05 もふもふ
「リンちゃん、もふもふさせて!」
「は?」
朝食をとっている途中、突然玲衣がこんなことを言いだした。
「いや、意味わからん」
「その髪だよ! もふもふのツインテール!」
リンナの腰まで届く長い髪をまとめた、ボリューミーなツインテール。
彼女が頭を動かすたび、ふわふわと左右に揺れる。
それを手でもふりたい、あわよくば顔をうずめたい。
そんな欲望が、玲衣の中でムクムクと育っていた。
「嫌に決まってるだろ。それより今日は街に出るんだから、レイも色々準備しとけよ」
玲衣の作ったサラダとスパイスの利いたスープをおいしくいただきながら、冷たくあしらうリンナ。
さらにパンをほおばり、ご満悦の様子だ。——玲衣曰く、これは手抜きらしい。
「うう、リンちゃんが冷たい……。私は諦めないからね!」
「さて、レイ。出かける準備はできたか?」
朝食も終わり、いよいよ広い王都に出かける時がきた。
日用品や食糧、玲衣の服やら必要なものはいくらでもある。
「もう少しで終わるから待って……て」
鏡の前で身だしなみを整えていた玲衣だったが、玄関でスタンバイするリンナを見てぎょっとする。
物凄い大荷物を背負っているのだ。
「リンちゃん!? 何その荷物! 何が入ってるの?」
「いざという時のために色々とな。準備万端、抜かりなし」
「いやいや、買わなきゃいけないものいっぱいあるのに、そんな荷物もっていけないでしょ!?」
得意げな顔で解説するリンナの荷物を、玲衣はひっぺがす。
「ああっ、何を……」
「サイフと地図があれば十分。さ、行こ」
「迷った時のための食糧が、はぐれた時の発煙筒がぁぁ」
そして、荷物へと両手を伸ばすリンナをズルズルと引きずって、ドアを閉め、鍵を掛けた。
☆☆
王都の中心街は、多くの人が行き交うまさに中心地だ。
きれいに舗装された石畳の大通りに軒を連ねるのは様々な店舗や露店。
買い物客や観光客、王宮の騎士や召喚師など、大いに賑わいを見せている。
そんな中、玲衣はあちこち見渡しては感嘆の声を上げ、リンナは玲衣の後を不安そうについてきていた。
「あの店武器売ってる! うわ、あの人鎧着てる! ねえねえリンちゃん、あそこの店は……って」
「うぅ、人が多すぎる……。もしはぐれたら二度と生きて帰れない……」
「リンちゃん大げさだよ」
何も持っていない心細さに加え、昨日の迷子がよほどトラウマになっているようだ。
そんなリンナを見かねた玲衣は、文字通り救いの手を差し伸べる。
「ほら、手繋ご。そうしたらはぐれないでしょ」
「レイ……」
二コリと笑い、差し出された彼女の手。
その手をリンは握り、ぎゅっと繋ぐ。
絶対に離れないように。
「ほら、まずは服見に行こうよ」
「……そうだな、行こう」
並んで歩きだす二人。
繋いだ手の暖かさに、リンナの小さな不安など、もはやどこかへ飛んで行ってしまった。
まず二人が足を踏み入れたのは洋服屋。
色とりどりの服、下着などが並び、試着室も完備である。
「うわあ、すごい品ぞろえだね」
「私も驚いた……。故郷の服屋とは全然違う」
玲衣は目についた白いシャツとピンクのミニスカートを購入した。
試着室を利用して買った服に着替えた玲衣。
着ていた制服を買い物袋に押し込むと、他にも数着みつくろっていく。
「まだ何着か必要だよね。パジャマも忘れずに、っと」
数着の服とパジャマ、下着を購入。
店内を見て回っていたリンナに声をかける。
「リンちゃん、待たせちゃったね。ごめん」
「いや、この店広いから、退屈はしなかった」
「リンちゃんもなにか買う?」
「私は特に服には困ってないからな。持てるだけ持ってきたし」
会話の中、玲衣の視線がリンナの背後へと向いた。
「あ、リンちゃん、このワンピース似合うんじゃない? それからこのメイド服、いやいやこのゴスロリも捨てがたい。いや待て、これもなかなか……」
「……さ、さあ。次は武器屋に行こう」
「え!? 武器屋! 行く行く!」
着せ替え人形にされる危機を察知したリンナは、辛くも逃げおおせたのだった。
店員の一礼を受けながら、手を繋いで店を出る二人。
人ごみをかき分けかき分け進んでいく。
ふと、ある一軒の店が玲衣の目に止まった。
軒先にズラリと無色透明の宝玉が並び、店の奥には黄色の宝玉も見える。
「リンちゃん、あれって召喚獣の宝玉じゃない?」
玲衣の声に、店へと目を向けるリンナ。
ああ、と納得したようにうなずく。
「あそこは召喚獣を売ってる店だな。基本的にC級とB級のものしか置いてないけど」
「え、召喚獣って買えるの!?」
驚きの声を上げる玲衣に、当然とばかりにリンナは返す。
「牧場で育てた個体を宝玉に登録させてるんだ。ただしA級以上は危なくて育てられない。野生のものを捕まえるしかないんだって」
「……ぼくじょう」
牧場で育てたものを店で買う。
玲衣の中の召喚獣のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていった。
武器屋で鋼鉄の剣を購入した二人は、食材を求めて王都の西側へと歩いてきた。
人ごみも中心街ほどではなくなってきたが、繋いだ手はそのままに。
王都の西側には、食料品店や日用品店がずらりと並んでいる。
道行く人々も、街の住人の姿がほとんどだ。
もっとも外食店もあるため、全く観光客の姿が無いわけではないが。
「これが私の剣……。あぁ、すごい異世界って感じ……」
腰にさげた鞘に収まった鋼鉄の剣、うっとりと眺めながら玲衣は柄をさする。
リンナはその様子を見て、ちょっと理解できないといった様子。
「ところで結構買い物したよね。まだお金に余裕ある?」
「大丈夫、この通りまだたっぷり……」
リンナが懐から硬貨のつまったサイフを取り出した瞬間、男がぶつかり、走り去っていく。
「いたっ」
「リンちゃん大丈夫? なに今の人!」
「私は大丈夫……。あれ、無い! サイフが無い!」
玲衣は走り去っていく男に目を向ける。
その手にはリンナのサイフがしっかりと握られていた。
「……リンちゃん、ちょっとここで待っててくれる?」
静かに怒りをはらんだ声。
繋いだ手の温もりが離れ、リンナは少し心細くなる。
「すぐ戻ってくるから」
次の瞬間、玲衣は石畳を強く蹴り、凄まじい速度で男の眼前に回り込んだ。
「ひっ、どうなってやがる!」
ひどく狼狽しながらも、男は懐から宝玉のついた杖を取り出した。
この男も召喚師——だが召喚する暇など与えるものか。
穏便に済まそうと思ったが、そっちがその気なら仕方ない。
玲衣は強く拳を握ると振りかぶり、しかし直前で思い直す。
全力で殴り飛ばしたら、死んでしまうのでは?
「リンちゃんのサイフ盗ったこと、反省しろっ」
そして思いっきり平手打ちをお見舞いした。
「ぶべぇ」
男は三回転ほど空中で回ったあと、地面に倒れ伏し、意識を失った。
その頬は真っ赤に腫れあがっているが、命に別状は無さそうだ。
リンナのサイフを取り戻すと、周囲から歓声が上がる。
「すげぇな、姉ちゃん!」
「こいつ前に私のサイフをスった奴じゃん! スカッとしたわ」
「もしかしたら騎士団長殿より強えぇんじゃねえの」
周囲の声に、照れくさそうに頭を掻く玲衣。
騒ぎの中、リンナが駆け寄ってくる。
「レイ、大丈夫か」
「私はなんともないよ。はいリンちゃん、取り返したよ」
玲衣がリンナにサイフを手渡すと、リンナはホッと息を吐いた。
その後、騒ぎを聞きつけた騎士団に男は連行されていく。
二人はまたギュッと手を繋いで歩きだした。
食材と日用品を買い終え、レストランで昼食も済まし、二人が帰宅した後。
リンナはおずおずと玲衣に話を切りだした。
「レイ、さっきはその、ありがとう。サイフ取り返してくれて」
その後言葉を切り、顔を赤らめながらもじもじしている。
「だからその……お礼、っていうか……。朝言ってたあれ、やっても……いい、ぞ」
耳まで真っ赤にしてうつむくリンナ。
玲衣はあまりのことに目を白黒させている。
「ほ、ほんとに? もふもふ、いいの?」
リンナはなにも言わず、ただ首を縦に振る。
玲衣は我慢の限界だった。
否、我慢などもはや必要ない。
玲衣とリンナは向かいあって座る。
玲衣は背筋を伸ばして正座。
リンナは顔を赤くして目線をそらし、マントの裾を指でいじっている。
「ゴクリ……」
おそるおそる、震える手で玲衣はリンナのツインテールに手を伸ばす。
その指先が、蒼白の髪へ触れた。
「おぉ……。これは……」
指が埋もれる。
ふわふわとした心地よい触感。
自分の指をきめ細やかな髪が包み込む感触に、背筋を電流が走りぬける。
指を、腕を動かし、極上の触り心地を堪能する。
「んぅ……っ」
くすぐったそうに身をよじり、甘い吐息を漏らすリンナ。
ふわりと髪が揺れ、シャンプーの香りが玲衣の鼻腔をくすぐる。
時間を忘れ、玲衣はリンナをもふもふし続けたのだった。
☆☆
コンコン、と響くノックの音。
入れ、と声が聞こえると、騎士団員はドアノブを回す。
「失礼します。騎士団長殿、報告に上がりました」
「おぉ、御苦労。今日もかなりの量だな」
騎士から手渡された各種書類。
それに目を通していく中、騎士団長と呼ばれたその女性は、ある書類に目が止まった。
「ん? なんだこれは。スリの取り調べ報告書? なぜこんな物が私の所へ」
その内容を読み進めるうち、その目は真剣なものへと変わっていく。
「この報告、確かなのか? 生身の人間にこんな芸当ができるなどと」
「目撃証言も多く上がっています。間違いありません」
「そうか……。興味深い! これは面白いぞ!! ハーッハッハッハ!」
執務室に豪快な笑い声が響いた。