69 それぞれの一日
噴水広場の一角、ベンチに腰掛けた二人の少女。
次々と口の中に肉を放り込んでいくリンナ。
玲衣はサンドイッチを片手にその様子に苦笑いする。
「リンちゃん、ちょっと買い過ぎじゃ……」
「ほんにゃほとはまいど。むぐむぐむぐ……。みゃらみゃらでんでんむいひゃりない」
「なに言ってるかわかんないし」
リンナが両手いっぱいに持っているのは串に刺さった山羊肉ステーキ。
こんがりと焼けて香ばしい香りを放つそれを、片手に五本ずつの計十本。
かわるがわる平らげては串を積み上げていく。
「むぐむぐ……。レイも一本どうだ?」
「ありがとう、いただくね」
リンナが差し出した一本を受け取る。
ブロック状に切り分けられた一口サイズの肉が四つ刺さった串。
その内の一つを頬張って、一噛みする。
途端に口の中に広がる肉の旨みとジューシーな肉汁。
これはリンナが夢中になるのも無理はないだろう、さすがに十本も食べたいとは思わないが。
玲衣が一本食べ終わる間に、リンナの脇に九本の串が積み上がった。
「さてと、お腹も膨れたしそろそろ……」
「そうだな、そろそろメインディッシュ。アウド牛のステーキだ」
「え、まだ食べるの……」
「なんだ、レイはもう食べないのか?」
普段の食生活では、玲衣の作ったバランスの取れた食事をとっているが、外食で好きなものを食べていいとなるとすぐこれだ。
やはりこの子には自分が必要なのだと玲衣は心から思う。
そして、あれだけの量の肉がこの小さな体のどこに消え去っているのか。
もしも大きくなるのなら、横ではなく縦に伸びてほしいものである。
「はぁ、憂鬱。建国祭なんて滅びればいいのに」
二人の前を通り過ぎる、見知った顔。
なにやら負のオーラを撒き散らしながら、噴水広場を巡回警備する女騎士の姿。
声をかけるべきか迷ったが、彼女もあの立ち合いの場にいた。
もしかしたら心配をかけてしまっているかもしれない。
「シズクさーん!」
「……ん? うわ、デート中のカップルだ……。見せつけてくる気だ……」
そんな事を口走りつつも、シズクはこちらに来てくれた。
凛とした女騎士の姿の面影はどこにも見えないが。
大きなため息を吐きながら、玲衣の隣にどっかと腰を下ろす。
「お疲れ様です。どうしたんですか? そんなに憂鬱そうにして」
「あれだろ、ヒルデさんと一緒じゃないから……」
「あ、そういうことか」
「そういうこと。右を見ても左を見てもカップルに親子連れ。大事な人と楽しそうに笑ってる。妬ましい……」
とうとう愚痴を垂れ流し始めてしまった。
「騎士団の仕事をしている限り、ヒルデと建国祭を回れない。でも騎士団は私の大切な居場所。辞める訳にはいかない。もどかしい……」
「そうなんですね、わかりますよ、シズクさんの気持ち」
もはや適当に相槌を打つしかない。
声をかけた事を玲衣は少しだけ後悔する。
隣にいるはずのリンナは既に逃げ出して、アウド牛のステーキ屋台に並んでいた。
「たとえ警備でも、ヒルデと一緒にいられるならそれだけでよかった。でも担当箇所が全然かすってすらいない。恨めしい……」
「好きな人の側にいられないのって、本当に辛いですよね」
これは心からの言葉。
玲衣はその辛さを嫌という程知っている。
だからこそ、もう二度とリンナとは離れない。
今、リンナは玲衣の隣を離れてステーキを受け取っているが。
「ふぅ……。愚痴聞いてくれてありがとう。少しスッキリした」
「私なんかで良ければいつでも聞きますよ。お仕事がんばってくださいね」
「うん。レイも、元気そうでなにより。何があったかはよく知らないけど、リンナと仲よくね」
ニコリと微笑むと、シズクは巡回警備の仕事に戻っていった。
タイミングを見計らったように、リンナがステーキを紙皿に乗せて戻ってくる。
「あれ、もうシズクさん帰っちゃったのか」
「うん。ところでリンちゃん、なにやってたの……? 私の側から絶対に離れないって——言ったよね?」
「ひっ! ご、ごめん、その、あまりにも美味しそうだったから……」
「ふふっ、冗談だよ。いくらなんでもそこまで束縛したりしないから」
優しく微笑む彼女の目の奥が笑っていないように見えるのは、きっと気のせい。
声のトーンが本気だったのも、きっと気のせい。
必死に自分にそう言い聞かせながら、リンナはステーキにかじりついた。
☆☆
そろそろ陽も傾きはじめる午後三時ごろ。
中心街をぶらつく二人は大きな歓声を耳にする。
「なにかやってるのかな。リンちゃん、行ってみようよ」
「ん、あっちの広場だな」
歓声に釣られて足を運ぶと、人で溢れ返る広場へと出る。
そこに作られた特設ステージでは、まさに今最終決戦が行われようとしていた。
「長かった子どもクイズ大会も残すところあと一問! この問題に正解すると……なんと! 5000000ポイントを獲得出来ます! さあ、まだ誰にもチャンスはあるぞ!」
ステージの上で熱弁を振るう司会者と、緊張した面持ちで派手な席に座る子どもたち。
机の上に置かれたボタンとランプは、おそらくピコンと鳴るアレだろう。
「クイズ大会だね。5000000点って、今までのは何だったのってヤツだ……」
「ん? あそこに座ってるのってもしかして……」
赤、白、黄色、青と並んだ机のうち、赤い席に座る少女。
遠目にしか見えないが、なんだかよく知ってる相手に似ているような。
「では第十問。召喚獣の宝玉は強さによって色が変わりますが、S級召喚獣の色は何色?」
ピコンッ!
「早かったのは赤! 答えをどうぞ」
「青色、なのです」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ、正解ッ!!」
ピンポンピンポンピンポーン!
けたたましい効果音が鳴り響き、紙吹雪が舞い散る。
「優勝はシフル選手! なんと全問正解、5000009ポイントで圧勝です!」
「当然の結果なのです」
「優勝商品のアイスクリーム無料券一月分を進呈します! それでは今回はこれにて、また次回お会いしましょう」
商品を受け取ると、シフルは悠々と舞台を後にする。
「うわぁ……。A級召喚師が出ていい大会じゃないだろ、これ」
「容赦ないね、シフルちゃん……」
あまりのガチさにドン引きする二人だったが、とりあえず声をかけに行く。
舞台裏から出て来たシフルの前には、すでに先客がいた。
「すごいよ、シフル! ボク全然わかんなかったもん!」
「ルトちゃんのためならあの程度、なんてことないのですよ」
ぴょんぴょん跳ねながら健闘をたたえるルト。
その頭にはふーちゃんが乗っている。
激闘を終えたシフルは優勝商品をルトに手渡した。
「はい、これはルトちゃんのものなのです」
「えへへ、ホントに取ってきてくれるなんて、シフルって凄いね」
「ルトちゃんが欲しいと言った物は、たとえ地の果てからでも取ってくるのですよ」
なんだか話しかけ辛い雰囲気だ。
どうやらルトのお願いで、シフルはこの大会に参加したらしい。
「シフルちゃん、ルトちゃんのためだったんだ」
「……引いたりして悪かったな、シフル。あの二人の邪魔になると悪い。二人だけにさせてやろう」
「そうだね。好きな人のためなら何でも出来る、か。わかるよ、シフルちゃん」
シフルの頬にキスをするルトを微笑ましく眺めながら、二人はそっと立ち去った。
クイズ会場を後にした玲衣とリンナは、引き続き中心街を歩いていく。
繋いだ手は固く握ったまま、もう絶対に離れないように。
寄り添って歩く二人のそんな姿を、偶然にも彼女は発見した。
「あ、あれは……。リンナちゃん、それにレイお姉さま〜〜〜〜〜っ」
「げっ、なんでアイツが……」
思わぬ遭遇に、リンナの口からつい正直な感想が出てしまう。
石畳の上を猛烈な勢いで走ってくるオレンジ髪の少女。
彼女はそのままの勢いで玲衣に思いっきり飛びついた。
「はぁぁ〜〜〜〜ん、会いたかったですぅ。あはぁ、レイお姉さまのお胸、柔らかいぃ」
「ははは……、久しぶりだね、ライアちゃん……」
「こら、やめろっ! 今すぐに離れろっ!」
玲衣の胸に顔を埋めて頬ずりし続けるライアを、リンナは無理やり引き剥がす。
「あぁ、もっと堪能したかったのに……」
「まったく、そこは私だけの場所だぞ」
しぶしぶ離れたライアに対して縄張りを主張するリンナ。
玲衣はこの少女のテンションが少し苦手だが、とりあえず当たり障りのない話をしてみる。
「えっと、あれから牧場の方はどう?」
「はい。おかげさまで、何かが現れるということもなく至って平和です。本当に感謝してます」
「そっか、よかった」
「で、なんでお前がここにいるんだ?」
彼女の牧場はここから徒歩で一時間ほどの近場だ。
別にいてもおかしくはないのだが。
「なんでって、そりゃ建国祭のために決まってるじゃない。朝から友達と一緒に回ってて、今さっき別れたとこ」
「お前、友達なんていたのか」
「ひどっ! そりゃいるよ、普通に友達くらい」
憤慨するライアだったが、玲衣は失礼ながら思う。
誰でも嫁認定して求婚を迫るわけじゃないんだ、と。
「あ、そうだ、見て欲しいものがあるの。さっき出店で運命的なものを感じて買ったんだけど、これって本物の宝玉かな。リンナちゃんなら見ればわかるんでしょ?」
ポーチの中から彼女が取りだした物は、緑色に光る宝玉。
ライアの手のひらの上で明滅するその宝玉から、リンナは只ならぬ力を感じ取った。
「これって召喚武器の宝玉だよね、運命的なものを感じたってどういうこと?」
「言葉通り、ビビッと来ましたの。まるでレイお姉さまに運命を感じた時のように……」
「あ、あはは……」
「それでリンナちゃん、どうかな。お店の人は誰にも使えないガラクタだって言ってたんだけど。あ、もし本物でもあげる気は無いからね」
「これは……、紛れもなく本物だな。しかもかなりの力を持った武器みたいだ。それこそ——」
——それこそ、七傑武装のような。
「それこそ、なに?」
「あ、いや、なんでもない。とにかくコイツは本物だ。慎重に保管しろよ、召喚師の訓練を積んでないお前じゃ使えないと思うけどさ」
「それでもいいの。でもそっか、本物かぁ。ありがとうリンナちゃん、お礼にこれあげる」
宝玉にちゅっと口づけすると、大切にポーチの底へしまい込む。
代わりに取りだしたのは二枚のクジ引き券。
「これは?」
「そこのクジ引き所で使えるクジ引き券です。たくさん貰っちゃったので、お姉さまとリンナちゃんにあげます」
「ん、ありがたく受け取っておくよ」
「それじゃあ私は帰りますね、今度会ったらお姉さまのおっぱい触らせてください」
「私が絶対許可しない!」
「じゃ、じゃあね、バイバイ……」
元気よく走り去っていったライア。
相変わらず台風のような少女だ、玲衣にどっと疲れが押し寄せる。
「はぁ……、なんか疲れた……」
「ん、私も。クジを引いたらどこかの店に入ろうか」
「そうだね。えへへ、ちゃんとエスコートしてくれてるんだ」
「約束だからな。この日のためにしっかり下調べはしてきてある」
「……ありがと。ちゅっ」
得意げな顔をするリンナの頬に、玲衣は口づけを落とす。
途端にリンナは顔を真っ赤にした。
「ひゃっ! ちょっ、こんなに人がいるのに……!」
「ふふっ、やっぱりリンちゃんかわいい。ほら、クジ引きいこっ」
「……ん。手、繋いで行くぞ」




