序章 第十話 進み始めた問題
「命の、保証」
「そうだ。できなきゃ今回の話について聞かなかったことにして終わりだ」
何も言えなかった。
凄む父さんの声が低く、今横に入ればとばっちりを食らうのが怖くて……もあるけど。
「息子が死ぬかもしれんような所に送り出すような真似はできんからな」
「ぐうの音も出ません……」
俺を思っての事で、親として至極当然の主張だったのがわかっていたから。しかも、魔王の話も母さんから聞いているはずだから傷を負ったり、危険な目に遭う可能性がある事は異世界に残るのならばと承知してるはず。
その上であの主張だから……とても重たくて口が塞がれてるかのように開かない。
「けど」
「どうした」
「タクマ君は私が守ります」
「ほお、どうやって」
「彼からも聞いたかもしれませんが、これでも水の魔法だけは自信があります。国一番と言っても、反論する者はないでしょう」
情けねえ……
真っ直ぐに父さんを見据え、自分を守ると力説するサナを見て強く自分を酷く情けなく思う。いやまあ俺弱いし、けどサナも体質的にこっちに頼るしかないからああなるのは必然なんだけども。
けどこういう守ります宣言って男が女にするもんだし逆なんてただ情けないだけで……
ダメだ堂々巡りだこれ、考えても「いやまあ俺弱いし」ってなるだけじゃないか。多分この事を話しても同じ返答をサナ達にされてループするから口噤んでおこう。
「ほおー……サナさんの実力はわかった。じゃあ、万一って時は?」
「万一があった時は、私なしでもそちらの世界に送り届けられるようにします」
「いいだろう。ほれっ、連れてけ」
「全力を尽くしますので……て、えっ? ええっ!」
即答だな……!
まだ先があったかもなのにすっぱり過ぎてびっくりだよ父さん! 命の保証が確定された瞬間低かった声のトーンが上がってすんごいテキトーだ。サナ、ラルトイさんやフィーネさんもあっさり過ぎるのと、掌返しの激しさに呆然している。
「あっさり決めたなぁ、父さん!」
「何か問題でもあるか?」
「まあ決まったし、無いけど……」
「正直命が保障されて、五体満足でいてくれればいい。あんなビーム出せたり、拓真から聞いた話と本人の話を聞く限り大丈夫だろ」
理由を語った後、にかっと笑って見せて父さんは続けた。
「それに、だ。お前の性格上後ろ髪引かれてあの子放っておけんのだろ?」
「うっ……ご明察です」
「はっ、やっぱりな。そうなっちまうとお前は引き剥がしてもずっと引きずって自分を追い込むの俺は知ってる。だから無駄って判断したんだよ」
「ちぇっ、敵わないなあ」
全部見透かされていたらしい。
これだから父さんには敵わないんだ。唯一勝てるのはスマートフォンの設定くらいか……うーん、虚しい。
おっと母さんも気になる。
心配性だから、もっと色々言ってくると思っていたがこの話し合いではあまり口を開かなかったのは何でだろうか。
「母さんはどうなんだ? 終始あんまり喋らなかったけどさ」
「父さんが大体言いたい事言っちゃってね。だから黙ってたの」
苦笑しながら母さんはそう語った。
確かに父さんの聞き出した事で安全は完全ではないかもしれないが、全力を尽くすと言ってくれた尋るべき事もなかったのかもしれない。
「なるほど。最もな主張だったもんな」
「あ、もう一個あるわね」
「ん?」
「いつまでも子離れできない親もどうかと思ってね。もうあなたも十七、三年もすれば親元を離れて働き始めるもの」
「それが異世界っていうえらく遠い場所でかつ魔王討伐っていう危ない仕事ってだけ……こうか?」
「当たり。安全についてもお父さんの言ってた通りねえ……最初ラルトイさんにああ言ったけど、謝りたいくらいよ。ごめんなさいね」
「いえいえ」
なんて言ってラルトイさんに謝る母さん。
とにかくこれで両親が承知してくれたからこれで丸く収まって……
「あっ」
収まって、まで思考して急にここに来る前にやらなきゃって、思っていた事を思い出した。
「ないぞ、ないない。まだ終わってない!」
「どうしたの拓真大きな声を出して!」
「あのさ! 元の世界の、がっ……」
「急に要件を思い出して行動へ移すのはお前の悪い所だ。深呼吸して落ち着いてから話してみろ」
「ごめん、ごめん」
すーはー、すーはー……
言われた通り深呼吸して気持ちを落ち着けた。これで大丈夫、もうちゃんと話せるはずだ。
「えっと、学校とか異世界にいる間での元の世界での事とかどうしようかと思ってさ。これがどうにかできなきゃ異世界での話はまだ早計かなって」
「はっ確かに!」
「学校と外聞の問題か。前者はともかく、後者が困るな」
リアクションは違うが、二人とも渋い顔だ。またも忘れていたけどこの二つをどうにかできないと、まだ異世界での生活は遠い。
特に後者が異世界に居る間、異世界にいるなんて愚直に話せないから元の世界にいるという事にして、しかも継続的な言い訳を思いつかねばならない難題で、まだ解決法を思いつけてない。
前者は書類が面倒なだけで休学或いは退学の理由は後者のものを流用すればいいからどうにかなるが……
「ちょっといいでしょうか?」
「フィーネさん、なんですか?」
そんな風に一家揃って呻いてたらフィーネさんがおずおずと挙手してきたので、何か尋ねると「あら?」と少し意外そうな態度を取った。どうも俺が応対すると思わなかったらしい。
「私達がこうして話をつけた事であなたは異世界と元の世界を行き来できるようになったのだから、そこを活かすというのはどうかしら、タクマ君」
「例えば、どんな風に?」
そう聞くと、フィーネさんは「サナから聞いたのだけど」と前置いて続けた。
「異世界にいる間の設定は、タクマ君のお父さんが切り盛りしてる会社で雇われて缶詰してたから出てこれなかったー、というのはどうかしら?」
「ああ、確かに」
あれ、納得しかけたけど俺の父さんが経営者だって知ってんだ? そういえばサナも前から俺を知ってるみたいな言い方をしてたけどもしかして……!
「いや待ってください、何で僕の父が経営者だって知ってるんですか……!?」
「ふふ、二度目になってしまうけどサナから聞いたのよ」
いたずらっぽく笑うフィーネさんの一方で、サナは不満そうに頬を膨らませてむくれている。あれだけびっくりな事が出てきたのに、まだネタ尽きないのかこのやらかし召喚士は。勘弁してくれ。
「はあ、バレちゃったもの。白状するわ。我が望む場所を映せ、ヴィジョン!」
「あー……詠唱からもう察したよ」
多分詠唱通りの効果だな。そら、サナが持ってる杖の先の空間に歪みが出てきた。大方そこに見たい場所が映し出されるって所か。
「まあこういう事。あなたのお父さんの会社ここだったよね?」
「水色の屋根に、灰色の壁。そんで停められてる車が父さんのだな」
「合ってるみたいね」
「合ってるよ。こいつで俺らの事見てたってわけか」
「下見みたいなもので、やましい事はしてないから安心していいよ?」
「お、おう」
読み通り、空間の歪みには父さんの経営している工場が映し出された。
妙に圧を感じる念押しに返って疑問を感じる。ほんとに何もしてないのか? あと、自分からやましい事をしてないって言うのは余計に……
「話が逸れてますが、今はそんな事よりも我々を一度元の世界に帰してもらえませんか? この問題についてはこちらで話し合っておきますので」
父さんスルーしよった!
まあ元の世界に帰らないとこの問題は解決できないから、さっさと戻りたいのは俺も同じだ。
「構いませんよ。サナ、頼むよ」
「わかったよ、父さん。皆さん私の部屋に来てください」
俺たち一家は案内に各々別の返事をし、サナの部屋に入って目を瞑り詠唱が終わるのを待った。
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「……うう」
意識が醒める。
背中に冷たく、固い感触。恐らくフローリングだろう。
「はっ」
目が覚める。
白い天井と円形の電灯が目に入った。
「知ってる天井だ」
起き上がり、周囲を見渡す。
先ずまだ眠ってる父さんと母さんを確認。それから白い壁紙、意識を失った時近くにあったテーブルに、座椅子、テレビ……
帰ってこれたらしい、ここは居間で今まで床で寝てたか。
しかし、この元の世界と異世界との行き来は意識の喪失を伴うから何度やっても慣れない。改良を求めたいものだ。
「母さん、父さん起きて」
「ううっ」
「んー……」
なんていう遠い場所にいるサナへの抗議はさておき、眠る父さんと母さんを起こす。こんな場所で寝ていたら風邪を引いてしまう。
「ああ、ここは……帰ってこれたか」
「家の居間ね……今何時かしら……」
時計の針へあくびを抑えつつ母さんが目を移すと、途端に動きが固まった。
「ああっ! もうこんな時間……!」
異世界に行った時は夕方で多分、四時か五時頃だったが、既に時針は八を示し、分針は三十の位置にある。普段だったら夕食を食べて、テレビを観たりしてる時間だが……
「まだご飯作ってない! あなた、手伝って!」
「わかった、何から手伝えばいい?」
「母さん、俺は」
「拓真は何もしない方が嬉しいわね!」
「ははは、だよねー」
ドタバタと、大慌てで父さんと母さんが食事の準備を進めていく中で俺はぼーっとしてる。
これが時間がもうちょっと前で大慌てじゃなくて、父さんが手伝っていなければいつもの光景だ。
「いつもの光景、か」
ふと思った事を声に出し、目の前に広がる少し見慣れない光景を見慣れた光景に頭の中で置き換える。
「そっか。異世界に行けばこれが日常では無くなるんだもんな……」
異世界から元の世界に戻れるとはいえ、どのくらいの頻度になるかはわからないのだ。外聞の問題を解決するのに、定期的に実際に居る必要があるだろうから月単位で留守にする事はないだろうが……
だとしても、このまま話が進めばここでの日々が日常で無くなり異世界での日々が日常になる。
そうなった自分を思い描くと、胸がきゅっと苦しくなった。




