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79 選ばれし者

 ナディス牧場の朝は早い。

 まだ陽も昇らない午前四時に起床。

 家畜への給餌きゅうじ、山羊や牛の搾乳、召喚獣の体調検査などを職員らと手分けしてこなす。

 全てが済む頃には午前八時、放牧地に家畜を放して朝の仕事は終わる。

 朝食を含めて二時間ほどの自由時間、その後は家畜小屋の掃除が待っている。


「皆、朝のお仕事お疲れ様。お昼からもよろしくね」

「はいっ、ライアお姉さま」

「お姉さまのためなら私達、身を粉にして働きますよ!」


 朝食を終えたライアは職員に声をかけ、自室へと戻った。

 なお職員は彼女の趣味で女の子のみを採用している。

 自室のドアを開けると、まず目に飛び込んでくるのはリンナの似顔絵ポスター。

 当然ライアの自作、渾身の一枚だ。

 常に彼女と共に在りたいという執念のみで絵心を鍛え上げた結果辿り着いた、まるで本物かのような写術的な筆致。

 この世界にカメラは無いが、玲衣が見れば写真と勘違いすることだろう。

 その隣には同じく非常にリアルな玲衣の絵も貼られている。


「はぁ〜〜ん、リンナちゃん、レイお姉さま〜」


 絵に描かれた二人は、杖を構える姿と熊に斬りかかる姿。

 二人のあられもない姿を描かないのは、彼女に残った最後の良心なのだろうか。

 それとも、カギのかかった机の引き出しの中に見られてはいけない何かが隠されているのか。


「よし、リンナちゃん分とお姉さま分の補給は完了。あとは……」


 二人の絵の前でひとしきりくねくねしたライアは、棚の上に飾られた宝玉に目を移す。

 建国祭で小さな露店の店主から購入した、緑色の宝玉。

 それを見た瞬間、彼女は目を奪われた。

 絶対にあの宝玉が欲しい、訳もわからぬまま衝動に突き動かされ、店主に声をかけた。

 店主曰く、どんな召喚師でも召喚できなかったただのガラクタ。

 欲しいならタダ同然でくれてやるとのこと。

 ステーキ串一本よりも安い値段で購入した宝玉。

 完全に沈黙していたそれは、彼女が触れた途端に淡い光の明滅を始めた。


「リンナちゃんはかなりの力を持った召喚武器だって言ってたけど、どんななんだろう」


 一体どんなものが召喚できるのか、とても気になる。

 召喚師ではないライアには召喚できるはずもないのだが、やはり気になる。

 C級召喚獣の召喚にも年単位の訓練が必要、杖を使わない召喚武器の召喚はそれよりもずっと難易度が高い。

 武装召師アームズ・サマナーの数が非常に少ないのは、召喚武器の希少性もさることながら、その難度の高さにこそある。

 だから、ライアがこの宝玉で武器を呼びだすなど絶対に不可能なのだ。


 ……その武器に選ばれでもしていない限りは。


「……ちょっとくらい試してみてもいいよね。失敗しても何も起こらないだけなんだし」


 宝玉に手を伸ばし、しっかりと握りしめる。

 何か暖かいものが流れ込んでくるような不思議な感覚。

 まるでそうすることが当然であるかのように、無意識に宝玉を掲げてライアは呟いた。


「——召喚。なんちゃって」


 その瞬間、宝玉は緑の光を放った。

 眩い光が彼女の自室を覆い、窓から漏れだす。

 宝玉は姿を変え、彼女の右手首へと巻きついていく。

 やがて光が治まると、ライアは既にそれを装着していた。


「な、な、な……」


 あまりの事態に絶句するライア。

 本当に呼べるなどとは思ってなかったのだ、無理も無いだろう。

 その後彼女は職員たちに留守を任せると、大急ぎで王都へと向かったのだった。




 ☆☆




 約半月ぶりの王都に、馬車の窓から身を乗り出したシフルとルトは歓声を上げる。

 片道一週間、往復二週間の旅路。

 その間も彼女達二人は元気よくはしゃぎ回っていた。

 一方のヒルデとシズクは体が鈍らないよう鍛錬に励む日々。

 そして玲衣とリンナは、久々の長い休息に大いに羽を伸ばした。

 王都に戻ればまた、A級召喚師としての多忙な日々が待っているだろう。

 それでも玲衣は少し帰宅が待ち遠しい。

 何故ならこの旅行中、リンナとの純粋な二人きりの時間が無かったから。


「リンちゃん、その……、帰ったらさ」

「ん、そうだな。帰ったら早速ギルドに依頼を見に行こう」

「そうじゃなくて、えっと……」

「どうした? なんだか顔が赤いけど」

「うぅ……」


 二人きりで思いっきりイチャイチャしたい。

 そんなことは恥ずかしくてとても言い出せなかった。



 王都東口、馬車乗り場。

 馬車から降りた六人はそれぞれの家路につく。

 まずはシフルとルト。


「ではシフルたちは家に戻るのですよ。そのあとはルトちゃんとデートなのです。アイスクリーム無料券が火を吹くのですよ」

「楽しみだね、シフル! ボクちょっとパンチの効いたやつに挑戦してみたい!」

「ちゃれんじゃーなのです……。シフルと食べさせ合いっこすることをお忘れなく……」

「平気だよ、だってボクが食べさせるとおいしくなるんでしょ?」

「そ、それは……」


 シフルに訪れようとしている危機に、リンナは憐れみの眼差しを向ける。


「無理なら無理と言っていいんだぞ、シフル。お前の愛がその程度なら、な」

「……言ってくれますね、リンナおねーさん。わかりました。そこまで言うのならこのシフル・ガールデン、男気を見せてやりますよ」

「お前女だろ、一応」

「さあルトちゃん、わさびアイスでもにんにくアイスでもどんと来いなのです」

「やったー! じゃあエギルマグロのソイソース煮付けアイスとアウド牛ステーキ肉汁絞りアイスね!」

「……に、二言は無いのです」


 明らかに危険な匂いがするが、もはや引き下がれない。

 シフルはルトに手を引かれ、重い足取りで去っていく。


「それでは皆さん、さよならなのです。さよならなのですよ……」

「すっごく楽しかった! またねー!」

「またね、二人とも。あとシフルちゃん、頑張ってね……」

「うむ、見上げた根性だな。私も見習わねば」

「さよならもふもふ……」


 めいめいに別れを告げる中、シズクはシフルの頭の上のふーちゃんを名残惜しげに見送る。

 二人が雑踏の中に消えると、次はヒルデとシズク。

 騎士団へ戻るにあたって、ヒルデの気分はかなり重いようだ。


「はぁ……、今から気が重いよ。アスラにどんな顔を向ければいいのやら」

「ドヤ顔でいいと思う」

「そんなことしたら多分泣くぞ。まずはお土産を渡して、それから仕事を出来る限り手伝って……」

「頑張って。私は影から応援してるから」

「お前も一緒にやるんだ、いいな」

「……はい」


 騎士団の内部事情は玲衣とリンナにはよくわからないが、ヒルデの苦労は絶えないようだ。


「やっぱり無理してたんですね……。騎士団長がこんなに長い間騎士団を留守にするなんて聞いたことありませんし……」

「あぁ、そうなんだよ。副団長のアスラという子にかなりの負担を掛けてしまっていてな」

「それは……。そのアスラって人、大変そうですね……」

「リンナは優しい。見ず知らずのあの子をそんなに気遣って」

「シズクも少しは気遣ってやってくれ。よく知ってる仲なのだから」

「仕方ない。じゃあ今すぐに戻ろう。こうしてる間にもあの子は苦しんでいる」

「そうだな、それでは私達ももう行くよ」

「じゃあね、二人とも」


 軽く手を振ると、二人は走り去っていく。

 ジョギング程度では無い、完全な全力疾走だった。


「はい、お二人もまた……もう行っちゃった」

「挨拶を返す間も無かったな。よっぽど急いでいたのか」


 あっという間に見えなくなってしまった二人を見送ると、残った玲衣とリンナはぎゅっと手を繋ぐ。

 もう習慣となってしまった、街を歩く際の手繋ぎ。


「私達も帰ろっか、リンちゃん」

「ん、またいつもの日常が始まるのか」

「嫌?」

「そんな訳ないよ、レイと一緒なんだから。レイが隣にいてくれるから、毎日が凄く楽しいんだ」

「えへへ、私もだよっ」


 笑い合うと、二人は並んで歩き出す。

 東口から家までの何度も通った道。

 目をつむってても歩けそうな程に通いなれた道でも、二人は繋いだ手を離さない。


「ね、リンちゃん。この旅行の間、ずっと誰かと一緒だったよね」

「そうだな、賑やかだったし楽しかった。たまにはあんなのも良いな」

「そうだけど、そうじゃなくて……」


 その言葉を口にするには、かなりの勇気が必要だった。

 もしかしたら変な意味に受け取られて、えっちな女の子だと思われはしないか。

 そんな葛藤の末に、玲衣は顔を真っ赤にしながら切り出した。


「ずっと二人っきりになれなかったよね。だから、だから……、帰ったらリンちゃんと思いっきりイチャイチャしたいのっ!!」

「ちょっ!? 大声で何を……!


 往来のど真ん中で声を張り上げた少女に、道行く人が思わず目を向ける。

 玲衣は耳まで真っ赤になりながらも、潤んだ瞳でじっとリンナを見つめている。

 確かにこの旅行中、常に誰かとの相部屋だった。

 道中の旅館では六人で雑魚寝、ラーンの町の旅館ではシフルとルトとの同室、屋外では常にどこかに人がいる。

 純粋な二人だけの時間は一度も無かったのだ。


「うぅ、何か言ってよぉ……」


 この件についてはリンナにも思うところはあった。

 だからと言って、まさかこんなところでこんなセリフが飛び出すとは夢にも思わない。

 キョロキョロと辺りを見回すと、彼女の手を引いて急いで路地を曲がる。

 そこで立ち止まり、一息つくと返事を返した。


「コホン。そうだな、久しぶりの二人きりだもんな。私もレイと思う存分触れ合いたい」

「リンちゃん……、えへへ、同じ気持ちだったんだね。なんだか嬉しい」


 久しぶりに過ごせる二人だけの甘い時間。

 もう一度リンナは辺りを見回し、人目の無いことを確認する。


「よし、誰も居ないな……。レイ、ちゅっ……」

「んっ、はぁ……。リンちゃん……」

「さ、早く帰ろう。続きは家で、な」

「う、うん……」


 不意のキスに、短い返事しか返せなくなってしまった。

 路地を何度か曲がり、辿り着いた二階建ての集合住宅。

 我が家に戻って来た安心感とは別に、玲衣の鼓動は高鳴っていく。


「帰って来たな」

「うん、旅行も終わりだね……」


 外付けの階段を上り、二階の廊下へ。

 玲衣はポーチの中からカギを取り出す。

 そして203号室の扉に目をやると、何故かその前に女の子が座り込んでいた。


「あ、あれ? あの子って……」

「ん、どうした?」


 玲衣の視線を追うと、我が家の玄関扉の前で途方に暮れるオレンジ髪の少女の姿。

 家主たちの帰りに気が付くと、涙目で泣きついてきた。


「お姉さま、リンナちゃーん!」

「なんでライアが家の前にいるんだ!?」

「むしろなんで二人がいないの、午前中からずっと待ってたんだよ!」


 騒がしい少女の登場に、玲衣はがっくりと肩を落とす。

 リンナとの二人きりの甘い時間はまたもお預けとなりそうだ。


「えっと、ライアちゃん。なにか急ぎの用事でもあるの?」


 今は午後二時ごろだろうか。

 午前中からずっと待っていたとなると、余程のことがあったのだろう。

 もしかしたらまた牧場に凶暴な召喚獣でも出たのかもしれない。


「そうなんです。とりあえず上がらせてもらってもいいですか? 内容が内容なだけにここじゃちょっと……」

「ん、なんだか真剣な話みたいだな。レイ、聞いてやろう。いいか?」

「うん、そんなに困ってるのなら」


 すっかり仕事モードになったリンナも素敵だな、と惚気つつカギを開け、半月ぶりの我が家へ。


「さ、どうぞ。ずっと留守にしてたから散らかってるかもだけど」

「お邪魔します。あぁ、二人の生活臭! すー、はー、すー、はー」

「叩き出すか、こいつ」

「もう、冗談だよリンナちゃん」


 ほこりが少しだけ積もったテーブルを拭き、コップを洗ってお茶を煮出す。

 玲衣が来客の準備をしている間、リンナはライアの応対をする。


「リンナちゃん、二人で一体どこに行ってたの?」

「エギル海に行ってたんだ。十七日間空けてたからな、お前運いいぞ」

「エギル海!? お姉さまと海に行ってたの!? あぁ、二人の水着姿見たかった……」

「お待たせ、お茶どうぞ」


 二人の水着姿に想いを馳せて体をくねくねさせるライア。

 玲衣はその前にそっとお茶を差し出すと席につき、三人でテーブルを囲んだ。


「それで本題なんだけど、そんな急ぎの用事ってなんなんだ?」

「話して信じてもらうよりも、見てもらった方が早いと思う」


 ポーチの底から彼女が取り出したのは、緑色の宝玉。

 建国祭の日に出店で買ったと言っていた品だ。


「あの時の武器宝玉か。別に変わったところは見られないけど」


 特に割れたり欠けたりといった破損は見られない。

 一体なにを大慌てで来たのか、リンナにも未だに見当がつかない。


「見てて。——召喚」


 精神を集中させたライアが小さく呟くと、宝玉は緑の光となった。

 思いもよらぬ光景にリンナは我が目を疑う。


「そんなバカな! 召喚師でもないライアが……」


 その間にも光は形を変え、ライアの右手首に巻き付いた。

 そして光が弾け飛ぶと、今度はリンナだけではなく玲衣も驚きの声を上げる。


「嘘!? リンちゃん、何でこれをライアちゃんが持ってるの!?」

「わからない、なんでこいつが……」


 ライアの右手首に輝く武器。

 武器ではなく装飾品と呼んだ方が正しいか。

 華麗な装飾が施された銀色の腕輪に、赤、青、緑、黄の四色の宝珠が埋め込まれたその召喚武器の名前を、彼女たち二人は知っている。


「魔輪・ブリージンガメン……」

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