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94 新しい家族

 ヴァルフラント王国東部に広がる草原地帯の東の果てにある、のどかな田舎町フロージ。

 草原の中の街道を玲衣と手を繋いで歩くリンナは、彼方に見えた故郷を指さした。


「レイ、見えて来た。あれがフロージの町、私が生まれ育った場所だ」

「いよいよなんだね、リンちゃんの故郷。うぅ、緊張してきた……」


 これがリンナの数か月振りの里帰り。

 その目的は、二人の結婚を認めてもらうこと。

 初めて会うリンナの両親に気に入って貰えるのか。

 そもそも交際自体を認めて貰えるのか。

 玲衣の心配の種は尽きなかった。


「大丈夫かな……。もしも別れろだなんて言われたら……」

「そんなに心配しなくても平気だよ。レイの名前だって英雄として広まってるし、いざとなったら姉さんも味方いてくれるし。そもそも私の両親だぞ、レイを気に入らないはずがない」

「自信満々だね。うん、少し心強くなった」

「それに万が一ダメでも、私はレイと離れる気なんてないから」

「……それは私も一緒」


 ギュッと手を握り合い、二人はそれから二十分ほど歩く。

 目の前に見えた町の入り口。

 アーチ状の木製の門に書かれた町の名前は、経年でほとんど読み取れない。


「リンちゃんが帰ってくるって連絡、入れてないんだよね」

「ん、小さな町だからな。もう町って言うより村って感じだ。ほとんどが顔見知りだし、帰ってくるってわかったら総出で出迎えそうで……」


 町の中に足を踏み入れると、リンナがかねてから話していた通りの光景。

 まばらに建つ背の低い建物はほとんどが民家で、店舗の類はごくごくわずか。

 道に石畳などは敷かれておらず、剥き出しの土と砂利の道。

 道の脇には細い水路が流れ、その向こう側に広がっているのは大きな野菜畑。


「ここがリンちゃんが生まれ育った場所か。のどかな風景だね」

「なんにも無い場所だよ、ほんと。ずっと変わんない」


 悪態をつきつつも、どこかほっとしたような表情を浮かべるリンナ。

 そんな彼女の隣で、玲衣は感慨深げに辺りを見回す。

 すると、町の高台にそびえ立っている二階建ての立派な洋館を発見した。


「あの家、おっきいね。偉い人の家なのかな」

「あぁ、あれが私の家。結構目立つだろ」

「え、あれがリンちゃんの家なの!?」


 明らかに村長の家と言った感じの立派な建物が、リンナの実家だった。

 驚きのあまり、思わず聞き返す。


「ん、私も不思議だったんだけどさ。国王が発表した歴史の中に、暁の召喚師……ご先祖様がこの町を拓いたって記録があって、やっと納得したよ」

「そっか。リンちゃんって暁の召喚師の子孫だったんだもんね」


 この話も聞いた時は驚きだった。

 その後、リンナがギルドから提案されたS級召喚師の特別昇級を蹴った時はもっと驚きだったが。

 曰く、姉さんと同じ道でS級になりたい。

 前例の無い特例なんかでなっても嬉しくない、との事。

 言うまでもなく玲衣は惚れ直した。


 二人は坂を上り、とうとうゲルスニール家の門前へと到達した。

 大きな両開きの扉がやけに物々しく感じ、玲衣の緊張が高まる。

 リンナは手なれた様子でドアノッカーでコンコン、と二回扉を叩く。

 玲衣の心音がバクバクと高鳴る中、両開きの扉が静かに開かれた。

 現れたのは優しそうな顔つきのプラチナブロンドの髪色の女性。

 美人といって差し支えない顔つきは、どことなくディーナに似ている。


「はい、どなた……。あら、リンナじゃない。帰って来たのね」

「ただいま、母さん。姉さんはいる?」

「いるわよ。あの子ったら何年も家を空けたくせに突然帰って来て……。そちらの子は、もしかしてレイさん?」


 突然話を振られ、玲衣の背筋が思わずピンと伸びた。


「あ、あのっ、初めまして、レイ・カガヤですっ。あのっ、私のこと、知ってるんですかっ?」

「ご丁寧にどうも。私はジーナ・ゲルスニール、リンナの母よ。あとね、そんなに緊張しなくても大丈夫。ディーナから大体の事は聞いてるから」


 大体聞いてるとは、どの辺りまで聞いているのか。

 緊張のあまりに背中から嫌な汗が流れる。


「リンナも大人になったわねぇ、恋人を連れて来るなんて。さ、上がって」


 全部知られていた。

 家の奥に消えていくジーナを呆然と見送りながら、玲衣は立ちつくす。


「レ、レイ、とりあえず上がろう。ほら、好感触だったじゃないか。大丈夫だって、きっと」

「う、うん……」


 リンナに手を引かれて、玲衣は彼女と共に扉を通る。

 玄関は広いホール状になっていて、両端に二階へと続く階段がある。

 特に豪華な調度品などは無く、いたって普通の家具が置いてあるようだ。


「広いだけって感じだろ。別にウチはお金持ちって訳でもないからな」

「でも、ここでリンちゃんが育ったんだよね。ちっちゃい頃のリンちゃん、見てみたかったなぁ……」

「む、騒がしいと思って来てみれば。帰って来たか、リンナ」


 二階の廊下から顔を出したディーナ。

 ゆっくりと階段を降りてくる彼女の姿に、玲衣は絶句する。


「姉さん、ただいま。母さんが言ってたんだけど、私達のこと話したんだって?」

「ああ、リンナに大事な恋人が出来た、とな。さすがに結婚どうこうまでは話していないが。今日はそのために来たのだろう?」

「ん、そうなんだ。でもレイが必要以上に緊張しちゃってて……レイ? どうかしたか?」

「いや、なんでも……」


 ディーナといい、ヒルデといい、普段クールな感じの女性は皆こうなのか。

 胸元にかわいらしいくまさんがプリントされたTシャツを着たディーナを眺めながら、玲衣は思う。


 玲衣とリンナは、ディーナと共にリビングルームへ。

 テーブルに座って二人を待っているのはジーナだけではなかった。

 淡い青色の髪をした厳めしい顔の男性、彼がリンナの父親だろう。


「いらっしゃい、レイちゃん。ほらほら、そこに座って」

「は、はい……」


 カチカチに緊張しながらも、玲衣は着席。

 その右隣にリンナが座ってくれたため、少し心強い。

 左隣にはディーナ、姉妹で玲衣を挟む形になる。


「まずは自己紹介から……ってもう名乗ったわね。改めて、私はジーナ。よろしくね」

「は、はいっ、よろしくおねがいしますっ」

「ほらほら、あなたも自己紹介してあげて。娘の恋人が来てくれたんだから」

「……ん、リンナの父の、ヨルドだ。……よろしく」

「よ、よりょしくおねがいしますっ」


 頭を勢い良く下げてしまい、テーブルに頭突きしてしまう。

 ゴン、と鈍い音が響き、隣で座っていたリンナが飛び上がった。

 自分よりもテーブルの方を心配する玲衣だったが、ひび割れたり破損したりはしていない。


「あなたの顔が厳ついからレイちゃんが怖がってるじゃない。もっと表情を緩めて」

「……ん、こうか」


 あまり変わったようには見えない。

 どうやらリンナの「ん、」は彼由来のようだ。


「レイ、大丈夫か? 無理そうなら明日にでも回して……」

「だいぶ緊張もほぐれてきた……と思うから、多分平気。このまま全部話しちゃおう」

「じゃ、私から切り出すから」


 さすがに緊張した面持ちで、リンナは両親に向き直った。


「父さん、母さん。実は今日、大事な話があって来たんだ」

「大事な話? 何かしら、世界を救ったことはもう聞いてるわよ?」

「そんなんじゃなくて……。実は私、レイと……レイと結婚しようと思ってるんだ!」


 見事に言い切って見せたリンナ。

 リビングに沈黙が訪れ、玲衣とリンナは固唾を飲んで反応を待つ。


「あら、あらあら。おめでたいじゃない。ねえ、あなた」

「……ん、レイ君。……娘をよろしく頼む」

「そ、それじゃあ許してくれるのか!?」

「許すも何も、リンナが選んだ相手なんでしょ。私達にどうこう言う権利は無いし、それにディーナから聞いたわよ。あなた達がどれだけラブラブなのか」

「ら……らぶらぶ……」


 二人で示し合わせたようにディーナの顔をじっと見つめる。

 一体どんなことを吹き込んだのだろうか。


「む、どうした。感謝の言葉ならいらんぞ」

「……ん、まあいいや」


 話がスムーズに進んだのは、ディーナの話にも要因があるのだろう。

 ここは素直に感謝しておく。

 緊張から解放された玲衣は、ようやく肩の力が抜けた。


「でもホッとしました。断わられたらどうしようかって」

「だからあんなに緊張してたのね。笑った顔、初めて見たけどかわいらしいじゃない」

「そ、そんなこと……っ」

「二人とも可愛いもの、孫もきっと可愛いんでしょうね。今から楽しみだわ」

「ちょっ! 母さん、いくらなんでも気が早いって!」


 口元に手を当てて笑うジーナと、顔を赤らめて慌てるリンナ。

 当然のように交わされるやり取りだが、玲衣が抱くのは猛烈な違和感。


「あ、あれ? リンちゃん、孫って……?」

「レイからも言ってやってくれよ。せめてあと五年くらいは二人きりで暮らしたいんだから」

「残念ねぇ、はやく孫の顔が見たいのに……」


 そこでこの話題は終わってしまった。

 完全に置いてけぼりになっていた玲衣を、ジーナはキッチンに誘う。


「レイちゃん、リンナの好物を伝授してあげるからいらっしゃい。料理は出来るのよね?」

「え、あ、はい。料理はそこそこ自信がありますけど……」


 まだ孫云々が頭から離れないが、リンナの好物となれば絶対にマスターしなければ。

 キッチンに立った玲衣は、エプロンを巻いて料理に集中。

 ジーナにあれこれ教えてもらいながら、思い出すのは幼いころ、母親と並んで立った台所。


「あの……。お義母さんって呼んでも……、いいですか?」

「もちろん。レイちゃんも私達の娘になるんですもの」

「……はいっ、おかあさん!」




 ☆☆




 玲衣は完璧におふくろの味を再現してみせた。

 花嫁修業は一発合格、ジーナのお墨付きである。

 約五年ぶりにゲルスニール家の食卓に家族全員が揃い、玲衣も共に五人でテーブルを囲む。

 一家団欒に受け入れてもらえた喜び、玲衣は満ち足りた気持ちで食事を終える。

 その頃には日も沈み、その日はリンナの部屋に宿泊することとなった。


「ここがリンちゃんの部屋……。なんていうか、さっぱりしてるね」


 彼女の自室は、最低限の家具だけが置いてある殺風景な部屋だった。

 机の脇の本棚にはびっしりと召喚師関連の本が詰め込まれているが、それ以外に取り立てて変わった物は無い。

 衣装棚にベッド、姿鏡とその程度だ。


「ん、この部屋では召喚師の勉強してた記憶しか無いな」

「ほんと、ストイックだね。そういうとこ、かっこいいと思うよ」

「そ、そっか、うん」


 照れくさそうにベッドに座るリンナ。

 来客用のテーブルなど無く、座る場所といえばここしかない。

 玲衣も彼女の隣に腰掛け、ずっと気になっていた事を聞く。


「あの、私たち、女の子同士だよね」

「ん? 当たり前だろ、突然どうした?」

「だから、その、子ども……出来るの?」


 恐る恐る、玲衣は尋ねた。

 リンナはからかわれたと思ったのか、一瞬慌てたような素振りを見せる。

 だが、何かに思い至ったのか、すぐに冷静になった。


「あ、ああ。そっか、レイは知らないのか。キャビッジストークって召喚獣がいてさ。こいつらメスしかいないんだ」

「雌だけ? じゃあどうやって繁殖してるの?」

「その、えっと……こ、交尾……する前にさ、魔法をかけるんだよ。そうするとかけられた方は交尾の後に、なぜか有精卵を産むんだ。お互い身体的にはなんの変化も見られないのに」


 ものすごく気まずそうにリンナは説明していく。


「だ、だから、その、コイツを召喚して、魔法をかけてもらえば、その、人間でも、女同士で……せ、せっ…………」

「わ、わかったから! もういいよ、全部言わなくても!」


 一から十まで言おうとするリンナを、玲衣は急いで止める。

 お互いに顔を真っ赤にして、気まずい空気が部屋に流れる。


「と、とにかく、そういう事だから……」

「う、うん……」


 リンナと自分の子供、想像したことはあったが、叶わぬ夢だと思っていた。

 それが実現するとなると、玲衣の胸にこの上ない喜びが広がっていく。


「ね、リンちゃん」


 隣に座るリンナの手に、そっと手を重ねる。


「ど、どうした?」

「私、頑張って元気な赤ちゃん産むからね」


 そう言って笑う玲衣の表情は、妙に艶めいて見えた。

 リンナの中で理性の糸が切れ、衝動的に唇を奪いながらベッドに押し倒す。


「んむぅっ! ぷぁっ、だめだよ、リンちゃん。こんな場所じゃ、家族の誰かに聞こえちゃう……」

「レイがあんなこと言うから。それに、大きな声出さなければ平気だよ。んっ……」


 再び唇を奪いながら玲衣の服に手をかけた時。

 ガチャリと部屋のドアが開いた。


「リンナ、風呂が沸いたから入って…………すまない」


 ディーナは静かにドアを閉め、その場を後にする。

 玲衣の上からゆっくりと退いたリンナは、気まずそうに視線を逸らした。


「……ん、やっぱり止めたほうがいいな」

「そうだね、この部屋カギが無いし、戸締まりも出来ないしね……」

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