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88 魔剣

 至近距離での激しい剣戟。

 神槍の身体能力強化エンハンスが上乗せされたストルスに対し、腹部に大きなダメージを負った玲衣の動きは精彩を欠く。

 対し、ストルスは未だ小さなダメージしか負ってはいない。

 この攻防の結末は誰の目にも明らかだった。


「中々粘りおる。我とここまで戦えるとは予想外だった。だが、もう限界のようだな」

「まだまだっ……、限界なんて来てないッ!」


 ストルスの振るう神槍の一振り一振りが衝撃波を生み出し、彼方の防風林を薙ぎ倒していく。

 追尾斬撃とはまるで無関係の、圧倒的な力と速度の産物。

 ブーストを維持するリンナとグングニルを呼び寄せるディーナを守るため、ヒルデとシズクがその流れ弾を斬り払う。


「なんという重い攻撃だ。バンムルクを持つ手が痺れる……」

「ほんと、デタラメな威力。まともに食らえば真っ二つ」


 ディーナは歯を食いしばりながら、決死の形相でグングニルを呼び続ける。


「まだか、姉さん!」

「あと……、もう少しだ……!」


 まるで元の持ち主なら簡単に奪い返せるようなストルスの口ぶりだったが、実際には凄まじい精神力が必要。

 精神力のせめぎ合い、形勢はディーナに傾こうとしていた。


 この様子を黄昏の魔人は気にも留めていない。

 そして玲衣には気付く余裕すら無かった。

 薙ぎ払われる槍を飛び上がってかわしながら顎を蹴りあげる。

 後ろに一回転しながら着地した玲衣だったが、その頭上に神槍の柄が振り下ろされた。


「がッ……!」


 頭頂部への強烈な打撃に視界がかすみ、頭がふらつく。

 追撃の二撃目は横へと転がって回避。

 神槍が叩きつけられた地面は大きく陥没する。

 さらに衝撃波が地面を抉り、防風林にぶつかって爆発を起こした。

 玲衣は素早く立ち上がりながら回転、その勢いを乗せて斬り付ける。

 が、すでにストルスはその場にはいない。

 高く跳躍した彼は、左手から特大の火球を撃ち出した。


 ——ドガアアァァァン!


 玲衣の足下に着弾し、巻き起こる大爆発。

 吹き飛ばされる玲衣は、青い光に全身を包まれている。

 リンナが咄嗟に放った無詠唱の防御強化シールドブーストによって、彼女は爆死を免れた。

 しかし、そのダメージを完全に無効化出来た訳ではない。

 爆風によって飛散した破片が肌を切り、痛々しい傷を刻む。

 一瞬遠のいた意識を無理やりに戻し、体勢を整えて着地。

 頭をブンブンと振って揺れる視界を整えると、敵に目を戻す。

 ストルスは軽やかに着地すると、穂先を玲衣に向けて猛突進を仕掛けて来た。


「はやっ……」

「これで終わりだ、小娘」


 ダメージが残る体が言うことを聞かない。

 時間感覚が鈍化し、穂先が心臓を貫くまでの軌道がはっきりと見える。

 目前に迫った死に対し、玲衣はどうすることも出来なかった。

 神槍が玲衣の胸を貫こうとしたその瞬間。


「何ッ!?」


 ストルスは驚愕する。

 グングニルが唐突に彼の手から消えたのだ。

 精神力の綱引きにおいて、彼がただの人間に負けるなどとは思ってもいなかった。

 思わずディーナに目を向けると、彼女の手にはしっかりと神槍が握られている。


「バカな、ただの人間が我から奪い返しただと……!」


 狼狽する魔人、初めて出来た致命的な隙を玲衣は逃さない。


「何よそ見、してんのさっ!」


 左肩口から右わき腹にかけて、聖剣の刃が深々と斬り裂いた。

 黒々とした血が噴水のように噴き出し、魔人は大きくよろめく。


「が……っ!」

「まだまだぁ!」


 続けての左横なぎは、胴体を半分まで断ち切る。

 そして最後に腹部への刺突。

 背中まで貫通した聖剣に、ストルスの口から血反吐がぶち撒かれる。

 レーヴァテインを引き抜くと、魔人は傷口を押さえ、ふらつきながら後退する。


「どうだっ! さすがに今のは致命傷でしょ!」

「——はぁっ!」


 突然体を大きく逸らすと、ストルスの全身の筋肉が隆起する。

 傷口は筋肉の盛り上がりによって塞がれ、出血も止まってしまった。


「……まさか今ので回復完了したっての? どんだけ常識外れてるの……」

「むしろ、この程度で我を殺せると思うてか。甘く見られたものよ」


 ストルスはゆっくりと視線を巡らせ、玲衣を、ディーナ達を見回す。


「ふむ、しかし我も貴様らを甘く見ていたのは事実。ここまで傷を負ったなど初めてのこと。ならば全力を出さねば失礼に当たるだろう」

「全力って……。やっぱりまだ本気じゃなかったんだ」


 刃を交えている玲衣には伝わっていた。

 目の前の敵が、どこか余裕を感じさせる戦い方をしていたことを。

 余力を残しているなど、想定内だ。

 問題はその余力の大きさがどの程度か。

 手に負えないものであれば、全ては終わりだ。


「バカな! あれでまだ本気じゃなかったってのか!?」

「まずいよ、シフル! 助けに行こう、このままじゃレイが殺されちゃう!」

「正直怖いですけど、いざとなったら飛び出す覚悟は出来てるのです」


 直接戦っていない彼女たちは、ストルスの発言に驚愕する。

 ディーナの意識が戻った今、すぐにでも助けに向かえるが……。


「しかしこの実力差、私達が行っても犬死するだけかも」

「だからと言って黙って見ている訳にはいくまい。どの道この場でヤツを倒さねば、世界は終わりだ」


 問題はどの程度の力なのか。

 見極めないまま無策で飛び出しても、無為に命を落として玲衣を動揺させるだけだ。


 黄昏の魔人は虚空に手をかざし、その剣に深く呼びかける。

 リンナの双杖の片側、聖剣の宝玉が明滅を始め、玲衣の首飾りも光を放ちはじめる。


「どういうこと!? ペンダントが……」

「聖剣の宝玉が、ヤツに反応してるのか? でもレーヴァテインはレイが呼び出してる。本来の使い手が呼び出している宝玉は、能力の対象にならないはずだ」

「その通り。だから我は呼びかけておる。お主らの知らぬ、隠された力にな」


 宝玉とペンダントの明滅は激しさを増し、ストルスの右手に黒い闇が集まっていく。

 闇は燃え盛る炎のように揺らめき、徐々に剣を形作っていく。


「あれはまさか、私との戦いの時——」


 ディーナの脳裏に浮かぶ、玲衣が使った闇の力。

 あの時見せた、光の剣の力を凌駕する力と同等の物を彼女は感じ取った。


「——我が手に来たれ、闇の力を司る魔剣・レーヴァテインよ!」


 闇の力が弾け、凄まじい力の奔流が風となってストルスを中心に巻き起こる。

 そのプレッシャーと禍々しい気配に、玲衣は戦慄を覚える。

 彼の手に握られているには、装飾の施された黒い両刃剣。

 大きさも形も、レーヴァテインと瓜二つ。

 大きく違っているのは、その色と刀身に纏った絶大な闇の力。


「一体どうなってるの!? レーヴァテインがもう一本あるなんて……! それに魔剣って、レーヴァテインは聖剣だったんじゃ……」

「レーヴァテインは元来、光と闇の一対の剣から成る。この剣は人間の感情によって力を引きだす代物でな。聖剣は心の光、そして魔剣は心の闇を糧にする。レイフ……暁の召喚師と言った方が伝わるか、ヤツは心の闇を御しきれず、聖剣のみを頼りに戦った。どうやら小娘、その様子だとお主もそうらしいな」

「心の闇……」


 玲衣は以前にあの力を振るった時を思い出す。

 うっすらとしか覚えていないが、心の中が殺意と憎しみで満たされ、自分で自分を制御出来ない感覚。

 結果的にリンナを悲しませてしまい、二度と使わないと誓って封印した力。

 それがここに来て、敵として立ちはだかろうとは。


「当然か、人は綺麗事にのみ縋りたがる。心の闇に呑まれぬ者など居ようはずもない。レーヴァテインは我のみにしか操れぬ、失敗作という訳だ」


 刀身が闇の炎を纏い、黒く燃え上がる。

 その切っ先を玲衣に向け、ストルスは告げる。


「さあ、何秒持つか試してやろう」


 玲衣の全身を貫く凄まじいプレッシャー。

 絶対に勝てないと心のどこかで思ってしまう。

 そんな時、折れそうな心を支えてくれるのはリンナの存在。

 彼女の顔を思い浮かべるだけで、玲衣はどんな敵にだって立ち向かえる。

 リンナが信じてると言ったのだ、絶対に負ける訳にはいかない。


「あんたこそ、その余裕がいつまでっ——」


 言い終わらない内に、魔剣は玲衣の眼前に迫っていた。

 左の薙ぎを聖剣の刀身で受け止めるも、常軌を逸した力で体ごと吹き飛ばされる。

 魔人はその場で無造作に剣を振り、追撃の衝撃波を飛ばす。

 空中では身動きが取れない、迎撃手段は光弾のみ。

 ありったけの量を生み出し、地面を抉りながら迫る衝撃波に次々ぶつける。

 十発以上をぶつけてようやく衝撃波は掻き消え、玲衣は地面を滑りながら着地、すぐさま左方向へ走りだす。

 光弾で舞い上がった砂煙で相手の位置は掴めず、こちらの位置はバレているからだ。


「レーヴァテインってことは、私のと同じようなことが出来るってことだよね」


 そう呟いた途端、砂塵の向こう側から雨あられと飛び出す闇の弾丸。

 玲衣の居た場所に着弾すると、地盤が粉々に砕けていく。

 見た目こそ似ているが、ヘルの闇魔法とは違い物理的な破壊力を持っているようだ。

 やがて撃ち出す先を変えたのだろう、玲衣の移動に合わせて薙ぎ払うように迫ってくる。

 砂塵の向こうに回り込んだ玲衣の目が、魔人の姿を捉えた。

 それはつまり、向こうもこちらを目視したという事。

 闇弾の乱射を止めると、ストルスは一瞬で玲衣の間合いに飛び込んだ。


「速過ぎっ——」

敏捷強化スピードブースト!」


 白い光が玲衣を包み込み、敵の攻撃に付いていけるだけの速さを得る。

 薙ぎ払いを刀身で斜めに受け、その力を受け流す。

 

「レイ、大丈夫か!?」

「ありがと、リンちゃん! ナイスタイミング!」


 攻撃の後隙を狙い、右の薙ぎを返す。

 僅かに体の表面を掠っただけで、ダメージは与えられない。

 相手の方が圧倒的にパワーは上、打ち合いは避けて距離を取る。


「何秒持つかだっけ? もう四十秒は経ったかな」

「……召喚獣、そうか。ならば話は早い」


 合点がいったような顔で、ストルスは呟く。


「お主の力の源、召喚師。あの小娘がそうだな」


 ゆっくりとその視線をリンナに巡らせる。


「——ねえ、あんた何言ってるの。今戦ってるのは私でしょ」

「アレが消えればお主も元の世界へ送り返される」

「まさかあんた——、やめて、それだけは……」

「ならば、アレを消せば良いだけではないか」


 消えたと錯覚する程の速度で、ストルスはリンナの目の前まで移動する。

 ヒルデ達が反応するが、あまりの速さに体が追いつかない。

 彼女達が庇うよりも早く、ストルスは魔剣を振り下ろす。


「やめろおぉぉぉぉっ!!」


 振り下ろされる兇刃、吹き出す鮮血。


 しかし、草地に倒れたリンナにはかすり傷一つ無い。


「……レイ? レイッ!!!!」


 彼女に覆いかぶさり、魔剣の一撃を背中に受けた玲衣。

 敏捷強化スピードブーストで得た速度によって、リンナとストルスの間に割り込み、彼女を庇ったのだ。


「絶対に……、守るんだから……っ。何がなんでも、守るんだ……!」

「レイ、しっかりしてくれ! 絶対に死ぬな!」

「大丈夫だよ……。私がリンちゃんを一人にするわけ無いじゃん……」


 背中の傷は深く、大量の出血が玲衣の背中を赤く染めていく。


「……もはや黙っておれん。力及ばずともッ!」

「妹の命を狙った報い、受けてもらう!」


 ディーナとヒルデが魔人に立ち向かっていく。

 玲衣の体の下で、リンナはフェンリルに指示を出す。


「フェンリル、氷でレイの背中の傷を塞げ!」


 神狼の氷の魔力によって傷口に氷が張られる。

 出血は抑えられたが、しかし傷が完治したわけではない。


「リンちゃん、ホントに大丈夫だから……。聖剣の力で、その内塞がる——げほっけほっ」

「無理して喋るな……!」


 間近で見ているからわかる。

 聖剣の回復効果だけでは、この傷は治らない。

 このままでは、玲衣は——。

 リンナは魔人の方へ目を向ける。

 ヒルデとディーナの戦いにシズクにルトも加わり、フレズベルクも応戦している。

 五対一、だがストルスは明らかに片手間、いともたやすく攻撃を捌いている。

 このままでは皆の命も危ない。

 この局面を乗り切る手段、リンナは既にその答えに辿り着いていた。

 これは賭けだ、だがこのままではどの道玲衣は死ぬ、皆も死ぬ。

 ならばもう、答えは決まっている。


「聞いてくれ、レイ。——魔剣を召喚するんだ」

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