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07 手合わせ

 王都から馬車で一時間半、広大な森林地帯と草原の境目近くに騎士団の演習場がある。

 草原の中に柵が設けられ、土がむき出しの地面に石造りの施設が並ぶ。

 短い旅を終え、玲衣とリンナは馬車から降り立った。

 すでに多くの騎士たちが、剣の素振り、召喚術の鍛錬などに精を出している。


「よく来てくれたな、二人とも!」


 腹に響く大きな声で出迎えたのは、騎士団長ヒルデ。

 腰に手を当てて、ハッハッハと豪快に笑う。


「今日はよろしくお願いします、ヒルデさん」

「ああ、レイ殿。こちらこそよろしく頼む」


 にこやかに握手を交わす二人。

 ヒルデは演習場の奥の方へと歩き出す。


「さあ、試合場はこっちだ。ついてきてくれ」


 先導するヒルデの後に、リンナと玲衣も着いていく。

 キョロキョロと辺りを見回し、騎士たちの鍛錬に目を輝かせる玲衣。

 やがて三人は、開けた場所へと出た。


「ここが試合場だ」


 土が敷かれ、四方を木製の柵で囲まれた正方形の試合場。

 一メートル程の高さの柵の内側はかなり広く、多くの騎士が使ったのだろう、地面は固く踏み固められている。

 騎士団長の闘いが見られるとあって、多くの騎士が観戦に来ている。

 リンナは不安げに玲衣の服の裾を引っ張った。


「怪我、しないでくれ」

「平気だよ、命をかけてるわけでもないんだし。いってくるね」


 リンナの頭を撫でると、玲衣は柵を飛び越え、闘いの舞台に上がった。

 同じくヒルデも柵を一足跳びで飛び越えると、隅に設置されている円筒状の武器立てから二振りの剣を取り出す。


「レイ殿、これを使え。刃抜きがしてある」


 その内の一本を玲衣へと投げ渡すヒルデ。

 手元に残したもう一本を軽く素振りすると、試合場の中心へと向かっていく。


「あれ、ヒルデさん? 召喚獣は使わないんですか?」

「ああ、これ一本でいく」


 刃を抜かれた両刃の片手剣。

 生身のヒルデが身体能力強化エンハンスのかかった自分に、そんなもので勝とうとしている。

 少しなめられてはいないか、玲衣はむかっ腹をたてた。


 試合場の中心へと向かう玲衣は、ちらりとリンナの方を見る。

 彼女と目が合うと二コリと微笑み、そして視線をヒルデへと戻す。

 ギャラリーの騎士たちは、ヒルデに注目を注いでいる。

 ならばその目を自分に向けてやろう、そう胸に秘め、ヒルデと向かいあった。



「ヒルデさん、これでも私召喚獣なんです。怪我しても知りませんよ」

「ああ、気にせず全力でかかってこい」


 不敵に笑い、剣を構えるヒルデ。

 玲衣も剣を構えると、ヒルデへと突進した。

 一撃で決める、そのつもりで飛びこみ、上段に振り上げる。

 防御姿勢を取るヒルデだが、構うものか。

 その防御ごと吹き飛ばしてやる、そのつもりで振りぬいた渾身の一撃。


「なるほど、速い。だが……」


 力任せに振り下ろされたその剣は、斜めに構えられた刃をスルスルと滑り、横に流された。


「えっ」


 全力の一撃をいなされ、勢い余ってバランスを崩す玲衣に、ヒルデの鋭い横薙ぎが迫る。

 予想外の展開、眼前に迫る刃に玲衣は肝を冷やす。

 苦しい体勢の中、不格好ながらもなんとか剣で防ぐ玲衣。


「ぐぅっ」

「ほう、止めたか……」


 そのまま二回ほどバック転し、玲衣は間合いをとる。

 体勢を整えて剣を構えると、驚きが口をついて出た。


「なに、今の……」

「受け流しという奴だな。力を必要としない柔の技。いくら速くても強くても、直線的な攻撃なら対処は容易だ」


 玲衣は考えを改めざるを得なかった。


 ——この人自身、とんでもなく強いんだ。


 今度は油断せず、間合いを詰めて斬りかかる。

 大振りの斬撃を、玲衣は次々と繰り出していく。


「おりゃあああっ」


 一撃、二撃、三撃、ヒルデを襲う嵐のような連撃。

 そのすべてが相手を仕留めるつもりで放った渾身の一撃である。

 だが、ヒルデをその場から一歩も動かせない。

 最小限の動きで、玲衣の攻撃を見切り、かわしていく。

 力は玲衣の方が上、当然刀身で受ける愚は犯さない。


「くっ、なんで当たらないの!」

「振りかぶってから振りぬくまでにかなり間がある。斬撃自体が速くても、軌道を予測さえできれば……」


 ひょいと傾けたヒルデの顔が数瞬前にあった場所を、玲衣の剣が空しく薙いだ。


「かわすのは容易い」


 何度も攻撃しているのに全然当たらない、その焦りが玲衣に一瞬の隙を作りだす。

 その隙を逃さず、再び襲い来たヒルデの斬撃。

 高く短い風切り音を発して迫るそれを、後ろに飛びのいて回避するのが精一杯だ。

 再び間合いを離して息を整える玲衣に、ヒルデは言葉を投げる。


「なるほど、今の君の実力はB級上位相当の召喚獣ほどだな。だが戦い方を知らない。基本を覚え鍛えれば、君はもっと強くなる」

「ハァ、ハァ……それはどうも……っ」


 圧倒的な技量差であった。

 身体能力強化エンハンスを受けている玲衣に対し、ヒルデはただの人間だ。

 力も速さも常人の域は越えていない、だというのにこうも圧倒される。

 ドラゴンを倒したからといって、浮かれていたのかもしれない。

 剣をギュッと握りしめ、息を整えてヒルデを見据える。


 ——この人には力任せじゃ勝てない。なら……。


 三度、ヒルデに間合いを詰める玲衣。

 ヒルデは攻撃を受け流そうと剣を構えるが、その視界から玲衣が姿を消した。


「ほう……」


 ヒルデの背後に現れ、横振りの斬撃を繰り出す。

 力が駄目なら速さで翻弄する、そう結論付けての策だったが……。


「気配が隠せてないな」


 まるで背後に目がついているようであった。

 ヒルデはその場で、低く低く身を沈めたのだ。

 起死回生を賭けた一撃は、空しく空を斬る。

 さらに腕をのばし、刃を垂直に立てての一回転。

 地面すれすれ、低い軌道の峰打ちが玲衣の足首を強く払った。


「うひゃっ……」


 玲衣の体が宙に浮き、時間間隔が鈍化する。

 やがてお尻に固い地面の衝撃が走る。

 尻もちをつき、ヒルデを見上げる玲衣。

 その首元に切っ先が突きつけられ……。


「勝負あり、だな」



 一瞬の静寂、そののちの歓声。

 観戦していた騎士たちから拍手とヒルデコールが巻き起こる。

 剣を収め、玲衣に手を差し伸べるヒルデ。


「いい勝負だった。立てるか?」

「は、はい。平気です……」


 玲衣はヒルデの手を取り、立ち上がる。

 少し放心しているような様子の玲衣。

 柵を乗り越え、彼女のもとにリンナが走り寄ってくる。


「レイ、怪我は無いか!」

「リンちゃん……、凄い。ヒルデさん凄い! 無茶苦茶強いよこの人!!」


 呆然としていた玲衣だったが、次第に目を輝かせ、終いにはピョンピョンと飛びはね出した。

 その様子に安堵の表情を浮かべ、口元を緩めるリンナ。


「おおう、無駄に元気だな」


 ——ショックも受けてないみたいで、本当によかった。


 この言葉は口には出さなかったが。


 玲衣はふと思い立つと、試合場を出て行こうとするヒルデに駆け寄る。

 そしてペコリと頭を下げながら頼み込んだ。


「あのっ、ヒルデさん! 今から稽古つけてもらえませんか?」

「ハッハッハ、大歓迎だ!」


 突然の玲衣の申し出に、これまた親指を立てて笑顔で即答のヒルデ。

 リンナが何かリアクションを取る間もなく、和気藹々と二人は柵を乗り越え、訓練場へと向かっていった。


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