84 地獄姫
「では始めましょうか、とその前に……」
神狼を侍らせ、聖剣を構える玲衣の背後。
こちらを睨みつけるリンナを除く四人をヘレイナは鬱陶しそうに見やる。
「貴女達は大人しく見物しててくれないかしら。用があるのはレイちゃんとリンナちゃんの二人だけ、あとはみーんなお邪魔虫さんなの。お姉さんのお願い、聞いてくれる?」
「聞く訳がない。私はあんたを斬りたくてうずうずしてる」
「そーだそーだ! ボクだって今すぐ叩き潰してやりたいんだから!」
意気を上げる二人の様子に、ヘレイナは額に手を当てて大きなため息。
首を横に振りながら「やれやれ」と口にする。
「そう、そちらのお二人さんもおんなじなのね?」
「ここまで出向いておいて、ただ見ているだけでは収まらないのでな」
「ルトちゃんの敵はシフルの敵、ついでにリンナおねーさんの敵もシフルの敵なのです!」
「ふーっ!」
「よぉくわかったわ。それじゃあ……」
ヘレイナは腰に差した杖を二本、両手で持って構える。
その先端に輝く宝玉、発するは青い光。
彼女の祈りに応えて青の粒子が凝縮し、形作られる魔犬のシルエット。
「——召喚! 遊んであげなさい、ガルムちゃんたち!!」
ヘレイナの声と共に光が弾け飛び、その場に姿を現したのは二頭のS級召喚獣・ガルム。
殺意に満ちた双眸で、彼らはそれぞれの獲物をその眼に映す。
「ギャラリーは多い方がいいと思ったのだけれど、やっぱりこうなっちゃったわね。いいわ、ガルムちゃんと戯れながら見物してて。私の計画が完遂する記念すべき瞬間をね」
唸り声を上げ、二頭のガルムはヒルデとシズク、シフルとルトにそれぞれ迫る。
ルトは懐から宝玉を取り出し、庇うようにシフルの前に進み出た。
「シフルは下がってて。コイツはボクが相手するから。召喚! 来い、ミョルニル!」
彼女が祈りを込めて叫ぶと、その手に握った緑の宝玉が輝きを放つ。
それは緑の光となって形を変え、雷を纏う巨大な鉄槌へと変貌した。
「ルトちゃんにだけ戦わせるわけにはいかないのです。シフルも、ふーちゃんも一緒なのですよ」
「ふーっ!」
シフルが取り出したのは、召喚杖とフレズベルクの青い宝玉。
杖にセットし、高く掲げると同時にふーちゃんはシフルの頭から飛び下りる。
「さあ、ぶちかましてやるですよ! ふーちゃん!!」
迸る青光に包まれたふーちゃんの丸い体は、巨大な鳥へとその姿を変える。
顕現したフレズベルクは低空を羽ばたきながら、煉獄の魔犬と対峙する。
「シフルはどんな時も、ルトちゃんとふーちゃんと一緒なのです。一人になんてさせないのです!」
「……ありがと、シフル。よし、ふーちゃん! 一緒に戦うよっ!」
「キュイイイィィッ!」
一方のシズクも、ヒルデを庇うようにガルムに相対する。
「ヒルデは私が守る、と言っても貴女は聞かない。だからさっさとバンムルク出しなさい」
「ふっ、話が早くて助かる。召喚、バンムルク!」
ヒルデの叫びと共に、緑の宝玉は冷気を纏った大振りの剣へと変わる。
グラムを構えたシズクと共に、ヒルデはバンムルクの切っ先をガルムに向けた。
「こうして共に闘うのはいつ以来か。背中は任せたぞ、シズク」
「任された。……私も頼りにしてるから」
隣り合って剣を握り、彼女達はS級召喚獣に立ち向かう。
あの時届かなかった刃も、今なら届く。
彼女と二人なら、負ける気は微塵もしない。
ヘレイナが繰り出した二頭のガルムと、各々の戦いが始まった。
「みんな! ヘレイナ、あんた……」
怒りを込めて、玲衣は不倶戴天の敵を睨む。
「うふふ、貴女のお仲間はあんなワンちゃんに負ける程ヤワなのかしら」
「レイ、大丈夫だ。皆を信じて、私達はコイツに集中しよう」
「……うん、みんなの為にもさっさと片付けよう」
「ヘレイナ、最後に一つだけ聞いておく。姉さんの呪いを解く方法を教えろ。教えないなら力づくで聞き出す」
リンナの足下で死んだように眠るディーナ。
彼女の呪いを解く方法があるのなら、そして万一ヘレイナにしか解けないのであれば、殺してしまう訳にはいかない。
それは絶対に知っておかなければならない情報だ。
「呪いを解く方法? 簡単よぉ、レイちゃんがそのレーヴァテインで私の心臓を貫けばいいの。そうすれば呪いは解けて、その子は目を覚ますでしょうね。ふふふっ」
「……あんたを殺せばいいってことね。案外簡単じゃん」
「レイ、出来るのか? 私が代わりにやっても……」
背後からの自分を気遣う恋人の声に、玲衣は首を横に振る。
切っ先を向け、真っ直ぐに敵を見据えたまま。
「私は大丈夫、その覚悟はしてきたから。それにリンちゃんにこそ、そんなことさせられないよ。私はリンちゃんを守るために戦ってるんだから」
「……すまない」
例えヘレイナであろうとも、人の命を奪う事に対して抵抗が無い訳がない。
それでも彼女の大切な姉を救うためならば、リンナのためならば、その手を汚しても構わない。
リンナとそれ以外の全てを天秤にかけたとしても、到底釣り合わない程に想っているのだから。
「いいわ、とてもいいわよ。さぁ、早く始めましょう。その刃を私の心臓に突き立てるのよッ!!」
「大人しく差し出してくれるってんなら助かるんだけどね!」
両手を大きく広げたヘレイナに向かって、玲衣とフェンリルは駆け出した。
何を仕掛けてくるのか、一気に間合いを詰めず、まずは慎重に出方を窺う。
「もうブリージンガメンごっこはお終い。本当の私の力、闇魔法を見せてあげるわ」
「闇魔法……? 聞いたことがないな、気を付けろ、レイ!」
「闇の弾丸。どう対処するかしら」
ヘレイナが右手をかざすと、彼女の前に闇の球体が出現した。
それは無数の小さな弾となって弾け、散弾のように玲衣へと殺到する。
「フェンリル、壁を作れ!」
リンナの指示で、玲衣の前に生成される氷の壁。
神狼の魔力が込められたこの氷は、並大抵の衝撃では傷一つ付かない。
闇の弾は壁にぶつかると、消滅、しなかった。
まるで最初からそこに存在しなかったかのように、闇は氷を削り取りながら飛来する。
「なんだって!?」
「くっ……!」
咄嗟に横っ跳びで回避、数瞬前まで玲衣の居た場所を闇の弾丸が駆け抜けていく。
草地に転がって受け身を取ると、彼女の頬を一筋の汗が流れた。
「リンちゃん、今のって……」
「あの魔法、固さを無視して削り取った……? あの闇に触れると消滅するってところか……」
「さっすがリンナちゃん、ご名答。いくらレイちゃんが強くっても、これに当たったら一巻の終わりよぉ」
「当たらなきゃいいだけじゃん。リンちゃん、ブーストお願い」
当たれば終わりだろうが、絶対に当たらない速度ならば関係ない。
レーヴァテインが覚醒した今、敏捷強化によってどれだけの速度が出せるのか。
玲衣は勿論、リンナにも見当も付かなかった。
「わかった、敏捷強化! レイ、一気に決めて来い!」
双杖を掲げ、リンナは玲衣に力を送り込む。
白い光に全身を包まれた彼女は、大地を踏みしめ前傾姿勢を取った。
ガルムの繰り出す地獄の業火。
それはバンムルクの冷気によって完全に無効化されていた。
S級相当の召喚師二人にとって、召喚師のサポートを受けないガルムなど敵ではない。
ヘレイナも文字通り、足止め程度にしか思っていないだろう。
「そろそろ決めるぞ、シズク」
「らじゃっ、まるで初めての共同作業。言うなればケーキ入刀」
「こんなケーキを食うのはゴメンだなっ!」
右側からバンムルクの斬り上げ。
左側からグラムの唐竹割り。
左右から同時に斬撃を受けたガルムの首は、ドサリと草の中に落ちた。
遅れて胴体が倒れ、粒子となって消滅。
「案外簡単にケリが付いたな。シフル殿たちの加勢に行くか」
「……その必要は無いみたい。ほら」
シズクが指さす先、もう一体のガルムは巨大な竜巻に飲み込まれている。
「ふーちゃん、そのまま切り刻んでやるのです!」
フレズベルクの発する魔力によって生み出された竜巻が、ガルムの巨体を空中に持ち上げていく。
細かな真空の刃がその全身を切り刻む。
「ボクの雷もオマケするよ!」
雷の魔力を操るミョルニルによって、竜巻の中心、無風地帯に大量の雷雲が生み出された。
そこから放たれる雷撃が、次々とガルムに降り注ぐ。
風の刃と雷によって全身をボロボロにされ、虫の息となった魔獣。
風が止まり、その巨体が力無く落下していく。
「トドメはボクに任せて! おりゃあぁぁっ、潰れちゃえっ!」
地に倒れ伏したガルムの頭をめがけ、ルトは鉄槌を振り下ろした。
ズガァァァン!
インパクトの瞬間、轟く雷鳴と共に電撃が魔獣の全身を駆け巡る。
凄まじい欧撃と電撃により、ガルムは全身から煙を吹き出して息絶えた。
「いえぃっ、やったね!」
「やったのですっ!」
二人は右手でハイタッチを交わす。
これでヘレイナの呼び出したガルムは全滅、あとはヘレイナ自身を残すのみだ。
向こうでも決着がついた。
お互いにそれを確認すると、彼女達はヘレイナへと目を向ける。
「さて、レイおねーさんたちは……」
「肝心の向こうはどうなったか……」
四人が目を向けた瞬間、白光を纏った玲衣がヘレイナの懐に飛び込んだ。
絶大な身体能力強化のかかったシズクですら、その動きは全く見えない。
振り下ろした聖剣は、ヘレイナに袈裟がけの傷を刻んだ。
「ぐっ……」
後ろに飛びのいて間合いを取るヘレイナ。
その着地際を狙い、玲衣は再び斬り込む。
そして繰り出した逆袈裟の斬り上げは、再び浅い傷を刻む。
次の瞬間、彼女の姿は闇に変わり、虚空に溶けて消えた。
玲衣から三十メートル程離れた地点に、ヘレイナは再び現れる。
瞬間移動を間合い取りに使い、一旦仕切り直しの構えだ。
「あっはぁ、すっごく痛いわ、レイちゃん。見て、こんなに血が出てる」
ヘレイナの体に刻まれた、X字の傷。
そこから溢れ出た鮮血が、黒いローブを濡らしていく。
「次は心臓を狙うから、覚悟して」
「本当に出来るのかしら、優しいレイちゃん。貴女の今の攻撃、やろうと思えば私の心臓を貫けたでしょ?」
「……何が言いたいの」
「いやね、本当は怖いんじゃないのかなって。口では何とでも言えるけど、いざ本当に人を殺すとなると尻ごみしちゃって無意識の内に攻撃の手を緩めてる。そんなところじゃないかしら」
「そんな事……」
無い、とは言い切れなかった。
確かにヘレイナの言葉には一理ある。
リンナ本人の命が懸かっていたならば、迷わず斬り捨てられただろう。
だが、ディーナの為となるとそこまで非情に徹する事が本当に出来るのか。
「ほら、やっぱり。そうよね、レイちゃんに人間は斬れないわよね」
「斬るよ、絶対にあんただけは」
「無理しなくていいのよ。と言うか、無理する必要は無いの。今からお姉さん、取って置きの秘密を大暴露しちゃうから」
「秘密……?」
ヘレイナの秘密など、心当たりがあり過ぎて困るぐらいだ。
何が飛び出して来るのか、玲衣とリンナは固唾を飲む。
「実はね、ヘレイナって私の本名じゃないの。本当の名前はヘル。覚えてね♪」
「ヘル……。それが秘密だって言うの? 全然大したことじゃ……」
「そうね、この名前は知られてないもの。ピンと来ないのも無理ないか。それじゃあ……」
そこまで言うと彼女は一旦言葉を切り、口元を愉悦に歪めた。
「——地獄姫って言えば伝わるかしら」
その発言に、二人は思わず耳を疑う。
「じ、地獄姫!? それって三神獣の……」
「嘘だろ、アイツがあの……」
驚愕に染まる玲衣とリンナの顔を見比べ、ヘレイナは——ヘルは心底楽しそうに笑う。
「あははははっ、その顔傑作〜〜。そう、私は三神獣の一体、地獄姫ヘル。人間じゃないの。どう? これで思う存分殺る気になった?」




