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77 神槍・グングニル

 氷の槍による薙ぎ払いを、ディーナは神槍で受け止める。


「貴女の弱点なんてわかりきってるわ。接近戦の打ち合いに持ち込んで斬撃を飛ばす暇を与えない。あの娘にもそうやって負けたんでしょ?」

「それは彼女が接近戦に特化したタイプだからこそ出来た芸当だ。接近戦で不利なのは、むしろ貴様の方ではないか」


 氷の槍を弾くと、ディーナは軽やかに飛び上がった。

 空中で神槍を二度振り、眼下の敵に牽制の斬撃を飛ばす。

 それを弾きながら風魔法で空中を飛び、ヘレイナは迫る。

 氷の槍による刺突、体を捻ってそれを回避したディーナ。

 そのままヘレイナの体を蹴ると、その反動で宝玉の台座へ向けて飛ぶ。


「ふふっ、狙いは飽くまで宝玉ってわけね」

「当然だ、貴様と遊んでやる義理は無い」


 グングニルの穂先、その照準を地獄姫の宝玉に合わせる。

 これを砕く事こそが彼女の勝利条件。

 そして、自らの敗北条件を満たすこの攻撃をヘレイナは通さない。

 彼女の左手から撃ち出された無数の炎の弾丸。

 それらが空中で回避行動を取れないディーナに降り注ぐ。


「ぐっ……」


 体勢を崩し、撃墜されるディーナ。

 床に叩きつけられる瞬間に受け身を取って跳ね起きると、素早く一回転してローブから炎を振り払った。


「ずいぶん油断したものね、天才召喚師さん?」

「……」


 ポーカーフェイスを崩さず、神槍の穂先を敵に向ける。

 ヘレイナはおもむろに氷の槍を振りかぶると、体の右側で振るった。

 ガギィン、と何かが弾かれる音。

 忌々しげにディーナは舌打ちする。


「チッ、油断を誘っても無意味か」

「見逃したと思った? 貴女が消火のためと思わせようとした一回転。あの時一緒に神槍も振るわれていたことを」

「そのために炎を利用させてもらったのだがな。どうやら一筋縄ではいかなそうだ」


 消火行動と思わせて放った追尾斬撃。

 これを読まれたとなると、ヘレイナにはもはや油断も慢心も無い。


「さて、ディーナ。私としてはそろそろ貴女と遊ぶのも飽きたのよねぇ」

「知ったことではない。貴様が死ぬまでこの遊びには付き合ってもらう」

「あらあら、やる気満々。でもお姉さんちょっと疲れちゃった。だからね……」


 腰に差した召喚杖を取り出し、青い宝玉をはめ込む。

 その杖を掲げ、発生した青い粒子が四足の獣を形作っていく。


「召喚——ガルム。来なさい、私の可愛いワンちゃん」


 光が弾け、姿を現したその獣。

 全長は八メートル程、漆黒の体毛に全身が覆われ、胸元に灯る赤い炎。

 強靭な四肢に長い鉤爪、よだれを垂らす口元から獰猛な牙が覗く。

 付いた異名は煉獄の魔犬。

 炎を操る最高位の魔獣、S級召喚獣・ガルム。


「グルルルル……」

「ふふっ、知らないお姉さんに挨拶したいみたいよ。早く遊んでほしいって」

「貴様にふさわしい、悪趣味なペットだ」


 ヘレイナのサポート込みとはいえ、一匹程度ならスレイプニルと共に戦えばどうとでもなる。

 ディーナも愛馬をこの場に呼び出すため、宝玉のはまった杖を取りだした、のだが。


「さて、と」


 何を思ったか、ヘレイナはもう一本召喚杖を取り出す。

 その杖の先端にも同じく青い宝玉がセットされている。

 その行動の意図が読めず、怪訝な顔を向けるディーナ。

 召喚師が呼び出せる限界は、召喚武器と召喚獣、合わせて二つまで。

 すでに魔輪ブリージンガメンを身に付けているヘレイナは、ガルムを一体しか呼び出せないはずだ。


「なんのつもりだ、貴様」

「何って、なかよしさんのお友達がいないとこの子が可愛そうじゃない。だから呼んであげようと思って」


 困惑の色を見せるディーナに見せつけるように、彼女は杖を掲げ、青い粒子が形を成していく。


「バ、バカな……。そんなはずは……」

「あら、いいわね今の顔。お姉さんの心のアルバムにお気に入りで入れておくわ。召喚——おいで、ガルム」


 粒子が弾け、姿を現したもう一体のガルム。

 あり得ない事態だ。

 二体の魔犬と対峙しながらも、ディーナを襲うのは困惑の渦。

 たとえどんなに力を持っていようとも、三回目の召喚など絶対に不可能。

 ヘレイナの正体がどうであれ、それは例外にはならないはず。


「……ヤツの正体。そうか、貴様! そのブリージンガメンは偽物……!」

「ご名答♪ 気付くのがちょっと遅かったかしら? 私のことはよーく知ってたはずなのにね」


 迂闊だった。

 ヤツの正体を知っているにも関わらず、見落としてしまっていた。

 なんにせよ、これで召喚獣三体(・・)と同時に戦わなくてはならない。

 握りしめた杖。

 愛馬を死地に呼び出すことに躊躇いを覚えながらも、一人ではなすすべなく殺されるだけだ。


「召喚——スレイプニル」


 青い光の粒が凝縮し、呼び出された八本足の軍馬。

 その背中に飛び乗ると、彼女は愛馬の首をポンポンと叩く。


「すまないな、こんな場所に呼び出してしまって。付き合って貰えるか?」


 スレイプニルは蹄で床を掻き、ブルルル、と鼻息を荒げる。

 その眼に闘志を漲らせ、主に仇なす敵を見据える。


「そうか、ありがとう……。では、行くぞ!」


 まずは牽制、馬上で彼女は三度、神槍を振るう。

 斬撃が三つ、三体の敵へ向かってそれぞれ飛んでいく。

 敵の出方を慎重に窺いどう動くか見極める、攻勢に転じるのはそれからだ。


「もう、疲れちゃったって言ったでしょ? 貴女の相手はワンちゃんたち」


 ヘレイナは上空高く飛び上がり、その場で停止。

 飛び来る斬撃は、彼女の前に発生した暗黒の球体に飲み込まれて消滅した。


「貴様はそこで高みの見物というわけか。いいだろう、貴様のペットが全滅する様をそこで見ていろ」


 ヘレイナが手出ししないのならば話は早い。

 スレイプニルと組めば、S級二頭におくれを取るほどヤワではない。

 追尾斬撃が迫る中、二頭の魔犬は背後へと飛び下がりつつ爪で掻き消す。

 まずは右側のガルム、その着地際を狙って一刀の下に斬り伏せるべく、ディーナは愛馬に敏捷強化スピードブーストを掛ける。


「行けッ!」


 着地の数瞬前、白光を纏った愛馬に拍車をかける。

 刹那、最高速に達したスレイプニルはガルムの懐へと飛び込んだ。

 もらった、確信を持って穂先を振り抜く。


防御強化シールドブーストっ♪」


 ガギィ!

 ガルムが纏った青光の鎧が神槍の刃を弾いた。


「チッ」


 ブーストを溜めも無く一瞬でやってのけるとは。

 それだけ召喚師としても卓越しているのだろう、あの化け物は。

 スレイプニルは足を止めず、間合いの外へと走り去る。


「逃げちゃうの? いけずね。ガルムちゃん達!」


 ヘレイナの合図で、二体のガルムは炎の魔力を開放する。

 愛馬を駆るディーナの進行方向、巨大な炎の壁が出現した。

 このまま直進すれば、黒コゲになるのがオチだ。

 スレイプニルの足を止めさせ、ディーナは馬首を返す。


「そして敏捷強化スピードブースト。さぁ、どう切り抜けるのかしら」


 白光に身を包んだ二体のガルムが牙を剥き、ディーナに襲いかかる。

 背後は炎の壁、引くことはできない。


防御強化シールドブースト! スレイプニル、一体は任せる!」


 愛馬にブーストを掛けると、ディーナは馬上から飛び下りた。

 スレイプニルとそれぞれ一体ずつを受け持ち一対一に持ち込む。

 個々の実力ならばこちらが上回っているはずだ。

 残像を残して迫る魔犬を迎撃するべくディーナが神槍を構えたその時、彼女に向かっていた一頭が進行方向を変えた。


「何っ!?」


 二頭のガルムがスレイプニルへと殺到する。

 高速化した二頭の、爪牙による連撃。

 スレイプニルは軽やかなステップでかわしていく。


「待ってろ、今そっちに行く」


 愛馬を救うために飛び出すディーナ。

 その行く先に黒い球体が発生し、彼女は咄嗟に足を止める。


「貴様! 手出ししないのではなかったのか!」

「あら〜、そんなこと言ったかしら? それよりも、私なんかとお喋りしてていいのかなぁ」

「くっ……」


 スレイプニルは未だ攻撃をかわし続けているが、反撃する暇が無い。

 ガルムの爪がわずかに体を掠め、動きがわずかに鈍った瞬間、魔犬の剛腕がその馬体を殴り飛ばした。


「スレイプニル!」

「あははっ、各個撃破は戦いの基本よぉ。さて、天才さんは二頭のワンちゃんとどんな風に遊んでくれるのかしら」


 吹き飛び、壁に叩きつけられたスレイプニルはピクリとも動かない。

 だが、まだ杖の光は消えていない。

 息があることに安堵したディーナは、こちらへと狙いを変えた二頭のガルムと対峙する。


「安心してね、ここからは本当に手を出さないから。だって、手出ししたらあっと言う間に終わっちゃいそうだもの」

「……あまり私を舐めるな」


 飛びかかる二頭のガルム。

 炎を纏った爪を叩きつける右側の個体。

 まずはその初撃をかいくぐり、腹下に潜りこむ。

 この系統の魔獣は、機動力を殺せば戦力が激減する。

 標的は後ろ脚。

 狙いを定め、神槍の穂先を突き出す。


「グギャァァッ!」


 右後ろ脚を貫かれ、苦悶の声を上げるガルム。

 追撃はもう一方の個体が許さない。

 炎の牙の餌食にするべく、噛み付きを仕掛けてくる。

 ディーナは高く跳躍してこれを回避。

 空中で斬撃を飛ばし、魔犬の背中に切り傷を刻む。


「あらあら、言うだけのことはあるわね。ふふっ」


 着地し、機動力を殺された個体にトドメを刺すために走りだす。

 妨害を企てるもう一体を、神槍を振るって斬撃を飛ばし牽制。

 眉間に槍を突き立てるため、一気に間合いを詰めにいく。


「と、ここで防御強化シールドブーストをしてみると?」


 斬撃に怯んでいた個体が、青い光に包まれた。

 その途端、攻撃をものともせずディーナに突っ込んでいく。

 すでに攻撃体勢に入っていた彼女にこの攻撃をかわす術は無い。


「ここまでか……ぐあっ!?」


 体に走る衝撃、ディーナは大きく吹き飛ばされる。

 まだガルムの牙は彼女に到達していない。


「ス、スレイプニル!?」


 主を救うため、スレイプニルは満身創痍の体で彼女を突き飛ばした。

 ディーナへのダメージも決して小さくはないが、魔犬の牙の餌食になるよりはずっといい。

 ディーナを庇う形で、スレイプニルはガルムの炎牙をその身に受ける。


「すまない。お前の思い、決して無駄にはせん!」


 飛ばされた先は傷を負ったガルムの直上。

 渾身の力で投げ下ろしたグングニルは、魔犬の脳天に深々と突き刺さった。

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