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56 託されたもの

 コツコツコツ、と反響する靴音。

 玲衣とリンナは暗い洞窟の中をランプの明かりを頼りに進む。

 頼りない明かりが照らし出す洞窟の中は、自然の岩肌が剥き出しになった何の変哲もない光景。

 壁に文字や壁画が刻まれているという事も無く、ただただ殺風景な景色が続く。


「リンちゃん、足下気を付けてね。濡れてて滑りやすくなってるから」

「レイこそ、物陰に危険な召喚獣が潜んでいるかもしれない。警戒しながら進んでくれ」

「そうだね。でも、奥に大きな生き物の気配は感じないかな」


 洞窟は分岐も無く、完全な一本道だ。

 先導する玲衣は、暗闇に目を凝らしながら先へと進んでいく。


「どう、何か感じる? 呼ばれてる感覚とか」

「今はしないな。古代文字も入り口だけだったし、もし無駄足になったら済まない」

「いいよ、何も無くったって。リンちゃんと一緒になにかしてるってだけで私は嬉しいから」

「んん、それは私も……同じ、だな」


 その場に立ち止まり、照れくさそうに見つめ合う二人。

 自分の恋心を自覚しても、玲衣の様子はあまり変わらない。

 玲衣は以前から、リンナが自分に寄せる想いには薄々感づいていた。

 それを意識する事を避け続けていただけだ。

 何故なら、自分の感情がなんなのかわからなかったから。

 ずっと孤独だった彼女にとって、友情と愛情の境目はあやふやなものだった。

 ヒルデやシズクにシフル、それにルト。

 彼女達と出会い、ようやく玲衣は知ることができた。

 彼女達へ向ける友情と、リンナに向ける想いの明確な違いに。


「リンちゃん、私は待ってるから」

「——うん。必ず言うよ。それまでもう少しだけ、待っててくれ」


 リンナが気持ちを伝えられない理由がある事も知っている。

 それがとても言いにくい、下手をすれば今の関係すら壊れかねないものだとしても、受け止める覚悟も出来ている。


「……そろそろ行こう、レイ」

「うん、あんまりのんびりしてたら日が暮れちゃうもんね」


 そこで二人は話を切り上げた。

 そのいつかは今ではない。

 少なくとも玲衣はこんなムードも何もない場所で、その言葉を期待してはいない。

 暗闇の中へと進んでいく二人。

 その足はすぐに止まった。


「あれ、行き止まりだ」

「本当だな。分かれ道も無かったし、やっぱり思い違いだったのか……」


 洞窟の最深部に待っていたのは、岩盤の袋小路。

 ここに来るまでに当然分岐路など見ていない。

 リンナは冷たい岩肌をペタペタと触ってみる。

 しみ出した地下水で手が濡れるが、ただそれだけ。

 どこにも怪しいところはない、自然の岩肌そのものだ。

 当然ボタンが付いていたり隠し扉があったりなんてこともない。


「ん……。なにもおかしなところは無い、か」

「そっかあ、凄いお宝でもあるかなって期待してたんだけど」


 肩を落として落胆する玲衣。

 その首飾りがリンナには僅かに光ったように見えた。


「なんにもなかったね。それじゃあ戻ろうか」

「待ってくれ、今レイの首飾りが光ったように見えたんだ」

「え、これが?」


 リンナは思い出す。

 世界蛇の封印を解いた時、何の変哲もない岩肌が二つに割れる光景。

 その時にどうやって封印を解いたのか、その手順を。


「やってみる価値はあるな」


 杖を取り出して、ひび割れた宝玉をセット。

 袋小路の前に立ち、静かに祈りを込めた。

 意識を集中させ、ここまで自分を呼んだ存在に呼びかける。

 やがて宝玉は光を発し、共鳴するように玲衣のペンダントも輝きを放つ。


「これって、世界蛇の時と同じ……」


 洞窟の奥が揺れ動く。

 岩肌がスライドし、重低音と共に左右に開いていく。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。

 振動が止み、洞窟の奥にさらなる洞窟が姿を見せた。


「やっぱり……。レイ、きっとこの先には何かが封印されている」

「それってもしかして、三神獣?」

「多分、な。神狼か、それとも地獄姫か……」


 そう言ってはみたものの、リンナは確信している。

 この奥に封じられたものの正体を。


「じゃあ、私が先に行くね。……うわっ、この中寒いよ!」


 封印の洞窟に一歩踏み出した玲衣は、あまりの寒さにすぐ引き返した。

 まるで冷蔵庫の中に入ったような寒さだ。

 濡れタオルを振り回せば、すぐに凍りつくことだろう。


「寒さか、問題ない。防寒着もちゃんと用意してある」

「さすがだね、ほんと……」


 荷物の中から取り出した二人分の毛皮のコート。

 それを身に着けた玲衣とリンナは、今度こそ封印の地に足を踏み入れた。

 洞窟に充満する冷気に、壁面を流れていた地下水は凍結している。

 一方で、足下の岩は不思議と凍結してはいなかった。


「息も白くなってる。なんなんだろう、この寒さの原因って」

「おそらく——氷牙の神狼、だろうな」

「リンちゃん、それって……」

「三神獣の一体、暁の召喚師と共に黄昏の召喚師を討った伝説の狼だ」

「この奥にそれが? でも、あるとしても宝玉だよね。世界蛇みたいに。なのにこんなに寒くなるのかな」

「どうなんだろうな。そもそも、三神獣は大昔の召喚獣のはずだ。もし生き物ならとっくに寿命が尽きてるはず」

「確かにね。でも、もしかしたら寿命なんて無かったりして」

「その可能性もあるけど……。まあ、こうして話してても答えは出ないか」


 会話を続けながらも、二人は進んでいく。

 ゴツゴツした岩肌は、やがて石造りの通路へと変わっていった。

 青白く淡い光を放つブロックで作られた薄暗い正方形の廊下。

 その壁面に刻まれた古代文字と壁画。

 暁の伝説の一幕が記されているようだが、玲衣にもリンナにも解読はできない。


「なんだか、いよいよって雰囲気だな」

「この遺跡、今まで誰にも気づかれないままだったんだよね。リンちゃんが何かを感じ取ったから、こうして見つけられたんだし」


 やがて、通路の先に強烈に差す光が見えた。

 リンナは自分を呼ぶ何者かの存在を間近に感じた。

 それはその光の向こう側に存在している。

 吸い寄せられるように彼女は走りだした。


「待って、リンちゃん!」


 突然駆け出したリンナを、玲衣は慌てて追いかける。

 幸いにして生身の人間であるリンナの足にはすぐに追いつく事ができた。


「危ないよ、突然走りだしたりしたら。もしかしたら地面が凍ってたりするかもなのに」

「ごめん、でも走らずにはいられないんだ。きっとあの向こうには……」


 廊下を走り抜けた二人は、ドーム状の広い空間へと抜け出た。

 そこは世界蛇の宝玉が安置されていた空間と非常に似通っている。

 地下にも関わらず、昼間のように明るい事も世界蛇の遺跡と同じだ。

 氷柱が円形に配置された中央部。

 その空間の中心には、やはり台座があった。

 しかし、台座の上に安置されているのは召喚杖。


「あ、あれ? 神狼の宝玉なんて無いよ、リンちゃん」

「ん、そうだな。だけどあの杖。何か不思議な感じがする」


 ゆっくりと台座に歩み寄るリンナ。

 玲衣もそれに続いていく。

 万が一にも突然ヘレイナが現れたら、とも考えたが、どうやらその気配は無い。

 杖の前にやってきた彼女達は、その形状にまず驚いた。


「これ、宝玉をはめる台座が二つあるね」

「確かに。両端に一つずつはめられるようになってる。こんな杖は見たことない」


 横向きに立てかけられたその杖は金属製。

 通常の召喚杖とは違い、両端に宝玉をはめ込む器が備え付けられている。


「こういう杖って普通に売ってたりしないんだ」

「売っていないというか、存在しない。一度に召喚師が出せる召喚獣の数は二つ。でも、宝玉を杖から外しても召喚獣は送喚されたりはしないだろう」

「そうだよね。私もふーちゃんも、杖に宝玉が無くても普通にしてるし」

「宝玉をはめる事によって出来る事は三つ、召喚に送喚、それに部分強化。それだけだ」

「じゃあ、二体同時に部分強化をしたい時にこんな感じの杖が必要になるんじゃ……」

「それなら、こんな杖を作らなくても杖を二本用意すればいいだけだろ」

「それもそうだね……。じゃあ本当にこれ、変な杖なんだ」


 このおかしな杖にリンナは不思議な力を感じた。

 そっと手に取り、持ち上げてみる。


「……軽い、それに手になじむ。まるで——最初から私のために作られたみたいに」

「ねえ、もしかしたらこの遺跡、まだ奥があるんじゃないかな。そんな杖一本だけって事はさすがにないだろうし」

「確かに。どこかで祈れば、また扉が開くかもな。とりあえずやってみるよ」


 ひび割れた宝玉を杖から取り外し、この双杖にセットする。

 カチリと音がして、宝玉は器に収まった。

 そのまま台座の前に立ち、リンナは意識を集中する。

 すると、再び聖剣の宝玉が光を放ちはじめる。

 その光はみるみる大きくなり、リンナの全身を包んでしまった。


「うわっ!」


 眩い光に包まれ、目を開けていられなくなる。



 再びその目を開いた時、リンナは見知らぬ空間にいた。

 ただ光だけが満ち、彼女以外には誰もいない。

 すぐ側にいたはずの玲衣の姿すらも、どこにも見当たらなかった。


「な、なにが起こったんだ。ここは一体……」


 ———————————————。


 リンナの頭の中に、声が響く。

 その言葉を、彼女はうまく聞きとる事が出来ない。


「この声、頭の中に直接……。あんたは誰なんだ! 私をここまで呼んだのはあんたなのか?」


 —————そん——————。


「え、今なんて言ったんだ? し、そん?」


 ———く——ルは———スの——んを—————。


「子孫って、あんたはもしかして……」


 ————ろう——ン—ルの———くしま——。


 ——ど———がれを——って—————みましたよ——ンナ。


 頭に響いていた声が遠ざかっていく。

 リンナは思わず手を伸ばして叫んだ。


「ま、待ってくれ、まだ聞きたい事が————」



「聞きたい事があるんだ!!」

「えっ? 突然どうしたの?」


 リンナはハッと我に帰る。

 今立っている場所は杖が安置されていた台座の前。

 手を伸ばして叫ぶリンナを、玲衣が不思議そうに見つめている。


「あ、あれ、レイ? あの声の主は? 変な空間は?」

「えっと……? あのね、一瞬だけ凄い光ったと思ったらリンちゃん突然叫んで……何かあったの?」

「一瞬……。あれは、夢だったのか……?」


 白昼夢、それにしては現実感があったのだが。

 どうやら試みも失敗、どこにも道は開かれなかったようだ。

 宝玉を取り外そうと杖に目を向けたリンナは、反対側の器にセットされた見慣れない宝玉に気が付いた。


「あれ、なんだこの宝玉」


 それを杖から外し、見つめる。

 その宝玉の色は淡い蒼白。

 リンナの髪の色とそっくりの色合いをしている。


「この宝玉、もしかして……」

「え、なにそれ。さっきまで無かったよね」

「そっか。さっきのは、やっぱり夢じゃなかったんだ」


 宝玉から感じる絶大な力。

 S級すら軽く凌駕するだろうその召喚獣の名は。


「レイ、これが神狼の宝玉だ」

「ほ、ほんと? それどこから出て来たの!?」

「貰ったんだよ。多分、ご先祖様から」

「ご、ご先祖様??」


 二つの宝玉を懐に仕舞いこみ、双杖を腰のベルトに差すと、リンナはその場を後にする。


「さ、帰ろう。シフル達が宿で待ってるだろうしさ」

「えぇっと、うん。そうしよっか」


 不思議な現象にまるで理解が追いつかない玲衣だったが、神狼の宝玉は無事手に入ったようだ。

 リンナの満足気な姿を見て、それで良しとすることにした。






 ——今度こそ黄昏を討ち払ってください。頼みましたよ、リンナ。






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