82 ヘレイナの誘い
その日も玲衣とリンナは普段通りに手を繋いで召喚師ギルドを訪れた。
A級召喚獣の討伐依頼は希なケース、早朝に訪れなければ他の召喚師に持っていかれてしまう。
陽が昇って間も無い時間帯、ギルドの中は人も少ない。
少ないからこそ、入り口をくぐった二人はすぐに気付いた。
テーブルを囲んで深刻な顔をした二人の女騎士の存在に。
「ヒルデさんたち、こんな時間に何してるんだろう」
「もしかしたら何かあったのかもしれない。……ヘレイナが動いたとか、な」
ギルドを訪れた二人に向こうも気付いたのだろう。
ヒルデが手を振りつつ、二人に呼び掛けた。
「レイ殿、リンナ殿、待っていたぞ。まずはこちらに来てくれ。大事な話がある」
二人は顔を見合わせて頷くと、急ぎ足で彼女達の元へと向かう。
空いている席に腰を下ろすと、早速リンナは話を切り出した。
「早朝からこんなところで待ってるなんて、何があったんですか?」
「実は昨日、ヘレイナからメッセージが届いてな」
「やっぱり、とうとうヤツが動いたんですね」
「ああ、内容は『ヴィグリーズ記念公園で待つ』、それだけだ」
「ヴィグリーズって、まさか……」
「知ってるの? リンちゃん」
「知ってるもなにも、暁の伝説において、暁の召喚師と黄昏の召喚師が激突した決戦の場所だ」
「まったく、こんな場所を指定してくるとは。どうやら向こうも本気らしい」
かつての戦いで決戦が行なわれた場所。
これは紛れも無くヘレイナの意思表示。
今回で全てを終わりにする、込められたメッセージはそんなところだろう。
「かつての決戦の地か……、上等! やってやろうよ、リンちゃん」
「ん、そうだな。ヒルデさん、たしかあそこは観光地としても有名ですけど……」
「そうだな、一般人も大勢いる場所だ。戦いに巻き込んだりしないように、昨日から立ち入り禁止にしてある」
メッセージが届いてすぐ、ヒルデは騎士団にヴィグリーズ記念公園の立ち入り規制を指示した。
入り口を封鎖し、騎士団に各所の警備に当たらせている。
それを聞いた二人にもはや何の憂いも無い、あとはヘレイナの薄ら笑いをブッ飛ばすだけだ。
「それにしても何で私達じゃなくて騎士団に送り付けたんだろう」
「うむ、あいつの考えることはさっぱりわからん」
「どうせ、その方が面白そうとかそんな理由。真剣に考えるだけ無駄」
「呼び出しって感じですけど、日時の指定は無かったんですね」
「それは書いてなかったな。代わりにコイツが同封されていた」
ヒルデが取り出した物は無色透明の宝玉。
リンナはそれを受け取り、情報を読み取っていく。
「……C級召喚獣、じゃないな。こいつはただの未登録宝玉だ」
「どういうこと? そんな物をわざわざ送りつけてくるなんて」
「私たちにもさっぱり見当がつかなくてな。特に仕掛けがあるとも——」
その時唐突に、玲衣とリンナの目の前に黒いコウモリが出現した。
「はぁーい、レイちゃん、リンナちゃん。どうやら無事届いたようね」
「ヘレイナ! どこかに隠れてるの!? 姿を現して!」
「そう興奮しない。このコウモリの目と耳と、あと口も借りてお喋りしてるだけよ。本物の私は遠い遠い古戦場♪」
確かにヘレイナの声は目の前のコウモリから発せられている。
周囲にも彼女の気配は全く無い。
「これもあんたのよくわかんない魔法なんでしょ。一体あんたは……聞いても教えないの一点張りか」
「ふふっ、よく分かってきたじゃない。もっとも、近いうちに教える事になるでしょうけど」
「一体なんの用だ。わざわざこんな手の込んだマネをして」
「手の込んだって、リンナちゃんに反応するようにその宝玉に魔法を仕込んだだけよ。簡単よ?」
「なんの用だと聞いているんだ。さっさと答えろ」
「なにってそんなの、ふふっ。宣戦布告に決まってるじゃない」
相変わらずの余裕に満ちた声色。
しかし、その言葉に四人の空気はピリリと張り詰める。
「最後の戦いよ、お二人さん。そこで聞いてる騎士さん二人も良かったらいらっしゃいな。楽しいショーが見られるかもよ。それじゃあ、いつでも来てね。待ってるから」
「待て、まだ話は——」
「あ、そうそう。いつでもとは言ったけど、早めに来た方がいいわよ。貴女のお姉さん、いつ死んじゃうか分かんないから。じゃあねぇ〜」
「な、なんて……。今なんて言った! 待て! おい!」
言いたい事だけを言い終わると、黒いコウモリは煙と共に忽然と姿を消した。
リンナが伸ばした手は何も掴むことなく、震える握り拳をテーブルに叩きつける。
「くそっ! 姉さんがアイツに……。レイ、ヴィグリーズはここから馬車で六時間くらいの距離だ。今すぐ出発するぞ!」
「よし、今すぐ行こう。ヒルデさん、教えてくれてありがとうございました!」
「ヘレイナを倒して姉さんも絶対助ける。行くぞ、レイ」
席を立つと、玲衣とリンナはその場を立ち去ろうとする。
そんな二人をヒルデ達は呼び止めた。
「待て、二人だけで行く気か。ずいぶん水臭いじゃないか」
「そうそう。ヘレイナに一発かましたいのは貴女達だけじゃない。あんなに余裕ぶっこいて、相変わらず癪に障るヤツ」
シズクにも、ヘレイナに対して思うところは山とある。
特に決闘の後に湧いて出て殺しに来た件などは、百回斬っても斬り足りない。
「でも、アイツは何を企んでるかわからない。なにか罠が待っているかもしれない」
「そうですよ、危険すぎます。ここは私とリンちゃんに任せて……」
偽物の魔輪でどうやって魔法を使ったのか、瞬間移動などの魔法は一体なんなのか、そして彼女の計画とは。
ヘレイナに関しては、あまりにも謎が多すぎる。
加えてその実力も未だ未知数、あの火山での戦いは、明らかに手を抜いていた。
罠だって張られているかもしれない。
あまりにも危険過ぎる場所に、無関係な二人を連れていくことは出来ない、そう思ったのだが。
「随分と見くびられたものだな。私達はそんなに頼りなく見えるか?」
「自分の身くらい自分で守れる。むしろ貴女達の方が心配」
「ヒルデさん、シズクさん……。わかりました、一緒に行きましょう。リンちゃん、いいよね」
「……ん、姉さんのことを聞いて少し頭に血が上ってた。改めて、二人の力を貸して下さい!」
「あぁ! 一緒に行こう!」
力強く頷くと、ヒルデとシズクは立ち上がった。
四人はギルドの扉を抜けて朝の日射しの中へ。
ヒルデとシズクは隣合って、玲衣とリンナは手を繋いで、大通りを朝日が輝く東へと歩いていく。
「ヴィグリーズに行く馬車は東口から出ている。この時間帯なら、朝一番の馬車に乗れるはずだ」
「東口か……、あそこからは色々な場所に出発したよね」
「レイ、まるでこれが最後みたいな言い方だぞ。これからもいろんな場所に行くんだからな」
「えへへ、ごめんごめん。これが最終決戦だと思うとうっかり。そうだよね、これからもずっとよろしくね、リンちゃん」
歩きながらも指を絡め合い、恋人繋ぎで見つめ合う二人。
その様子を眺めながら、シズクはヒルデにお願いする。
「ヒルデ、私もあれやりたい。というかキスして欲しい。あわよくばベッドのシーツを汚すようなことをしたい」
「手繋ぎは無しだ。キスは最近毎日してやっているだろう。そして最後のは一体なんだ」
「むぅ、ガードが固い……」
決戦に向かうにしてはあまりに緊迫感が無いやり取りに、リンナはジト目を向ける。
「いいのか、これ。緊張感の欠片も見当たらないぞ」
「あはは……、でも私達らしくていいんじゃないかな。変に気負ってガチガチになっちゃうよりずっとマシだよ」
「ん、まあそうだけど。レイは大丈夫か?」
「心配してくれるの? ありがと。私は平気だから」
中心街を抜け、東の住宅街も通り抜けると、東口の馬車乗り場が見えて来た。
「東口到着だね。まだ人はいないみたいだけど」
「ん、準備中ってとこかな。……いや、誰かいるみたいだ」
王都東口へと続く道に、東の空に昇る太陽を背にして立つ二人の少女の影。
一人はショートカットの髪型、肩にはケープを羽織っている。
その隣に立つローブ姿の少女は、頭の上に何か丸いものを乗せている。
逆光で顔が見えずとも、彼女達には二人が誰なのか一目でわかった。
「シフルちゃん、ルトちゃん! どうしてここに……」
「皆さん、シフルたちを置いていくなんて有り得ないのですよ」
「そうそう、主役のボクたちを忘れないでよね!」
「ふーっ」
両手を腰に当て、自信満々の仁王立ちで待ちかまえていたシフルとルト、そしてふーちゃん。
この場所にいること自体も驚きだが、どうやら事情も知っているようだ。
「私達がこれからどこに行こうとしてるか知ってるみたいだな」
「シフルたちの所にも来たのですよ、癪に障る声のコウモリさんが」
「あの魔法、ボクのミョルニルにも反応したみたい。アイツあれでボクたちを呼び出してたから」
「なるほど。私のグラムは期限切れ? それとも集会サボったから魔法の掛け直しが無かったとか……」
自分の宝玉が反応しなかった件について考え始めてしまうシズク。
彼女は放っておいて話を進める。
「シフル殿、ルト殿。二人はまだ幼い、今度ばかりは危険なんだ」
「そうだよ、それにアイツと戦う理由なんて二人には無いんじゃ……」
「あるよ! アイツ、ボクに世界蛇渡そうとしてきたんだよ。あの笛野郎喰われちゃったんでしょ? ボクもそうなってたかもってことじゃん! めっちゃムカつく!」
「ルトちゃんを蛇のエサにしようとするなんて許せないのですよ! お二人とも、シフルも一緒に行くのです!」
ルトはこの件に関してかなりご立腹だ。
そもそも世界蛇を手に入れるために玲衣とリンナと戦ったというのに、肝心の戦利品がこれでは詐欺ではないか。
ヘイムズが喰い殺されたことに関してはどうでもいい。
本当に心底どうでもいい。
「……二人とも、無事に戻ってこられる保証は無いよ? ヘレイナの正体だって、何を企んでるのかだって分かってないのに」
「だからって安全な王都でのほほんと待ってるなんて出来ないのです」
「そうだよ! それにボクたちだって強いんだから!」
「足手まといにはならないのです。連れて行ってほしいのです!」
真剣な二人の訴え、その熱意に玲衣は押し切られた。
リンナに目を向けると、彼女は軽くため息を吐く。
「はぁ、危なくなっても守ってやれないぞ? それでもいいなら勝手にしろ」
「リンナおねーさんに守って貰わなければいけないほど落ちぶれてはいないのです」
「ふふっ、そんな軽口を叩く余裕があるなら大丈夫だろ。ヒルデさん、いいですよね」
「……わかった。その代わり、絶対に無事で王都まで戻ってくるんだ」
とうとうヒルデも折れた。
その途端二人の顔に笑顔が戻り、両手を取り合ってぴょんぴょん飛び跳ねる。
「やったのです、許可が降りたのです! シフルたちはのけものじゃないのです!」
「やったね、シフル! これでヘレイナの頭を思いっきり叩きつぶせるね!」
「思う存分切り刻めるのです!」
微笑ましい光景に場の空気は一気に和んだ。
その発言内容は物騒極まりないが。
「さて、では行こうか。丁度馬車の準備も出来たようだしな」
ヒルデは御者に声をかけ、ヴィグリーズ行きを告げて料金を渡す。
彼女達はそれぞれの思いを胸に馬車へと乗り込んだ。
早朝の草原へ、その先の決戦の地を目指して、六人を乗せた馬車はゆっくりと動き出す。




