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50 天と地・風と雷

 雷を操る大蛇、ニーズヘグ。

 フレズベルクの自然界における唯一の天敵であり、フレズベルクもまたニーズヘグの唯一の天敵だ。

 食うか食われるかの関係を続けている両者が今対峙する場は、幽玄なる大自然の秘境ではない。

 王都郊外の草原地帯、この場所で二体のS級召喚獣が睨みあう。


「さて、コイツは今までにない強敵なのです。油断せず行くですよ」

「キュイイィッ!」


 黒鱗の大蛇は細長い舌を出し入れしながら慎重に出方を窺う。

 緑の巨鳥は大きな翼を羽ばたかせ、低空をホバリングしながら敵を睨みつける。


「レイおねーさんに時間を稼いでもらっている以上、あまりゆっくりとは出来ません。焦らず急いでやっつけるですよ、ふーちゃん」

「キュイィ!」

「まずは小手調べ、ウインドカッターなのです!」


 フレズベルクの周囲、風が圧縮され、真空の刃を生み出す。

 ニーズヘグはすぐさま危機を感じ取った。

 真っ直ぐに射出されたそれは、大蛇の体には届かない。

 巨体に見合わぬ素早さで、敵は地中深くへと潜ってしまった。


「天空の王者・大地の覇者と並び称されるだけの事はありますね。あんなに早く地面に潜るとは」


 シフルとフレズベルクは周囲を警戒し、敵の気配を探る。

 その時、シフルの背後の地面が僅かに盛り上がった。

 主人の危機を察知したフレズベルクはそこへウインドカッターを飛ばす。


「ふーちゃん、違います、後ろです!」


 シフルが叫ぶ。

 彼女の背後の土はフェイク。

 そこに気を取られた巨鳥の死角、大地に穴を開け顔を出したニーズヘグ。

 そこから飛び出すと、大きな口を開いて上空高く飛びかかる。


 シフルの声に、攻撃を気取ったフレズベルクは噛みつきを回避。

 しかし、ニーズヘグはそのまま長い身体を敵に巻き付けた。

 大蛇に巻き付かれたフレズベルクは、もろともに地上に引きずり降ろされる。

 そのまま体を強く締めあげられ、苦しげにうめき声を上げる。

 大蛇は獲物を仕留めるべく、巨大な雷雲を生成し始めた。


「やらせないのです! 筋力強化パワーブースト!」


 シフルは相棒に杖を向け、その力を流し込む。

 赤い光がフレズベルクの全身を包み込んだ。


「振り払うのです、ふーちゃん!」

「キュイィィッ!」


 ニーズヘグの拘束を、力任せに翼をばたつかせて振りほどく。

 ブーストのかかったその力は、大蛇の筋力をかろうじて上回った。

 拘束から脱したフレズベルクは再び上空へと舞い上がり、地上で忌々しげに舌を出すニーズヘグを睨みつける。



 四方から襲い来る雷撃を、玲衣は紙一重でかわしていく。

 いくら剣圧で掻き消しても、次の瞬間には再び再生する雷雲。

 それを生み出しているのは、雷鎚ミョルニルに宿る無尽蔵の雷の魔力。

 これを相手に持久戦を挑むのは、今の彼女達でも厳しいものがある。


 現在玲衣にかけられているのは敏捷強化スピードブースト

 白光を纏って敵を翻弄する非常に強力なブーストだが、どうやらこの相手には相性が悪いようだ。

 ルト本体の攻撃は、今の玲衣に当たる可能性はほぼゼロと言っていいだろう。

 しかし玲衣の周りに浮かぶ雷雲は別だ。

 どれだけ動いても同じ速度でピッタリと玲衣に付き纏い、絶対に離れる事は無い。


「ほらほら、どうしたのさ。逃げてばかりじゃそのうち捕まるよ!」


 防御強化シールドブーストの無い状態では、雷撃と殴撃のどちらを受けても一撃で戦闘不能になる。

 一刻も早くシフルが決着を着けてくれなければ、ルトの言う通りになってしまう。


「シフルちゃん、出来るだけ早くお願い……」



 フレズベルクが撃ち出す風の刃。

 それを地中に潜って回避するニーズヘグ。

 同じような攻防を繰り返す内に、辺りの地面には無数の穴が空いていた。

 その中の一つ、暗闇が光ったかと思うと、穴の中から雷撃が放たれる。

 それ自体は軽々と回避するが、二撃目、三撃目と次々に攻撃が襲いかかった。


「ふーちゃん、気合で避けるのです!」

「キュイィィィ!」


 持ち前の飛行能力と風魔法による姿勢制御で、雷撃の嵐をなんとか掻い潜っていく。

 だが、回避は出来ても反撃の手段がない。

 敵は地中深くに身を隠し、穴の中から雷の魔法攻撃を仕掛けている。

 風を操るフレズベルクにとって、地中は手出しの出来ない場所だ。


「まずいですね……。ふーちゃん、少しだけシフルを乗せるのです!」

「キュイ!?」


 雷撃の嵐の中に主人を連れていくわけにはいかない。

 もし攻撃が当たってしまえば、ただの人間であるシフルはその瞬間に命を落とす。

 それに、もし振り落とされでもしたら……。


「シフルはふーちゃんを信じてるですよ。だから大丈夫です」

「……キュイッ!」


 フレズベルクは雷撃を掻い潜り、主人の頭上に急降下。

 風の魔法で小さな体を浮かび上がらせると、その背中にそっと乗せた。


「よーし、上昇なのです」


 シフルを背に乗せ、巨鳥は天高く舞い上がる。

 草原に無数に空いた穴が、シフルの目からも一望出来た。

 その中が光り、次々に雷撃が襲い来る。


 出来るだけ平行姿勢を保ちつつ、フレズベルクは回避に努める。

 その背中、振り落とされないようにしっかり掴まりつつシフルは身を乗り出す。

 地上の様子を注視する内に、彼女は雷撃に法則制を見つけ出した。

 この攻撃は特定の穴の中からしか来ていないのだ。


「なるほど、こんな感じですか。ふーちゃん、シフルを下ろした後、あの辺りの穴に竜巻をブチ込むのです!」

「キュイィ!」


 再び急降下したフレズベルクは超低空を飛行する。

 シフルは背中から飛び下り、相棒が作り出した風魔法のクッションにぽよよんと着地。

 すぐさま高空に舞い戻ったフレズベルクは風の魔力を練り上げる。

 そして、主人の指示した穴へと攻撃を仕掛けた。

 細長く伸びた竜巻が、穴の中へと吸い込まれていく。


「あの攻撃は決まった穴からしか来なかった。つまり全ての穴が繋がっている訳ではないという事なのです」


 視界の届かない場所に雷雲を生成する事は出来ない。 

 つまり、穴は無数に開いていても繋がっているのは特定の穴のみ。

 その狭い空間にニーズヘグは潜んでいる。

 隠れている場所さえ判明すれば、あとは攻撃を叩きこむだけだ。


 穴の中に侵入した竜巻は、地中に潜むニーズヘグに直撃する。

 竜巻の中に仕込まれた無数の風の刃に体を裂かれ、大蛇はたまらず地上に這い出る。


「引き摺り出しました! さあふーちゃん、ふぃにっしゅむーぶ、いくですよー!」


 魔力をため込んでいたフレズベルクは、主人の言葉で一気にそれを開放する。

 地上に這い出たニーズヘグは、自分の体が少しずつ浮いていくことに気付いた。

 もがき逃げようとするがもう遅い。

 強烈な上昇気流が発生し、大蛇の巨躯を上空へと運んでいく。


「そしてこれがシフルのオリジナル、魔力強化マジックブースト!」


 彼女が独自に編み出した部分強化・魔力強化マジックブースト

 緑の光がフレズベルクを包み込み、その膨大な魔力がさらに強化される。

 上昇気流はやがて巨大な竜巻へと姿を変え、ニーズヘグを飲み込んだ。

 その中に飛び交う無数の風の刃が、硬い黒鱗を切り裂いていく。

 やがて竜巻が消え、ニーズヘグはゆっくりと落下を始めた。


「トドメの一撃、ブラスターソニック! 決めるのです!!」

「キュイイィ!」


 巨鳥の両翼が風の刃を纏い、研ぎ澄まされた剣となる。

 無防備に落下するニーズヘグ目がけて飛翔したフレズベルクは、高速で敵とすれ違う。

 鋭い翼によって斬り裂かれ、大蛇はその体を両断された。

 二つに分割された巨体が地へと堕ち、粒子となって消えていく。


 勝利の余韻に浸る暇などない。

 消えていくニーズヘグには目もくれず、ルトの元へとシフルは走って行った。




 ☆☆




 雷鎚を振り下ろした先に、もう玲衣はいない。

 渾身の一撃は空振りに終わり、地面を陥没させるだけに終わる。


「もう、ちょこまかと! いい加減潰されてよ!」


 ルトの胸中にあるのは焦り。

 たとえS級召喚獣だとしても、召喚師のサポートが無ければその力を十分に発揮する事は出来ない。

 自由に戦わせるだけでは、ニーズヘグはシフルには敵わないだろう。

 じきにシフルはニーズヘグを倒し、こちらにやってくる。

 その時、彼女は自分にどんな言葉を浴びせるのか。


 大好きなシフルが自分に拒絶の意思を向ける。

 一度味わった絶望をもう一度経験することは、ルトには耐えられない。

 一刻も早く聖剣の宝玉を奪い、この場から消え去りたかった。


「早くやられてよ! じゃないと……」

「私だって、大人しくやられてあげる訳にはいかないの」


 焦れるルトに玲衣は言葉を返す。

 その時、吹き荒れる突風の音が二人の耳に届いた。


「——っ! 竜巻!? シフルちゃん、やったんだ!」


 正面に対峙する玲衣は、ルトの背後を見てそう言った。

 彼女の言葉に、ルトはその視線を追う。

 背後に目を向けたルトが見たものは、巨大な竜巻の中で切り刻まれる大蛇の姿。


「あ……」


 間に合わなかった。

 言葉を失い立ちつくすルトは、落下するニーズヘグが一刀両断される様を呆然と見つめる事しか出来ない。

 真っ二つになった大蛇は粒子となって消滅していく。

 同時に、ルトの体を凄まじい衝撃が襲った。


「あぐうぅぅッ! ぐっ……、げほっ、がはっ!」


 S級召喚獣が倒されることによる反動は極めて大きい。

 並の人間が受ければ、良くて昏睡、命を落とす事も珍しくない。

 ミョルニルの身体能力強化エンハンスを受けていたルトは、幸い戦闘続行不可能になる程度・・で済んだ。

 雷鎚を取り落とし、その場に膝を付いて荒い息を吐く。

 両手で胸を押さえて咳き込む彼女の視線の先には、こちらに駆け寄る一人の少女。

 一番大好きで、今一番会いたくない少女の姿があった。

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