序章 第十一話 心配はいらない
「ご飯よー」
らしくもなく物思いにふけっていたら、母さんの晩御飯の合図だ。遅れるとうるさいから行かないと。
「はぁーい」
間延びした返事をし、食事の並んだテーブルへ移動する。さて、今日の晩ご飯は……
「なんていうか……質素だな」
「文句言わないの」
思わず溢れた文句に窘めるように母さんは言った。作ってくれた食事に対して文句を言うべきでは無いのは百も承知している、しているが。
「レギュラーのごはん、味噌汁、ここまではいいけど、おかずが卵焼きのみってどうなんだ」
普段はもう二皿は並ぶはずなので、今日の異様さに文句が溢れてしまった。時間がないのは理解できるが、結構料理上手な父さんが手伝ってたのに、なぜ。
「時間なかったのよ。買ってきた物拓真が駄目にしちゃったし」
「あぁー……それか!」
異世界に行く前に大ドジかましたっけ……。野菜とかの梱包してない食材は揃って黄身がかかって捨ててしまっていたんだった。なら文句は言えない。
「色々ありすぎて俺のせいだって忘れてたよ。文句言ってごめん」
「いいわよそんな事。だから早く食べましょ」
「んじゃっ、お先にいただきます!」
抜け駆け気味に合唱をし、味噌汁を飲む。いつも通りの赤味噌、美味い。
「もうせっかちなんだから。まあいつもの事だからいっか。いただきます」
「いただきます」
そんな若干マナー違反気味の行動に母さんと父さんは苦い顔をしつつ、合掌して食事を始めた。
「もぐもぐ……」
「ずずー……」
「……卵うま」
といっても、うちの食事は静かなものだ。理由は父さんが何で怒るかわからず、俺が早食いになってしまったのとそんな父さんの機嫌を伺うせい。
本当ならもっと料理の感想とか会話があるはずなんだろうけど……
「ごちそうさま」
「早いな。五分もかかってないぞ」
なんて考えている間に食べ終わったが、あまりの速さに渋い顔をした父さんに席を立とうとしたら止められた。さて何を言われるやら……
「今日は少なかったからね」
「異世界のことか?」
「いや……」
口では否定しようとしたが、図星だ。さっきはどうも別のことに意識が向いてしまい、食事に集中できていなかった。
「父さんが食べ終わったら、ゆっくり話そうよ」
「わかった」
話せばいいのに、大したわけもなく異世界の話をするのに抵抗を感じて先延ばしにしてしまった。
何でかは……簡単か。これまでは問題の解決と、自分以外への説明に必死で自分への配慮を忘れて行動していたが、今は考える余裕ができた。
これまでの日常を失う、環境の大きな変化、戦いで味わう痛み、衣食住の違い、常識の違い、テウメス以外の敵が未知数、俺が戦力外、持っていくべき物とそうでない物、異世界での金、病気、事故、福利厚生、法律……
まあ逆に言えば冷静になって考えれるようになったとも言えるんだけど、ぱっと思いついただけでもこれか。異世界での浅慮すぎた自分にため息が出る。
「どうした拓真。ぼーっとして」
「ああごめん! ちょっと考え事」
父さんの声色が注意するものじゃなくて怪しむものに変わってきている。
気づいてしまったと心配が、顔と行動に出てしまい、心配させているのかもしれない。
「顔洗ってくるよ」
「そうか」
でも今はそんな心配いらない。
放っておけないんだろ、と言われて、肯定し、誰かを待たせてもいるのに今更自分が可愛くなったなんて、例えそれが本音でも言いたくない……!
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「お待たせ」
「おう、拓真……ってかなりげっそりしてるな。大丈夫か」
「ああ。何とか」
居間で座椅子に座っている父さんの横にあるもう一つの座椅子に俺も座る。
色々と葛藤したが、やっぱりサナのことは放っておけないから、と心配は押し殺した。いや、むしろ時間がたった分余計に心配が出てきて胸が焼かれる思いだが……
ともかく、ともかくだ。案ずるより産むが易し。今は異世界に行ってしまえばと考えておこう。
「そうか、ならさっさと発生した問題を片付けよう。異世界にいる間の設定、どう考えてる?」
「あぁー、えっとねぇ」
急に浮かんだ心配で設定を話すって抜けてた。まあこういう場合は……
「父さんは、どう思ってんだ?」
「俺か?」
「うん、先ず父さんの意見を聞きたいなぁーって」
相手に振ってしまおう。父さんが意見を話してる間に参考にしつつ、自分の案を出せばいい。
「俺はフィーネさんの言っていた案がいいんじゃないかと思ってるんだが、拓真はどうだ?」
「というと、父さんの会社で缶詰してて出てこれなかったていう設定だよね?」
「ああ、そうだ」
「それ以外でか、うーんとねえ」
父さんはあご髭をいじりながら、うなづいて肯定した。
フィーネさんの言っていたものを参考にすると長期間周囲の人の目に触れないっていうのかぁ、そうだな。
「ニートで、家に引きこもってるてのはどうかな?」
「問題ないがお前の世間体が死ぬぞ」
「うっ、確かに」
「長期間留守か人目に触れない口実が成り立てば、いいだけなんだが俺は頭が固くてな……拓真頼む」
「ううむ、そうだなあ」
父さんの言うように長期間留守にしてるっていうのもありか。それならいくつか手はある気もする。
「例えば、海外に留学してるとかは?」
「手続きが七面倒な上、ないとは思うが調べられたらおじゃんだな」
「出稼ぎに出てるとか」
「同じく調べられたら終わりだ」
「うーん、確かに……」
「俺たちがこっちの世界にいることにしても嘘に聞こえにくく、且つ穴のない口実にしたい」
その条件かなり難しくないか? という俺の心の声をよそに、眉間に皺を寄せて父さんは続けた。
「そういう意味ではニートで引きこもってるというのは悪くないんだがなあ」
こう見ると、ニートとフィーネさんの出した案は外聞という意味で隙がない。ただし、どちらも欠陥がある。
前者は口実としては完璧だし、異世界に居られる時間はとても長いが、世間体が悪すぎるのと一応学校を休まず通ってきた為に、急に引きこもると不審な点。
後者は世間体は悪くしないが社員の目があり、あまりに勤務していない時間が多いと不審がられる事と、それ故に異世界に居られる時間が短い点。
どちらも得難いメリットと致命的なデメリットを抱えている。二つのメリットを合体させれれば……
合体。
閃いたぞ! 二つの案を合体させる、つまりは家に居ながら働くことができれば完璧じゃないか?
「父さんっ! 俺閃いたよ!」
「ほお、どんなのだ」
「家に居ながら父さんの会社で働くんだ! これなら外聞も、世間体も問題ないと思う」
「在宅勤務か。うちは工業でも、当然事務もあるから……」
出した案に父さんはさらに眉を寄せて真剣に検討しはじめた。
「うちの事務を任せてもいいか……拓真は情報系の学校に通っていたわけだし」
「じゃあ、これで行く?」
「自分で振った話題をこういうのはなんだが、これはお前の身の振り方を決めるわけだから、俺が決めることではない。まあ問題ないと思うが」
ゆるゆると首を横に振って決定権を譲る意思を示す父さん。
言われてみればそうだが、俺が決めていいなら自身で閃いたのだから答えは決まってる。
「そういうことなら、これで行こう!」
「よし、なら後は異世界に居る時間と実際に居る間の時間だが……」
「そこは実際に行ってみて少しずつ調整する話だと思う。向こうの事情もあるわけだしさ」
「言われればそうだな。なら、この話はもう終わりだな」
「だねー。テレビでも見よっか」
そんなわけで異世界に関する話は概ねかたがつき、この後は他愛ない話をしながらテレビを見たり、スマートフォンで母さんが俺を探しに行った友人に話を通し、お風呂に入ってその日は床に就いた。




