸盤も取り外してくれた。
「ふぅ。ありがとうございます」
「いえ。私共こそ、この度は不慮の事故で不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いやいや、もう終わった事ですよ。頭を上げてください、今は部屋に戻りたいのですから」
「配慮が足らず申し訳ありません! すぐにご案内致します!」
律儀に何度も謝ってくれる女性の案内で、まだ少し怠い体を引っ張って元の部屋へ向かった。




