09 その力
——またこの力……。
玲衣の右手に眩く輝く光の剣。
リンナがそれを見るのは二度目だ。
ペンダントと宝玉が輝く時、現れる謎の力。
玲衣の身体能力強化を極限まで高めているのか。
「でも、これはまるで……」
「リンちゃん、来るよ。隠れてて」
警戒する無傷のオルトロスに対し、手負いの獣は怒りに満ちている。
四つの瞳に玲衣を映し、突進を仕掛けてきた。
三本の脚と動かない一本の脚での、破れかぶれの捨て身の攻撃。
玲衣は光刃を構えると、魔獣に走り込み、すれ違いざまに一閃を繰り出す。
一瞬の交錯ののち、魔獣の動きが止まる。
二つの首が地へと堕ち、巨体が倒れ伏した。
「あと一匹!」
無傷のまま玲衣の実力を見定めるかのように観察していたオルトロスに、玲衣は対峙する。
機動力を封じられていた魔獣は容易く倒せたが、今度はそう簡単にはいかないだろう。
一足飛びで魔獣の懐に飛び込む玲衣。
オルトロスはしっかりとその動きを目で追っている。
両前脚を両断せんとする玲衣の刃を、後ろに飛びのいて回避。
剣先にかすった剛毛が風に舞い散る。
「やっぱ、そう簡単にはいかないよね」
着地した魔獣は、横っ跳びで玲衣との距離をとった。
そのまま素早く玲衣の周りを跳び回る。
隙を探り、死角から襲いかかるつもりだったのだろう。
だが、玲衣も地を蹴ると、魔獣の後を同等以上の速さで追い始めた。
跳び回る魔獣の後を、玲衣は執拗に追う。
予想に反する展開にうろたえたのだろう、魔獣の脚が少しにぶる。
その少しが、致命となった。
「捕まえたっ」
玲衣の伸ばした左手がオルトロスの剛毛を掴む。
そのまま魔獣の背中へと飛び乗った。
当然、振り落とそうと暴れはじめる。
「うわっとと!」
思わず両手で背中へとしがみつく玲衣。
こうも足場が不安定では、その巨体を両断する事はできない。
玲衣は這うようにして魔獣の頭の方へと移動していく。
「このぉ、おとなしくしろ!」
そして左側の首筋に取りつき、延髄に刃を突き立てた。
——グギャアアァァァァァ!
断末魔の叫びを上げ、ぐったりとする左の頭部。
だが依然胴体は暴れ続け、右側の頭も健在だ。
玲衣は力を失った左の首に両手を回すと、渾身の力を込める。
そして体を捻りながら魔獣の背中から飛び、首をしっかりと掴んだまま腕を振り下ろした。
「どりゃあああぁぁぁッ」
投げ飛ばされたオルトロスの巨体がふわりと浮かび、背中から地面に叩きつけられる。
仰向けに転がった魔獣の右首に、玲衣はとどめの一太刀を浴びせる。
「これで、トドメッ!」
振りぬかれた斬撃が、オルトロスの頭部を宙に飛ばした。
「……っはぁぁ〜、やったぁ」
二つの頭部を潰され、完全に絶命したオルトロス。
玲衣は大きく息を吐き、その場にへたり込む。
戦いが終わって緊張が解かれると、その右手から光の剣が消えていく。
すると、玲衣の体を激しい疲労が襲った。
「あれ、力が入らな……」
「レイっ! どこかやられたのか!?」
力無く倒れる玲衣を、駆け寄ったリンナが抱き起こす。
「ハァ、ハァ……。だいじょぶ、ちょっと疲れただけ……。これ、かなり体力を持ってかれるみたい……。この間みたいに気を失ったりは……しないみたいだけど……っ」
「無茶しすぎだ。もうちょっと自分の体……を……」
息も絶え絶えの玲衣を心配そうに見つめていたリンナだったが、ふと目線を上の方に向けた。
その途端彼女は絶句し、みるみる青ざめていく。
「どうしたの……、リンちゃん」
その視線を追った玲衣の目に飛び込んできたもの。
それは全身を紫の剛毛に包む、筋骨隆々の三つ首の魔獣。
獰猛な三対六つの眼が、玲衣とリンナを捉えている。
「嘘……、ケルベロス……」
A級上位召喚獣・ケルベロス。
力、速さ、全てがオルトロスを上回る。
リンナの顔は絶望の色に染まった。
「……リンちゃん、ごめん。守りきれないかも……」
油断から光の剣を消してしまった詰めの甘さを後悔するが、もはや後の祭りだ。
極度の疲労に震える足を無理に立たせ、ケルベロスに立ち向かおうとする玲衣。
だが彼女にもはや抗う力は残されていない。
その爪の餌食にすべく、剛腕が振り上げられ……。
——ザクッ!
魔獣の左頭の額に、飛来した両刃の剣が突き刺さった。
痛みに悶え、攻撃の来た方向を睨むケルベロス。
「森の方が騒がしいから来てみれば、何やら大変なことになっているようだな」
魔獣の眼前に進み出てきたのは、白銀の鎧に身を包んだ女騎士。
「ヒルデさん!」
「無事か、二人とも。頑張ったようだな」
倒れ伏す二体のオルトロスを見やり、言葉をかけるヒルデ。
安心感から全身の力が抜けた玲衣はその場にへたり込み、その肩をリンナが支える。
「あとは私に任せておけ」
ヒルデが懐から取り出したのは、緑の宝玉。
それを握り祈りを込めると、緑色の光が彼女の右手に何かを形作っていく。
「召喚! バンムルク!!」
光が収まると、ヒルデの右手には大振りの青い片刃剣が握られていた。
華麗な装飾の施された刀身が、陽光を受けて冷たく輝く。
「武器を召喚した!?」
「ああ。彼女は武装召師だ」
「あーむずさまなー?」
聞きなれない言葉に首をかしげる玲衣。
「召喚師の中でも珍しい、身体能力強化を持ち主にもたらす魔力のこもった武器の使い手だ。武器がどこから来ているのかはよくわかってないみたいだけど」
「そうなんだ。でもそれってまるで……」
——まるで、光の剣にそっくり。
唸り声を上げ、ケルベロスはヒルデに敵意を向ける。
対し、ヒルデはバンムルクの切っ先を三ツ首の魔獣に向け、呟いた。
「凍れ」
その瞬間、ヒルデを中心に周囲の温度が急激に低下した。
バンムルクが蒼い燐光を放つと、その刀身から冷気が迸る。
それは猛吹雪へと姿を変え、ケルベロスの体を包んでいく。
なすすべもなく完全に凍結し、身動きの取れないケルベロス。
ヒルデは冷気の放出を止めると、その剣を振りかぶり——。
「ハッ!」
一瞬の連撃。
一体何度の斬撃を受けたのか、ケルベロスの巨体は粉々に砕け、粉雪のようにキラキラと舞い散った。
「凄い……、これがS級召喚師の実力……!」
圧倒的なその力に感嘆の声を上げる玲衣。
バンムルクを送喚すると、ヒルデは二人のもとへ歩いてくる。
「ヒルデさん、ありがとうございます! でも、どうしてここに?」
「森の方から激しい戦闘音が聞こえてな。気になって来てみた……のだが」
周囲にのこる魔獣たちの残骸を見渡し、困惑した様子だ。
「これは一体どういうことだ?」
「あの……」
リンナがなんとも説明しづらそうに口を開く。
「実は私、高位の召喚師に狙われてるみたいで……。以前も襲われたことがあるんです」
「何!? それは本当か」
「はい……、でも狙われる理由なんて全然わからないし……」
「ふむ……」
少し考え込む様子のヒルデだが、今度は玲衣へと話をふる。
「ところで、このオルトロスたちはレイ殿が倒したのか」
「えへへ、倒しちゃいました」
「それは大したものだな。オルトロスはA級中位の中でもかなり強い部類だが」
「実は……」
玲衣はヒルデに光の剣の事を話した。
にわかには信じられない話だったが、この状況を見れば信じざるを得ない。
「なるほど、持ち主に強力な力を与える……。確かに召喚武器と似ているな」
光の剣に謎の襲撃、頭を悩ませる事は多かったが。
「とにかく疲れただろう。今日は帰って休むといい。騎士団の馬車で送っていこう。今回の件はこちらでも調べておく」
「そうですね、ありがとうございます。……ん? あぁっ! リンちゃん、キノコキノコ!」
「うわっ、すっかり忘れてた! 二十個持って帰らないと!」
☆☆
森の中、銀髪の女性が足取りも軽く進む。
上機嫌で、鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気である。
「順調ね、『収穫』はまだまだってところだけれど」
一人ほくそ笑むその首元に、突如銀の槍の穂先が突きつけられる。
彼女の背後に現れたのは、黒いローブ姿の女性。
「貴様、最後のケルベロスはどういうつもりだ」
「あら、怖い。ふふっ、貴女見てたの」
音も無く現れたその人物はフードを目深にかぶっており、その顔を窺い知ることはできない。
プラチナブロンドの髪がフードの隙間からわずかに覗いていた。
「もしかしたらさらなる覚醒を促せるんじゃないかと思ってね。もし駄目でも女騎士が来ているのは見えてたし。実際、問題無かったでしょ?」
「……ふん」
彼女の言葉に槍を収め、
「万一間違いが起これば、私が貴様を殺す」
そう言い残し、フードの女性は背を向けて立ち去っていく。
「あらあら、ご機嫌斜めね。しばらく活動は控えようかしら」
一笑すると、銀髪の女性はその場から忽然と姿を消した。