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73 芽生えた気持ち

 ビーチパラソルの影の下、レジャーシートに乗ったふーちゃんは静かに海を見つめる。

 眠そうな眼で遥かな水平線を見つめ、何を考えているのか。

 おそらく干し肉のことだろう。

 ふーちゃんと同じく、玲衣とリンナも日陰で一休み。

 爽やかな海風を浴びつつ、二人寄り添って座っている。


「ヒルデさんとシズクさん、どこまで行ったんだろうな。砂浜往復二十回とか遠泳十キロ二本とか言ってたけど」

「あの人たちはあれが日常だろうから……、多分」

「シフルとルトもどこにいるかわからないな。ちょっと人が多すぎる……」

「ほんと、どこからこんなに来たんだろうね」


 ビーチのどこを見渡しても、海水浴客であふれかえっている。

 シフルたちは波打ち際で遊んでいるはずだが、この場所からは姿は見えない。


「ね、リンちゃん。こっち来て」


 正座した状態で、玲衣は自分の太ももをポンポンと叩く。

 ここに座ってほしい、そんな雰囲気を出しながら。


「そんなことして、誰かに見られたりしないか?」

「大丈夫だよ、こんなに人がいるんだもん。静かにしてれば誰も気にしないよ。それにさ、別に変な事じゃないよ。このくらい友達同士でも普通にやるし」

「……まあ、そうか」


 不特定多数にいちゃついてる場面を見られることに関しては、リンナは未だ抵抗があった。

 だけどもこのくらいなら、玲衣の言う通り友達同士でもやるだろう。

 そう自分に言い聞かせつつ、リンナは玲衣の膝の上にちょこんと座った。


「いらっしゃい。ふふっ、えいっ!」


 玲衣はリンナを後ろから抱きしめ、これでもかと密着する。

 背中に柔らかな胸をむにむにと押し付けられ、リンナの顔は途端に赤くなった。


「ちょっ、そこまでするのか!?」

「これくらい普通だって」


 ニコニコと笑いながらリンナと指を絡める。


「な、何で急にこんな……」

「だって、リンちゃんの水着姿すっごくかわいいんだもん」

「そんなことないよ。レイのほうがずっとかわいいし」

「あぅっ……。と、とにかくリンちゃんがかわいいから、ぎゅってしたくなったの」


 思わぬ反撃に赤面しつつも、リンナの耳に唇を寄せ、はむっと甘噛みする。


「ひゃうっ!?」


 玲衣の吐息と唇の感触が耳に伝わり、ゾクゾクした感覚が背筋を走り抜ける。

 思わず出てしまった声に、口元を片手で押さえながらリンナは抗議する。


「な、なにするんだ……! 変な事はしないって……」

「えへへっ。ほんとはね、恥ずかしがるリンちゃんが見たかったの。最近私ばっかり恥ずかしい思いしてるし」

「だからって……、誰かに見られでもしたら」

「誰も見てないって。ね、リンちゃん。れろっ」

「ふぅっ……!」


 首筋をぺろりと舐められるが、今度は声を上げずに済んだ。

 後ろを振り向いてジト目を向けても、玲衣はかわいらしく小首を傾げるだけ。


「どうしたの? 何かあった?」

「……さっきから悪さをしてるのはその口だな。こうしてやる」

「ふぇっ!? んぅっ……」


 玲衣の唇めがけ、リンナは唇を押し当てる。

 不意を突かれた玲衣は、なすがままに唇を奪われた。


「ん、ちゅっ……ぷぁっ……。ふふっ、こうしてる間は、その口も悪戯出来ないな」

「ぅぅ……。なんでリンちゃんに勝てないの……。んむっ……」


 反攻を企んだ玲衣の計画はあえなく失敗、リンナの勝利に終わる。

 とは言え、二人とも勝ち負けなど本当はどうでもよかった。

 こうしてお互いに触れ合い、気持ちを感じ合うことさえ出来れば。

 パラソルの影の下、二人の少女はひっそりと口づけを交わす。

 誰も気に留める者はおらず、二人だけの時間が過ぎて行く。


「んちゅっ……、はぁ、はぁ……。リンちゃん、どうしよう。今でもこれ以上無いくらいにリンちゃんが好きなのに、まだまだ好きになっちゃってる」

「私も……、何度好きって言っても、キスしたりそれ以上の事をしても、全然足りないんだ。もっともっとレイが欲しくなる……」

「それが恋人ってヤツなの?」

「そうだよ、ルトちゃ——うひゃっ!?」

「え、ルト!? いつからいたんだ!」


 両手で頬杖を突いてしゃがみながら、二人をじーっと観察する銀髪の少女。

 突然のルトの登場に、玲衣とリンナは慌てて体を離す。


「いつって、さっきからかな」

「あいつは、シフルは一緒じゃないのか!? あいつにこんなの見られたら……」

「シフルはいないよ。シフルがいたら話しにくいことだから」


 キョロキョロと周囲を警戒するリンナだが、その言葉通り彼女は近くにいないようだ。

 ホッと胸を撫で下ろすと、何やら真剣な表情のルトに話を聞く。


「そっか、よかった……。それで、あいつがいたら出来ない話ってのはなんなんだ?」

「私達にしか出来ない相談でもあるの?」

「うん、実はね。ボク、シフルに恋してるのか、自分でもよくわからないの」

「自分の気持ちがよくわからないってことか」

「うん。それでね、友達とか家族は何となくわかってきたけど、恋人ってどんなかんけーなのかなって」

「それでルトちゃん、私達を見てたんだ」


 コクリと頷くルト。

 玲衣とリンナは思った以上に真剣な相談に頭を悩ませる。

 内容が内容なだけに、いい加減な答えを返すわけにはいかないだろう。


「まずはさ、ルトちゃんがシフルちゃんをどう思ってるのか、聞かせてくれない?」

「えーっとね、一緒にいると凄く楽しいでしょ、ずっと一緒にいたいと思ってるし、世界で一番大切なの」

「うーん……。どう思う、レイ」

「……そうだ。ルトちゃん、想像してみて。シフルちゃんが自分以外の人とキスしてるところを。それで胸が苦しくなったり耐えられない気持ちになったら恋なんじゃないかな」

「なるほど、友達だったら多分嫉妬なんてしないもんな」

「多少はするかもだけどね。どうかな、ルトちゃん」

「やってみるね。んー……」


 シフルが自分じゃない誰かとキスしてる場面を思い浮かべてみる。

 知らない誰かに笑顔を向けて、唇を重ねるシフル。

 途端にルトの胸の奥を締め付けられるような感覚が襲い、怒りなのか悲しみなのかわからない感情が湧き出してくる。


「うぅ〜〜っ、ナニこれ! すっごいムカつく! 誰だか知らないけどシフルにあんなことを! ブッ殺す! ミョルニルどこ!?」

「多分宿の部屋じゃないか……?」

「でもこれではっきりしたでしょ? ルトちゃんの気持ちがなんなのか」

「あ、そっか。やっぱりボク、シフルに恋してるんだ。あははっ、なんだかスッキリした。ありがとね、二人とも」


 晴れやかな笑顔を浮かべるルト。

 どうやら悩みは割とあっさり解消されたようだが。


「えっと、それでいいの?」

「んぇ、なにが?」

「ルトちゃんはシフルちゃんと恋人になりたいんでしょ?」

「そうだよ、だから相談に来たんじゃん」

「なら、告白とかしないのかなって」

「こくはく? なにそれ」


 不思議そうに首を傾げる。

 この様子では、それ自体を知らないらしい。


「告白っていうのはね、相手に自分の気持ちを伝えて、恋人になってほしいって頼むの」

「それって、レイとリンナもやったの?」

「まあな。私達の場合は、私から言ったけど」

「えへへ、あの時は嬉しかったよ」

「うぅん、そっかぁ……。それってなんだか、すっごく恥ずかしくない?」


 シフルに面と向かって恋人になってほしいと伝えるのは、ちょっと考えただけでも顔から火が出そうになる。


「んぅぅっ、やっぱりボクにはムリだよ……」


 顔を真っ赤にしてしまったルト。

 そんな彼女の側に、渦中の少女が駆け寄って来た。


「ルトちゃん! やっと見つけたのですよ、ここに戻ってたのですね」

「んうぇっ! シ、シフル!?」

「心配したのですよ……ん? どうしたのです? 顔を赤くしてしまって」

「んーっと、えーっと、なんでもないから! ボク泳いでくるっ」


 シフルと目を合わせることが出来ず、ルトは海へと走っていってしまった。

 彼女を追いかけてシフルも走っていく。


「ああ、待って欲しいのです! そ、それでは二人とも、また後で。ルトちゃーん!」


 二人が走り去り、パラソルの下には再び玲衣とリンナの二人きり——ふーちゃんもいるが。


「私もそろそろ泳ぎに行くよ。レイも来るか」

「うん。一緒にのんびり泳ごうよ」

「レイは泳ぎって得意なのか?」

「うーん……。そこそこかな。でも今は身体能力強化エンハンスかかってるし、凄い事になってそう」

「あぁ、それがあったか」


 二人も立ち上がり、パラソルの影から日射しの下に出る。

 海へと歩いていく二人を、ふーちゃんはただ、静かに見守っていた。



 軽く準備運動をした後に海へと入ったリンナは、ばしゃばしゃと水しぶきを立てながら泳いでいく。

 頭を常に水面に出し、水面下では忙しなく手足を動かしながら一定の速度で。


「どうだ、これが私が編み出した必殺の泳法だ」

「うん、犬かきだよね、それ」

「い、いぬっ!? これってそんな名前だったのか……」


 深く落ち込むリンナ。

 そんなにその泳法に自信があったのだろうか。


「ぷすぷすっ、かっこ悪い泳ぎ方なのです」

「カナヅチのお前よりはだいぶマシだと思う」


 ルトに両手を引いて貰いながら、無駄に水しぶきだけは立てるバタ足を披露する。

 彼女は泳げないのだ。


「それにしても、ルトが、プスっ……! ルトがカナヅチを持ってる……っ、プククッ……」

「ぬぅぅ〜、犬かきにだけはバカにされたくないのですよっ!」

「だって……、カナヅチ、ミョルニルとシフルでカナヅチ二本っ、だ、ダメだ、腹がぁ……!」


 何やらツボにハマったようで、リンナはお腹を抱えて悶絶する。


「リンちゃん、あんまり笑ったら悪いよ……」

「だって、だってぇ、レイ、助けて、息が出来ないぃ、アハッ、アハハハハハッ」

「ムカつくのです。後で百倍なのです」


 どんな復讐をしてやろうか、シフルは脳内で策謀を巡らせる。

 そんな中、ルトは意を決して口を開いた。


「あ、あのね、シフル」

「うん? どうしたのです。一緒にリンナおねーさんをやっつける作戦でも練りますか?」

「そうじゃなくて。大事な話があるんだけど……」

「ルトちゃんのお話ならいつでもうぇるかむなのですよ。はいどーぞ」

「ここじゃちょっと話しにくいことなの。人が少ない場所がいいんだけど……」

「そうですか。そういう事ならあそこの防波堤まで行きましょうか」


 シフルが指を差した、海水浴場に隣接する防波堤。

 ここから見る限りでは、人の姿は見てとれない。


「うん、あそこなら。じゃあ、ボクいってくる」

「がんばってね、ルトちゃん」


 ルトはシフルと共に、防波堤へと歩いていく。

 二人を暖かく見送った玲衣は、その視線を未だに悶絶している恋人に移す。


「リンちゃん、まだ笑ってるの……」

「はひっ、はひっ、レイぃ、苦しい……」


 全身をひくひくさせながら抱きついてきたリンナ。

 そんな彼女の肩を抱いて頭を撫でつつ、玲衣は若干のあきれ顔。

 それでも心の底から湧いてくるのは、やはりリンナへの愛しさだ。


「ルトちゃんも、こんな関係になれるといいね」


 防波堤の上で向かいあう二人を見守りながら、玲衣は小さく呟いた。

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