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86 黄昏の再臨

 この世界においてその生物はあまりにか弱く、そして脆かった。

 魔力をその身に宿す数多の魔獣、見上げるような巨躯の怪物が闊歩する中、人間たちは身を寄せ合って小さな生存圏を確保した。

 強大な力から身を守るため、唯一の武器である頭脳を駆使し、人類は科学技術を発展させていく。


 そうして永い時を暮らしてきた人類。

 その中に、突然変異的に一人の天才科学者が現れる。


 彼の名はロキム・トライステッド。

 幼い頃より彼は周りの大人たちの生き方を不思議に思っていた。

 何故彼らは現状を良しとして、新たな力を求めないのか。

 果てなき向上心を持つ彼に、運命は味方した。


 ある日、偶然にもロキムは野を闊歩する魔獣たちの体内に共通する因子を発見する。

 力の弱い小さな魔獣から、魔力を宿した強大な魔獣まで、魔獣と呼ばれる全ての存在がそれを持っていた。

 ロキムはその因子に呼びかける装置を開発する。

 それは人間の精神と感応して魔獣を呼び出し使役するための装置、宝玉。


 小さな宝玉を介して魔獣を呼び出し、操る力。

 その力は一部の才能を持つ者にのみ使うことが出来た。

 彼らは召喚師と呼ばれ、魔獣はその呼び名を召喚獣と改められた。


 ロキムの登場とその発明によって、か弱き人々は戦うための牙を得た。

 彼はまさに、人類の救世主だったのだ。

 そのままならば、ロキム・トライステッドの名は歴史上最高の偉人として人類史に永遠に残っただろう。


 しかし、ロキムの向上心は留まるところを知らない。

 反抗の可能性がある野生の召喚獣を使役するには相応のリスクが存在する。

 人間に従順で絶対に反抗しない、人間の手で作りだされた人間のための召喚獣を彼は目指した。


 召喚獣の魔力を集めに集め、膨大な魔力の結晶を宝玉に凝縮。

 長い研究の末、魔力で生み出された人工生命体がとうとう完成した。


 寿命など存在しない、例え殺されても時間さえ経てば、宝玉が無事である限り何度でも蘇る究極の生命。

 安定した気性を持ち、絶大な力と魔力を振るう、誰にでも従順な召喚獣。

 蒼い体毛に全身を覆い、氷の魔力を宿したその狼は、フェンリルと名付けられた。


 フェンリルはロキムの親友の科学者、レイフ・ゲルスニールに預けられる。

 レイフは魔力結晶の研究をさらに進め、魔力によって作りだされた武器の研究を六人の仲間たちと共に始める。

 その試作第一号・レーヴァテインは、過剰なまでの力を使い手に与える二振り(・・・)の剣。

 しかし、その力を持ち主であるレイフは半分しか引き出せなかった。


 一方、ロキムの飽くなき向上心は次なる研究へと自身を進ませる。

 フェンリルの力と従順さを保ったまま、さらに強大な力を持った存在を作り出す。

 研究の結果出来上がった人工生命体第二号・ヨルムンガンド。


 はっきり言って失敗作だった。

 初召喚の際に大事故を起こし、召喚者の命令も聞かずに暴れ出した。

 野生の召喚獣のように、召喚師の力量が低いと暴走してしまう。

 レーヴァテインを持つレイフとフェンリルによって鎮圧されたが、大勢の犠牲者が出てしまった。


 そもそも大きさが規格外過ぎる。

 これでは街中での召喚は不可能、使い勝手も絶望的だった。


 そして、この事故によってロキムに対する世間の風当たりは厳しくなった。

 不要な研究により生活を脅かされた人々は、かつて英雄と崇めていた彼に対する目を180℃反転させた。


 しかし、彼は世間の目など一切気にしない。

 もしかするとこの頃から、彼は壊れていたのかもしれない。


 ヨルムンガンドの失敗により、フェンリルを越える人工召喚獣を作る方針を変更。

 人工的に召喚師を作り上げる研究を、ロキムは開始した。


 新たに人間を作り出すも同然な、禁忌に迫る彼の研究をレイフは止めようとする。

 そんな親友の声すら、もはや彼には届いていなかった。

 そしてとうとう人工生命体第三号が誕生する。


 人間と同等の知能を持ち、意思疎通も自由自在。

 自身も強大な力と魔力を操り、召喚師としても超一流の腕前。

 彼女はヘルと名付けられ、研究は大成功を見た。


 同じころ、レイフの研究チームも華々しい成果を上げる。

 レーヴァテインの失敗を生かし、出力を落として力を安定化させた六つの武器。


 ミストルティン、グラム、ブリージンガメン、ギャラルホルン、ミョルニル、グングニル。

 実体のある武器を召喚するレーヴァテインとは違い、魔力結晶体の宝玉がそのまま武器へと変化するシステムを採用。

 この六つの武器を基本とし、彼らは召喚武器を量産していく。


 さて、一つの到達点を見たロキムの研究であったが、それでも彼は上を目指した。

 ヘルは非常に優秀だが、力ではフェンリルやヨルムンガンドに大きく劣る。

 ヘルの知性と召喚師としての能力、フェンリル以上の魔力と戦闘力を兼ね備えた最強の存在。

 それが彼の研究の最終目標となった。


 それから彼は誰にも会わず、たった一人で研究に没頭する。

 そうして数年の月日が経った頃、薄暗い研究室でロキムは歓喜の雄たけびを上げた。

 最強の召喚師にして最強の召喚獣、究極を超えた生命体が遂に完成したのだ。


 彼を召喚したロキムは、その力と知性に惚れ惚れした。

 同時にそれは、彼の向上心を満たす『上』が存在しなくなったことを意味する。

 もはやこの世界にやり残したことなど無い。

 あとは彼の、ストルスの力を世界に知らしめるだけ。


「ストルスよ、黄昏の魔人ストルスよ。命令だ、世界中の人間にお前の力を知らしめろ。世界を焼き尽くせ! まずは僕を、そしてこの街を、世界中を燃やし尽くせェ!」


 ストルスは主の命令を忠実に実行する。

 言いつけ通りにロキムを消し飛ばすと、ヨルムンガンド・ヘルを召喚。

 自身もその力を存分に振るい、街は殺戮の坩堝るつぼとなった。



 わずかに生き残った人々の中、レイフとその研究チームは召喚武器を用いて彼らを守り戦った。

 黄昏の魔人を名乗るストルスに対し、レイフはいつしか暁の召喚師と呼ばれ始める。

 日の沈む黄昏と対となる、日が昇る暁。

 明日の見えない暗闇の中、太陽が昇る朝が来てほしい。

 そんな人々の願いを背負い、レイフは仲間たちと共にストルスに決戦を挑む決意を固める。


 決戦を目前に、彼らは自らの武器に枷を取り付けた。

 自分のみがその武器を呼び出せ、もしも使い手が命を落とした場合、以前の使い手と近しい人柄の人間一人にのみ使用が許可されるシステム。

 強大な力をそれに相応しくない者が振るった場合に何が起きるか、彼らは身を持って体感していた。

 同時にフェンリルにも、レーヴァテインと同期した時のみ召喚が許可されるようインプット。

 万全の態勢で彼らは決戦へと赴いた。


 かつて大都市ヴィグリーズがあった場所は、荒野と成り果てていた。

 その場所を根城としていた黄昏の魔人に、レイフ達七人は挑みかかる。

 激戦の中、ヨルムンガンドとヘルは彼らの手によって倒された。

 その戦いの中、ミョルニルとギャラルホルンの使い手が命を落とす。


 残るはストルス一人、しかし彼の力は絶大なものだった。

 グラムの使い手が、ミストルティンの使い手が殺され、レイフにも打つ手は無い。

 残された手段は、もはや一つしか無かった。


 まだ息のあったヘルの中に、ストルスを封印する。

 ブリージンガメンの使い手が命を捨てて魔力を放出し、レーヴァテインの力で制御することでその封印は実現した。

 封印である以上、解く方法は設定しなくてはならない。

 その封印の鍵はレーヴァテイン。

 聖剣の攻撃でしかヘルは死なず、ヘルが聖剣によって殺された時、その封印は解ける。




 ☆☆




 突然に現れたその男は、黄昏の魔人ストルスと名乗った。

 黄昏、そのキーワードの心当たりは、リンナには一つしかない。


「まさかお前が、暁の召喚師に倒されたはずの黄昏の召喚師だって言うのか!」

「倒された? 違うな。我は封じられていただけだ。ヘルの体内に、永い永い時の間をな」

「封印されてたって、じゃあなんで今頃出て来たの!?」


 そう声を荒げる玲衣だが、彼女自身心当たりはあった。

 ヘルの言動、思えばあれは自分に殺されたがっていたのではないか。

 自分たちを鍛えた理由も、聖剣の覚醒を狙っていた理由も、全てはこのために。


「何ゆえ、とな。小娘、そなたが封印を解いたのではないのか」

「……やっぱり、そうなんだ」


 薄々感付いてはいたが、やはりショックは大きい。

 これは世界の危機、いや、それよりも目の前にいる自分達の、リンナの命が危ない。


「ここは私が戦う。みんなは一緒に固まってて。ヒルデさん、シズクさん、これから私にリンちゃんを守る余裕は無いと思う。お願い出来ますか?」

「レイ殿、一人で戦う気か!」

「シフル達も一緒に戦うのです!」

「駄目だよ。ディーナさんの意識も戻って無いし、それまではその人を守ってあげて」


 力があるからこそ、玲衣にはわかってしまう。

 目の前の存在が持つ圧倒的な力、聖剣の全力を以てしても勝てる確証は得られない。

 周りを気にする余裕は一切無いだろう。

 下手をすれば戦いに巻き込んでしまう。

 戦闘の余波からリンナとディーナを守るには、それしか手段がない。


「みんな、悔しいけどレイの言う通り。ここは信じて任せよう」

「頑張ってね、レイ! ボクたち応援してるから!」

「レイ……」


 最後に、不安でいっぱいのリンナの声。

 玲衣にそちらを振り向く余裕は無い、どんな顔をしているのかはわからない。

 けど、きっと泣きそうなくらいの不安を押し隠して気丈に見せているのだろう。


「絶対に死ぬな。死んだら許さないからな」

「うん、信じて待ってて」

「……いつも信じてる。行って来い!」


 そのやり取りだけで、玲衣には十分だった。

 リンナが信じてくれている、それだけでどんな相手にも負ける気がしない。

 これでもう憂いは無い、玲衣は両手で聖剣を構え、じりじりとストルスに間合いを詰める。


「もうよいか、今生の別れは。これから死ぬのだ、思い残すことが無いよう存分にしても良いのだぞ」

「余計なお世話。今生の別れなんかじゃないから。あんたは私が倒してみせる!」

「レイフですら封印が精一杯だった我を倒す、か。よかろう、永い間封印されて体がなまっていた。遊び相手には丁度よい」


 ポキポキと首を鳴らすと、ストルスは全身に魔力を漲らせる。

 全身の筋肉が盛り上がり、足下から吹き上げる風に草が散らされる。


「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 全身から吹き出す熱風が飛び散った草を燃やし、草原を荒野に変えていく。

 そして裂帛の気合と共に、漲った魔力を開放した。


「はぁッ!!」


 その瞬間、凄まじい熱波が吹き荒れた。

 世界を焼き尽くす黄昏の魔人、その力のほんの一片。

 草は灰となって散り、草原は荒野へと変貌した。


「フェンリル、氷の壁を張れ!」


 彼女達の前に立つフェンリルは、リンナの指示で魔力で分厚い氷の壁を作り出す。

 瞬時に生成された壁が、彼女達を熱風から守った。

 氷の壁が無ければ、生身のリンナとシフル、それに意識の無いディーナは無事では済まなかっただろう。


「力を開放しただけでこれか。笑えないな……」

「ヤバいのです、ホントに勝てるのですか?」

「私は信じてる。レイは必ず勝ってくれる。あいつが私との約束を破ったことなんて、今まで一度も無いんだから」


 熱波にも怯まず、玲衣はストルスから目を逸らさない。


「さて、始めるとしようか。ロキム様の命令を果たすために」

「リンちゃんが信じてくれてる限り、私は絶対に負けたりしないっ!」


 レーヴァテインを握りしめ、玲衣は黄昏に立ち向かう。

 かつてと同じ場所で、しかし結果は同じでは無い。

 暁に昇るか、黄昏に沈むか、太陽は中天に浮かび、その戦いを見守る。

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