第一章 第二話 どうしようもない事
震える手の甲をぎゅ、と抑えて見つめる。
びっしりと青色で書かれたのたくったような文字に囲まれたいくつかの円、そして中央にある雫の模様。
見た目は置いとくとしても、さっきまで浮かんでいた文字が入ってきたであろう自覚のせいで不気味の一言に尽きるよ。
「あはは……その顔はいやかな? 気持ち悪い?」
「さっきまで浮かんで動いてたって考えるとなあ。また動き出しそう」
「あらら……不評だなあ」
苦笑いしながら頬を掻くサナには率直な感想を言っておく。
先刻の動く文字や、召喚の際の気絶。着ている青のワンピース、渡されたペンダントなんかの身につけているものは普通だが、魔法に関してはお世辞にも趣味が良いとは言えない。やはり改良を求めたいところだ。
にしても。
この魔法陣、どこかで見たような。
いやそもそも【魔法陣】という言葉自体に、最近印象深かった事があったような気がする。
『三つ目は、事件現場には必ず魔法陣のようなものが残されている』という点だ。
あ。
そうだった、全国連続神隠し事件の記事。
この世界に来る時最初に見たものと記事で見たものがよく似ているし、手に現れた魔法陣も雫の部分除けばよく似てるなー……
おい待て。
つまりサナじゃん、最初に俺を召喚したのも彼女のはずだからあの星が刻まれた魔法陣も彼女が使用したもののはずだ。
目の前でにこにこしてる、たった今契約して、さっきまで無駄にドキドキさせられてたこの俺と変わらないぐらいの女の子がやったのだ。今まで何度か魔法陣見てきたけど、火事現場に居て気が動転していたり、召喚されたばかりだったとはいえ、こんな事にも気付けないとは馬鹿か、いや馬鹿だ!
「どしたのタクマ。顔また青いよ?」
「おう大丈夫じゃない。まずい事に気付いたのと、自分の愚かさの猛省に頭使うから待ってて」
俺は早口で言い、集中するのに目を瞑った。
落ち着こう。
震えが全身に拡大してるように感じるのも歯ぎしりが止まらないのも、視点が右往左往してるのも全部気のせい、そのはずだ。
有力な説が出たのは確かだが、冷静に、あくまで冷静に。対応を間違えてサナが変な気を起こしたら取り返しがつかない。
「うりゃっ」
「た、タクマ? なんで頬を叩いてるの。自分を傷つけるのは良くないよ」
少し頬が痛いが、恐れから来る思考のノイズは大分マシになった。
まだ手の震えが止まらないが……これだけ大きな話、どの道いずれは聞く事になる。なら早く聞いて早くいい気持ちで日々を過ごしたい。
「あのさ。聞きたいことあるんだ」
「えっ、なになに? どんどん聞いてよー!」
質問しようとした途端、よりにこにこする。
そういえば、自分のこと沢山聞いてほしいって言っていたっけか。できればこの問いで笑顔が曇らないと祈りたい。
「いつからサナは俺たちの世界の人達を召喚し始めたんだ?」
「六十日くらい前だよ。より数を召喚し始めたのは三十日くらいだけど」
けどなんで? と問いに問いを返したサナを無視して俺はそのままベッドに寝転んで布団を被った。
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『一ヶ月ほど前から見られる不可思議な共通性の見られる神隠し事件の総称であり——』
全国連続神隠し事件の名前が現れたのは俺がこの世界に来る前の一月前。
対し、サナは六十日前から召喚しているとの事だが、途中から追い上げをかけた。それと、最初に召喚された時の魔法陣と、記事で見た魔法陣。
時期の一致と、物の一致。
召喚士はサナ以外にも居るだろうが、この一致から少なくとも俺と、テウメスを含めた神に乗っ取られた連中は神隠し事件に関わりがあり、そして彼女は何人から居るであろう犯人の一人なのが確定する。
「魔王なんかもどうにかしなきゃならんのに……俺の許容範囲外だ、こんなの」
まあそんな事実はいい。
本当に困るのは数を求めたと言ってたのと、サナの実力を加味すると主犯格の可能性すらある点だ。
最も、どんなに人数が少なかろうが、時期が経過していようが人攫いをしたのには変わらない。断罪されるべき事案だ。
しかし、父さんや母さんが実際にこの世界にきた時を思い返せばこの世界に元の世界の人達を連れてくるとパニックになるのもわかってる。
だから一日や二日程度の小規模なものなら黙っておいた方がいいし、大きくても法の違いや金銭の違い、価値観の違いといった、耳を塞ぎたい面倒ごとが発生し、擦り合わせに非常に大きな労力を要するからこちらも隠蔽するのが賢明だ。
事実今までこの世界の存在が俺達の世界に伝わってこなかったのは、そういう事なのだと思う。
「けどよ、いいのか。そんなので。残された人達どうすんだ」
当然だが、残された人達は忽然と日常の中にいた誰かが欠けることになる。
それは俺のように子供かもしれないし、付き合って一月も経たない恋人の可能性、最近婚約したばかりの妻や夫のパターンもあり得る。
ひょっとしたらお年玉を毎年くれてた叔父さんや叔母さん、幼い頃に沢山遊んだ祖父や祖母。考えたくないが母と父、どちらか或いは両方欠けてしまった子供も居るかもしれない。
きっと残された人達は今日も帰らぬ大切な人を今か今かと待っているのだろう。
異世界に居て声や連絡、捜索や協力者。そんなものが届くはずもなく現状だと行方不明で自分が召喚されるか、元の世界に帰さない限りは絶対に会えないことも知らないまま。
こんな家族やかけがえのない人同士を引き裂いた可能性があるのに、黙認などしていいはずもない。しかし、元の世界で公にしてしまえば……
「うぅ、あぁぁああ……もう、知るか! こんなの俺の管轄外だわっ!」
「わぁっ、ど、どしたのタクマ!」
「ああサナか……」
勢いで飛び起きたら、サナが隣で見つめていた。体感じゃもう三十分以上は布団の中で葛藤していたけどずっと見つめてたのかな。
だとしたら随分と心配を……
ううん。今はそこじゃないな。
再三葛藤したが、結論は出ずじまいで、出たのは異世界と残された人達との問題は俺の手に余るってしょうもない事だけ。
しかし、そんなしょうもない事がわかった今、確かめねばならない事がある。
「俺らの世界から召喚した人達の家族がどうなってるか、考えた事ある?」
「うん……あるよ」
二つの肯定の言葉。
本当は、なんて事はない風に「ううん」と答えて欲しかった。そうしたら故意じゃないという意味でマシだったのに。
が、目線を逸らし影の落ちた顔という今一番して欲しくなかった顔で、「うん」という今一番要らなかった回答をされてしまった。
本来は何かこう、上手くサナを励ましつつ、元の世界の人達へできることをしよう的なことを言うシーンだろう。だが生憎、今ので俺はグロッキーな上にサナにどう接したらいいのか、もうわからない。
だから。
「お。なんかいい匂いするなあ。朝ご飯か?」
「あっ、そうだね。食べに行こっか」
日常の会話に逸らし、何れはどちらかに重りを置くであろう天秤を一旦棚上げするしかなかった。
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「や、タクマ君。おはよ。」
バゲットや肉と適当な大きさに切られた葉野菜の入ったスープ、それとサラダが三人分既に並んだ食卓についたラルトイさんが気さくに挨拶してくる。
青く長い髪が窓から差し込む日光に照らされ、開いた窓から吹き込む風にさらさらなびき、とても綺麗だ。
「おはよぉ、ございます……くあぁ」
「おや。体調が芳しくないようだね」
「あー……ちょっと寝れてなかったのと、魔王の事か考えると胃が痛くって」
「なるほどね。君には本当に辛い役目を背負わせてしまった。改めて謝らせてくれ」
頭を下げるラルトイさんに「進んでやったことですから」と急ぎ謝るのを止めるよう促す。
本当に自ら進んでした事だ。謝られては困るし、むしろ今話したいのは
「この世界に召喚された人達の元の世界に残された家族が気になってしょうがない、か」
「え。何を、言って」
言葉が続かない。
今ラルトイさんが発したのはたった今俺が思った事をそのまま言い当てている、つまり心を読んだという事だ。
「信じられないだろうね。しかし私とてサナに水の魔法こそ負けるが、これでも元はそれなりに名を馳せた冒険者であったし、今は国に雇われて魔法の研究者をしている」
少し誇らしげに微笑むラルトイさんは人差し指をピッ、と立て「だからね」と続ける。
「君の心を読むぐらいなら可能なんだよ?」




