61 一週間後
百個の宝玉がパンパンに詰まった袋をカウンターにドカッと置き、ルトはドヤ顔をして見せる。
あんな音を立てて下の方に入った宝玉が割れやしないか、と心配になるが、どうやら大丈夫なようだ。
ホッと一息吐きだして、テーブルに体を預けるリンナ。
A級召喚師としての初仕事は晴れて完遂した。
先ほどからツインテールの片側を掴んでもふもふし続けている玲衣の事も、許してやれる気になってくる。
「はあ、無事に終わったみたいだな」
「お疲れ様、リンちゃん。いっぱい頑張ったね」
「なんだか感慨深いですね、あのリンナおねーさんが昇級試験の試験官を務め上げる程になるとは。まぁ、シフルほど完璧にこなせてはいませんでしたが」
「お前はいつも一言多いな……」
「なんにせよ、これでルト殿もB級召喚師というわけだ! いやはや、めでたいめでたい! ワッハッハッハ!」
「お祝い、ケーキ、そしてもふもふ……」
「ん、そうですね。……ところでいつから居たんですか貴女達は」
召喚師ギルド備え付けの大きめの丸いテーブル。
確かに六人掛けではあるのだが、いつの間にか二人程増えている。
あまりにも自然に会話に参加していたため、危うく流してしまいそうになったが。
「え? うわ、ヒルデさんにシズクさん! どうしたんですか、こんなところで」
どこからともなく湧いて出た二人に、思わず玲衣は仰け反る。
その拍子にリンナの髪をうっかり手放してしまった。
別に彼女は逃げたりしないため、すぐにもふもふは再開されるが。
「四人が王都に戻ったと聞いてな、結果が気になって来てみたんだ。まあ、彼女の実力を以てすれば、合格は間違いなかったかな」
「私はもふもふに会いたかった。それだけ」
すでにふーちゃんはシフルの頭の上からシズクの膝の上に移され、全身を撫で回されている。
「それともう一つ。——この十日間が平穏無事だったかどうか、の確認だ」
「……私達も色々と話しておきたいことがあるんです」
「そうか、やはり何かあったんだな」
だらけていたリンナはスッと背筋を伸ばす。
懐に手を突っ込み、冷気を放つ青白い宝玉を取り出した。
「む、なんだその宝玉は。見た事もない色をしているが」
「綺麗……」
キラキラと透き通るような輝きを放つその宝玉に、二人は感嘆の声を漏らす。
彼女達も最高峰の召喚師。
これが只ならぬ物だという事は一目で理解出来ただろうが、続くリンナの言葉には流石に度肝を抜かれた。
「これは三神獣の一体、神狼フェンリルの宝玉です」
「な、なんだと!? これが神狼の宝玉……」
「……驚いた。『ミストルティン』が血眼になって調べても見つけられなかった物を一体どうやって」
ヒルデに比べてあまり表情の変化は見られないが、シズクはこれ以上無いくらいに驚いている。
ホズモンドが研究を続けても、手がかり一つ得られなかった代物だ。
それがあっさりリンナの懐から出て来たのだから。
知っていたシフルは何故か得意げにしている。
「上手く説明出来ないんだけど、呼ばれたんだ」
「呼ばれた、とは?」
「この宝玉はグレイプル山の遺跡の中にあったんです。リンちゃんが何かを感じ取った洞窟の奥に入り口があって……」
「ふむ……。神狼がリンナ殿を選んだ、というところだろうか……」
あまりに不可思議な現象に、そう結論付けるしかないだろう。
シフルはうんうんと頷き、話を締めにかかる。
「と、いう事があったわけですよ。さて、これからはルトちゃんの昇級記念パーティの」
「それともう一つ、姉さんと戦ったんです」
「準備の話を、ってディーナさん!?」
「なんと、またディーナ殿と戦ったのか……」
「これまた驚いた」
パーティの段取りを始めようとしたシフルは出鼻を挫かれる。
さらに、知らない話まで飛び出したのだから堪らない。
「あの時のリンナおねーさんが物凄くお疲れだったのは、そういうことでしたか。道理で町中でお姫様だっこなんて」
「わーわー!! ……ゴホン」
両手をバタつかせながら大声を出して彼女の話を遮ったリンナ。
周囲の視線にキョロキョロと首を動かし、照れ隠しの咳払い。
「シフル、今は関係ない話をする時じゃない。いいな」
「むふふっ」
「えと、話を戻そうか。私とリンちゃんはあの人と戦って、なんとか勝てました。彼女はもう私を襲う事はないと言ってたけど、結局最後までその理由は教えてくれなくて……」
「そうか、リンナ殿は彼女と和解出来たのか?」
「はい。元の優しい姉さんに、やっと会えました」
清々しい表情を浮かべるリンナに、ヒルデは深く頷いた。
「それは何よりだ。しかし結局、襲ってきた理由は不明のままか」
「ディーナがレイを狙った理由、私にも全く心当たりは無い」
「シズクさんでもわかりませんか」
「……姉さんは呪いを掛けられてるって言ってたな」
呪い。
それが喋れない理由、玲衣を襲った理由と関係しているとしたら。
「呪い、か。リンちゃん、召喚獣に呪いを掛ける種類ってあるの?」
「無いとは言い切れないけど、私の知る限りではいないな。そもそも召喚獣が使う魔法は、氷炎風雷の四属性しかない。呪いなんてこの属性には当てはまらないだろ?」
「でも、一人だけいるよね。そういう事が出来そうな奴が」
「ああ、私も同じ事を考えてた。ヘレイナ、だな」
呪いを掛けたのがヘレイナで、それがディーナを苦しめているものの正体ならば、やるべき事は一つ。
「だったら、ヘレイナを倒すのが一番だよね」
「結局そうなるよな。元々アイツは倒すつもりだったけど、また一つ理由が増えたわけだ」
やはり、ヘレイナの打倒こそが大目標。
未だ謎多き存在ではあるが、おそらくは彼女こそが諸悪の根源。
しかし、ヒンダス火山での戦いの後、ヘレイナは姿を見せてはいない。
「でも、アイツ一体どこに居るんだろう」
「どうせまたよからぬ事でも企んでるんだろうけど……」
「なになに、なんの話? みんなして難しい顔しちゃってさ」
難しい顔が並ぶテーブルにひょこっと顔を出したルト。
「それより見て見て、このギルドカード! 黄色くってなんかすごそーでしょ!」
自慢げに新品のギルドカードを見せびらかしてくる。
どうやら二人増えてることには気づいていないようだ。
「おお、紛れも無くB級召喚師の証なのです! 凄いのです、本当に凄いのですよルトちゃーん!」
そんな彼女に感極まって抱きつくシフル。
抱き合いながらぴょんぴょん飛び跳ねる二人に、重苦しかった場の空気は一気に和んだ。
「ふふっ、シフル殿。ルト殿の昇級祝いパーティの話だったか? 段取りを始めようではないか」
「おめでとう、ルト。ご褒美にもふもふを分けてあげる」
ルトの前にふーちゃんをスッと差し出すシズクだったが、物凄く迷惑そうな顔で突っ返される。
「いいよぉそんなの。ずっと家で一緒なんだし」
「……羨ましい」
☆☆
「それではルトちゃんのB級昇格を祝って、乾杯なのですよー」
「かんぱーい!!」
シフルの音頭で、六人分のグラスが音を立ててぶつかる。
そのままシフルはジョッキ一杯のオレンジジュースをグビグビと飲み干した。
「ぷはーっ、この為に生きてるのです」
「前にもやってたな、それ」
「おっと、よく覚えてましたね。そんなにシフルの事が好きなのですか? むふふ」
「ちょっ、冗談でも止めてくれ。レイが怖い……」
シフルが発言した瞬間、物凄い速度で笑顔をこちらに向け、無言の圧を送ってくる玲衣。
リンナは身を竦め、ぎこちなく笑い返す。
ここはヴァルフラント全土にチェーン店を展開する大衆食堂の本店。
シフル的にはもっと高級な店でも良かったのだが、主役のルトが堅苦しい店は嫌だと言うのだから仕方がない。
本日のパーティは全てシフルのおごり。
溜めに溜めたA級召喚師の貯金は、この程度ではビクともしない。
「店員さん、牛ステーキ二人前追加で」
「リンナ殿、もうステーキは全員分来ているが」
「あぁ、リンちゃんは自分の分を頼んでるだけなので……」
「でもリンナの前、凄いよ。ボクでもあんなに食べられないし」
リンナの前に並ぶのは、牛、鶏、羊、山羊のステーキが一枚ずつ。
これでもかと肉、肉、肉である。
「リンナ、野菜も食べないと駄目。肉体の鍛錬は食事から始まってる」
シズクのメニューは非常にバランスの取れた肉と野菜、その割合はキッチリ1対2。
余分なカロリーの摂取を避けるため、ステーキソースもドレッシングも使っていない。
さらに炭水化物として、焼き立てのパンを半分添えたものだ。
「ふむ、シズクのストイックな姿勢には見習うべきものがあるが、このような場くらいハメを外しても……」
「妥協はしない。日々是精進」
そう言いながらも、こっそりとグリーンピースだけはヒルデの皿へと移していく。
あまりに素早いフォークさばきは身体能力強化の掛かった玲衣しか気付けていないようだが、面白いので黙っておく。
「むぐむぐ、もぐもぐむぐ」
「おやおや、ルトちゃんの口元がソースまみれなのです。拭き拭きしてあげるのですよ」
「んー、お願い」
一心不乱に肉を貪るルトの口元は、ソースで汚れてしまっている。
シフルは備え付けのナプキンで口を拭ってあげる。
「綺麗になったのです。元の可愛いルトちゃんなのですよ」
「ありがとー。さてと、ガツガツガツ、ムグムグムグ……」
勢い良く食事を再開すると、瞬く間に彼女の口元は元通りとなった。
「む? このサラダ、グリーンピースがやけに多い気がするが、気のせいだろうか」
「気のせい。間違いなく気のせい」
「そうか、ならいいのだが。ところでレイ殿は知っているか? 一週間後の建国祭の事を」
「建国祭って、お祭りがあるんですか!?」
祭りと聞いて玲衣のテンションが上がり始める。
リンナはそういえば、と記憶の片隅に置いてあったそれを思い出した。
「確か街中が飾り付けられて盛大な祭りをやるんでしたっけ。想像もつかないけど」
「ああ、毎年物凄い賑わいでな。騎士団をやっていると一日中トラブルの解決に奔走する一年で一番忙しい日だが」
苦笑いを浮かべるヒルデ。
彼女にとってはあまり来てほしくない日だ。
「今年はシズクもいる分、少しは楽が出来そうだ」
「私はその日だけ、騎士団を辞めさせてもらう」
「訳にはいかないな!」
「がっくし」
この広い王都全体が祭りの会場、華やかな光景を思い浮かべ、玲衣の胸が躍った。
「楽しみだね、リンちゃん。一緒に回ろうね、約束だよ」
「ああ、約束だ。と言っても私たちはずっと一緒なんだし、当然そうなるけどな」
「それでも約束! 破ったら怒るんだからね」
「ん、絶対一緒に回ろう、レイ」
そして、その日に想いを告げられたら。
リンナは気合を入れ、勝負の日を一週間後と密かに定めるのだった。




