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85 聖剣・レーヴァテイン

 ヘレイナの正体は、三神獣の一角である地獄姫ヘル。

 そんな突拍子も無い話を聞かされて、はいそうですかと簡単には受け入れられないだろう。

 しかし数々の事実が、彼女が地獄姫だと物語っている。


「……なるほどな。左腕が再生していること。魔輪も無しに四属性魔法を操った上に未知の魔法まで扱う謎。そしてたった今倒された二体のS級召喚獣の反動を受けて、顔色一つ変えない人間離れした耐久力。全部、ヘレイナが地獄姫なら簡単に説明が付く」

「さすがリンナちゃん、物分かりが早くて助かるわぁ。改めまして自己紹介を。私は三神獣の一つ、地獄姫ヘル。以後お見知りおきを」


 恭しく右手を前に、左手を後ろにお辞儀をして見せる。

 正体が地獄姫だったとしても、その態度は何も変わらない。


「……その情報、今明かす必要あった? 私の攻撃が容赦が無くなるだけだと思うけど」

「そう、まさにそれなのよ。私は本気で貴女に殺しに来て欲しいの。その刃に殺意を込めて、私の心臓を貫いてほしいのよッ!」


 両手を天高く掲げ、恍惚とした表情を浮かべながらヘルは叫ぶ。

 彼女が何を考えているのか、玲衣にはまるで理解出来なかった。


「さあ、続けましょう。私と貴女達の殺し合いを……っとその前に」


 ヘルは玲衣の背後に控えるリンナのさらに後方へと目をやる。

 ガルムを倒したヒルデとシズクは、既にこちらへと走って来ている。

 生身のシフルと、それに付き添うルトは未だ遠い。


「どうやら私のペットが倒されちゃったみたいね。邪魔が入る前にもう一度——」


 もはや彼女は杖すら取り出さなかった。

 念じるだけで懐の宝玉が輝きを放ち、彼女達の前にそれぞれ一頭ずつガルムが現れる。

 S級召喚獣との連戦を、四人は余儀なくされた。


「またあの召喚獣! あんた、杖もフェイクだったんだ……」

「そんなことはどうでもいいでしょう。それよりも、かかっていらっしゃい。早く私を殺さなければ、お友達もその子のお姉さんもどうなるか……、ふふっ」

「そんなに殺されたいなら、望み通りにしてやるッ!」


 白光を纏ったまま、玲衣はヘルに突進をかける。

 一撃で心臓を貫くために、切っ先を真っ直ぐに敵の心臓目がけて。

 だが、その軌道上には膨らんでいく黒い球体。


「あぶなっ……!」


 咄嗟に回避を試みるが、あまりにも自身の速度が早過ぎた。

 無理やりに体を倒れこませたため、大きく体勢を崩して草地に転がる。


「あぐぅ……。リンちゃん、ごめん。ブースト解除して」

「あ、ああ。わかった……」


 彼女に供給していた力を遮断すると、玲衣の敏捷強化スピードブーストは解除された。


「どうしたんだ? あんな普通の攻撃で派手に転んだりして」

「あまりにも速く動け過ぎて、逆に制御が効かないの。今みたいに待ち伏せで攻撃を置かれたら、うっかり突っ込んじゃいそう」

「強力過ぎる力も使いどころが肝心ってことか……」


 リンナは世界蛇との戦いでの玲衣の最後の一撃を思い出す。

 筋力強化パワーブーストを乗せて放った一刀は、世界蛇の規格外の巨体を真っ二つにした。

 あんな攻撃を街中で繰り出せば大惨事だ。

 今の玲衣に、迂闊に部分強化は使えない。


「のんびりお喋りしてる暇、あるのかしら」


 ヘルの声に続き、玲衣の頭上に闇の弾丸が雨あられと降り注ぐ。

 当たった物全てを削り取る闇の魔法。

 一発ならセーフだった穿弓とは違い、一度でも食らえば即死、良くて重症は免れない。

 玲衣はすぐさまその場から走り出し、闇魔法の放物線を描き続ける敵へと向かっていく。


「フェンリル、レイのサポートを!」


 彼女が敵の間合いに飛び込む手助けのため、神狼は氷の矢をヘルへと撃ち出す。


「そんな攻撃、闇の門にさようなら〜」


 左手で弾丸を撃ち出す傍ら、右手をかざして生み出した円盤状の闇魔法。

 氷の矢はそこへ吸い込まれ、跡形も無く消滅してしまう。

 走りながら角度を変えて撃ち出しても、闇の門はヘルを守るように移動して攻撃を無効化していく。


「駄目だ、遠距離攻撃は全部アレに吸い込まれてしまう。フェンリル、接近戦だ!」


 フェンリルは尻尾に氷を纏い、鋭い刃を作り上げる。

 そのまま敵を挟み込むように、玲衣の対角線上から突っ込んでいった。

 闇の弾丸をかわしながらヘルの懐に飛び込んだ玲衣は、聖剣を心臓目がけて突き出す。

 同時にフェンリルは体を回転させながら、尻尾の氷刃で背中から斬り付けた。


「甘いわね、これをお忘れ?」


 次の瞬間、地獄姫は忽然と姿を消す。

 二つの斬撃は空振りに終わり、少し離れた位置にヘルは再び現れた。


「まだまだっ!」


 間合いを詰めての斬撃、瞬間移動での回避。

 二度、三度とそれを繰り返すも、全く掠りもしない。

 遠距離攻撃は闇の門によってことごとく無力化され、近接攻撃は瞬間移動によって空しく空を切るのみ。


「うふふっ、どうしたのかしら。聖剣の力ってこの程度なの? ふふっ」

「くっ、一体どうすればいいの……。せめてあの闇の門ってのが無ければ……」

「闇魔法……。光の聖剣……。伝説では地獄姫は暁の召喚師とは戦ってない。魔輪と神槍、幻笛の使い手と死闘を繰り広げたはず……。聖剣との戦いを避けたのか……?」

「もう一回……」

「待て、レイ!」


 ヘルに対して何度目かの攻撃を仕掛けようとした時、リンナは玲衣を呼び止める。

 出鼻をくじかれ、つんのめるように足を止めると玲衣は振り返った。


「な、なにリンちゃん。何かわかったの?」

「アイツの闇の門、あれに光弾をぶつけてみるんだ」

「へ? そんなことしても吸い込まれて無駄に終わるだけじゃないの?」

「いいからやってみてくれ。もし私の考えが正しければ——レイ、来たぞ!」


 リンナの声に、玲衣は敵へと目を戻す。

 氷の槍を生成して突っ込んでくるヘル。

 その攻撃は聖剣が軽々と受け止め、それどころか氷の方が粉々に砕ける。


「やっぱり、四属性魔法じゃあ相手にもならないわねぇ」

「今度こそっ!」


 カウンターの斬撃、普通なら絶対に回避不能なタイミング。

 しかし、やはり瞬間移動で地獄姫は攻撃を回避した。

 現れた地点に神狼が駆け寄り、尻尾の刃で応戦していく。


「やっぱりダメか……。本当に光弾ならいけるの……?」


 三神獣である神狼の攻撃すら、ヘルの闇の門には無力。

 半信半疑の玲衣だが、世界で一番信頼する恋人の自信を持った助言。

 信じない理由は彼女には無い。


「やってみるね、リンちゃん」


 切っ先に力を集中させ、生み出した巨大な光の玉。

 並の召喚獣なら跡形も無く吹き飛ぶ威力を秘めた、太陽のように輝く光の塊。

 それを玲衣は地獄姫に目がけて発射した。

 彼女の攻撃を確認した神狼は後ろへ飛び退き、氷の矢で牽制する。

 その攻撃は闇の門に全て吸い込まれるが、この攻撃はどうか。


「くらえっ!」


 意のままに動く光の弾は闇の門とぶつかり、盛大に弾けた。

 眩い光が収まると、ヘルの身を守っていた闇魔法は消滅している。


「まあ、やっぱり打ち消されちゃったわね。——あがあぁぁぁッ!」


 闇の門が消滅した瞬間、フェンリルの氷の矢が地獄姫の全身を貫いた。

 よろめく彼女に対し、氷刃の一閃がその身体を深々と切り裂く。

 返す刀で何度も切り刻むと、地獄姫はその場に仰向けに倒れた。

 全身から流れ出した血が、草地を赤く染め上げていく。


「……やったの?」

「これで死んでなきゃ、アイツは不死身だ。間違いなく仕留め……た、はずなのに!」


 驚愕するリンナの視線の先、ヘルはゆっくりと起き上がった。

 その全身に刻まれた傷は、闇が集まり次々に塞がっていく。

 口の端からこぼれる血をぺロリと舐め取ると、彼女はブルリと体を震わせる。


「あはぁ……、いい殺意だったわ、リンナちゃん。闇魔法は光の力で打ち消せる事に気付いたのもお見事。さぁ、この勢いで次はレイちゃん! 私の心臓に聖剣を突き立てるの、もう待ちきれないわ!」

「な、何アイツ! 本当に不死身だっての!?」

「不死身なんかじゃないわよ。ただね、私を殺す方法はただ一つ。聖剣レーヴァテインで心臓を貫かれる、それがたった一つの方法なの。聖剣で受けた傷以外なら、こうしてすぐに治るのよ。便利でしょう?」

「改めて実感した、ホントにバケモノなんだ。私以外にアイツは殺せないってことか」


 握りしめた聖剣の切っ先をうっとりと眺め、ヘルは自らの左胸を掻き毟る。


「もうすぐ、もうすぐ念願が叶うのよ。あぁ、あぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!」


 情欲に満ちた叫びを上げるヘル。

 彼女の奇行は今に始まったことではない。

 リンナはそれを無視して玲衣にアドバイスを送る。


「ヤツに対して神狼の攻撃は有効打にならない。レイ、お前が決めるんだ」

「でもどうやって? アイツには瞬間移動があるんだよ。闇の門を剥がしても、あれを封じなきゃ」

「闇魔法、と言っていたな。あの瞬間移動もそうであるなら、光で打ち消せるはずだ」

「そういえば、いつもアイツ黒いモヤモヤになって消えるね。わかった、やってみる」

「牽制は任せろ、フェンリルで釘付けにしてやる」


 闇魔法が影を操る魔法なら、攻略法はある。

 玲衣は精神を集中させ、無数の光弾を空中に作り出していく。

 その間フェンリルは氷の矢を放ち、尻尾の氷刃で斬り付けてヘルを翻弄する。

 何度か神狼の攻撃が当たりかけるが、そのたびに彼女は瞬間移動で逃げる。

 やはりあれは影から影へ移動する魔法。

 自分の影にモヤとなって吸い込まれ、短い草の小さな影から現れている。


「準備完了! リンちゃん、アイツを浮かして」

「わかった。フェンリル、足下を狙え!」


 リンナの指示を受け、フェンリルは氷の矢をヘルの足下へ射出。


「そんな攻撃、瞬間移動を使うまでもないわ」


 目論見通り、ヘルは跳躍してそれを回避した。


「今ッ!」


 玲衣が切っ先を向けると、大量に生み出された光弾がヘルに殺到する。

 その目的は攻撃ではない。

 光弾は空中で静止すると、跳躍中の彼女を取り囲む。

 強烈な光がヘルを全方位から照らし、その影を完全に消し去った。

 影がどこにも無い今、瞬間移動を封じられたヘルは空中で無防備の状態。


敏捷強化スピードブースト! 行けっ、レイ!」


 瞬時に玲衣の身を包んだ白光。

 身動きの取れない地獄姫の心臓目がけ、聖剣の切っ先を向けて突っ込む。

 草原を駆け抜ける超高速の疾風。

 それは真っ直ぐに地獄姫へと向かい、そして——。


「がはっ……」


 違わずその心臓を貫いた。


「今度こそ、やったか……」


 ヘルはレーヴァテインに体を貫かれたまま、玲衣の突進の勢いで吹き飛ばされる。

 胸に剣を突き立てられたまま、彼女は地面に大の字に倒れた。


「ごぽっ!」


 大量の血を口から吐きだし、体を動かそうとする。

 だが、誰がどう見ても致命傷だ。

 玲衣はゆっくりと近づくと、その胸から聖剣を引き抜いた。


「がぁ……。はぁ、はぁ……。やって、くれたわね……、レイちゃん……っ」

「あんたの計画とやらもこれで終わり。残念だったね」

「ふ、ふふっ……。何を、言っているのかしら……。これで完成、これが私の、目的……なの……。あはぁ……、黄昏が、これで、あの方がぁ…………——」


 最期に満面の笑みを浮かべると、彼女は動かなくなった。

 戦闘中だった二頭のガルムも粒子となって消えていく。


「ガルムが消えていく……。やったのか、あの二人!」

「みたい。ほら、あいつ死んでる」

「やったんだね! 一発ぶちかませなかったのは残念だけど」

「なのです。切り刻んでやりたかったですが」


 ヒルデ達はリンナの側へと駆け寄って来る。

 聖剣を手にしたまま、ヘルの死体の前で立ちつくす玲衣。

 人間ではないとはいえ、まるで人間そのものな相手を手にかけたのだ。

 何か思うところはあるのだろう。


「レイ、大丈夫か。気分が悪いとか……」

「…………。あ、平気だよ。それよりも、これで全部終わったんだよね」

「ん、多分。コイツが最期に言ってたことが気になるけど」


 計画は完成した、確かにそう言い残した。

 玲衣に殺されること、それが彼女の目的だったとでも言うのか。


「それよりもほら、ヘレイナが死んだんだからお姉さんも目を覚ますよ」

「ああ、早く町に連れて行こう。いつから眠り続けてるか知らないけど、衰弱してるはずだ」


 玲衣はディーナの体を抱え上げると、駆け寄ってくる仲間たちの元へ歩き出す。

 もちろん隣にはリンナも一緒だ。

 笑顔で走ってくる先頭のシズク、その顔が——途端に凍り付いた。


「……レイ、リンナ。後ろを見て」


 後に続くヒルデ達も足を止め、愕然とする。

 玲衣とリンナがゆっくりと振り返ると。


「何、これ……」

「嘘だろ、アイツは死んだはずじゃ……」


 地獄姫の骸が宙に浮かび上がり、禍々しい闇の魔力を全身から放出している。

 その体は足の先から闇そのものへと変わり、やがて全身が黒い闇の炎となった。


「リンちゃん、一体何が起こってるの!?」

「わからない、なにも……! 一体なんなんだ! まさかこれがヘレイナの計画の最終段階……?」


 闇の中から地獄姫の漆黒の宝玉、世界蛇の紫の宝玉、三つの緑色の宝玉が転がり落ちた。

 ヘルが持っていた宝玉が、彼女の実体が消滅したことで地に落ちたのだろう。

 が、そんなのは些細なことだ。

 今まさに闇の中から迸る、この世のものとは思えない凄まじい重圧に比べれば。


 闇はどんどんと形を変え、遂に人型のシルエットとなった。

 それは草地に降り立つと、全身を覆っていた闇が弾け飛ぶ。

 そして、悠久の時を越え、彼はその姿を再びこの場所に晒した。


「誰なの、あれ……」

「人間、なわけないな。このプレッシャー、今までに感じたことが無い」


 流れるような金色の長髪が自身の巻き起こす衝撃に揺れる。


「……シズク、すまないが守りきれないかもしれない。その時は許してくれ」

「なんの、死ぬ時は一緒。……って軽口叩いてなきゃ吐きそう」


 赤い肌に筋骨隆々の体躯はまるで焼けた鋼鉄。


「シフル、ボクの後ろに隠れてて。絶対だよ!」

「洒落にならないですね、これは……。ルトちゃんこそ、あんなのからは逃げて欲しいのです」


 全身から迸る魔力と闘気は、三神獣すら足下にも及ばない。


「ここは——成程。我はどうやら、永きに渡って眠っていたようだ」


 ゆっくりと周囲を見回しながら、その存在は口を開いた。

 その目が聖剣を握り神狼を従える少女を捉えた瞬間、僅かに眉を動かす。


「お主は暁の——いや、違うな。ここが未来ならば、ヤツはとうに死んでおるか」

「あ、あんたは誰なの。どこから出て来た訳!?」


 問いただす声が思わず震えてしまう。

 全力で戦っても勝てるかどうか、そんな絶対的な力を感じ取ってしまったから。

 敵であって欲しくない、そんな願いは叶わないとわかっていながらも願わずにはいられない。

 その存在は尊大な口調で、次のように名乗った。


「我か。我の名はストルス。世界を炎に包む者、黄昏の魔人ストルスだ」

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