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49 雷鎚・ミョルニル

 王都の上空高く、シフルを背に乗せたフレズベルクが繰り返し旋回する。

 その視力を以てしても、広い王都ヴァルフの人ごみの中から小柄な少女一人を見つけ出すのは極めて困難だった。


「ふーちゃん、やっぱり見つかりませんか?」

「キュイィィィ……」


 相棒の浮かない声に、シフルは肩を落とす。

 あの時なぜあんな事を言ってしまったのか。

 時間を巻き戻せるのなら、あの時に戻りたい。

 そんな取りとめも無い考えを振り払い、シフルは広い背中から身を乗り出す。

 彼女の目では豆粒ほども人の姿は見えないが、それでも何もせずにはいられなかった。


「ルトちゃん、今どこにいるのです。いたら返事して欲しいのです」


 聞こえるはずの無い言葉。

 たとえ聞こえたとしても、今度はシフルの耳に届かないだろう。

 そう、初めて出会った時の轟雷のような返事でもなければ。


 ——ズガアァァァァン!!


「うひゃあああああああ!!!」


 鳴り響く轟音に、シフルは思わず飛び上がる。

 そして、願いが通じた事に感謝した。

 音が聞こえたのは、王都東側の草原地帯。


「ふーちゃん、あっちなのです。見えますか?」

「キュイィッ!」


 フレズベルクの目が、ドーム状に広がる電撃の壁と三人の少女を捉えた。

 素早く旋回し、真っ直ぐにその場所へと飛んでいく。


「見つけたですよ、ルトちゃん。謝りたい事、伝えたい事、いっぱいあるのです。だから待ってて下さいね……!」




 ☆☆




「やっぱり強いんだ。まぁヘレイナの腕を飛ばしたくらいだもんね。この程度じゃやられないと思ったけど」

「ルトちゃん、一体何があったの?」


 玲衣の問いかけに、ルトは鬱陶しそうに顔をそむける。


「うるさいなあ、最初から演技だったんだよ。ユダンさせるための!」

「嘘。アイスクリーム屋さんですごく楽しそうにしてたよね。あんなの絶対に演技じゃ出来ないよ」

「うるさいうるさいうるさい! もう黙っててよ! 黙ってボクにやられちゃってよ!!」


 明確な拒絶。

 やはり自分では彼女の心を動かすのは無理だと玲衣は思い知る。

 せめてこの場所に彼女が、シフルがいてくれれば。


「レイ、ぼさっとするな! 来るぞ!」


 窪みの上から聞こえたリンナの言葉に、玲衣は我に帰る。

 彼女の前で、ルトは雷鎚を両手で持って回転を始めた。

 その速度は、遠心力によってみるみる増していく。

 勢いを付けた雷鎚を玲衣に叩きつけ、一気に勝負を決めるつもりだ。


「早く上がって来い、そこは危険だ!」

「そうだね、このままじゃまずそうだ……」


 確かにすり鉢状に窪んだこの場所は、逃げ場が少ない。

 幸い足場は安定していて踏ん張りが効く。

 玲衣はその場から跳躍し、クレーターの外へと飛び出した。


「それで逃げたつもり!?」


 ルトは回転の勢いのまま、ミョルニルを地面に叩きつける。

 地に走る極大の衝撃。

 雷鎚の一撃を受けた地盤は粉々に吹き飛ぶが、彼女の狙いはそんな事ではない。

 彼女が叩きつけた力の反発は、小柄なその体を大砲の弾のように射出した。


「速い!」

「避けろ、レイ!」

「逃がさないってば!」


 急速接近するルトを前に、玲衣に残された時間は無かった。

 回転の勢いはそのままに、力任せに雷鎚が振り下ろされる。

 腕をクロスさせて防御の姿勢を取ることしか、彼女には出来ない。


「潰れちゃえっ!」


 ズガアァァァァン!!

 あまりにも重い一撃と同時に、雷撃までもが玲衣を襲う。


「あぐうぅぅぅっ!!!」


 彼女の体は防御強化シールドブーストに守られてはいるものの、この一撃を防ぎきる事は到底不可能だった。

 雷鎚の殴撃に全身の骨が軋み、受け止めた腕が衝撃に裂けて血が噴き出す。

 さらに、流れる電撃がその全身を苛んだ。


「もういっぱああぁぁぁぁつ!」


 膝から崩れ落ちた玲衣の頭に、止めの一撃が振り下ろされる。

 いくら防御強化シールドブーストでも、急所にあの威力の攻撃を受ければ確実に命を落とすだろう。

 迫りくる雷鎚が、スローモーションに見える。

 こんな所で終わる訳にはいかない。

 何とか体を動かし、横っ跳びで回避する。

 コンマ数秒前までいた場所が陥没し、小さなクレーターが出来た。


「もう、大人しくボクに潰されちゃってよ!」


 逃げた玲衣を追い、雷鎚が次々振り下ろされる。

 その攻撃を避けるばかりで、玲衣は反撃に出ようとはしない。

 剣も鞘に収まり、腰から下がったままだ。


「レイ、何をしてるんだ、剣を抜いて戦ってくれ!」

「でも、この子はシフルちゃんの友達なんだよ? そんな子に剣を向けるなんて出来ない!」

「だからって攻撃を避け続ければ何かが変わるのか!? そいつの心を動かせるのはシフルだけだ!」

「それは……!」


 殴打の嵐を掻い潜りながら、玲衣は思い直す。

 確かにルトの心を動かせるのはシフルだけだ。

 自分が何を言っても彼女の心は動かない。

 だからと言って、この場で待っていても都合よくシフルが来るなんて事はまずないだろう。

 だったらルトを大人しくさせて、シフルの前に連れていくのが解決への一番の近道だ。


「そう、だね。ごめん、リンちゃん。私、優しさを履き違えてたみたい」

「何さっきからぶつぶつ言ってんのさ! ボクに潰される覚悟でも出来た!?」


 横殴りの攻撃を、バックステップで回避し間合いを空ける。

 そして、腰に下げた剣を玲衣は抜き放った。


「覚悟は出来たよ。シフルちゃんの友達に怪我させるかもしれない覚悟がね」

「なにソレ、ボクに勝つ気でいるんだ。すっごいムカつくんだけど」


 剣を構え、玲衣は相手の隙を窺う。

 電撃をミョルニルに纏わせ、ルトは構わず直進する。

 カウンターを浴びせるべく、玲衣が剣を握りしめた瞬間。

 二人の間に突風が吹き荒んだ。


「うわっ!」

「風!? これってもしかして……」


 突風にバランスを崩しそうになったルトは、急ブレーキを掛ける。

 舞い上がる砂埃から目を庇いながら、玲衣は空を見上げた。

 彼女が見たのは、太陽を背にして風の魔力を放つ緑の巨鳥の姿。


「フレズベルク……。って事は、シフルちゃん、来てくれたんだ」

「えっ、シフル……? 何でここに……」


 フレズベルクの背中から身を乗り出したのは、紛れもなくシフル。

 彼女がこの場に現れる事は、ルトにとって全くの予想外だった。


「何をやってるんですか、二人とも! どうして武器なんて向けあってるのです!」


 ゆっくりと降下し、地上に降り立ったフレズベルク。

 その背中から飛び下りると、シフルは二人の元へ駆け寄る。


「ルトちゃん、やっとみつけたのです。ずっと探してたのですよ?」

「……今さらなにしに来たのさ。ボクの事なんて嫌いになったんでしょ! だったらもうほっといてよ!!」

「嫌いになんてなってないのです! シフルはただ、ルトちゃんに謝りたくて——」

「嘘だ! もう早くどっか行ってよ! じゃないとシフルも叩き潰しちゃうよ!」


 ミョルニルを肩に担ぎ、ルトはシフルを睨みつける。

 彼女の持つハンマーの只ならぬ力を、シフルは感じ取った。


「レイおねーさん、あの武器は一体……」

「あれは雷鎚・ミョルニル。七傑武装セブンアームズの一つだよ」

七傑武装セブンアームズって、それじゃあルトちゃんは……」

「——そうだよ、ボクは最初からシフルの敵だったんだ。シフルの事を騙してたんだ!」


 震える声でルトは叫ぶ。

 シフルが今、どんな顔で自分の事を見ているのか。

 確かめる事が怖くて、彼女の顔を見る事が出来ない。


「ルトちゃ——」

「ボクは今この二人と戦ってるの! シフルはコイツとでも遊んでて!」


 ルトが懐から取り出したのは青色の宝玉。

 最高位の力を秘めたS級召喚獣の宝玉だ。

 宝玉を真上に放り投げると、空いた右腕で召喚杖を取り出す。

 落下する宝玉を先端で受け止め、召喚の為の祈りを捧げた。


「さあ、来い! ニーズヘグ!!」


 宝玉が強い光を放つ。

 青い光の奔流が作り出す長大なシルエット。

 姿を現したのは、刺々しい黒鱗に全身を覆われた大蛇だ。


「ニーズヘグ、S級召喚獣ですか。コイツを黙らせないと、ルトちゃんに話を聞いて貰えそうもないですね。いくですよ、ふーちゃん!」

「キュイイィィ!」

「レイおねーさん、S級召喚獣が倒された時の反動は極めて大きいのです。最悪の場合命を落とす事もあります。でも、雷鎚の身体能力強化エンハンスがあれば、きっと十分耐えられるのです」

「わかった、シフルちゃん。アイツを倒すまで、戦いを長引かせればいいんだね」

「その通り。頼みましたよ、レイおねーさん!」


 杖を握りしめ、シフルはニーズヘグと対峙する。

 雷の魔力が渦を巻き、特大の雷雲が生成される。

 しかし、彼女を狙った雷撃が撃ち出される前に、フレズベルクの生み出した突風がそれを掻き消した。

 大蛇は巨鳥を睨みつけ、ターゲットをそちらに向ける。



「なに? シフルが勝つまでの時間稼ぎ? そんな余裕ホントにあるのか確かめてあげるよ!」


 雷鎚の柄を両手で握りしめ、ルトは玲衣へと向かっていく。

 縦振りの殴撃を、横っ跳びで回避。

 巨大な鉄塊が撃ちおろされた隙を付き、カウンターの峰打ちを浴びせようとする。


「レイ、後ろだ!」

「え?」


 リンナの声に背後を見る。

 中空に浮かぶのは、ゴロゴロと不気味な唸りを上げる小さな雷雲。

 そこから撃ち出された雷撃が、玲衣へと襲いかかる。


「ああ゛あ゛ぁぁぁぁッ! くっ……」


 全身に流れる強烈な衝撃。

 防御強化シールドブーストが無ければ命を落としていただろう。

 膝を付き、荒い息を吐く玲衣。

 その周囲に、さらに四つの雷雲が生み出された。


「ミョルニルは雷を操る力を持っているんだ。ボクをナメ過ぎたね。これで終わりだ!」

「はぁはぁ……、リンちゃん!」

「分かってる、筋力強化パワーブースト!」


 リンナはすぐさま送り込む力を切り換えた。

 玲衣の体を包む光が、青から赤へと変わる。


「力を強くしたって、何の意味が——」

「どりゃあああぁぁぁぁぁぁっ!」


 玲衣は剣に全身全霊の力を込めて、その場で一回転しつつ周囲を薙ぎ払った。

 剣圧と風圧が、彼女を取り囲む雷雲を消し飛ばす。


「シフルちゃん、なんとか時間を稼いで見せるから……」


 シフルの方の戦局はどうなっているのか、それを確かめる余裕は無い。

 すぐさま生み出された雷雲と共に、ルトは怯むことなく猛攻を開始する。

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