3 お姉ちゃんと犬と時々ゴリラ
俺はゴリラだ。急な話だが、ゴリラが胸をドンドン叩く行為を『ドラミング』ということを知っているだろうか。割とこれは有名である。
ではゴリラがドラミングをする理由を知っているだろうか。
大半の人はその行為の意味を『敵への威嚇』ではないかと思っているのだ。
これは間違いである。
では答えは何か?
正解は『相手と戦わずして済ませようという合図』なのだ。
ゴリラは怖い顔をしているため、勘違いされがちだが、ゴリラは平和主義者である。まぁデカプリオみたいな例外もいるが、そんなこと言ったら人間だってそうだろう。
つまりドラミングは「争いはやめようよ! この音に免じて引き分けにしようよ!」という意味が込められているのだ。人間でいう『命乞い』みたいなものだな。
なんでドラミングの話になったかというと、昨日モンスターに襲われた際に一か八かドラミングをしてみたのだが、その結果、モンスターは足を止めることなく襲いかかってきたのだ。
――――ドラミングに効果なし。やっぱりゴリラにしか通用しないな。リリィは驚いて少しビクってしてたが。
という訳で俺達は3日間西に向かって歩き続けた。
そう言うとすごい頑張ったように感じるが、リリィのワガママは止まらず、実際に一日歩いた時間は3.4時間程度。
頑張れば一日で着く距離を3日かけて歩いた。むしろ時間かかり過ぎである。そもそも近すぎだろ他国。
ただリリィのワガママも無理もない。今まで城の外をほとんど出ない少女がここまで歩いて来たのだ。多少の我儘は仕方ない。
そして、その結果『左チクビ王国』に辿り着くことができたのである。
「つ、ついた……。ここが左チクビ王国……」
リリィは手頃な長さの木の枝を杖代わりにし、よたよたと歩く。
この町の見かけはほとんど右チクビ王国と変わらないだろうか。
平和な町並みで祭りでもやっていたのか、町の至る所に張り紙やペナントが張ってあり、人々にも活気がある。
何か特別な日なのだろうか。
「……ゴリラ。早く紅茶を沢山貰いに行くわよ。国から持ってきたの全部飲んじゃったから。そしたら帰るわよ。国に」
――――この姫は目的を完全に忘れているじゃないか。彼女の頭の中は好物の紅茶の事しかないようだ。
俺とリリィの旅の目的は
この国『左チクビ王国』によった理由は一つ。
俺とリリィが育った国『右チクビ王国』や今訪れている『左チクビ王国』などを含んでいる大陸は偶然にも『人間のような形』をしていた。
しかしその大陸をとすると、下半身に値する部分がまだ未開拓なのだ。
かっこつけて言うと未開拓地域の調査、その地域の地図の作成といったところ。
正直に言うと、この大陸の下半身が見てみたいという変態の王の代わりに『それ』を見てくるだけである。
この未開拓地域は『右チクビ王国』から見て遙か南に位置している。
しかしあえて一度、西に向かい隣国の『左チクビ王国』にやってきた。
――――なぜ遠回りをしたのか。
理由の一つは仲間集めである。
未開拓な地域という事はこれまで幾多の国の人々が調査を断念したということである。
流石に、か弱い姫とゴリラでそこに向かうのは危険である。
そこで優秀な人材を他国から提供して貰い、他国と協力して調査しようという考えである。
小難しい理由は他にもあるみたいだが、簡単に言うと
【仲間が増えるよ! やったねリリィちゃん】という訳だ。
「ほらもう良い? 行くわよ!」
リリィも今の説明の間待っていてくれたみたいだ。ありがとう。
町中を歩き、まずは王の城がある中心部を目指す。
しかし町が先ほどから騒がしい。活気がある町だとは思っていたが、それとは違う。
なぜか通り過ぎる人々が俺達を見て悲鳴を上げたり腰を抜かしたりしている。
「それにしても騒がしい国ね。まるでモンスターでも現れたのかのようだわ」
全くだ。
すると『全身鎧の兵士』が武器を持ってこちらに慌ててやってくる
「そこの化物と魔物使い! 止まれ! この国に何をしにきた!?」
リリィは後ろを振り向くが誰もいない。恐らくこれは俺達に言っているのだろう。
「え? 化物? 魔物使い? そんなの周りにいないじゃない」
リリィはキョトンとした様子で状況が飲み込めていない。
リリィ……。そろそろ気づこう。町が騒がしい理由を。
「お前達以外に誰がいる! 魔物使いめ!」
「ん? 魔物使い? 私が?」
どれだけ鈍感なんだこのバカ姫は。ゴリラでも気づくわ。
いきなり他国から無許可でゴリラを連れてくる人間がいたら、普通は誤解を招くだろう。
その30秒後くらいに事の重大さに気づいたのかリリィは青ざめ始める。
「ち、ちがうわよ! 誤解よ誤解! 私は魔物使いじゃなくてヒーラーよ! 回復魔法使えるもん! あと姫だから! なんでアンタ隣国の姫リリィちゃんの顔知らないのよ!」
……まずは俺が魔物じゃない所から伝えて欲しいんだが。
仕方ない。奥の手だ。
相手に敵意がないことを伝えるための手段。
それは――――『ドラミング』である――――。
「ウホォー!!!」
ドンドコドンドコ!
「うわあ魔物が威嚇し始めたぞ!! 女、子どもは避難しろ!」
「ちょ! ゴリラ!! どうしちゃったのよ!」
し、しまった! 大半の人間はドラミングの意味を誤解しているんだった! それはリリィも例外で無く若干引き気味である。
――――この数分の出来事の誤解をとくのに数十分かかった。
兵士は未だ半信半疑の状態で腕を組む。
「うむ……。では君達に敵意はないのだな? その魔物もただのゴリラなのだな?」
「だからそうだって! ほら鎖も繋いでるから大丈夫よ! 大人しいゴリラだから! あと私は『右チクビ王国』の姫のリリィよ! ほんと何で知らないのよアンタ!」
「姫という証明はあるのか? それにこれ以上先はこの国の『乳輪』にあたる地域だ! 『乳国許可証』がないと誰だろうと通すわけに行かない」
「にゅ、乳……? まぁ良いわ。入国許可証ってそんなのないわよ! 顔パスよ顔パス!」
兵士は『話にならない』といった表情で大きな溜息を吐く。
「……君は顔も知らない者にいきなり胸を揉みしだかれたら嫌だろう? 君がやろうとしている事は、そういうことだ」
「え!? そ、そんなセクハラを私は……」
リリィは頭を抱え涙目になる。
まずい。よく分からない理論にリリィが押され始めてる。バカだからかピュアだからなのか。少なくともセクハラはしてないだろ。
町はざわつきは収まらず、武器を持ち出す町人も現れ始めた。
「分かったらすぐ左チクビ王国を立ち去ることだ。国民の怒りが母乳のように吹き出す前にな」
兵士の言葉に、リリィは俯き、立ち尽くす。
万事休すか。こうなったら仲間を集めずいっそ二人だけで先に進むか?
まぁ俺がどんなに考え込もうと決断するのはリリィだ。
――――すると国民達の目が一度俺達から離れ、別の方向を見始めた。
なぜかこの騒ぎの中、国民達の視線は『二人の少女』に向けられていたのだ。この『二人の少女』の存在が俺達より珍しいのだろうか。確かに二人の背丈は20cm以上離れていて凸凹コンビといった感じではあるが。
そんなこといったら俺とリリィの方が凸凹コンビか。
「あら? アンタ……リリィ? リリィじゃないのさぁ! ヒャァーハハハ!」
甲高い下品な笑い声と共に現れたのは背の高い少女であった。リリィの知り合いだろうか?
隣にいる背の小さな黒髪の少女は俺達を国民達と同様、怪しんでいるのか、背の高い少女の後ろに隠れて、こちらを睨んでいる。
「お、おねえちゃん! じゃなくてエミリア! なんでここに……!」
「何ってここは『私の国』だし。この国の姫が自分の国にいて何が可笑しいんだい。昔からリリィはお馬鹿ちゃんねぇ! キャハハハハ! 昔のように『お姉ちゃぁぁん』って呼んでいいのよー! キャハハハハ!」
「う、うるさいな! もう昔とは違うのよ! その甲高い笑い声も耳障りなのよ!」
「お姉ちゃん寂しいなぁ。昔、リリィの国に遊びに行ったときは私の事ずっと追い回してたくせにぃ」
「何年前の話よ! ばーかばーか!」
今の会話で分かることは、この下品な声の高身長の少女はエミリアといい、この『左チクビ王国』の姫のようだ。国は違うが隣国同士で交流があり、昔から遊んでいた幼馴染みであるようだ。
赤みがかった髪は腰まで伸び、絵に描いた姫のような格好ではなく、旅に備えるような身軽な布の服を着用している。ただ彼女の堂々とした立ち振る舞いになぜか高貴らしさを感じる。ただ笑い声は下品である。
今、偶然にも左右のチクビ王国の姫が揃ったのだ。
ただ、そうとは思わせないほど、二人のやりとりは平凡かつ低俗で、ただの喧嘩してる姉妹にしか見えない。
「あっ兵士さん。この子通して大丈夫よ。私の妹みたいなものだから」
「違うわ! 誰が妹よ!」
リリィ。今は余計な発言は控えてくれ。
「は、はっ姫様! 失礼しました! それでは私は警備に戻ります」
兵士はそそくさと何処かへ立ち去っていった。
「ふぅ。それにしても久しぶりじゃんリリィ。身長は大して変わってないようだけど! キャハ! ごめんごめん! アンタの国と身長は発展途上中だったわねぇ!」
エミリアは赤みがかった髪を掻き分けながらもリリィをおちょくるのは止めない。
「これでも一国の姫なのが信じられないわ」
リリィは呟く。これには同意だが、お前が言うなとも思う。
エミリアは俺をチラリとみると、更に口を押さえ笑いを堪えている。
「で……。リリィ。『これ』の説明からして貰っていいかしらぁ? プッ!」
「み、見れば分かるでしょ。ゴリラよ」
「姫辞めて、サーカスでも始めたの? それとも夫?」
「な、なんで夫になるのよ! こんなゴリラ好きなんかじゃないんだから!」
頬を赤らめ、手をブンブン振り、あからさまに慌てるリリィ。
リリィよその反応は間違ってる。ゴリラにツンデレは間違ってる。
「ふーん。まぁゴリラの話は置いといて。私達はこれから丁度旅にでるのよぉ。この『左チクビ王国の勇者』が決まってね。変な古い風習のおかげで、勇者と姫は一緒に旅に出るのが掟なんだと」
目の前にゴリラを目にしてよく置いとけるな。
エミリアはを溜息吐き、腕を組む。
まさか左チクビ王国でも同じように姫と勇者が二人で旅に出るとは。どの国も割と姫に対してスパルタ教育なんだな。
エミリアは続けて口を開く。
「で、公平に決められた勇者が『この子』って訳。ほらいつまで警戒してんのさ。ほら、『リタ』一応挨拶しな」
エミリアの後ろでうなり声を上げながら俺達、いや俺を睨んでいるのは『リタ』というらしい。リリィと同じくらいの背丈で、闇のように真っ黒なボサボサした髪が膝下まで伸びている。
褐色な肌を主張する様に肩を出したシャツに短パンを履いている。
そして特徴的なのが、リタには『尻尾と犬耳』が生えていた。まさに獣娘といったところか。ただ逆に尻尾と耳以外は普通の女の子といった感じだが。
「うー。おいエミリアこいつら本当に信用できるのか? 胡散臭ささがプンプンにおうぞ」
十分お前も胡散臭いぞ……。本当にその尻尾と耳は本物なのだろうか。
「だから大丈夫よぉ。リリィは私の妹みたいなものだから。――――まっそういうわけで残念ながらイケメン勇者を期待してたけど『こんなの』がこの国の勇者に選ばれた訳」
「こんなのってなんだよ! アタシだって好きで勇者になった訳じゃないぞ! うー!」
リタは犬のように唸るがこれは癖なのだろうか。ではエミリアもリタも出会ってまだ数日の関係なのだろう。俺とリリィと同じである。
「へ、へぇ変わった勇者ね。犬っ子が勇者だなんて左チクビ王国はよっぽど人材がいないのかしら!」
リリィも負けじと余計なことを言う。
「犬っ子だと! アタシは『魔犬士リタ』! 犬じゃなくて魔犬だぞ! うー! エミリア! やっぱりこいつら殴り殺そうぜ!」
穏やかじゃないな。それに魔犬士とはあまり聞かない職業だな。魔犬を操る職という訳ではなく、自身が魔犬ということか。
「まぁリタ落ち着きなさいな。リリィ、こっちの紹介は終わったから、そろそろそのゴリラの説明をしなさい。そもそも右チクビ王国も勇者が決定して、リリィも旅に出るはずでしょ? 勇者は決まったの?」
「えっ」
リリィはどこから出たのか分からないような声を出す。リリィの額からは滝の様に汗が噴き出し、目線もキョロキョロし始める。明らかに挙動不審だ。
「……。護衛かペットかと思ってたけど、まさかそのゴリラが勇者なんて事ないわよねぇ」
「え!? ちちちちちち違うに決まってるじゃない! お、お姉ちゃんこそ女の子が勇者だなんて災難ね! ハハハ……」
嘘が下手だな。リリィの所だけピンポイントに雨が降ったかのように汗でびしょびしょである。リリィのプライドの高さからして、自分の国の勇者がゴリラだなんて死んでも言いたくないだろう。
「ふーん。まっ如何にも無能そうなゴリラだものね。姫とゴリラの二人旅だなんてアンタもとうとう頭がイカれた訳ね。まっ精々そのゴリ夫くんと精々新婚旅行でもしてなさいな。キャハハ!」
エミリアの言葉にリリィの顔は沸騰しているかの如く真っ赤になる。
「お姉……! アンタねえ! ゴリラの事はともかく、私の事をバカにするのは許さないんだから!
ええ! このゴリラが『右チクビ王国を代表する勇者』よ! アンタの国の『犬もどき』と違ってすっごい強いんだから!」
ああ。言ってしまった。
「プスーーー! ゴリラが勇者!? まさかとは思ったけど、最高にイカレてるわ! 面白すぎるわアンタ! キャハハハッハ!」
「おい! 『犬もどき』とはアタシのことか! アタシは魔犬士だ! うー! ゴリラになんて負けないからな! がるるる!」
リタは毛を逆立て威嚇してくるが、なんとも迫力がない。エミリアに至っては腹を抱えて涙目で笑っている。
「じゃあ決闘よ。エミリアの国の勇者『リタ』と私の国の勇者『ゴリラ』どっちが強いか勝負させるわよ!」
「キャハハ! いいわぁ! 武器無しの素手で死んだ方が負けってルールにしましょう。リタ、勝てるわよね?」
「え!? ゴリラと素手で決闘を!? で、できらぁ! こうなったら勝った方が本物の勇者だからな! うー!」
死んだ方が負けって姫同士の喧嘩に俺の命を勝手に賭けないでくれ……。