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59 一騎討ち

 かつて、暁の召喚師は枷を取り付けた。

 その狼の力はあまりにも強大。

 いたずらに力を求める者が使えば、大いなる災厄をも招きかねない。

 よって、かの神狼を従えるに足る資格を設けた。

 その資格とはすなわち、聖剣の使い手に選ばれること。

 聖剣と神狼、二つの宝玉を持つ者が双杖を振るう時のみ、フェンリルはその気高きこうべを垂れる。



 吹き荒れる冷気が足下の草を凍りつかせる。

 リンナの前方、冷気が収束し、氷の塊が生み出されていく。

 みるみる大きさを増した氷は音を立てて砕け、その中からそれは姿を現した。


 遠目には、ただの狼に見えただろう。

 大きさは大型の犬よりもやや大きい程度だ。

 しかし、その瞳には確かな知性の光が感じられる。

 加えて、全身から漲る圧倒的な氷の魔力。

 風に靡く白みがかった青い体毛。

 四本の太い足で大地を踏みしめ、凛と立つその姿。

 伝説に謳われた神狼が、悠久の時を越えてここに顕現した。


「ば、バカな……。本当に三神獣の一体を、従えたというのか……!」


 驚愕に目を見開くディーナ。

 彼女ほどの実力者だ、一目でそれを理解する。

 目の前の狼の力は、自分たちをも凌駕すると。


「凄いよリンちゃん! 神狼を呼んじゃうなんて!」

「喜んでる場合じゃない、光の剣を出すぞ」

「おっと、そうだね。まだ戦闘中……」


 既に光を放っている聖剣の宝玉に、玲衣も呼びかける。

 ペンダントが発光し、玲衣の右手に再び光の剣が現出した。

 黒い炎は纏っていない、普段通りの清浄な光だ。


「本当に成長したな、リンナ。だが、私は絶対に負ける訳にはいかない」

「姉さん、理由は教えてくれないんだな」


 少し寂しげにリンナは問いかける。

 妹の自分にも話せない秘密なんてものがあるとしたら、それは一体なんなのか。

 聞き出せない自分も、話してくれない姉も、もどかしい。


「ああ。言える事はただ一つ。そこの召喚獣を殺さなくてはならない、それだけだ」

「そうか、ならもう何も言わない。私は今からあんたに勝って、あんたを越える!」


 杖をディーナに向け、リンナは決意を込めて言い放ってみせる。

 フェンリルの双眸が敵を睨み、その爪牙が氷で覆われた。


「レイ、姉さんとスレイプニルのコンビネーションは抜群だ。一緒に戦わせては勝ち目は薄い」

「そうだね、さっきまでの戦い、死角は見当たらなかった」

「だから引き離す。私とフェンリルでスレイプニルを相手にする。レイは姉さん本体と戦ってくれ」

「わかった。一緒に戦おう、リンちゃん」

「ああ、二人で越えるんだ。ディーナ・ゲルスニールを」


 左手で手綱を握り、右手にグングニルを握りしめて、ディーナは二人を睨みつける。


「相談は終わったか。ならば行くぞ!」


 敏捷強化スピードブーストの白光を纏い、突撃を掛けるスレイプニル。

 わずか二歩で最高速に達する脚力は、いささかも衰えを見せない。

 馬上で槍を振り上げるディーナ。

 その視界に迫りくる蒼白の影。


「なっ!?」


 神狼の回転しつつの体当たりを、神槍で咄嗟に防ぐ。

 しかし、その衝撃は殺せない。

 馬上から吹き飛ばされ、緑の草地に落下した。

 受け身を取り起き上がるディーナ。

 すぐさま愛馬との合流を図るが、そうはさせない。

 彼女の前に躍り出た玲衣が振るう光の刃。

 それは神槍の柄で受け止められ、鍔迫り合いとなる。


「分断策成功、ってね」


 してやったりの笑みを浮かべる玲衣。

 ディーナとスレイプニルは分断され、人馬一体の攻撃はもう行えない。

 同時に、ディーナが玲衣の相手をしている限り、スレイプニルはサポートを受けられずに神狼と戦う事になる。


 鞍上の主人を失ったスレイプニルに、フェンリルはすかさず追撃を仕掛ける。

 鋭利な爪は氷でコーティングされ、名刀も遠く及ばぬ切れ味を誇る。

 その爪の一閃は、敵の首を軽々と刎ね飛ばすだろう。

 だが、敏捷強化スピードブーストのかかった芦毛の軍馬は神狼の速度とほぼ互角。

 僅かにスレイプニルの方が上回るか。

 爪の一撃は空を切り、スレイプニルは逃げに打って出る。

 この狼に打ち勝つことは不可能と判断し、主人が勝利するまで時間を稼ぐつもりだ。


「閉じ込めろ、フェンリル!」


 リンナの指示を受け、フェンリルは氷の魔力を解き放つ。

 疾走するスレイプニルの眼前に、突如として巨大な氷の壁が出現した。

 見上げる程に高く分厚いその壁は、突進で突破するなど到底不可能。

 急反転しようとしてももう遅い。

 残りの三方向にも壁が作られ、最後に天井が生み出される。

 八足の軍馬は氷の檻に完全に囚われた。


「よし、トドメを——うぐっ……!」


 突然、リンナの体から力が抜けた。

 胸を押さえ、その場に膝をつく。


「リンちゃん!?」


 鍔迫り合いから間合いを離した玲衣は、思わずリンナに目を向ける。

 その隙を逃さず繰り出されたディーナの突きを、体を逸らして回避。


「やはり力が足りなかったようだな、リンナ。そもそもお前たちはまだ、聖剣の力を完全に引き出せてはいない」

「それがどう関係あるっていうの!?」


 すかさず反撃の袈裟斬りを浴びせるが、神槍の柄で受け止められる。

 そのまま光の剣を押し返し、グングニルで横なぎに払う。

 バック転で間合いを離し、これをかわした玲衣。

 リンナは何とか立ち上がり、再び杖に力を込める。


「確かに……っ、聖剣の力はまだ不完全だ……。でもこうして、神狼は従えられている……!」

「そうだな、だからこそだ。自分の杖を見てみろ」


 ディーナの言葉に、リンナは握りしめた双杖に目をやる。

 その両端で輝く宝玉。

 神狼の蒼白の光に比べ、聖剣の光は淡く、弱い。


「見ての通りだ。おそらくは二つの力のバランスが取れず、その負担がリンナに圧し掛かっているのだろう」

「そんな……。リンちゃん、今すぐ神狼を戻して!」

「駄目だ、そんな事をすれば、スレイプニルが自由になる……!」

「だけど……!」

「私はこのままコイツを押さえ込む! だからレイは、その間に姉さんを!」

「……わかった。でも、無理はしないでね」


 リンナは気力を振り絞り、神狼の召喚維持に努める。

 フェンリルに命令を出すことも出来ず、玲衣に部分強化を送る余裕も無い。

 今の彼女に出来るのは、スレイプニルを氷の檻に閉じ込めておく、それだけだ。

 ここで力尽きてしまえば、ディーナは自由になったスレイプニルと共に人馬一体の猛攻を仕掛けてくるだろう。

 そうなればもう、万に一つも勝ち目は無い。


「リンナのサポートも無しに、私に勝とうと言うのか。お前一人だけの力で」

「一人じゃない。リンちゃんは私と一緒に戦ってくれてる」

「戯言を……。長引かせればリンナを苦しませることになる。お喋りはここまでだ」

「あんたに言われるまでもない!」


 間合いの外、離れた距離のまま、ディーナは槍を振るい斬撃を飛ばす。

 以前戦った時に見せた戦法。

 しかし、その数は一発や二発では無い。

 休む間もなく振り続け、四発、五発と絶え間なく飛来する。


 玲衣は切っ先から光弾を生成し、迎撃のために発射。

 空中でぶつかり合い、衝撃に砂煙が巻き起こる。

 互いに相手の姿が見えない状況が一瞬出来あがるが、すぐにディーナは砂塵の向こうから姿を現す。

 こちらへと突っ込んできた彼女の速度を乗せた刺突を、光の剣で払い除ける。

 それでもディーナは体勢を崩さず、追撃の薙ぎ払いを繰り出す。

 それを防いだ瞬間、玲衣の背中を悪寒が走り抜けた。

 すぐさま横に飛び退き、その場から離れる。

 次の瞬間、真空の斬撃がディーナの真正面から飛来し、彼女にぶつかる寸前で掻き消えた。


「いい勘をしている」


 あのままあそこにいれば、背中から真っ二つになっていただろう。

 あの斬撃を飛ばしたタイミングは、砂煙に隠れたほんの一瞬。

 たとえ一瞬でも彼女から目を離してはいけない、玲衣はそう胸に刻む。

 やはり彼女に勝つには、接近戦での打ち合いしかない。


「なかなか姑息な真似、してくれるじゃん!」


 斬撃を飛ばす暇はもう与えない。

 間合いに飛び込み、渾身の唐竹割りを打ち込む。

 防がれても構いはしない。

 連続で攻撃を出し続け、激しく打ち合う。


「無駄な事を……。リンナのブーストも無しに勝てると思っているのか」

「思ってる! リンちゃんが私を信じて託してくれてるんだもん! 私は絶対、あんたに勝てる!!」


 繰り出し続ける攻撃。

 それを防ぎ続けるディーナだったが、次第にその顔から余裕の色が消えていく。

 玲衣の攻撃が、一撃を重ねるごとに強く、重くなっていく。

 光の剣がその輝きを増し、彼女のペンダントの放つ光も大きくなっている。

 リンナの持つ双杖の片側、聖剣の宝玉にも異変が現れた。

 宝玉の輝きが大きくなり、彼女の体にかかる負荷が軽減されていく。


「どういう、ことだ……! どこからこんな力が……っ!」

「そんなの決まってる! 私がリンちゃんを想えば想うほど、この力は湧き出てくるの!」

「そんなもの、私は認めん! 私は何としてもお前を殺さなければならない! その結果リンナに恨まれようが憎まれようが、その覚悟を私はッ!」


 ディーナは鋭い蹴りを食らわせ、玲衣の体勢を崩そうと試みる。

 だが、蹴りを出した先にもう彼女はいない。

 素早く背後に回り込み、横ぶりの斬撃を繰り出す。

 それを受け止めるディーナだが、その衝撃に手が痺れを感じ始める。


「認めない、お前を認めてしまえば、今まで私の歩んで来た道は……!」

「知ったこっちゃないっての! 私とリンちゃんの間を邪魔するやつは、たとえ実の姉でもね——」


 さらに輝きを増す光。

 リンナはその中に一瞬、暁色の剣が見えた気がした。


「馬に蹴られて死んじまえぇぇぇぇッ!!!」


 ガギィィィィィィン!!


 全身全霊を込めた一撃。

 振り抜いた光の刃は神槍グングニルを弾き飛ばした。

 主の手から離れたグングニルはくるくると空中で回りながら、緑の光に包まれて消えていく。

 やがて、緑色の宝玉がトサリと音を立てて草地に落下した。


「ハア、ハア……。まだ、続ける気?」


 切っ先を向け、玲衣は睨む。

 ディーナは腰の召喚杖を抜き、それを構えた。

 光の剣を両手で持ち、玲衣は身構える。


「……勘違いするな。私にもう、戦う力など残っていない。——送喚」


 ディーナが静かに呟くと、氷の檻に閉じ込められたスレイプニルは粒子となって消えていく。

 彼女は自らの愛馬を、元の住処へと送り返したのだ。


「認めるよ。私の——負けだ」

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