06 騎士団長の提案
召喚師ギルドは、召喚師となった者全ての登録を義務づけている。
と言うよりは、ギルドに登録して初めて召喚師を名乗る資格を得るのだ。
召喚師となった者はまず、C級召喚師として雑用のような依頼をこなしていく。
そのうちに力をつけたと判断されると、昇級が認められる。
つまりリンナが受けられるのは、まだ簡単な依頼のみ。
「私がいるのに?」
召喚師でごった返す建物の中、丸いテーブルで向かいあう玲衣とリンナ。
説明を受け、玲衣は不満タラタラといった様子だ。
「私、ドラゴン倒したんだよ! その私を召喚獣にしてるリンちゃんが、雑用なんておかしいじゃん」
「しかたないだろ、決まりは決まりだ。みんなこうやって少しずつ実績を上げていくんだ」
両手でホットココアをすすりながら、リンナは受付カウンターを眺める。
姉がどこかにいないか、そんな淡い期待を抱きながら。
しかし姉はおろか、有名な召喚師はだれも見当たらなかった。
軽くため息をつき、ブツブツと文句を言っている玲衣に視線を戻す。
「そろそろ依頼を見に行く。いい依頼はすぐ取られちゃうからな」
「いってらっしゃーい」
口を尖らせる玲衣に見送られ椅子を立つと、受付のカウンターへと向かうリンナ。
受付の女性に話しかけ、ギルドカードを提示する。
ギルドカードは召喚師の身分証だ。
名前、ランク、出身地などが記載され、ランクによってカードの色が変わる。
「リンナ・ゲルスニールさんですね。フロージの町のギルドから移動の話は聞いてあります」
白い色のギルドカードに目を通すと、受付の女性はC級中位用と表紙に書かれた本をリンナに差し出した。
「こちらが今受けられる依頼となっております。お決まりになりましたらカウンターへお越しください」
「わかりました」
依頼書を手に玲衣の待つテーブルへ戻るリンナ。
テーブルに本を置くと、ページを開いていく。
「さて、よさそうな依頼は……っと」
「これはどう? 蓄電所で電気召喚獣を召喚する手伝いだって」
「いや、報酬が相場より低いな。それよりこっち……」
召喚師の生活は、依頼の達成報酬によって成り立っている。
ふたりでくっついてページを見ていると、後ろからぬっと出てきた腕が一つの依頼を指さす。
「このフォレストマッシュルーム二十個の納品はどうだ? 今日この場所の近くで我らが訓練をするのでな」
二人が驚いて振り向くと、白銀の鎧に身を包んだ金髪の女性が立っていた。
「うわぁっ、誰!?」
「嘘、ヒルデ・フリード!? 本物!?」
同時に異なった驚きの声をあげる玲衣とリンナ。
そんな二人の様子を見て、彼女は豪快に笑う。
そして椅子を引き出すと、二人と同じ席についた。
「ハッハッハ。そちらの娘は知っていたか。いかにも、私はヒルデ・フリード」
「ね、リンちゃん。この人誰?」
リンナは羨望の眼差しでヒルデを見つめ、口を開く。
「ヴァルフラント王国騎士団団長ヒルデ・フリード! わずか十八歳で騎士団の頂点に上り詰めたS級召喚師! 凄い人だよ!!」
いつになく早口でまくしたてるリンナに、玲衣は軽く面食らった。
「ハッハッハ、なんだか気恥ずかしいな。そちらの二人、名前は?」
頬をポリポリと掻き、朗らかな笑みを浮かべてヒルデは促がす。
リンナは緊張した様子で自己紹介を始める。
「あ、あのっ、リンナ・ゲルスニールです! C級の駆けだしですっ」
「いつものリンちゃんじゃない……」
ゲルスニールという名字に、ヒルデの眉がピクリと動いた。
「ゲルスニール……もし違っていたらすまないが、もしやディーナさんの?」
「姉を知っているんですか!」
突然緊張も吹き飛び、掴みかからんばかりに身を乗り出すリンナ。
ヒルデは彼女の両肩を押さえて座らせると、申し訳なさそうに答えた。
「いや、すまない。彼女は有名人だからね。行方不明だということは聞いている。力になれず申し訳ない」
「そう……ですか」
リンナががっくりと肩を落とし、訪れる沈黙。
重苦しい空気を変えるべく、玲衣が口を開く。
「次は私の自己紹介ですよね。加香……じゃなかった。レイ・カガヤ、十六歳! 異世界から来ました! リンちゃんの召喚獣やってます!」
「ちょっ……!」
突然の爆弾発言に絶句するしかないリンナ。
ヒルデはほう、と呟くと、なにか合点がいったような様子だ。
「数日前の君の活躍は私の耳にも届いている。人間離れした話でにわかには信じられなかったが、なるほど召喚獣……。面白い!」
膝を叩いて立ち上がると、彼女は玲衣を見つめてこう言った。
「レイ殿、私と手合わせ願えないだろうか」
「え、手合わせって、決闘ってことですか!?」
突然のS級召喚師からの申し出に、思わずのけぞる玲衣。
椅子がガタリと音を立ててバランスを崩し、慌ててテーブルにつかまる。
リンナもこれには言葉を失っていた。
「いや、決闘などという大それたものではない。ただ私は、君の力にとても興味があるのでな」
「おい、レイ……。断わった方が」
「やります!」
即答である。
思わずテーブルに突っ伏すリンナを尻目に、二人で話は進んでいく。
「そうか、ではさっきも言ったが、このフォレストマッシュルームの納品依頼を受けてくれ。今日この付近の演習場で騎士団が訓練をする。そこで手合わせといこう」
「騎士団の演習! すごくワクワクする響き!」
「そうかそうか、ハッハッハ! 演習場までは私たちの馬車で送っていこう。それでは楽しみにしているぞ」
上機嫌で立ち去っていくヒルデ。
のんきに手を振る玲衣に、リンナはあきれ果てた様子で口を開く。
「あのなぁ、あの人がどれだけ凄いのかわかってないだろ」
「私だって考えなしに受けたわけじゃないよ」
不意に真剣な表情になり、玲衣はリンナを見つめる。
「私の力がどれだけあの人に通じるのか確かめてみたい。もしまたリンちゃんが襲われた時、守れなかったら絶対嫌だから」
「ぅぅっ。もう、好きにしろっ……」
ここまで言われては、もはや返す言葉は無い。
真っ直ぐな眼差しに耐えきれず、リンナは恥ずかしげに目をそらした。
☆☆
王都西口、ここは森林地帯への玄関口。
フォレストマッシュルームの納品依頼を受けた玲衣とリンナは、騎士団用の馬車に揺られ出発する。
周りをすすむのは王国騎士が乗った馬車、総勢二十台ほどだろうか。
王都を離れ、広い広い草原地帯を行く。
これから二人は騎士団の演習地に赴き、そこで玲衣がヒルデと剣を交える。
その後森に入り、依頼を完了する予定だ。
「ねえリンちゃん、やっぱり騎士団って凄く強いの?」
胸躍るといった様子で、向かいに座るリンナに尋ねる玲衣。
「斬撃飛ばしたり闘気を纏ったりしてさ。バケモノみたいなのをバッタバッタと……」
「なに言ってんだ。普通の人間にそんな事できるわけないだろ」
意外な返答に玲衣は首をかしげる。
「あれ? じゃあこの人たちは召喚獣と戦ったりしないんだ」
「いや、戦いはするぞ。騎士団は全員召喚師で構成されているからな」
「ああ、なるほど。それでヒルデさんもS級召喚師……。つまり私はこれからヒルデさんの召喚獣と戦うのか」
納得がいったようにうんうんうなずく玲衣だったが。
「いや、ヒルデさんは……」
「うわっ、窓の外見てリンちゃん! 召喚獣牧場だよ! 変なのいっぱいいる!」
すでに玲衣の興味の対象は、窓の外の景色に移っていた。
ころころと興味の変わる玲衣に、口元を緩めるリンナ。
「ま、いいや。じきにわかるだろ」
呟いて、彼女にしては少ない荷物から玲衣のお手製サンドイッチを取り出す。
そして幸せそうにほおばった。