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66 暁の刃

 緑の地平線の果て、暁の空に太陽が昇る。

 朝の日射しに照らされたリンナの笑顔。

 二度と会えないと思っていた誰よりも大切な少女が、今目の前にいる。

 今すぐにでも抱きしめて想いを伝えたいが、それは後回しにせざるを得ない。

 彼女の白い手足に痛々しい擦り傷を付けた敵を、玲衣は睨みつけた。


「あんたは絶対許さない。私の大事なリンちゃんを傷つけた分、この間のとまとめてきっちりお返ししてあげるから」

「ククク……ハーッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

「ど、どうしたんだ、アイツ。ついに壊れたのか?」


 玲衣が目の前に現れた、そう認識した途端、ヘイムズは高笑いを始める。

 顔に手を当てて大笑いする様に、リンナは若干引いた。


「ククク……これが笑わずにいられるか。聖剣の宝玉が再び輝きを取り戻した。欠片もそこにある。鴨がネギ背負ってきたようなもんじゃないかぁ。あとはそいつを奪い取れば、僕は最強の力を手にできる!」

「あんたまさか、自分が勝てるとでも思ってるんだ?」

「……なにィ!? 口の利き方に気をつけろ小娘! 僕は天才召喚師のヘイムズ・ダルトリーだぞ! お前らなんかとは格が違うんだよォ! 格がなァ!!」


 何やらわめいているようだが、その内容は心底どうでもいい。

 右から左に聞き流し、玲衣は胸のペンダントに祈りを捧げる。


「いくよ、リンちゃん」

「ああ、さっさと終わらせて王都に帰ろう。建国祭、一緒に回るんだもんな」

「——うんっ!」


 ペンダントの欠片とひび割れた宝玉。

 その二つが今までにない強さの光を放つ。

 そして、杖の先端で輝く宝玉が次第にその色を変えていった。

 くすんだ色は鮮やかさを増し、今まさに昇り来る朝日のような色へと。


「これは、この力は……。レイも感じるか?」

「うん、感じるよ。凄く強くて、暖かい力」


 全ての光が玲衣の右手に集まり、彼女は確信を持って呼んだ。

 伝説に刻まれた、その剣の名を。



「——来い! 聖剣・レーヴァテイン!!」



 光が弾けると、それは彼女の手に握られていた。

 華麗な装飾が施された、橙色の両刃剣。


 その刀身が放つ光は、暁に昇る陽光が如し。

 柄を両手で握り、軽く振るう。

 手に吸いつくような一体感、重量は全く感じない。

 そして、全身に漲る力は光の剣とは文字通り桁が違う。


「やった、レイ……。とうとう呼べたんだ、完全な形の聖剣を」

「リンちゃん、すぐに終わらせるからね」


 鋭い切っ先を敵に向け、玲衣は構える。


「バ、バカな! 完全に覚醒したと言うのか! だ、だが僕にはまだコイツがある」


 明らかに狼狽しつつも、ヘイムズは幻笛を吹き鳴らした。

 その音色を受けて、ファフニールの全身の筋肉が盛り上がる。

 全身に漲る力に、火竜は咆哮を響かせた。

 演奏を終えると、ヘイムズは杖を取り出す。


防御強化シールドブーストォッ!」


 杖を向けて力を送り込むと、火竜の巨体は青い光に包まれた。

 彼の力がその堅牢な防御力をさらに押し上げ、限界まで高める。


「どぉォだァッ! ギャラルホルンの身体強化は全ての部分強化を同時に行ったに等しい効果なのだァ! さらに防御強化シールドブーストを掛ければ重ね掛けと同じ強化幅となるッ! 攻城兵器でもビクともしない堅牢な鱗に身を固めたファフニールに二重の防御強化シールドブースト、万全だッ! これぞ鉄壁、無敵、最強の絶対防御! いかに聖剣といえど、この備えを突破することは不可能ォッ! いや、そもそもこの世にこの防御を突破できるものがあるはずが」


 ——ザンッ!


「ない?」


 振るわれた一閃は、ファフニールの首を易々と斬り落とした。

 ドサリ、と草地に落下する最強と謳われた火竜の首。

 軽やかに着地した玲衣は、ヘイムズへと向き直る。


「ごめん、話が無駄に長くて待ち切れなかった。続けていいよ」

「あぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 S級召喚獣が倒された反動による激痛で、ヘイムズはのたうち回る。

 青い宝玉は色を失い、火竜の骸は粒子となって消滅していく。


「もうお前を守るものは何もない。観念して降参すれば、今なら半殺しで済ませてやる」


 リンナが冷ややかな目で見下ろす。

 元はといえば全てコイツのせいだ。

 八つ裂きにしても飽き足らないところを生かしておいてやるのだから感謝して欲しいくらいだ。


「お、の、れぇぇぇぇぇ! また僕をコケにしやがってぇぇぇぇ!」

「え、まだやる気なの?」


 生まれたての小鹿のように足をプルプルさせながら立ちあがるヘイムズ。

 あまりの往生際の悪さに玲衣は呆れた声を出す。


「まだだ、まだ僕には切り札がある! 最強の僕にふさわしい最強の切り札がッ! コイツを見てお・そ・れ・お・の・の・けェェェェッ!!」


 彼が上着の内ポケットから取り出した物。

 玲衣もリンナもそれに見覚えがあった。

 不吉なオーラを立ち上らせる、紫色の宝玉。


「あれは、世界蛇の宝玉!?」

「なんでコイツが持ってるの!? あれはヘレイナが持ってるんじゃ……」

「ひゃははははははァ! 驚いたなァ! 驚かせちまったァ!」


 もはや芝居がかった紳士面など見る影もない。

 唾を吐き散らしながら、彼は自らの召喚杖に世界蛇の宝玉をセットした。


「さあ、もっと驚けェ! 召っ喚ッ!! 世界蛇・ヨルムンガンドォォォッッ!!!!!」


 禍々しい瘴気が宝玉から吹き出し、紫色の煙が立ち上っていく。

 凄まじい力の奔流、迸る重圧から玲衣はリンナを庇う。


「リンちゃん、私の後ろに隠れてて」

「レイ、済まない。それにしてもアイツ、まさか本当に呼べるのか……?」


 同じ三神獣でも、神狼の召喚には条件があった。

 聖剣の使い手に選ばれた召喚師が、双杖に二つの宝玉を同時にはめ込む。

 さらに聖剣が覚醒していない場合、術者に掛かる負荷は相当なものだった。

 レーヴァテインが完全覚醒した今なら、神狼も自在に操れるのだろう。


 それはともかく、世界蛇は黄昏の召喚師が使役した邪悪なる大蛇。

 悪用されないための制限など、持ち合わせてはいないのだろう。


「来た来た来た来た来た来たァァァァァァァッ!!」


 紫の煙が円筒状に大地に横たわり、凝縮していく。

 やがてその煙は、紫の鱗に覆われた長大な蛇へと姿を変えた。


「これがッ、これが世界蛇! 僕が呼んだんだ、アハハハハッ! やはり僕は天才だァ!」


 その体躯は、あまりにも長大。

 地平線の彼方まで伸びる体は、伝説に伝わる通り尻尾の先端を目視出来ない。

 長さだけではない、その太さも桁違いだ。

 顎の先から頭頂部まで優に三十メートルは超えている。

 こんな大きさの生物が本当に存在するのか、一体これまで誰にも見つからずどこにいたと言うのか。


「さぁ、ヨルムンガンドよ、あの小娘を喰ってしまえェ!」


 玲衣を指さし、ヘイムズは世界蛇に命令を下す。

 ヨルムンガンドはその鎌首をもたげた。

 あまりに大き過ぎて、その動作は緩慢にすら見える。

 だがそれは錯覚、実際の速さは決して侮れない。

 聖剣を両手で握り、玲衣はリンナから目一杯距離を取る。


「離れてて、リンちゃん。コイツでか過ぎて巻き込まれちゃうかもしれないから」

「ああ、レイこそ気を付けてくれ」


 リンナも可能な限り遠くへ離れる。

 豆粒のように小さくなってしまったリンナだが、この程度の距離など世界の壁に比べればあって無いようなもの。


 伝説の三神獣、世界蛇ヨルムンガンド。

 目の前の強大な敵を玲衣は見据える。

 どんな力を秘めているのか、聖剣の力は通用するのか。


 ——いや、通用する。絶対に勝って、リンちゃんとお祭りに行くんだ!


「世界蛇よ、何をしてる! 早くあの小娘を——」


 世界蛇はその虚無の入り口のような黒い両目でヘイムズを捉えた。

 そして、巨大な口を開けた次の瞬間。


「へ?」


 バクリ。

 目にも留まらぬ早さで一飲みに飲み込んだ。


「なに!? なにが起きたの!?」

「喰い殺された!? やっぱりアイツの力じゃ無理だったんだ! まずいぞレイ、世界蛇が暴走する!」


 力の足りない召喚師が身の丈に合わない召喚獣を使役すると、多くの場合命令を聞かず喰い殺される。

 主を失った召喚獣は、見知らぬ土地に突然呼び出された怒りからか暴れ出し、周囲に大きな被害を与える。

 S級召喚獣の暴走すら、小さな町なら消滅するような規模の災害だ。

 ましてや世界蛇の暴走など、ここで食い止めなければ近隣の町は幾つも滅びるだろう。


「暴走って……」

「ここで倒さなきゃ町が幾つも滅びる。下手したら王都も危ない。出し惜しみなんてしてられないな……」


 リンナは静かに目を閉じ、蒼白の宝玉に祈りを込める。

 宝玉から迸る冷気が渦を巻き、空気中の水分を氷結させて巨大な氷を作りだす。


「来い、氷牙の神狼・フェンリルッ!!」


 氷が砕け散り、神狼がその姿を現した。

 草原を走る風に毛並みを靡かせ、その鋭い目で睨むは遥かな昔に刃を交えた世界蛇。

 グルル、と唸り声を上げ、怨敵を前に姿勢を低く構える。


「フェンリル、レイの側でサポートだ。一緒に戦ってくれ!」


 リンナは神狼に指示を出す。

 体への負担は全く問題ない。

 双杖の片側で暁色の光を放つ聖剣の宝玉のおかげだ。


 命令を受けた神狼は、すぐさま玲衣の傍らに駆け寄る。

 聖剣の放つ光にかつての主人の面影を見たのか、フェンリルは目を細めて彼女に頭を擦り寄せた。


「うわっと。ふふっ、なんか犬みたいでかわいいかも」


 軽く頭を撫でてやると、もふっとして触り心地は抜群だ。

 シズクさんに見せたら大変な事になりそうだな、なんて考えてしまう。

 間近でよく見てみると、大きさは大型犬よりも多少大きめ。

 人一人ぐらいなら背中に乗れそうだ。


 気を取り直してレーヴァテインを両手で握り込み、ヨルムンガルドをじっと見据える。

 巨大な力を感じ、世界蛇はゆっくりとこちらに顔を向けた。

 傍らに神狼を侍らせ、聖剣を構える少女の姿。

 その様にかつての屈辱を思い出したのだろうか、世界蛇は少し後ずさり警戒態勢を取った。

 紫色の細い、と言っても一メートルは太さがあるだろう舌をチロチロと出し、頭を揺らして間合いを測る。


「リンちゃんを絶対に守るんだ。一緒にお祭りに行くんだ。そのためにも、絶対勝つ!」


 自らを鼓舞すると、玲衣は大地を強く蹴った。

 フェンリルもそれに続いて走りだす。

 少女と狼が立ち向かうのはあまりにも巨大な敵。

 太陽は地平線を離れ、青空が広がっていく。

 早朝の草原にて、おとぎ話の一節に詠まれたような戦いが人知れず始まった。

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