第一章 第一話 始まりの朝
「デタラメに眠い……」
ああ、外が明るくなってきてる……結局眠れずに朝を迎える事になりそうだ。
眠気は凄まじく、勿論横にはなってるし、ペンチかなにかで無理に閉められてんのかってくらいにはまぶたが重たい。
「むにゃ……」
「くぅ、こうもいい寝顔だと起こす気にもなれん」
が、寝息がかかる距離まで近づいたサナが隣で眠っているという、今まで女っ気のおの字すらなかった俺にはあまりに刺激が強い環境下と。
「あとサナっていい匂いするよな……なんとも言えない、女の子特有のさ」
これまで、問題の解決を優先してきたが為にサナを女性、として見てこなかった。そこに突然同衾という形で暴力的に、かつ不意打ちで色香をぶつけられたせいで興奮が収まらなかった。
ああ……
サナを見る目が変わっちまう!
じんわり伝わる人肌の温もり、意図せずかかる吐息、寝返りでやや乱れた着衣から見える白く柔らかくキメの細かい肌、今まで薄幸そうな印象とはまた違った愛らしい寝顔のギャップ、そしてなによりも。
「ああ、もう。色々当たってんだよ……ほんと無防備だなあ」
「うーん……」
夢の中で何見てんのか知らんが、俺の腕を抱いて眠っている状態なので必然的に豊かな膨らみを始めとして、体全身を押し当てられている状態だ。
一晩中こうではなかったが、俺を寝かせないには十分すぎる!
しかし、もう日が昇ってきているのだ。早いが動き出してもいいだろう。まだまだ知るべきことはたくさんあるし時間はあって損はない。
とはいえ、やはりこんな幸せそうな寝顔をしてる中で起こすのは気が引ける、引けるが。
「まあ、寝かせてくれなかったのもあるしな」
起き上がってサナの寝顔を見つめる。
天然とはいえ寝かしつけてくれなかった罰と、ちょっとしたいたずら心、そしてこれから俺が味わうであろう眠気。
……少しだけしっぺ返しさせてもらおうか。
「おらぁ、起きろぉぉー!」
掛け布団を一気に引っ剥がす——!
「きゃあっ、寒い!」
「ははははっ! 俺みたいな人間を同じ布団に引き込んだ時点で運の尽き、今日は早起きして活動しようぜえ!」
「な、なっ……!」
へへっ、サナのまん丸に目見開いてやがる。
しっぺ返しは成功したみたいだが、さてどんな反応が待ってるのかちょっと楽しみだ。
「なんで、拓真が私の部屋で寝てるの……!」
「覚えてないんかいっ!」
寝ぼけてただけか!
一瞬でも好感的に思ってくれたからじゃないか、とか仲良くなれたんじゃないかとか積極的だなあ、だとか悶々とあらぬ考えをした俺がバカみたいだ。
うん、まあなんだ。この何も悪びれない召喚以外にもやらかすとんでも召喚士さんに俺の睡眠時間返せと言ってやりたい……!
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「んで、ほんとに覚えてないのな」
「うん。ごめんね、ただでさえ迷惑かけてるのに」
「いんや、自虐することはないよ。けどもう勘弁して。夜寝れなくなるから」
「へ、なんで?」
ニブい所もあるらしいやらかし召喚士さんにはそっぽをむいて「察せ」と背中で語っておこう。
しかし、詳しく聞いたみたら俺を自室のベッドに引き込んだ記憶はほぼ無いとは驚いた。具体的には召喚を行った時点で遠い日の思い出くらいに朧げのようで、俺が俺だという事すらあやふやだそうだ。
まあこんな事を深掘りしてもしょうがないから、棚上げしておく。何せこれからやるべきことが山積みな上にいつテウメスが出てきて攻撃してくるかわからないのだから。
準備は念入りに、そして迅速にしておくべきだ。
「話題を変えよう。起きて早速だけどさ、俺に何か出来ることはあるかな」
「うーん、今やるといいのは正式契約かな」
「正式? 今まで何かしてたみたいじゃないか」
「してたよ?」
「んなっ……!」
してたのかよ。
いつどこでどうしてしたのかと、契約の内容を急ぎ聞かなければ。契約の内容によっては元の世界での約束を見直さないとかもだぞ……!
「すんごく気になるって顔してるけど、ペンダントを首にかけると魔力がそっちに行くってだけよ?」
「そんだけかいっ」
「ついでに言うと、ペンダント外すと解けるよ」
「えらく軽いなあ。契約って言うからてっきり重いものかと……」
なんだよ、そんな軽いものならどうってことないじゃないか。大した者じゃない事がわかった事だし話を戻していくか。
「その正式契約ってのはやるとどうなる?」
「そうね、正式契約とは召喚者が召喚士に対等或いは従属することを示し、私の場合目的はタクマに魔力を常時渡せるようにする事で、得られる利点としてはペンダントがなくてもよくなって……」
まずい。
この語り口を俺は知ってるぞ、人が知識を披露する時とか、どこぞの真面目なネット辞典とかのそれだ。しかもサナは昔話なんかの時や魔力の話の時もそうだったが、長話をする傾向がある。
これは……止めないとな!
「待った!」
「えっ?」
「理屈や定義は抜いて、契約した時の結果から言って欲しいなあって」
「ちゃんとその辺も理解するべきなんだけど……そう言うならまあ、希望に沿うね」
手を突き出してサナを止めてみたらまだ言いたい事があるようだが、わかってくれた。
言ってる事は最も。でも長話は聞きたくないし、書類なんかがあればそれを読んだ方が確実だ。
「先ず魔法関連から。練習がいるけど私と同じような魔法が使えるようになるのと、私が倒れない限りは魔力が切れなくなるの」
「おいおい、凄いなそれ……!」
無表情ですらすらと読み上げるようになんてとんでもないことを……
あの豪雨やウォーターカッターのよろしくな魔法を行使可能になる上に、しかもサナが倒れるまで弾切れなし。字面だけでも強い。あと水の魔法は国一番って自称してたっけか。
この条件だけでも首を縦に振りたくなるくらいに十分過ぎる魅力だ……!
「自分で言うのは変だけど、凄いよね」
「凄いと思うよ。嫌味も皮肉もなしに」
誰があれを見た上でこれを聞いたら「凄い」と言う事だろうに、何故か驕る事なくむしろ謙遜しているサナ。
理由は想像がつく、良い話には必ず裏があるものなのだ。
「でもね。悪い所も凄いの」
「まあ、だよね」
「うん。具体的には水の魔法しか使えなくなったり、魔力の自然回復が制限されたり、他にも……」
「もういい、もういい。暗くなるって」
表情に陰りが出てきたところでストップをかけた。悪い所は綻びが出てき次第、逐一対応すれば良いのだ。
それに、得るものも大きければ失うものも大きいからって迷う事はない。何せ目的が目的だ。
「魔力を常に移せるようにして体調を善くするのが目的なんだよな」
「うん、凄く楽になるの。だからお願いしたいのだけど」
「やるよ。こっちも得られるもの多いし、そもそもサナを善くする為にきてるしな」
「……ありがとうっ! 準備をするから待ってて」
声の調子を上げ、ぱっと笑顔を華やがせたサナはぱたぱたと履物の音を立てながら部屋から出て行った。
にしてもいい笑顔だったなあ。
いい意味で何にも考えてない喜びをいっぱいに顔に表した笑顔がとても似合っていた。
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「早速始めよっか。契約用の書類は用意してあるから、後は私が詠唱してそれからタクマが同意の証として名前を書けばいいんだっけ」
アルファベットがのたくったような文字がびっしりと書かれた羊皮紙の束を持ってきて、戻ってきたサナはそれを部屋の机に置いて、青い石の嵌った杖を持った。
そういえばこの世界でどうかはわからないが、羊皮紙は製法や材料の都合で高かったはずだけど本棚に並んでる本や、今持ってきた書類と……これだけの量がある辺りやっぱりフロウ家はお金持ちだ。
「詠唱をするよ。してる間は私が言うまで集中できなくなるから話しかけないでね」
「はいよー」
「……本当に話しかけないでよ?」
「わかってるって、今回真剣なのは理解してるから何もしないさ」
前科持ち故か、じとっと目を細めて念を押すサナに苦笑しながら返事をすると、満足したのか机に向かった。
机に置いてある羊皮紙の束に手を押し当てると、囲むくらいの青緑の魔法陣が現れた後に青白い蛍火が現れ始める。いつ見ても幻想的だ。
「この身に宿る魔力よ、我が望む者と我とを結べ。また其をするに我、これより述べる事を誓わん」
羊皮紙から手を離し、杖を掲げて続ける。
「我、この者と対等な立場であると誓う。我、この者に立場を利した要求をせぬと誓う。我、この者を虐げぬと誓う……」
つらつらと宣誓が述べられる。
都度光が強まり、朝焼けで白む部屋をますます照らしていく。
こんな光景の真ん中に居るサナは、詠唱の際人称や語りが変わるのと、時間帯も手伝って幻想的を越して神々しさすら覚えるんだが、多分本人には自覚ないんだろうな。
「タクマ、次!」
「おおっと、出番か」
などと座ってまだ覚めない眠気の中で考えていたらサナが少し慌てた様子で振り向いて、手招きをされた。
すっごい光ってるし、途中から聞いてなかったけど大丈夫だろうか。
「以上の誓いの下に我、召喚せし者であるノジカ・タクマにこの身に宿る魔力を常に移す事を可能にすると願わん!」
「ええ、えーと……」
なんかえらく仰々しい詠唱だったから、それに合わせるべきなんだろうけど「わかった」てこういう場で言いたい時なんて言えばいいんだろうか。
了承した、ロボットかよ。了解したは同じだろうが。理解したもなんか違う。御意、も違うし……
「タクマ、どうしたの?」
こちらを心配そうに覗き込んでくるサナ。
うー……もういいか。契約の進行を阻害する方がいかんだろ、維持に魔力使いそうだし。まさか自分の語彙のなさをここで呪うことになろうとは。
「はあぁ……わかっ、た」
「召喚されし者が承諾し、契約は此処に成立した」
そこまで唱え、大きく息を吐くと蛍火と魔法陣が消えて無くなった。これでおよそ終わったか。
「よし、と。ここに名前を書いて。はい、ペン」
「わかった……あれ、インクは?」
「魔力で書くやつだから要らないの」
「おおう、凄いな魔力」
魔力の万能さに驚かされながら、示された所に渡された羽ペンを走らせていく。普段使わないから書くのがちょっと大変だ。
しかし、ペンで書いたとこが僅かに光ってはいるが、俺の名前の筆跡が出ていない。大丈夫かこれ。
「何も残らなかったけど一応書けたよ」
「ううん、これで大丈夫よ。後は私の名前を書いて、と」
すらすらと書いていくその筆跡は青い。
このペン、どうなってるのか気になるな。
「お終い」
言った刹那。
羊皮紙の束に綴られていた文字達が震えだした。
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「うう……」
意識と視界が同時に覚める。後頭部がまだじんじんと痛むが、目に移ったのは木製で、ランタンのぶら下がっている知ってる天井だ。
それから体がふわふわしたものに包まれてるこの感覚は多分、今サナのベッドに寝てる状態か。
「起きた! ごめんね、驚かせてしまって」
視界に自責の念の強そうなサナが映る。
段々思い出してきた、確か文字が動き出して凄い驚いたのは記憶してるから……恐らくはそれで気を失ったのだろう。これから魔王相手取るのにってそれはいいか。
そんなことよりも、あの文字のバケモノはなんだったかが今は猛烈に知りたい。
「先ず聞きたい。あの文字はなんだったんだ? 契約に関わる事は読めるけどさ」
「あれは契約そのものなの。右の手の甲を見て」
促されるままに見てみると……
そこには。
「うわっ、なんじゃこりゃ」
中央に雫が描かれた、青い幾何学な魔法陣のような模様とその周囲を囲むように例の、のたくったようなアルファベットの出来損ないみたいな文字が俺の手に現れていた。
活動報告で詳しく書きますが、改稿について。
まだかかりそうなので二話投稿にはまだ戻せそうにありません、申し訳ないです。




