1 勇者ゴリラ誕生
1 勇者ゴリラ誕生
――――我輩はゴリラである。
別にゴリラに似ている人間とか、やたら毛深い人間とかではなく正真正銘の普通のゴリラである。
人間は俺を見る度に「あっゴリラだ」と言うけれど……そりゃあそうだろゴリラなんだから。
――――ここは『右チクビ王国』という小さい国。変な国名とか思うかもしれないが順を追って説明するから待ってくれ。優先順位が低いから。
『右チクビ王国』は陽気で平和な人間の国である。何故人間の国にゴリラがいるのかというと、単純に観光客集めに『見せ物』として存在している。
悪く言えば、軽い軟禁状態。
良く言えば、食べ物を人間が与えてくれて、寝ているだけで生活ができる。人間でいう『ニート』ってやつだ。
更には外敵がいないため、俺としてはメリットの方が大きい。結果、この生活に不満はない。
今も柵の外から人間の親子がこちらを見てる。子どもは前のめりに俺達ゴリラを指差し無邪気に笑っている。
「ゴリラだー!」
「ゴリラねー! 良かったわねー!」
……一体何が良かったのだろうか? この親子はゴリラが見られて本当に心から嬉しいのだろうか? まぁこの親子が良ければ俺は一向に構わないのだが。
――――すると、俺の背後から親子に向かって掌大の茶色い物体が放物線を描き飛んでいく。親子は悲鳴をあげ鼻を摘まみながら逃げていった。
「ケッざまあみろ人間め」
俺が背後を振り返ると――そこにはゴリラがいた。そりゃあこの柵の中はゴリラしかいないのだから当然なのだが、その中でも一際、ガラが悪く体も俺よりも一回り大きいゴリラがいた。
このガラの悪く巨体のゴリラは『デカプリオ』といった。
「おいデカプリオ。人間にうんこを投げるのはやめろと言っているだろう。また飼育員の人にエサ抜きにされるぞ」
俺はゴリラ語でデカプリオに釘を刺す。デカプリオは友達というよりも腐れ縁で長年一緒にいる。
「お前はだから甘ちゃんなんだよチャッピー」
『チャッピー』とは俺の名だ。飼育員に名付けられた名だ。
他にもニコラス、ブルース、ベッカムなど様々なゴリラ達と共同生活しているが、飼育員のセンスによって名前に差がある気がする。
しかしながら、人間はそれぞれのゴリラを区別している訳ではなく、よく名前を間違われる。名前なんてあってないようなものだ。俺も人間の顔の区別がつかないし、同じ理由だろう。
「別に人間は我々ゴリラ達に危害を与えるわけではないだろう」
「ふん。人間に自由を奪われた俺とチャッピーは『同じ穴のムジナ』だろうが」
「いや『同じ檻のゴリラ』なだけだろ……」
こんな会話も人間からしたら、ウホウホ言ってるだけにしか聞こえないのだ。そしてデカプリオも口こそ悪いが、根は良い奴だと俺は知っている。
「それよりチャッピーよぅ。今日はなんだか人間達の様子がおかしくないか?」
「言われてみれば……」
なんだか王国内が騒がしい。今日は祭りでもあるのだろうか?
国民達が城の方に向かっている。いつもゴリラの前を通る人々は一度は足を止めこちらを見たりするものだが、今日はほとんどの人が素通りする。もっと興味深いものがこの先にあるというのだろうか。
通り行く人々の会話に耳を傾けると、意外な言葉が飛び込んできた
「今日はこの王国で勇者様が決定する日だな」
「その勇者様が姫様と将来結婚し、王となるんだよな!」
「勇者様は一体誰になるんだろうか!」
なぜか説明口調で通りかかる人々は置いといて。
なるほど。今日は数十年に一度の大イベント。勇者が決められる日だったな。その勇者の決め方が斬新らしい。詳細までは知らないが。
「おいチャッピー。人間共はなんて?」
そうかデカプリオは人間の言葉が分からないのか。まあ理解できる自分がおかしいのだが。
俺は長年この国で人間の言葉を意識的に聞いてきたからある程度人間の言葉を理解している。ゴリラの知能はそのくらい高い。後は俺自身勉強が好きだということもある。
「あぁ勇者が決められる日らしいぞ。その勇者が王から与えられた任務をこなすことができれば、姫と結婚する権利が得られるようだ」
「ほーん。つまり王になれるのか。でもどうせ勇者なんて、王室の関係者とかが選ばれる出来レースなんだろ」
「いやこれがそうでもないらしい。選出方法は公開され、誰にでもチャンスがある方法で選ばれるようだ。どんな方法か分からないけど」
「まっどちらにせよ俺達ゴリラにゃ関係のないこった」
デカプリオは豪快な欠伸をして、岩場に寝転ぶ。まぁデカプリオの言うとおり。人間の行事にゴリラの出る幕はないのだ。
俺も岩場の陰で一眠りするとしよう。
――――ここは『右チクビ王国城の王座の間』
「リリィよ。とうとう今日は将来の婿。我が右チクビ王国民から勇者が決まる日であるな」
「はい。お父様。しかしどのように勇者様が任命されるのですか?」
王座に座る白い髭を生やした人物はこの国の王であり、対面する少女をリリィ姫といった。
リリィは気品ある黄色いドレスを身に纏い、長く編んだウェーブがかかった髪は後ろで上品に纏めている。容姿やお淑やかな性格からまるでフランス人形のようだと国民からも評判である。
「勇者の決め方は簡単である。この由緒正しき指輪の宝玉が全てやってくれるのである」
「指輪の宝玉がですか?」
王の中指の指輪ににはコインほどの大きさの赤い宝玉が付けられていた。その腕輪を興味津々で覗き込むリリィ。
「この指輪の輝きが勇者がいる元へ導いてくれるのである」
「なるほど。では早速勇者様を探しに行きましょうお父様。勇者様はどんなイケメ……ウォッホン! どんな御方なのでしょう」
咳払いをし、言葉を訂正するリリィ。
「そうである。この指輪は割と近くに勇者がいることを示しているである。もう徒歩で行ける距離である」
「そんな近くに勇者様が……! 私の未来の旦那様が……!」
リリィは目を輝かせ、空を見上げる。
「娘の成長は早いのである……! 勇者もさぞ娘にふさわしい男なのであろう!」
王も思わず感涙にむせぶ。
――数十名の護衛に囲まれながらも、王とリリィ姫は町のほうへ向かう。王と姫が町を歩くのだから国民の視線は二人に集められ歓声が送られる。まるでパレードのようである。
リリィは満面の笑みで国民に手を振る。
「お父様。この国民達の中に本当に勇者様が?」
「そうであるな。ただ指輪はもう少し東を示しているのである」
――――二人と護衛達は足を進める。あまり運動をしないリリィに疲れの色が見える。
「……お父様。こっちの方にはゴリラ広場くらいしかないですが」
「しかし指輪はこちらの方に反応しているのである。反応が強くなってきたからもう少しの辛抱であるぞ」
そして先ほどまではパレードのような雰囲気であったが、このゴリラ広場の近くは閑散としている。だんだんとリリィの顔色は疲れと只ならぬ嫌な予感で青ざめていく。
「お父様。ここはゴリラ広場ですが……ゴリラの見物は前にも来たでしょう」
「おぉ! 反応が凄まじく強いのである! 間違いなくここら辺であるな」
「ま、またまたお父様。ゴリラ広場の周りには何もないしゴリラしかいないじゃありませんの」
「いやもしかしたらゴリラ広場の中に勇者がいるのかもしれないのである。柵の中に入るぞリリィ」
王は躊躇いもなくゴリラ広場の柵の鍵を開け中に入っていく。護衛の兵士達もぞろぞろと入る中、リリィは入り口付近で立ち止まっていた。
「いやいやいやいやお父様。こんな汚いゴリラの群れに勇者様が混じってるわけないでしょう。ちょっと待ってお父様! おとう……ちょっとパパァッ!」
リリィは涙目になりつつ父である国王の背中追いかける。
リリィの本性は年相応のわがまま娘である。国民達に見せる笑顔や立派な振る舞いもあくまで仮の姿なのだ。
この姿を知るのは親族と城の数人の護衛くらいである。泣きベソをかきながら王の後ろにピタリとくっつき、嫌々広場に足を踏み入れる。
「ふむ。やはり指輪の反応は強くなっているである。やはり勇者はこの中に……」
王達が広場の中央近くまで行くと、ゴリラが数匹、警戒しながら寄ってくる。
「ゴリラ寄ってきてるわよパパ! 早くもウンコ振りかぶって投げようとしてる奴いるんだけど!」
王を必死で盾代わりにし、ゴリラから身を隠すリリィ。その騒がしい姿は先ほどの高貴でお淑やかな彼女とかけ離れている。
「リリィよ。あまり姫がウンコとか言わないで欲しいのである……。大丈夫、ゴリラは友達。怖くないのである」
ゴリラの握力は平均400キロから500キロと言われており、人間の約十倍である。もし彼らが本気で人間を襲ったならひとたまりもない。そして投げるウンコのスピードも計り知れない。
護衛達も緊張感と槍を握る力が比例していき、手汗が滲む。ゴリラ達もその鋭利な槍を見て足が止まり、拮抗状態であった。
「パパ……。もう帰りましょ……この中に人間はいないじゃない」
リリィは半ば諦め気味で勇者などもはやどうでも良かった。それよりも早く城に戻って寝たいという気持ちが勝っていた。
「いや待つのである。兵士達よ武器を下ろすのである。ゴリラ達が怯えているのである」
王は兵士に指示を出し、一人でゴリラ達に向かっていく。ゴリラと王は目と鼻の近さまで近づく。
兵士やリリィの制止を振り切り王はゴリラ達の目の前で指輪を眺める。
ゴリラが手を伸ばしただけで届く距離。リリィは後ろで怯えながら祈るしかなかった。ゴリラが間違っても王に手を出さないことを。そして嫌な予感が的中しないことを。
「ゴリラ達よ。大丈夫である。王は友達、怖くないのである。むっ……まさか……!」
王はゴリラと指輪を交互に凝視する。そして一頭のゴリラの前で足が止まる。
「――――そうか。君が……。ゴリラ君、君だけ来て欲しいのである」
そのゴリラの目は他のゴリラよりも心なしか優しそうに見えた。他のゴリラが警戒している中、そ
のゴリラだけ落ち着いてリンゴを食べており、驚くことにまるで王の言葉を理解しているかのように王の後ろに付いて静かに柵の外に出たのだ。
無事、一頭のゴリラを連れ、ゴリラ広場から生還できた王達。全員が安堵の溜息を吐くが、目の前にゴリラがいることには変わりなく、王以外は身構える。
「……パパ。まさかそのゴリラが勇者候補だって言うんじゃないわよね……ハハ」
「そのまさかのようである。指輪は確かにこのゴリラに反応しているである。このゴリラが『勇者』となるゴリラである」
「それってアレよね。言いたくないんだけど。勇者って未来の王国の王で、私の夫になるのよね……」
「……そういうことになるのである」
リリィは静かに白目を向き、泡を噴いて倒れる。兵士達が慌てて駆け寄りリリィを抱える。無理もない。間接的に将来ゴリラと結婚しろと言われたのだから……。
―――――俺はゴリラだ。
正確には『ニシローランドゴリラ』と呼ばれている。学名に至っては、『ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ』というらしい。なんともふざけているというか適当な学名だ。
そんな俺はなんと勇者になるらしい。勇者といえば人や国や世界を守るため、悪と戦う勇ましい者の事である。
ゴリラとして生まれてきて半ば人生を諦めていたが、人生は分からないものである。勇者となるということが、いまいちピンとこないが、普通のゴリラの人生を過ごすよりかは良いのかもしれない。そもそもゴリラが勇者になって良いものなのだろうか。
「すまぬのだゴリラよ。お前が暴れないのは分かっているのだが、こうでもせねば国民が怯えてしまうのである」
王は申し訳なさそうに俺に鉄製の首輪を嵌めそれに太い鎖をつなげリードのようにつなぐ。 まるで大袈裟な犬の散歩である。
王が持つ鎖の先にはゴリラ。後ろの兵士達は失神したリリィ姫を抱えている。国民達は頭の上に大きいクエスチョンマークを付けていた。
なぜゴリラ? なぜ姫が失神?
勇者が任命される日に王達は何をしているのだろうか。と国民のほとんどが首を傾げていた。
まるで署まで連行される容疑者のような気持ちになった俺は、できるだけ顔を隠しながら城まで向かった。まぁ顔を隠したところでどこからどう見てもゴリラなのだが。
――――王座の間に辿り着くと、王とリリィと俺以外の人間は出て行く。もちろんゴリラの俺はこんな王座の間どころか城の中にも入ったことは無い。見渡すと床には赤いカーペット、壁には壁画、天井に眩いシャンデリア。いかにも王国一の人間が住むところである。
リリィは目を覚ましてからずっと、生気が無い目をしていて、頭を掻き毟ったのか髪型は乱れ、溜息ばかり吐いている。
「リリィよ。そんな顔をするでない。まずはゴリラに自己紹介からである。我はこの『右チクビ王国』の王である。よろしくであるゴリラ君」
「……ゴリラに自己紹介する意味あるの?」
生気が抜けて真っ白になったリリィは数歳老けたように見えた。
「リリィよ……勇者の目の前であるぞ」
「……パパ気でも狂ったの? ゴリラが勇者だなんて知ったら国民も黙っちゃいないと思うけど。まぁ良いわ。リリィよ。えーあんたの名前は? わっちゃーねーむ?」
渋々と自己紹介をするリリィ。投げやりに皮肉交じりで名前を聞いてきた。どうせゴリラなんだから言葉わかんねーだろ。みたいな感じが見え見えである。
「ウホ」
一応、今の言葉には『チャッピーです』という意味が含まれている。
「……パパ。こいつ今なんて言ったの?」
「わからぬのだ。ただ鳴いただけであろう。まぁゴリラと呼べば良いのだ」
じゃあ聞くなよ。
「で、パパ。このゴリラと私はなんで呼ばれたわけ?」
確かに勇者と言われても何をすべきかよく分からない。
「うむ。リリィと勇者ゴリラには――旅に出てもらおうと思うのである」
「は?」
「ウホ?」
旅って……またまた勇者一行じゃあるまいし。
「いや待ってよ。何を言ってるのパパ。意味が分からない」
リリィは薄ら涙ぐみながら耳を塞ぐ。
「だから旅なのである。お前も15になるのである。立派な大人である。いつまでも城に籠もっていても仕方あるまい」
「い、嫌よ……。私はせっかく王族に生まれてきて今まで一切の苦もなく不自由も無い生活を送ってきて、手を叩けばケーキと紅茶が出てきて、愚民達から搾り取った金で新しいドレスを買ったり、食べきれなくて腐らせる程のお菓子を買ったり、……そんな甘やかされた生活が大好きだったのに……! そんな私が、まさかゴリラと旅に出るだなんて……!」
膝を付き頭を抱えるリリィ。
クズみたいな性格の姫だなおい。
「おおリリィよ。お茶漬けでも食べて落ち着くのである……」
「世界観壊さないでよパパ! お茶漬けは後で食べるから! ラップかけといて!」
そこは庶民派なんだな。俺が今まで思い描いていた『お姫様』ってやつのイメージが叩き壊され、粉々になりすぎて、もはや粉末状である。
リリィの不満は止まらず、王は困り顔であったが、リリィも自分の言い分が通らないことに段々と気が付いたのか、諦めに近い表情が出ていた。
「パパ……。百歩譲って……百歩譲ってこのゴリラと旅に出たとして、目的は何? 百歩譲ってだからね……」
「そうであるな……。リリィはこの王国の外にあまり出たことが無いであろうが、この国は大きい大陸の中の数ある国の中の一つということくらいは知っておるな?」
「うん、まあそれくらいなら……。確か数十カ国はこの大陸の中にあったと思う」
「その通りである。この大陸の地図がこれである」
王は懐から古び黄ばんだ紙を取り出し、リリィに見せる。
「うん。見たことあるわよこれくらい。でもそれが私が旅に出る理由となんの関係があるのよ」
「この大陸をみて……感想は?」
「なによ感想って……。別に無いわよ」
王は少しシュンとした表情で説明を続ける。
「では質問を変えるのである。この大陸何かに似てないであるか?」
「うーん……。もしかして人? 人間の形に見えなくもないかも……」
王の表情は一変しパアァと明るい表情になる。
「そうである! 流石我が娘、天才である!」
「パパの娘なんだから当然よ! へへーん!」
鼻を高くし、リリィはご満悦奈な様子。お互いを讃え合う姿を見て、この親子馬鹿だなと確信した。
「ではこの大陸を人間の形とすると、北東に位置するこの国が我が国『右チクビ王国』である。確かに人間でいう右乳首の位置であるな」
王は地図上を指差し王国の位置を少しいやらしい手つきで触れる。
「……パパ。もしかして私達の国名の由来って……そんなしょうもない理由で決まったの?」
「しょうもないとは心外である。右チクビ王国から西に進むと、『左チクビ王国』という国があるのである。昔、左チクビ王国の国王はある主張をしてきたのである。「我々の国が右チクビでないのはおかしい。この大陸が仰向けの人間の様に見え、この国が乳首の位置にあるならば、西に位置する我々の国が右乳首である」と。まさに乳首に毛が生えたような愚かな国王である」
「……」
……一応、最後まで聞いてみよう。
「余は勿論反論したのである。「それは暴論なのである! 東は右なのである! 東に位置するのだから我が国が右乳首である!」と。幾度もその議論は行われ、戦争になりかけたりもしたが、向こうが折れて、晴れて我が国はこの『右チクビ王国』という名になり、向こうは左チクビ王国とかいう恥ずかしい名前で妥協したのである。ざまぁ見ろなのである! このやろ!」
王は興奮気味に地図上の左チクビ王国の位置をこねくり回す。
「……私はなんて恥ずかしい国に生まれてきたのかしら」
「まぁそんなわけで隣国の王とは未だに犬猿の仲なのである。奴は思春期に出来た乳首のしこりの様な奴である」
まぁ右乳首と左乳首が仲悪いのだけは分かったが。
「……で、それがどうしたのよパパ。まさか左チクビ王国に奇襲をかけろっていうんじゃないでしょうね」
「いや、話が逸れてしまったのである。この両チクビ王国の遙か南には『インモー湿原』という草木が生えそろった湿った場所が広がっているのである」
王は少し顔を赤らめる。
「大分ギリギリを攻めてる大陸ね」
「そしてこの『インモー湿原』の南は地図が途切れているのである」
「なんでここで途切れてるのかしら」
「なぜなら、この『インモー湿原』という所はかなり広大らしく、更に迷宮のようで今まで何人もの
研究家や探検家が探索を断念しているのである。なんと……悲しく、悔しい事なのである……」
王は遂に涙を流す。
「別に良くない? そんな気になる?」
王の涙に一ミリも感情移入ができないリリィ。
「もう一度、整理して説明するのである。我々の王国は女体のような見かけの大陸の右乳首部分に位
置していて、遙か南には草木がボーボーの『インモー湿原』が広がっている。そして『インモー湿原』の下部……いや南には誰も知ることがない秘境が広がっているに違いないのである!」
「……」
リリィは呆れて肩を落とす。ある程度これから自分に課される任務が想像できたのだろう。
「本題である。リリィと勇者ゴリラ君には初めての共同作業ということで、秘境の地に辿り着き地図を完成させて欲しいのである!」
「イ・ヤ・よ! 共同作業ってなんでこのゴリラともう夫婦確定みたいになってんのよ!」
王はリリィの言葉をスルーし、俺の手を掴む。
「ゴリラ君も、ゴリラの雄なら気持ちは分かるだろう? 湿原の先には何が広がっているのだろうか、と。エデンか? ユートピアか? はたまた割とグロテスクなものか?」
メスゴリラ型の大陸ならまだしも人間型にはあまり興味が湧かないが、もうこれは引き受けるしか
ないのだろう。
俺は仕方なく頷いた。
「おお! 引き受けてくれるか! さすがゴリラ君も男であるなぁ!」
「おいゴリラ! 何勝手に引き受けてんのよ!」
なんで俺が怒られなきゃならんのだ。どんな仕事でもそれが勇者の仕事であるならば、勇者となった以上は引き受けねばなるまい。
「そしてまずは左チクビ王国に向かうといいのである。二人旅では大変であろうから、仲間でも探すといいのである」
「いやいや……勝手に話を進めないでよパパ。なんでこの王国の姫である可愛い私が旅に出なくちゃいけないのよ!」
「可愛い子には旅をさせよ。という言葉があるのである、余だって愛娘に出て行って欲しくないのである……でもここは心を鬼にするのである……」
王は涙をハンカチで拭う。
「本当に旅させてどうするのよ! あと、今まで散々甘やかしといて、いきなり心を鬼にしないでよ! 私は一生今の生活が良いの! それで将来はイケメンの王子と自動的に結婚して、国民に手を振るだけの仕事に就きたいの!」
「そこまで将来を考えていたのであるな……。立派な娘に育ったのである……」
「そうでしょ! だってパパの娘だもん!」
この親子は仲良いんだか悪いんだかよく分からん……。
「ではこうするのである。任務を受けるかどうかはリリィが決めると良いである」
「え? それなら「やらない」一択でしょ」
「リリィが任務を受けなければ今まで通りの平穏な生活が待ってるのである。リリィが任務を成功して戻ってきたのであるなら、願い事をなんでも叶えてあげよう」
「ん? 今何でもって言ったわよね」
すると再び王の顔が紅潮する。
「そ、そんな舐めるように余の体を性的に見ないで欲しいのである……」
「ちがうわよ! じゃあゴリラとの結婚を無効にすることもできる?」
「むぅ……まぁそれも仕方あるまい」
「なんで渋々なのよ。なんでパパはゴリラとの結婚に肯定的なのよ……」
リリィの顔色はだんだん良くなり、少しばかり希望が見えてきたのだろうか。
「ではリリィ願い事はそれで良いのだな?」
「うん。願い事は『ゴリラとの結婚無効+自堕落な生活十年間保証』で!」
それは一つの願い事と言えるのか?
「良いであろう。無事任務達成すれば『ゴリラとの結婚無効+自堕落な生活十年間保証』を約束するのである」
王はバカだから願い事が二つあることに気づいてないようだ。そしてリリィもバカなので任務を受けなければ、リリィの願いは何もせずとも叶うということに気が付いていない。
「絶対約束よパパ! よしゴリラ行くわよ」
俺の首輪に繋がった太い鎖を雑に引っ張るリリィ。「ぐぇっ」てなるからやめて。
さっきまでのリリィとは違い旅に対して前向きになったようである。
――その翌日。あまりにも旅立ちの日は急にやってきた。俺とリリィ、王様は護衛に囲まれて城を出る。
国民達には既に噂は広まっており、野次馬が集まる。しかし想像と違い、俺に対して国民達は暖かい声援を送る。
「ゴリラー! 頑張って立派な勇者になるんだぞ!」
「ゴリラ様ー! 姫様をしっかり守るのよー!」
ゴリラの俺が言うのもなんだが、こいつらゴリラに順応しすぎだろ……。
「なんでこいつらゴリラを認めてるのよ! 勇者がゴリラで良いの? こいつゴリラよ? あんたらの国の王がいずれゴリラになるのよッ!」
リリィも納得がいかない様子。これに関してはリリィの反応が正しい。まぁリリィの任務が無事終われば、リリィと俺は結婚しないから、俺は王になれないけどな。
しばらく町を歩くと、昨日までの俺の住処であったゴリラの檻が見えてきた。『彼ら』は俺の事をどう思っているのだろうか。
皆に別れを言えなかったけど、俺を祝福してくれてるだろうか。それとも特別扱いされた俺を恨んでいるだろうか。檻の外に出たいと願っていた仲間もいた。俺の親友デカプリオもその一匹であった。鎖を繋がれているとは言え、檻の外を自由に歩く俺を見て何を思うだろうか。
ふと俺が目をやると、檻の中の親友「デカプリオ」と目が合った。彼は一瞬、柄にもない切ない表情を見せたかと思うとすぐにそっぽを向いた。
――正直ここを早く立ち去りたい。そう思ってしまった。しばらく離ればなれになる親友達を目の前にしてこんな事を思うだなんて俺は最低なゴリラだ。
「ではリリィ。ゴリラ。余と護衛はここまでなのだ。ここからは二人旅になるのだ」
「ううぅ。だんだん面倒くさくなってきた……。ほんとにゴリラと旅するのよね……」
リリィは嘆くが、もう引けないことは理解しているようだ。リリィは立派な姫を演じているのだか
ら、国民達の前で駄々をこねるわけにはいかない。
「リリィよ。長い旅になるが頑張るのだぞ」
「うん……。不安だけど頑張る。パパの娘だもの」
「うむ。流石余の娘なのだ」
二人は涙を流し抱擁する。
なんだかんだ良い親子だな。リリィもまだ親離れができていない少女。俺もしっかり守ってやらないとな。
「ではリリィ。この先どんな困難にぶち当たっても大丈夫であるな?」
「うん頑張る」
「この先どんな極悪非道な超強力モンスターが出てきても大丈夫であるな?」
「うん頑張…………。は?」
リリィの涙がピタリと止まり、号泣している王を真顔で見つめる。
「なんて勇敢な娘なのである! 流石余の娘なのである!」
「いやいや待てコラ糞親父。極悪非道な超強力モンスターってなによ。モンスターが出るってなによ」
「モンスターを知らないであるか? モンスターとは魔物のことで……」
「そういう意味じゃないわよ! この大陸って平和じゃないの? モンスターが出るだなんて聞いてないわ!」
まぁ温室育ちなら知らなくても仕方ない。基本的にモンスターは人を避けるため、国の近辺には近寄らない。稀に近づいてきても国の兵士達が追い返すため、城の中で育ってきた箱入り娘のリリィが知らないのも無理はない。ただの世間知らずって事もあるが。
つまり国を出て旅をするのであればモンスターと鉢合わせ、戦うのは必然である。
「大丈夫である。この辺のモンスターはあまり強くない。しかし南の方つまりインモー湿原の方まで行くと段々手に負えないような強敵が出てくるのである」
「全然大丈夫な説明になってないんだけど」
「まぁゴリラ君がいるので大丈夫である」
リリィは振り向き俺の顔を品定めをするように見つめる。
「……。いやいや、いくら怪力のゴリラでも魔物が相手となると別でしょ……」
「もうグダグダしていると、日が暮れるのである。国民も訝しげにお前を見ているのである」
思い出したかのようにリリィは国民達の方に目を向け、手を振る。
「み、皆の衆ごきげんよう」
もうリリィの本性が国民にバレるのも時間の問題だ。
「ではリリィ、まずは左チクビ王国に向かうのだったな。それまでの食料はこの袋に入れてあるのである。それからは自分で何とかするのである」
まだ文句を言いたそう表情でリリィはずっしりとした袋は王から分捕る。
「あー! もう行けば良いんでしょ! 行くわよゴリラ!」
ぐえっ。だから急に鎖を引っ張らないでくれ。
国民の歓声と拍手を背中に浴びながら、町を出る。もうこれで任務を達成するまでは帰れない。い
や厳密に言うと帰れない訳ではない。リリィのプライドが勝つか、リリィのだらしない性格が勝つか。それ次第では明日にでも国に戻れる可能性はあるが。
「……はぁ帰りたい……足痛い……帰りたい……ベッドで寝たい……帰りたい」
さて、この旅は一日持つのであろうか。