第一章 第六話 クラスとは
「クラスに就くデメリット、ですか」
「例えば、力が強くなる代わりに魔法が下手になるとか、逆に魔法が上手になる代わりに腕っぷしが弱くなるとかです」
「はい、そういったものはあります」
具体的な例の提示に、インテンスさんはこくんと頷いて肯定した。
今のはよくある戦士等の物理職と魔法使い等の魔法職のステータスの上下をざっくりと挙げたものだ。一番聞いておきたいデメリットを早めに理解できてよかった。
「あの」
「はい、なんでしょう」
「他に何か……」
「あっ。いやいや、何もないですよ!」
「はあ。では説明を続けます」
まだあるかと問われ、首を横に勢いよく振る。どうやら意味ありげに尋ねているように見えてしまったらしい。そんな事全くなくて、単なる知識欲だから微妙に恥ずかしい。
「お客様が先程仰られた通り、クラスは能力の特化という側面も持っています」
「へえ……ところで、クラスに就いた場合って冒険者という職業からは逸脱しないんですよね?」
「そうですね。先程職業、と申しましたがそのクラス名の職業に似た能力にする、とも表現できます」
「ふうん……」
何かまどろっこしくなってきたが、冒険者にとっての職業というのは役割的な意味だろう。職業で例えているのも恐らくそれが一番通じやすいからか。
実際、クラス名に近しい能力を手に入れる以上、戦士のクラスに就いたら前に出て剣で切る、槍で突くなりするし、魔法使いのクラスなら後方で魔法を撃っていると思う。
「そして最後に、ご了承いただかなければならない点がございます」
ここまでどこか敬語だが、気怠げな感じで話していたインテンスさんが目線を合わせ、大きめの声でそう言ってきた。恐らく痛みや時間といった、こちらにとって不都合な事だな。
「どのような事ですか?」
俺も同じく姿勢を正し、視線を合わせる。聴き逃したくはない。
「クラスの変更は能力の調整をする為肉体に大きく影響を及ぼします」
「そりゃあそうでしょうね」
極端だが、魔法使いが戦士にクラスを変更した場合それまで必要なかった肉体の強さが必要だ。その際に大きな影響は勿論、何かしら負担がかかるのは当然だ。
そういえばクラス変更で能力調整といえば、一個分からない事がまだあるぞ。
「勿論わかるんですがクラスの変更って具体的に何を弄るんです?」
「あらっ、ご存知なかったのですか?」
素朴な疑問にインテンスさんは拍子抜けしたような表情を浮かべた。
どうやらクラスを変える事で何がどうなるかを把握してるから、何をどうする事でクラスの変更とするかも理解しているものだと誤解を読んでしまったらしい。
盛大な誤解だ。
俺はゲームにどっかの神殿でやりそうな職業変更で想像をつけていただけ。これからは元の世界の知識が通じない人の話は予測せず、きちんと聞くべきだな……反省、反省。
「クラスの変更は、魔力を活用します」
「お、魔力ですか。魔力はあらゆるものに成れると聞いていましたが肉体にもってわけですか」
「少々異なります。魔力の性質上、直接筋肉を増やすといった事は大変困難なので代わりに体に溶かして、成長を促します」
万能エネルギーの魔力にも限界がある訳か。
けどこの理屈なら、魔力が多い人間は少ない人間よりも筋肉を手に入れるのも簡単。つまり強い魔法使いは強い戦士になるのも早いと。
「となると、逆もできるんです?」
「勿論です。成長を促すのに溶けた魔力を取り出す事で魔力を増やすといった事も可能ですよ」
「はー、便利なもんですねえ」
そして強い戦士は、魔力が身体に篭ってるから強い魔法使いにもなりやすいと。
最も魔力に頼らず、己の努力のみで鍛えたイレギュラーも居るだろうから完全にはこの理屈は通らないだろうが。
「それでは、質問はよろしいでしょうか」
「はい。本題から逸らしちゃってすいませんね」
「いえ。理解せずにクラスを変えられては困りますし、これから話す事に関わるので丁度いいです」
インテンスさんは居ずまいを正して、軽く咳払いして続けた。
「クラスの変更では筋肉の収縮及び、発生といった事象は身体に大きな負担を及ぼしますが、想像に難くないと存じます」
「やっぱり負担強いですか」
前提を話すインテンスさん。
異世界から来たとはいえ、これぐらい俺にも予想がつく。しかし認識できているか確認するのは重要だ。話の筋からして多分その対策である次が本題だから向こうも慎重なのだろう。
「当ギルドでは、クラス変更に伴って発生する痛みが主な負荷の軽減の為クラス変更中は魔法を用いて昏睡状態になって頂きます」
「あー……うん、まあ、納得はできます」
淡々と物騒な事実が語られ、俺はカウンターに突っ伏しする。理解はできる。痛かったりするなら意識取ってしまえばいい、実にわかりやすく確実な解決策だと思うよ。
けど他になかったのか、加護的なのとかファンタジックなのでクラス変えたりしないのか、なんて無意味で声には出ない抗議の声が脳裏に浮かぶ。
「……なにか?」
「いえ。特に、何も」
「大丈夫です。痛くありませんよ!」
インテンスさんは、俺の心情を察してか笑顔を向けてくる。
でも俺知ってる、その笑顔は予防接種の注射器を持ってる医者と同じだ。どうしても痛い事をこれから経験しなければならない人間に憐れみを込めてするるものだ。
「私からの説明は以上です。後はこちらのクラスの特徴を書いてある資料に目を通し、決まり次第また声をかけてくださいね」
「わかりましたー」
インテンスさんはイラストが多く描かれた大学ノートサイズの資料を渡すと、ギルドカード発行の書類と文字通り格闘しているサナの元へ向かった。唸ったり、頭を抱えたりしているが大丈夫だろうか。
「まあ、あれは向こうに任せるとして……」
空いていたカウンター付近の丸い木のテーブルに資料を広げ、目を通すことにした。
_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_
「えーっと、なになに?」
資料には、上から前衛、中衛、後衛、一芸特化に分類分けされており、その中にクラスの紹介が書かれている。
一番目を引くのはやはり最も上にある戦士だ。筋力が上がり戦闘に役立つのは勿論、体力がつき戦闘以外にも探索にも役に立ち、強靭な肉体も手に入り、味方を守ることも可能。肉体を強化したい方や冒険者初心者におすすめ、と猛プッシュされている。が、端っこの方に小さな字で魔力を大きく失いますとも書かれてもいる。詐欺かよ!
しかし下に目をやるとそれと同じくらい推されているのがある。
魔法使いだ。
先ず大見出しに体力や筋力を失う、とデメリットが書かれていてその下にしかし、と続き魔力や魔法に関するメリットを数字と体験談がつらつらと書かれている。数字はこの世界での知識がないからわからないが、体験談があるのはありがたい。
具体的には、魔力が増えたお陰で使えなかった一段階上の魔法が使用できるようになったとか、火の魔法の火力調整が効くようになったからより料理を美味しく作れるようになったとかが書かれている。あれ、結構俗っぽいのが多いな。
「うーん。迷うねえ」
この他にも戦士の横に重戦士、というものがあり、より味方を守る若しくは強い力が手に入る。代わりに魔力と速さを失うらしい。逆に素早く、尚且つ器用にならば中衛の欄にある斥候。これを選べばいいのだが、これは魔力と守りが落ちるし上がり幅が小さい。まあ力と速さに特化するならその上にある剣士を選べばいい。魔力の下がり方が戦士並みに激しい上に速さに重きを置いてるらしく守りの上がりが低いけど。
「けど、違う。俺は今の状態から何か少しでも落ちたら困るんだ」
そう。
学校には毎日通ってきたとはいえ、それ以外は引きこもってゲームばっかして生活してきたせいで体力や素早さ、身の守り、器用さ……肉体面はどれを取っても並み以下だし知能も大した事ない。そんな人間がいつ死んでもおかしくない世界で何か能力落として何かに特化するなんて無謀過ぎる。
そもそも、魔力に関してはサナの魔力が入るらしいからかなり強くなれるはず。でも、最初は上手く使いこなせないと考えるのが自然だし、将来的にはサナぐらいに魔法が強くなる可能性があるなら魔法の能力を強化する必要はないよな……?
「けど、魔力を落として……というわけにも行かない。それに柄でもないし」
俺自身、肉体で語るよりも話で片付けられるならという人間だ。
ろくに殴りあった経験なんかこれっぽちもないからできないし、合わないのだ。
「じゃあ魔法使い、というわけにはやっぱりいかないよなあ。ぐぬぬ」
堂々巡りだ。
魔法を取れば体が犠牲に、体を取れば魔法が犠牲に。ゲームだったらどっちも取れる魔法戦士的なのがあったが、このリストにはない。やっぱりどっちも、というのは上級職よろしくある条件を満たさないと駄目なのだろうか……!
「かあー……どーすんのこれ」
「タクマ、まだ決められないの?」
なんて頭を抱えていたら、資料との奮戦が終わったらしいサナがやってきた。髪の青みが少し強いのが気になるが、それより魔法使いの下に召喚士のクラスがあったのを思い出した。
「なあサナの召喚士ってクラスなのか?」
「そう。私はクラス召喚士で、職業は冒険者。その感じだとクラスについて理解できたんだね」
「うん、理解はできたよ。でもクラスに迷っててさー。何かないかぁ?」
アドバイスをサナに頼み、テーブルに広げた資料をサナに手渡す。クラスを選んだなら何か聞けるかもしれない。
「資料を書いてたら聞こえてたけど、タクマは何か能力が落ちるのが嫌なんだよね?」
「聞こえてたか、そうなんだよ。今の俺が少しでも能力が落ちたら困るんだ」
「だったらここの冒険者、というのはどうかな?」
「えっ、そんなクラスあったか?」
サナが指で示しているのは、一番下の一芸特化の欄だ。一番大きな射手、その次に大きな投擲者、その他諸々ときて……
「ちっさ。見るか、こんなもん!」
左の端っこに小指の爪程の大きさの円の中にさらに小さな文字で冒険者と記され、そこには魔力調整が済んでいない方向けに、調整を行い全ての能力をわずかに上昇させます、とだけ記されていた。
「へえ。何も下がらないってのはいいや。けど全ての能力が上がるってのはどういう事?」
「簡単に言うと、魔力を流れやすくするの。魔力はテナから出た後は身体中を巡っていくんだけど、調整してない人は通る場所が狭いの」
「調整をすれば広くなるってわけか。なるほど」
推測にサナは「あったりー」と歯を出し、無邪気に笑った。こういう端々の動作を見ると、ほんとに最初に会った頃と違って明るい。今見せてくれているのが、本当のサナなんだろうか。
「じゃ、俺は冒険者で最初はやろっかな!」
「ならあの人呼ばないと。インテンスさーん!」
いつの間にかカウンターに戻っていたインテンスさんが再びこちらへやって来た。
「クラスがお決まりですか」
「はい、冒険者でお願いします」
「冒険者ですか……」
答えた途端見るからに残念そうな、申し訳なさそうな、とにかく気落ちしたような表情になるインテンスさん。言いたい事はわかる。
「仰りたい事は何となく察しがつきます。あまり能力が上がらないからお勧めしない、ですよね?」
「その通りです。が、承知しているご様子なので申し上げられる事はございません」
と、言葉を交わして資料を渡すと「呼ぶまで待ってほしい」旨を告げた後、カウンターへインテンスさんは持って行って、魔法を使用しているのか時折光を放ちながら作業を始めた。
「なあサナ」
「なあにタクマ?」
作業が終わるまでの間何も話さないのはあまりに暇なのでとりあえず隣に居るサナに話しかける。
「冒険者のクラスってそんなに弱いのか?」
「クラス自体はね。けどタクマには私と、私の魔力があるから。だいじょーぶ」
包むように優しげな声色で一抹の不安を消してくれるサナはそのまま続けた。
「いざとなったら、クラスの変更は効くしそんなに強く心配するほどでもないよ。私も付いてるし!」
「お、おう。そう、なのかな?」
「私も付いてるし!」
「何で二回言った、あと近い!」
理屈で通らないなら保険を交えてゴリ押しだ、と言わんばかりに鼻息荒くしながら顔を寄せて熱弁してくる。
この元気っぷりを見ると不安がる方が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「案外大丈夫かもしれないしな……そうだな、今はサナを頼らせてもらうよ」
「そうそう。タクマはもっと私を頼っていいのよ。私という国一番の水魔法使いが居るんだから!」
ここまで言ってくれるのは嬉しいが、ここまで言わせる程に俺は弱いとも言える。
「強くならなきゃな」
頼ってほしい、というサナの言葉を聞き、まだ彼女の中で守る認識である自分の弱さを改めて痛感せざるを得なかった。




