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51 家族

 座り込み、両胸を押さえて咳き込むルト。

 そんな彼女の姿を見て、シフルの胸はズキズキと痛む。

 彼女にこんな痛い思いを味あわせてしまった。

 いや、心の方はもっと痛いはずだ。


「ルトちゃん、聞いてもらいたい事があるのです」

「やだ……、聞きたくないよ……。ゲホッ! ボクの事嫌いになったでしょ? ゴホッゴホッ……。ずっと騙して、トモダチを傷つけて……。嫌いになったんなら、もう放っといてよぉ……」


 声を震わせてポロポロと涙を流す彼女の姿は、いつもよりも余計に小さく見えた。

 シフルはそっと彼女の側に寄り、その体を抱きしめる。


「嫌いになんてならないのです。シフルはルトちゃんの事が大好きですよ」

「嘘だよ……。だって、ボクの事嫌いって……」

「確かに言っちゃったのです。あんな思ってもいない事を口走っちゃうなんて、ルトちゃんの言った通りですよ。シフルは馬鹿です。大馬鹿です」


 銀色の髪を撫でながら、シフルの目尻にも涙が浮かんでいく。


「シフル、馬鹿だから。ルトちゃんが何で怒っちゃったのか分かんないのです。馬鹿なシフルにも分かるように、教えてくれますか?」

「違うよぉ、シフルはバカなんかじゃ……。ボク、シフルとずっと一緒にいられると思って……。でも、そうじゃないってわかったら頭が真っ白に……」

「ルトちゃん……」

「やだよ、シフルと離れ離れで暮らすなんて嫌なの。ひぐっ、一人で生きてくなんて、もう無理だよぉ!」


 今までは一人でいる事が当然だった。

 その事を寂しいだなんて思った事も、一度として無かった。

 だが、知ってしまった。

 他者の温もり、共に居る事の喜びを彼女は知ってしまったのだ。


「どこにも行かないで……、ずっとボクの側にいてよ……」


 シフルは己の浅はかさを深く恥じた。

 一人で生きていく事を当然の事と捉えている少女は、もうどこにもいなかったのに。

 彼女が何も変わっていないと思い込み、あんな残酷な提案をしてしまったなんて。

 ルトという少女をこうまで変えてしまったのは、全て自分だ。

 彼女の願いを、なんとしても叶えてあげなければならない責任がある。


「ルトちゃんの気持ち、よく分かったのです。シフルもルトちゃんと同じ気持ちですよ。だから、もう離れ離れになんて絶対ならないのです」

「んぇ……、ホント? ホントにシフルと一緒にいられるの?」

「本当です。だからもう泣かないで、笑ってください。ルトちゃんに悲しい涙は似合わないのです」

「でも、まだよくわかんなくてっ、涙も止まってくれないのっ……」

「それじゃあおかーさん直伝、笑顔になれるおまじないをかけてあげるのです」


 右手を伸ばし、そっとルトの前髪をめくる。

 露わになった額に、シフルは唇を寄せた。


「大好きなのですよ、ルトちゃん。——ちゅっ」


 柔らかな感触がルトの額に触れ、離れていく。

 少し恥ずかしそうに、シフルははにかんだ笑顔を浮かべた。


「どう……ですか? 元気、出ましたか?」

「——うんっ! シフル、ボクも大好き!」


 今日一番の笑顔で、ルトはシフルに飛びついた。

 そのまま草の上に寝転がり、二人で笑い合う。


 リンナは玲衣の側に寄り添い、その様子を見守る。


「どうやら一件落着みたいだな、レイ」

「……そうだね、リンちゃん」

「ん、どうかしたか?」


 玲衣の様子に感じる違和感。

 まだ彼女の手には剣が握られ、辺りを警戒している。

 体の緊張も解かれてはいない。


「もしかしたら、またヘレイナが現れるんじゃないかって」

「考え過ぎじゃないか? あいつが来そうな気配も無いし、第一前回は腕を持ってかれてるんだ。おめおめと出てきたりはしないだろ」

「だと……、いいんだけど」


 釈然としない気持ちのまま、玲衣は剣を納める。

 実際、ヘレイナが姿を現す気配はまるでない。

 それでも、なにか底知れない不気味さを覚えずにはいられなかった。


「それよりもその傷、大丈夫なのか? 痛んだりとかはしないか」

「ああ、これ? 平気だよ。このくらいなら一日で治ると思う」


 リンナが心配気に眺める玲衣の腕の傷。

 雷鎚の一撃を受け止めた腕は、ところどころが裂けて血を流している。


「私はレイの強さを信頼してる。でも、やっぱり心配なんだ。無茶な事だけは止めてくれ」

「うん、わかってる。リンちゃんを悲しませるような事はしないから」


 不安げなリンナを抱き寄せ、ふわふわの髪を撫でる。

 全身を包むような玲衣の温もりに、リンナの不安は溶けていく——はずだった。

 普段ならそうだったろうが、今回は違った。

 もしこれを失ってしまったら、理由もなくそんな強烈な恐怖を抱いてしまう。


「レイ、絶対にいなくならないって約束してくれ。レイがいなくなったら、きっと私は私じゃなくなる……」

「リンちゃん? ——大丈夫だよ。私は絶対リンちゃんを置いてどこかにいったりしない」


 何の根拠も無い約束だ。

 そうだとわかっていても、リンナの心はそれで幾らかは救われた。


「レイおねーさん、今回はご迷惑をおかけしたのです」

「えと……、ごめんなさい。キズ、だいじょうぶ?」


 シフルとルトは、いつの間にか二人の前へとやって来ていた。

 シフルは深々と頭を下げ、ルトはものすごく申し訳なさそうな顔をしている。


「二人とも、気にしないで。友達が困ってたら助けるのは当然だよ。ね、リンちゃん」

「当然ではないだろ。……一歩間違ってたらレイは死んでたんだ」

「あ……、やっぱり、許してくれないよね……」

「そう、ですよね……」


 深く落ち込む二人。

 リンナは「だから」と言葉を続ける。


「だからもうこんな喧嘩はするなよ。今度やったらもう許さないからな」

「んぇ、許してくれるの……?」

「リンナおねーさん……、ありがとうなのです!」


 ぷい、とそっぽを向くリンナ。

 そんな彼女の頭を、玲衣は優しくなでなでする。


「よく我慢したね、偉い偉い」

「子供扱いするな! ……シフル、ルト。今回だけ、特別だからな。さ、早く帰るぞ」


 リンナはそこで話を終わらせ、王都へと足早に戻っていく。


「待ってよ、リンちゃん! あ、それじゃあ二人とも、仲よくね」


 軽く手を振ると、玲衣もその後を追っていった。

 その場に残されたのはシフルとルト、そしてフレズベルク。


「さて、一緒に帰るですよ、ルトちゃん。おとーさんとおかーさんに頼みこまなきゃいけないのです」

「頼むって、一体何を頼むの?」

「ルトちゃんとずっと一緒にいるための、取って置きの方法なのですよ」




 ☆☆




 シフルは両親に頭を下げ、必死に頼み込んだ。

 それは、一時的に居候させるのとは訳が違う無茶な頼みだ。

 それでも、シフルはこの願いを通さない訳にはいかない。

 困り顔の両親に対し、ルトも揃って頭を下げる。

 二人の必死の願いに、とうとう彼女の両親は承諾した。


「娘が増えたみたいって言ったけど、まさかねぇ」

「いいじゃないか、母さん。これからもよろしくな、ルトちゃん」

「は、はいっ」

「さて、それじゃあ次は騎士団なのです。あの人にも会わせたいですし、ね」

「んぇ? あの人?」

「ルトちゃんも知ってる人です。きっとびっくりするですよ」



 そんな事があって、彼女達二人は騎士団の詰め所へとやってきた。

 ほぼ顔パスで通してくれた上に、騎士団長にあっさりと取りついでくれる騎士団のユルさに少し引きつつも、シフルとルトは応接室へ通される。

 以前この部屋に来た事のあるシフルは、ソファの上をお尻で跳ねまくる。

 頭の上に陣取ったふーちゃんも、激しく上下に揺さぶられる。

 ルトは豪華な調度品に囲まれて落ち着かない様子だ。


 その内にドアが開き、ヒルデが姿を見せる。

 彼女に続いて入室したシズクがドアを閉め、シフルの連れの顔を見て、呆気に取られた。

 ルトの方も、思わぬ遭遇に呆然とする。


「シフル殿、待たせたな。ん? シズク、どうした。ふーちゃん殿をもふもふしなくていいのか」

「な、なんでここにいるの。『ミョルニル』」

「それはこっちのセリフだよ。『グラム』こそ、こんな所で何してんの」

「な、なん……? ミョルニル……!?」


 思わぬ再会を果たした二人の顔を、ヒルデは交互に見比べる。

 しばらくその様子をニヤニヤ眺めた後、シフルは助け船を出した。


「こちらはルトちゃん。シフルの家族になる女の子なのです。もうヘレイナの仲間ではないのですよ」

「ル、ルト。そう、あなたそんな名前だったの」

「あんたこそ、ほだ、ほだ? なんだっけ……。とにかく騎士団に入ってたんだ」

「な、なるほど……? その子は雷鎚の使い手で、でも敵ではないという事……、でいいのか?」

「概ねその通りなのです」


 ひとまずヒルデの混乱は治まったようだが、まだ彼女には疑問が残る。


「ところで、家族になるというのは……」

「実は——」




 ☆☆




 召喚師ギルドの受付に、二人の少女の姿があった。

 一人はA級召喚師のシフル・ガールデン。

 ギルドに出入りする召喚師の中で、彼女を知らない者はほとんどいないだろう。

 もう一人の少女が必死に書類に記入する様子を、隣に立って見守っている。

 力が入って太くなってしまった拙い字で、彼女はなんとか書き終えた。


「ふぅ、きんちょーしたぁ」

「よしよし、よく頑張りましたね」

「えへへ、もっと褒めてー」


 サラサラの銀髪を優しく撫でられ、目を細める。

 そんな仲睦まじい二人を微笑ましく思いながら、受付嬢は手続きを進めていく。

 やがて戸籍の照会も済み、彼女はカウンターへと戻ってきた。

 そして、真新しい白いギルドカードがルトへと手渡される。


「ルト・ガールデンさん。あなたは今日からC級召喚師です。頑張ってくださいね」

「うんっ」


 元気一杯の返事を返して、白いギルドカードを受け取る。

 そこに記された名前を何度も読み返し、ルトは笑顔を浮かべた。


 シフルが両親に頼み込んだのは、ルトを養子に迎えてほしいという願い。

 彼女はこの無茶な頼みを押し通して見せた。

 そして、ヒルデを通して戸籍を作成して貰った事によって、晴れてルトはシフルの家族になったのだ。


 喜びを爆発させ、ルトはシフルに抱きつく。

 勢い良く飛び込んできた彼女を、しっかりと抱きとめる。


「やったよ、シフル。ボク召喚師になれたよ!」

「頑張ったですね。でも、これからはもっと大変なのですよ」

「平気だよ! だって、ずっとシフルが側にいてくれるんでしょ」

「その通りなのです。離れろって言われても絶対離れないのですよ!」


 亜麻色の髪の少女と抱き合う、銀色の髪の少女。

 彼女の名前はルト、名字はガールデン。

 空を飛ぶ鳥を見上げても、もう羨ましいとは思わない。

 大好きな彼女と一緒なら、もっと高くまで——きっとどこまでも飛んでいけるから。

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