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87 魔人の力

 玲衣は円を描くように走りながら間合いを詰めていく。

 対するストルスは不動の構え。

 両手を下げたまま、玲衣の動きを目で追うのみ。

 攻めてこないならこっちから、隙は見えないが果敢に斬り込んでいく。


「来るか、小娘」


 相も変わらず棒立ちのまま、ストルスは小さく呟く。


「たああぁぁッ!」


 聖剣を上段に構え、彼の間合いに一歩踏み込んだ瞬間、ゾクリと背筋を悪寒が走り抜けた。

 咄嗟に身をかわした刹那、玲衣のいた場所を拳が抉り抜く。

 ただの正拳、しかしその拳圧は空気を弾き、衝撃波が地面を砕きながら飛んでいく。


「ほう、かわしたか。いい勘をしている」

「ただのパンチで……」


 当たればただでは済まないが、避けられない程ではない。

 気を取り直し、まずは返しの一撃。

 両手で握っての袈裟斬りを仕掛ける。

 振り下ろした剣は胴体を深く斬り裂く致命の軌道、だが。


 ——パシィ!


 ストルスは聖剣の斬撃を無造作に片手で掴み、軽々と止めて見せた。


「この程度か?」

「くっ……」


 怯んでいる暇も余裕も無い。

 素早く手首にハイキックを浴びせるが、その手は離れない。

 ならば、とレーヴァテインに力を注ぎ込む。

 刀身は太い光の刃となり、ストルスの拘束を弾き飛ばした。


「よし、これで……——っ!」


 自由になった剣で反撃に出ようとした時、既にストルスは膝蹴りを繰り出していた。

 あまりにも重い一撃は、聖剣でガードしても勢いを殺し切れない。


「うっ……!」


 衝撃に呻きつつ、砂煙を上げながら地面を滑る玲衣。

 すぐさま地を蹴り、切っ先から生み出した大量の光弾を放ちながら前へ。

 無数に襲い来る光の弾を、黄昏の魔人は片手で弾いていく。

 小さな弾では牽制にすらならない。


 間合いまであと少し、その距離で突然敵は動いた。

 瞬時に玲衣の眼前に迫ると、強烈な右の正拳。

 深く身を沈めて掻い潜った玲衣は、股下からの斬り上げを狙う。

 その攻撃は背後へのバック宙でかわされ、一歩退いた魔人は再び攻撃に転じる。

 左のフック、右のアッパー、拳だけではなくその拳圧にも注意しつつ、回避に徹する。


 目にも留まらぬ拳撃の嵐を、こちらも目にも留まらぬ動きで回避していく玲衣。

 生身のシフルは勿論、ヒルデやシズクすら目で追えない程の速さ。

 隙を窺っての急所を狙った斬撃は、悉く見切られ回避される。

 右腕を伸ばし、ストルスはラリアットを仕掛けた。

 これまでとは異なる大振りの攻撃。


 ——ブオォォォォン!


 轟音を響かせた攻撃は、荒野の砂を舞い上げる。

 その攻撃の軌道上に既に玲衣は居ない。

 彼女は今、ストルスの頭上。

 上に飛び跳ねた彼女は、初めて見せた敵の隙を逃さない。

 魔人が攻撃を振り切った瞬間、切っ先に生み出した特大の光弾。


「これなら、どうだっ!」


 切っ先で指し示すと、光弾は眼下の敵に叩きつけられた。

 光が弾け、大爆発が巻き起こる。

 爆風に乗った玲衣は、くるくると回りながら軽やかに着地。

 パラパラと舞い散る小石と砂煙の中、両の足で立つ魔人のシルエットが見える。


「これでもダメ、か……」


 砂煙が晴れると、無傷で佇む黄昏の魔人の姿。

 少々砂埃で汚れた、といった程度か。

 パンパン、と砂を払うと、彼はおもむろに右手をかざした。


「……ふむ、ヨルムンガンドとヘルは沈黙、使用可能な宝玉はグングニル、ミストルティン、ギャラルホルン、それに……」

「何? 急にブツブツ言い出したりして」

「穿弓と幻笛は不要、我にそのような小細工は必要ない。アレは論外だ、一瞬で消し飛ばしてしまってつまらん。ここはグングニルか」


 虚空に向けて手を伸ばしながら独り言を口にする魔人。

 玲衣の言葉をまるで意に介さず、おもむろに念を込め始めた。


「はぁぁっ……! 我が手に来たれ、グングニル!」


 荒れ地の上に転がっていた神槍の宝玉が光へと変わり、ストルスの右手へと飛んでいく。

 光は彼の手の中で神槍へと姿を変え、ストルスはその柄をしっかりと握りしめた。


「な……、なんで!? 宝玉に触れてもいないのに! 第一、七傑武装セブンアームズは武器に選ばれた人間じゃないと使えないはず……!」

「これが究極の召喚師たる我の能力。我の力が及ぶ範囲に存在する、使用されていない宝玉。それらは全て我が意のままに操れる。使用認証すらも飛び越えてな」

「そ、そんな……!」

「バカな! アイツ、何でもありなのか!」

「やり過ぎなのです、レイおねーさん本当に大丈夫なのですか……」


 恐るべきストルスの能力。

 戦慄する玲衣たちを前に、魔人は眉ひとつ動かさず言葉を続ける。


「そう恐れるな、この力とて無敵ではない。本来の使用者が呼び寄せれば、我の手を離れてしまうのだからな」

「本来の使用者……」


 グングニルの使用者、ディーナ。

 リンナは足下で眠り続ける姉の顔をじっと見る。

 死んだように真っ青だった顔は、ヘルが死んでから幾分血色が良くなった。

 しかし、未だ彼女は眠りから覚めない。


「なんでそんな弱点教えてくれるのさ。黙ってればいいのに」

「教えたところで何になる。我の絶対的優位は変わらん。一片の希望を求めて足掻く姿を見せてみよ」

「あんた態度は尊大だけど、根っこはヘレイナのヤツに似てるね」


 神槍の具合を確かめるように頭上で二、三度振り回すと、魔人はその穂先を玲衣に向けた。


「……引っかかると思った?」


 玲衣は右、左、正面と三度聖剣を振るう。

 ガギィ、と金属音を響かせ、追尾斬撃は全て撃墜された。


「ほう、よく心得ておるな」

「グングニルとは二回も戦ったからね。まさか三回目があるとは思わなかったけど」


 神槍グングニル、その対策も玲衣は知っている。

 接近戦を仕掛け、リーチの長さを生かさせず追尾斬撃発動の隙も与えない。

 視界を遮る砂煙を起こす光弾は控え、彼女は一気に懐に飛び込む。

 全体重を乗せての突進攻撃。

 ありったけの速度と重さを込めた初撃はあっさりと柄で受けられ、ストルスは微動だにしない。


「やっぱり、身体能力強化エンハンスの分パワーアップしてる……」

「当然だ。先程までとは何もかもが違うぞ」


 逆に弾き返され、玲衣は大きく体勢を崩す。

 そこに魔人は攻撃を繰り出そうとする。

 神狼の目を通して、その動きはリンナにも伝わった。


「まずい! 敏捷強化スピードブースト!」


 攻撃が来る前に、リンナは玲衣に力を送り込む。

 穂先が何本にも見える、目にも留まらぬ早業。

 白い光に身を包んだ玲衣は、何とかその速さについていった。

 ブーストの力を制御しなければ、全く何もできないままにやられてしまう。

 聖剣の身体能力強化エンハンスを極限まで引き出し、自らの反応限界を高めていく。


「部分強化……? なるほど、お前は……」


 ストルスの攻撃の手がわずかに緩んだ。

 その隙を逃さず、玲衣は全速力で背後に回り込む。

 剣を振り上げた瞬間、リンナは送り込む力を変更した。


筋力強化パワーブースト!」


 赤い光に包まれた玲衣は、渾身の一刀を振り下ろす。

 咄嗟に背後を振り向き、穂先で受けるストルス。

 その足が地面にめり込み、筋肉の盛り上がる腕が細かく震える。

 歯を食いしばりながら、彼は初めて驚きの感情を見せた。


「小娘、この世界の人間ではないな……! 擬似的な召喚獣とでも言うべきか……。別世界の人間を呼び出し、聖剣と二重に身体能力強化エンハンスが掛かるようにする。レイフめ、考えたものだ……」

「なに訳わかんないことブツブツ言ってるのさ。そんな余裕あるの?」


 鍔迫り合いは玲衣が優勢、さらに聖剣に力を込める。

 光の刃を纏ったレーヴァテインの切れ味が極限まで高まり、神槍が悲鳴を上げるように軋む。


「このまま……っ!?」


 グングニルが唐突に消えた。

 膨大な力の行き場を失った玲衣は体勢を崩し、前に大きくつんのめる。

 ストルスの手には緑の宝玉。

 グングニルを瞬時に送喚した彼は、そのまま玲衣の腹部に膝蹴りを叩きこんだ。


「ごぼっ!」


 口から血の混じった泡が溢れだす。

 凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、何度も地面に叩きつけられる。

 激痛に耐えながら玲衣は跳ね起き、両の足で地面に立った。


「まともに受けて起き上がるか。見上げた根性だ」

「げほっ、かはっ……。ま、まだまだっ!」


 喉の奥に絡む血を吐き出しながら、尚も聖剣を握りしめる。

 ストルスは再び神槍を召喚、斬撃を飛ばそうと試みる。

 そうはさせない、玲衣はすぐさま間合いを詰め、接近戦へ持ちこんだ。


「レイ……。くそっ、なにもしてやれないのか……」


 リンナの胸中に、焦りと無力感が膨らんでいく。

 ヒルデやシズクですらあの戦いには入り込めない。

 部分強化でサポートに徹する、それだけしかリンナに出来ることは無い。


「う……、うぅ……」


 その時、リンナの足下から聞こえたうめき声。

 その場にいた全員がそちらに視線を移す。

 ずっと眠っていた彼女が、意識を取り戻したのだ。


「姉さん、気が付いたのか!」


 リンナは姉を助け起こす。

 彼女の腕の中で、ディーナはゆっくりと目を開いた。


「う……、リンナ? ここは……私は一体……」

「ここはヴィグリーズだ。ヘレイナが死んで、姉さんの呪いが解けたんだよ」

「ヘレイナが、ヘルが死んだだと……。それはつまり……!」


 焦りを浮かべて体を起こしたディーナは、神槍を手に玲衣と激しく打ち合う黄昏の魔人を目にする。


「やはり……、ヤツが復活してしまったか」

「姉さん、やっぱり全部知ってたんだな」

「ああ、だが今は詳しく話している場合ではない。それより何故、ヤツは私のグングニルを持っている」

「それなんだけど……、そうか!」


 ストルスの能力の弱点。

 本来の持ち主であるディーナが意識を取り戻した今ならば、グングニルを奪い取ることが出来る。


「そうなのです! ディーナさん、早くグングニルを呼んでほしいのです!」

「丸腰にしちゃえば、レイなら絶対勝てるよ!」

「……一体どういうことだ?」


 困惑するディーナに対し、彼女達はストルスの能力を説明した。

 一定範囲内の宝玉を自由に操る力、しかし本来の持ち主が呼べばその力は打ち消される。


「なるほどな、私が呼び寄せれば神槍はヤツの手から離れるというわけか。やってみよう」


 右手をストルスに向け、ディーナは強く念じる。

 彼女の精神力が見えない手となって神槍に届き、その存在を引き戻そうとする。

 しかし、強力な力がグングニルを強く握って離さない。


「ぐっ、これは……」

「どうしたんだ、姉さん! 早くグングニルを呼び戻さないとレイが……!」

「やっている、やっているが向こうからも引っ張られているんだ。簡単には奪い返せそうにない……」

「そんな……」


 死力を尽くして魔人と打ち合う玲衣を、リンナはただ見守ることしか出来ない。


「レイ、もう少しだけ耐えてくれ……」

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