第一章 第三話 とりあえず前へ
次の言葉が思いつかない。
心を読まれる、となるとどう繕っても自分の本音を暴き立てられてしまう。
即ちどう繕っても、繕ったものを引き剥がした本音しか今のラルトイさんには伝わらないのだ。
「どうしたんだい、タクマ君」
話の筋からして恐らく、魔法で心を読んでいると思うけれど、ここで俺の心を読む意図がわからない。単純に俺の本音を知りたいだけなら聞き出せばいいのに、何故こうもある意味乱暴な手段を選ぶのだろうか。
心を読む事自体には怒ってはいないけれど。
心を読むというのはその人が発信しようとする言葉や思念の修飾するのを放棄させるのを示す。発するものを飾りたてる事で伝わり方も全然違ってくるし、それで上手く事が運ぶことだってある。その権利を剥奪されるのが、嫌なのだ。
なんであれ、こんなやり方はあまり頂けない。
「成る程。少し驚かせてしまったようだね」
「まあ……ほぼ面識も無い状態で本音を探られれば戸惑いますよ」
「や、すまないね。君の顔色が悪かったものだから。なにかと思ったのだ」
軽く頭を下げて謝るラルトイさん。
心配してくれていたのは嬉しいが、どうしてそんな方法に出たのだろうか。憶測だが、サナの体質が特異的な辺り、過剰な心配性なのかもしれない。或いは、俺が口を割らないと思われたか?
「さて、本題に話すを戻そう。君の悩みの種についてだが」
「何かあるんですか」
「ああ。はっきり言って……」
まで言って、ラルトイさんは何故か苦笑しながら続ける。
「悩むだけ、無駄だよ? タクマ君」
「はっ、え?」
「何せ世界各国が大賢者が召喚された時代から頭を捻って考えても答えが出なかったからね」
「大賢者? 世界? ん、んんっ?」
一気に広がったスケールに頭が追いつかない。
あと、唐突に出てきた大賢者なる人物がどの程度古い人なのかはわからない……恐らく、ここで名前が挙がってくるなら相当古いのと、この世界出身ではないのは明白だけど。
「ははは、そんなに首を傾げて。今のでよほど疑問が湧いたと見える。一応説明しておこうか」
「お願いします。理解が追いつかなくて」
苦笑からゆるゆると首を振り、仕方ないなあという風のラルトイさんに解説をお願いする。
にしてもこのラルトイさんの態度。多分俺はさっきの召喚された人の話含め、常識外れな事を言っていたんだろうな。
「大賢者は今から十五代くらい前の王様が生きていたくらいの時代の人間だ。最古の召喚者にして衛生概念の祖とも名高い、世界的な偉人だよ」
「非常に立派な人なのはわかりました。規模が大きすぎて、いまいちピンときませんけど……」
「まあ、そうだろうね。彼の偉業は枚挙に事欠かない。今はそれでいいとも」
ラルトイさんは「彼の事はゆっくり話そう」と話題を引っ込めた。たった今供給された情報と、先の世界各国というワードからいかに俺の抱えていた葛藤がいかに無謀なものかよくわかった。
平均どのくらいこの世界に人が生きるかわからないから十五代前の正確な数字は出せないが、短く見積もって七百年、長く見積もったら千年以上昔の話か。どっちにしろ、それだけ昔から話し合われてきたことを俺とサナだけでは解決のしようがない。
「まあ、こんな事情があるからって自分を誤魔化すってのも何だか癪ですけど……本当にどうしようもないですね」
「現状では解決は不可能だ。故に、召喚した者達の家族への配慮はしようもない」
「けど、放っておくのは!」
冷たく諦めたような言い方だ。
主張はわかるし、俺達では何もできないのも納得した。けど、サナの父親であるあなたがそれを言うのか。
「君の気持ちはわかるが、では何をしろと?」
「うっ……」
「答えられないようだね。ならばもう一度繰り返そう。悩むだけ、無駄だ」
「ぐうの音も、出ません」
「君の気持ちはわかった。娘の罪を晴らしてやりたいという気持ちも、君が娘を大犯罪者である事を理解したのもついでにね」
密かにサナへの恐怖心も読み取ってたのか……!
「親しくなるのは事が大き過ぎて無理のある話だとは思う。だが、君しかもうサナを理解してやれる可能性のある人間は居ない。無理を承知して、頼みたい」
父親だからその想いは当たり前だよな。
それにもう父さんには啖呵切ってるし、休学届けまで出してある。進んでも大変、退いても大変ときたか。まだ迷いはあるけれど、退くに退けないなあ……
「……タ、クマ」
「サナか」
今さっき出てきた部屋から申し訳なさそうにじっとこちらを見つめる主を見つけた。俺がラルトイさんと話し始めてから姿が見えなかったが、雰囲気を察して部屋に居たのか。
思い返せば、召喚した人達への対応は以前話したし、そもそも俺とサナだけで解決できる規模の問題でも無いから受け入れるしか無い。
となれば、俺が受け入れさえすればこの話は片がつくわけで。
「んまあこの話、今はいいよ。どうするかはもう話した。それにご飯も食べたいし、終わりにしよう」
「あ、うん。そうだね」
ぱっと笑ってみせるサナだが、俯き加減で、納得行ってない風にも見える。
召喚した人達については解決できないものとわかった。だからもうおしまいにして腹にしまっておけばいい。今はどうしようもない事なのだから。
そう。今はどうしようもない事なのだから。
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「うーん、こんな朝早くから行って失礼にならないといいけど……」
「時間は合ってるんだよな? なら大丈夫だと思うけど」
サナ家で朝食を取った後、正式契約も終わったし、いよいよ冒険者になったりするのかと思ったらそうでもなかった。
その通りではないのは重々承知だが、ラノベやゲームなんかでよく見かけた冒険者にはちょっと憧れていたから、少し焦らされた気分だよ。
「書類を見返して良かったよ……王様への報告を忘れる所だったあ」
「まあ世界レベルでやらかしてれば、国に目はつけられるよなぁ」
曰く、正式な契約に成功したら契約書の原本と、契約した召喚者本人を連れて、最優先で王宮に報告するよう言いつけられていたそうな。
ていことを契約が終わった直後にサナが思い出し、フロウ家から慌てて飛び出して街に繰り出した。
ちなみに王様の謁見は事前予約制な上に、業務の処理で忙しいので中々会う事はできないらしい。が、した事が大きすぎる為にサナは契約に成功したら真っ先に会ってもらえるとの事。
「しかし……ホントに異世界、だな」
眼前に広がるは、完全にファンタジーのそれだ。
「おらどけどけぇ!」
「カボボー、カボボはいかがっすかあぁー! 今ならお安くしときますよぉー!」
「あら奥さん、カボボお安いそうだけど」
「悪くない値段ねえ、けど今夜は使わないかしら。それより奥さん、あなた見たぁ?」
山積みの荷物を載せ、茶色い煙を立ち上らせながら土の道を駆ける馬車、大きな袋を背中に背負って声を張り上げる茶髪で青い目の商人。
その声を聞いて晩御飯のメニューから全く違う雑談へと話題を移すご婦人方。
してる事自体は、元の世界でもあり得たかもしれない。
しかし。
行き交う人々が身につけているもの。これが元の世界とは大きく異なる。
男性は服が膝より上くらの丈をした服を着て、下にズボンに酷似したものを履いている。
女性が膝が隠れる程の丈の服で、下履きがあるかはまちまち。
また形状も勿論だが色の薄い黄色や茶、黒といった色でなおかつ柄がない、若しくはあっても線が一、二本入っただけの大変地味な服を示し合わせたように皆揃って着用している。多少個性が出ても寒色のローブを纏うくらい。
そんな元の世界とは大きく乖離した服装の人達が居て、空を見上げればほうきで青空を切る人を見つけることができる。
「おう。らっしゃい、おひとつどうだい?」
「わあ、野菜が浮いてる!?」
さらに葉野菜やら根野菜やら色とりどりの野菜をおてだまよろしくふわふわ浮かべ、ハチマキを巻いた八百屋のおじさんがにこやかに話しかけてきた。
「おっ、そんなら切れ味のいい包丁もいるだろう? うちの包丁は切れ味いいぜ! ほらっ、カボボがこの通り紙のように切れる!」
「おー……切れ味も凄いけど、今の赤いのは……」
と、対応に困っていたら横から二十くらいの金髪の青年が魔法と思しき赤いオーラを纏った包丁でカボチャによく似た野菜を切って見せてくれた。
「魔法だぜ。けどよ、今のはこの包丁自身に予め付与したもんを活用しただけ。だから魔力の消費は小さくて済むってもんよ!」
「へえぇ……凄いですねえ」
「だろぉ? 他にもあるから見てってくれよな!」
察するに、魔法と包丁本体、その両方で切ってるのか。包丁に刻まれている黒い文様は魔法の効果を記してあると見るのが自然かな。
他にもナイフやフォーク、鍋といった金物を扱っているようだが、今は手持ちが……
「あはは、すいません。生憎、手持ちがなくって」
「んあ? そーなんか。まあいいぜ、金が入ったら買ってくれよな!」
「ええ。機会があれば」
「おい、こっちも頼むぜニイちゃん!」
「いずれ、また来ますね」
なんて積極的なんだ……。
魔法の包丁は魔力の消費量次第で武器になりそうだから興味はある。機会があれば購入を考えたい。八百屋は……うん。
しかし、こうして日中に改めて見ると、実に混沌とした光景だよ。
そんな混沌が見渡す限り赤い屋根が連なり、道から建物まで石造りの街で繰り広げられている。常人が初めて見たら混乱する所だが。
俺はこの光景を見た事は無くても知ってはいる。
剣と魔法の世界を舞台とした、ファンタジーもののゲームやアニメで幼い頃から親しんできた故、脳裏に焼き付いて離れないくらいには知っている。
そして同時に、どう足掻いてもその世界にはたどり着けず、また自分の居る世界と遥かに乖離した世界である事も強く知っている。
知ってるし、憧れてきた、されど絶対に届かなかったはずの世界が眼前に広がっている。
この事実が異世界に俺はきたんだ、と強く自覚させてくれる——!
「これが、これこそが求めていた世界だよ……!」
言葉と共に、ガッツポーズを取った。
ずっと物心ついた頃から憧れてきた剣と魔法の世界。画面の外の世界から恨めしく眺めていた世界が今ここに在って延々と広がり、また自分もその世界に居る。
そう思うだけでも胸が踊る!
これからどんな冒険と日々と仲間たちが——
「タクマ、道草食わないで! 早くお城に行かないと王様に怒られちゃうよお!」
「おお。ごめん、ごめん」
なんて寄り道をしていたら黙って見ていたサナがしびれを切らしたようで袖を強めに引っ張られた。
大目玉喰らって冒険どこでは無くなってしまったら意味がない。浸っていた分、急ごう。
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「うはぁ……大きい!」
空高くそびえ立つ白い城。
目の前の大きさと白さが印象的な建物を見た時に真っ先に思い浮かんだ言葉だ。そんな城の門を、鉄鎧で身を固めた大柄な騎士が立っている。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でこちらへ?」
「ツルト様との謁見です」
この国の王様はツルトって言うのか。
普段よりもかしこまった様子で門番に話しかけるサナの一方で、騎士は彼女と俺を値踏みするような視線でじろじろ見ている。およそ、身なりからして王と謁見をするような人間には見えないのだろう。
「謁見の予約はおありですか?」
「ございません」
「左様ですか。では、本日はお引き取り願います。生憎ツルト様は、ご予定が空いておりませんので」
努めて丁寧に接するが、まだ見てくるあたり、俺たちへの疑念が透けて見えるなあ。丁寧に接してくれる分印象は悪くないし、今の俺の服装は元の世界のものであるのもあるだろうが。
「そうですか。では念の為、謁見担当の方にサナ・フロウが契約に成功した、とお伝えできますか?」
「はあ、承知致しました。少々お待ちください」
そう伝えられ、騎士は頭を掻きながら門へ入っていき、途中飛び跳ねたと思うと芝生が生えた城の庭を走って城内へと消えていった。
サナはビップ扱いな事、今までそれをわかってなかったようにあの騎士は見えるが……名前か事情、どちらかで思い出したか。
「こりゃ大変な事になるな……」
「まあ、毎回のことだから私は慣れちゃったけど」
へらっと笑うサナだが、王城側からしたら結構かき乱されるだろうねえ、これ。
魔王という世界単位の脅威へ部の悪い賭けだが、動かせれば強力なサナという対抗手段が使える事になったのだ。
俺はともかく、サナに聞きたい事は山程あるだろうから話は長くなるから予定が大幅にずれ込む。
ともすれば、予定のズレに影響のある部門へと知らせ、また影響のある部門は対応策も練る事になる。王城は大混乱必至だ。とはいえ、報告も聞かねばならないので長く待たされはしないとは思う。
「はあっ、はぁっ、はっ……」
なんて考えていたら王城から赤、青、黄、緑といった色の魔法陣が施された、白いローブを身にまとった銀髪で髪を一房に束ねた人物が息を切らしながら駆けて来た。
「あなたが謁見担当の方ですか?」
「いや、私は違う……て、そんな事はいい。早く城の中へ入ってくれ。ツルト様がお待ちかねだ」
「わかりました。行こう、サナ」
「うん。また案内お願いできます?」
「いいだろう。城の中は大きい。何度か君も入った事はあるだろうが、迷うのも、無理はないだろう」
息を整えながら語るこの人物、接し方からしてサナとは知り合いのようだ。この世界に魔法がある以上ローブの魔法陣は装飾とは思えない。また、一切鎧の類を身につけていないから騎士でもないはず。
何者か気になるけど、今はきっとサナの話を早く聞きたがっているであろうツルト、という王様の為にもこの人の言うことを聞いて先を急ごう。




