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アノマリー・ライフズ  作者: カジタク
序章 異世界へ
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序章 第一話 日常の終わり

 全国連続神隠し事件。

 一ヶ月ほど前から発生したとされる不可思議な共通性の見られる神隠し事件の総称であり、その連続性と規模からこの呼称となった。


 また、規模や連続性だけでなくその幾つにも渡る異常性、共通点からか人々の不安を煽り続けている。

 にも関わらず、解決の目処は未だ立たずまた犯人に繋がりそうな手掛かりすら見つかっておらず、その総被害者人数はこの事件に付随するものと判断されたもので六十人を超える。


 一日で全国の内二人は姿を消す計算だ。また、あくまで認められた、というものだけなので実情はもっと多い可能性すらある。


 今回はそんな『全国連続神隠し事件』の特徴を貴重な被害者家族や実際に体験した方達のコメントと一緒に紹介していこう。


 一つ目は『非常に早く帰ってくる者が多い事』だ。

 この事件は、被害や規模は大きくとも被害にあった人間が帰ってくるまでにかかる時間は少ないとの事。


 筆者の手元にあるデータでは一日以内が全体の六割で一日以上が二割、二日以内が一割、その他となっている。この事実は各種報道機関やSNSでも日々話題となっており——


「どうしてそんなに短いのか」

「何かするにしても期間がおかしい」

「犯人の意図が謎」


 といった疑問の声が多い。

 これについては犯人が被害者に求めるものがあるのではないかと推察されているものの、現状真偽のほどは不明ではある。ただし一方で期間が長い者では約一ヶ月前に渡り行方をくらまし現在に至るまで消息不明の者も存在する為有力視されている。


 次は『被害に遭う人物像に共通点がある』だ。

 具体例を上げていくと。


『ゲーマー』『引きこもり』『小説家』『入院中』『アニメ制作関係者』『映画監督』『病弱』『ニート』


 このような職業の人となる。特に多いのが『引きこもり』と『ニート』と『ゲーマー』の三つでこのグループだけでも全体の三割を占める割合であり、これに対してその対象と思しき人達は。


「やべえ、俺対象じゃねえか」

「早く就職しなきゃ」

「ゲームばっかやってる場合じゃねえ!」


 等と自身が条件に当てはまることに恐怖していたり条件から外れようとする声があげられている。

 また、『入院中』と『病弱』の条件に当てはまり、被害に遭ったアリサ・瑠璃・クラークさんの父親であるアウトソーシングを現在主戦略とする工業系の会社の代表取締役であるクラーク・ジョンソン氏は次のようにコメントを発表している。


「とても哀しい。日々胸が裂ける想いで過ごしている。金ならいくらでも用意できるし、金ではなく物を要求したとしてもきっと用意してみせる。だから犯人には娘を返してほしい」


 このコメント発表の後クラーク氏に犯人を語る人物からの連絡が殺到したとの事。

 因みにルリさんはこの記事を書いている時点では、帰ってきていないとの事である。


 三つ目が『全ての事件現場に魔法陣のようなものが残されている事』だ。

 この神隠し事件にカテゴライズされる際に必須とされる程の共通点で、実際に当事件に当てはまるものは全て魔法陣が存在しているとの事だから驚きである。

 因みに触ると静電気のような痛みが走った後消えて無くなるらしい。


 尚、この項のみ都合上コメントを省くことをご了承いただきたい。


 最後が最も奇異で『神隠しから帰ってきた者達の証言がおかしい』というものだ。

 恐らく、多くの読者はこの小見出しを見たところで実感は湧かないだろうが実際の証言を見ていただければ納得いただけるだろう。



「絶対に信じてもらえないと思うし、今思うと夢でも見てたかと思ったんだけどさ。俺ここじゃない世界に居たんだよ、確かに居たはずなんだ」——二十代男性・無職


「私、小さな頃から魔法を使うのに憧れていたの。だから例え夢や幻の類であったとしても手から炎や水を出せた今回の体験は貴重だったわ」——十代女性・専門学生


「石造りの街並みに、あの日やったゲームで見た事のあるような衣装をまとった人々。私は確かに被害に遭い、損害が発生したのは事実です。しかし、心のどこかで童心に帰ってしまい喜んでいる自分がいます」——三十代男性・営業関係


「魔物って呼ばれてる怪物を見たわ。怖くて怖くて足が震えが止まらなかった。今でも夢に出てくるの。きっと一生忘れないと思う」——十代女性・小学生



 如何だっただろうか。

 備考として事件に巻き込まれた者達の身体を検査しても筋肉が減っているぐらいの異常しか見つからず、むしろ筋肉質になっている者までいるとの事だ。


 最後となったが、この異常な神隠し事件が一刻も早く解決をされる事を望むと共に、被害に遭った方達が少しでも早く帰ってくる事を願う。


        



_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆




「んー……。なんとなくはわかった。タスクキルしとくか」


 スマホの画面を指で上になぞり、ブラウザアプリを閉じて座椅子に寝転がる。にしても調べれば調べる程に奇異な事件だ。犯人は何を考えてこんな事してるのやら。


 俺、野鹿拓真は自宅の居間でスマートフォンの検索アプリを使い、このおかしな事件についてゴロゴロと寝転がりつつ調べていた。

 普段は時事ネタには興味はなくて、専らソーシャルゲームの攻略サイトばかり見てるんだが、我ながら珍しい。明日は雨か?


 調べようと思い立ったのはテレビでお昼のニュースにてこの事件をちらと見かけ、なんとなく気になったから。


 要は気紛れだったのだが、その異常性から調べずにはいられなかった。ただ普段時事ネタに興味のない俺はいいサイトを知らず、サイト探しに手間をかけさせられ小一時間ネットの海を彷徨った。


 ——わんっ、わん!


 なんてどうしようもない事を考えてたら庭から聞き慣れた威勢のいい大きな犬の鳴き声がした。シチだ。あいつが吠えたってことは誰か来たに違いない。

 今は留守番中だし、父さんも母さんも留守だ。外に出て出迎えに行かないと。


「んじゃ、スマホを置いてっと」


 体を起こして自分のスマホをテーブルに置き、確かに居間のテーブルに覚えておく。かなり忘れっぽいからこういう確認は怠らないようにしないと。


「さて、外に出るか」


 玄関に着いた。

 防犯に閉めてあるドアの鍵を開けて——


 ガチャ、ガチャ、ガチャン。


 んっ? 鍵を開ける音がしたぞ。

 家の鍵を持っているのはこの家の関係者である俺と母さん、後父さんだけ。父さんは今の時間は仕事だから帰ってくることはないし、俺は今ここにいる。


 てことは。


「ただいまぁ、拓真。待たせちゃったね、早くお昼食べよっか!」


 嬉しそうに束にまとめられた黒髪を揺らしながら、鍵を開けて入ってきたのは少し俺よりも背の低い女性——


 俺の母である野鹿江美だ。

 かばんや重そうな米が詰まった袋を担いでるあたり、買い物して帰ってきたか。

 遅れたのはセール品を粘ってたのかな?


「おかえり母さん、それとお疲れさま。それ重いよな、荷物持つよ」

「ありがとね、助かるわぁ。こっちのお米頼める?」

「わかった、任せといて」


 重ぉっ! 

 こ、これちょっとやばい。屈んでからちゃんと持ち上げたわけじゃなく上から渡されたからへっぴり腰。だから腰への負担やばい。あと腕と足が早くも痛い、いかん。てかこれ多分ちゃんと持ちあげても俺には厳しい気がする。


 母さん心配そうにこっち見てるな……。

 ぐぬぬ、自分から手伝うと言っておいて情けない話だが俺にとって荷が重い以上やむをえん。


「わりぃ、母さんこれきつい。代わりに鞄持つわ」

「拓真には厳しかったみたいねえ。はい、かばん」

「ん、ごめんな母さん」


 一旦米の入った袋を置き、母さんから黒い買い物用の鞄を受け取る。中身は……。おっと卵が入ってる。気をつけて運ばないと。


「ほいじゃ、こいつをリビングのテーブルに運んでおくよー」

「卵入ってるから気をつけて運びなさいよー!」

「わかってらー!」


 心配性だな母さんも。いくらうっかり者の俺でも扉一つ隔てただけで、目と鼻の先の所に運ぶのに何かトラブルを起こしたりはしないさ。




_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆




「なにか言う事は?」

「ハイ、スミマセン」


 いやあー、驚いた!

 心の中で思っただけなのにフラグ回収ってあるんだな。

 扉の微妙な段差は強敵のようだ。足元への確認を疎かにしたせいでこいつにやられて蹴つまずいて荷物を前方に撒き散らす事になるとは思わなかった!


 当然中身の卵は割れて、鞄の中身は梱包されているもの以外は台無し、ついでに鞄自体も黄身でぐちゃぐちゃという大惨事となった。で、母さとん半ば発狂しながら後処理をして今に至る。


「はぁ……。あんたは本当に全く。怪我がなかったからいいものの……。はぁ……」

「返す言葉がございません……」


 母さんは呆れてもう溜息が止まらないらしく、言葉一つ一つにため息が交じっている。うんまあ無理もないよな。

 

「怪我がなかったから良いけど気をつけてよ?」

「はーい。以後気をつけます」

「母さんゴミ捨ててくるからねー」

「わかったー」


 お説教が終わって解放されたのでなぜこうなったか考えてみる。段差が悪さしているのは間違いないよな。じゃあ注意できなかったのは——

 ああそうか、鞄がちょっと重いからって両手で下げる形で運んだから足元見えなかったんだよ。今度からは視界が隠れないようにすればいいか。


 足元かあ。そういえばスマホ触ってるから、下は見ても考えてみれば足元までは確かめないよな。これからは気をつけよう。


 なんて事を思い、なんとなく足元を見ると——


 あれ?

 なんだこれ、何かあるぞ。

 俺の足を綺麗に揃えたら入るくらいの大きさで、丸に囲まれてて、中に星に似た青い幾何学模様がいつの間にか床にできてる。どこかで見た気が……。



「ぁ。これって……」



 それが何か理解し血の気が引いた。

 追って変な汗が背中を濡らし始める。



 魔法陣、だ。テレビやさっき調べてた見ていたサイトに載っていた奴と色と形が一致する。これが俺の足元に出現したってことは……!


「かっ、かみっ、神、隠しっ……だよな?」


 たった今自分の身に起ころうとしている事を口にして、ようやく事の大きさを理解した。


 足から力が抜ける。

 駄目だ、座り込んじまう。


「は、はは。腰が抜けちゃって動けねえや……。やばい、どうしようこれ」


 体が言う事を聞かない事実に、恐怖心が募る。呼吸と鼓動は速くなり、背中の汗が滝のように流れてきているのがわかる。

 頭の中は危機を回避したい、助かりたい、気持ち悪いというこの状況に対する嫌悪で塗り潰されていく——!


 何が一番手っ取り早い? 

 音で伝えるのが早いはずだ。

 音っつったら声だ。腰が抜けてるだけで、今のところ他は無事のはず。大丈夫、行ける……!


「助け、てくれ……」


 上ずり、低くて蚊の鳴いたような俺の声らしき小さな音がした。

 今の俺の声?

 駄目だ、使えねぇ……!


 じゃあ何ができる?

 じたばたして大きな音を出す? 腰が抜けて足腰が動かないので不可。

 手で床を思いっきり叩いて音を出してみる? 腰が抜けてて踏ん張れないせいで大きな音が出せるほどの力が今の俺に出せるとは思えない。


「孫の手!」


 ふとテーブルの側面にある孫の手が視界に入った。

 あれを思いっきり叩きつけてやれば音が出る!


「ん、おお……!」


 手を伸ばしてみて……。

 俺の手が二つはいるくらいは離れてる、無理だ。


 ——だめか。


 一瞬だけ頭の中にそう過ぎった。


「えっ?」


 その刹那。

 まるで心にできたスキマを見計らったかのようなタイミングで、魔法陣が眩いまでの光を放ってきた。


「何も……見えねえ!」


 瞬間、視界は白く塗りつぶされる。

 抗えない眠気も差してくる。

 多分、このまま目を閉じれば一分とかからず気持ちよく眠れるだろう。


 しかしこの中で眠るのはまずい。

 何が起こるかわかったもんじゃないから少しでも多く情報を仕入れなければならない。

 自分自身を鼓舞してなんとか意識を保ち目を見開いてみるが、そこには縦も横もわからない()があるだけだった。


 ではこの光景は平常か。否、異常だ。俺はさっきまで自宅に居たはずだしそもそもこんな光景はあってはならない。

 ならばこの目の前の異様な光景からして、多分とても危険な状態なのだろうが。


 眠い。


 いかん、凄く眠くて頭が働かない。

 思考の中にノイズみたいに()()が湧いていて、ろくに、考えが進まない。


 でも駄目だ。眠い。目をこじ開けろ、頑張れ、考えるんだ。頭まわ、眠い。違う。頭を、回せ! 行けるはずだろ俺。

 眠気の、解決法は? 眠い。今ここで出来るもので……。


 寝たい。


 ああ。

 そうだ。

 一個だけ、あるじゃないか。


 眠気の一番の解決法は寝てしまう事だ。今はもう眠ってそれから考えよう。次に目覚めた時に考えればいい。


 そうやって考えた振りをして眠気に抗えず目を閉じてそっと意識を手放した。

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