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47 本当の食べ方

 白紙の紙にたどたどしく字が書かれていく。

 力が入り過ぎて震えるペン先で、彼女は二つの文字を書き終えた。


「ル……ト……っと」

「凄いのです、ルトちゃん! 自分の名前を書けるようになったのです!」


 真横で見守っていたシフルは、割れんばかりの拍手を送る。

 ルトがシフルの家にやってきて二週間が経った。

 始めのうちは見本となる字を見ながら、それでもかろうじて判別可能な程度の字しか書けなかった彼女は、ついに何も見ずに自分の名前を書けるようになったのだ。

 シフルの称賛にルトは胸を張り、鼻高々といった様子。


「へっへーん。前々から思ってたけど、やっぱりボクってテンサイだね! シフル、もっと褒めていいよ」

「よしよし、本当に凄いのですよ。シフル、少し感動したのです」


 サラサラの銀髪を撫でながら、シフルは褒め称える。

 彼女の努力を間近で見てきたからこそ、感慨もひとしおだ。

 シフルに頭を撫でられたルトは、少しくすぐったそうに身をよじる。


「えへへ、シフルに撫でられるの好き〜」

「シフルで良ければいつでも撫でてあげるのですよ」


 彼女の髪は当初、荒れに荒れていた。

 泥やら召喚獣の返り血やらがこびり付き、その大雑把な性格も相まってケアも全くされていない状態だったのだ。

 ショートカットの髪型は、髪が伸びたから鬱陶しいので自分で切る、を実行した結果である。

 しかし、シフルが一緒に入浴して丹念に頭を洗い、入浴後のヘアブラシも欠かさず行った結果、きめ細やかな本来の髪質が戻ったのだった。


「ルトちゃんの髪、サラサラなのです〜。これじゃあシフルのご褒美なのですよ〜」

「んぅ? これがシフルへのご褒美なら、ボクには他にご褒美があるってコト?」

「おう、そう来ましたか。でも実際、ルトちゃんとっても頑張りましたし……」


 シフルは少しの間考えを巡らせ、何か思い立ったようだ。


「そうだ、ご褒美にあそこへ連れて行ってあげるのです」

「あそこって?」


 ルトは首を傾げるが、シフルは何やら含み笑いをするのみ。


「ふっふっふ、それは着いてのお楽しみなのですよ。おっと、あそこはふーちゃんは入れないのでした」

「ふー……」


 頭の上にいたふーちゃんは、シフルのベッド脇の寝床に移された。

 不満げな声を上げるが、干し肉一つを貰うと留守番を承諾したようだ。

 翼をふりふり振って二人を見送る。


「いってきますですよ、ふーちゃん。それでは早速れっつごーなのです」




 ☆☆




 王都ヴァルフの中心に位置する繁華街。

 多くの人々が行き交う大通りを、シフルはルトと共に目的地を目指して進んでいく。

 行き先も分からないまま、ただただルトは彼女に付いて行く他ない。


「ねえシフル〜、そろそろどこ行くか教えてよー」

「もうすぐなのですよ。ほら、見えたのです」


 シフルが指をさす先、その看板は立っていた。

 一文字一文字が違う色で書かれたカラフルな看板。

 そこに記された文字を、ルトは一文字ずつ読んでいく。


「あ・い・す・く・り・ー・む?」

「正解なのです。勉強の成果、ばっちり出てるのです」


 シフルが連れてきたのは、王都でも指折りのアイスクリームショップ。

 この店の売りは、噛むとシャリシャリと音を立てて弾ける独特の食感だ。

 A級召喚師の店長が操る氷の魔法を使う召喚獣によって生み出された微細な氷の粒が、アイスクリームの中に混ぜ合わされている。

 この氷によって生み出される唯一無二の食感によって、一躍有名店の仲間入りを果たしたのだ。


「アイスクリームってデザートってやつでしょ。一度だけ食べたコトあるけど甘いだけでお腹も膨れないし、ボクあんまり好きじゃないかなー」

「むふふ、それはルトちゃんが本当の食べ方を知らないからなのです。さあ、シフルと一緒にごーごーですよ」

「わっとと。割とゴーインだよね、シフルって」


 ルトの手を引いて店の前まで走り、シフルは店のドアノブに手をかける。

 すると、全く同じタイミングでドアを開けようとする、ルトと同じぐらい小さな手とかち合った。

 慌てて手を引っ込めると、シフルは謝罪の言葉を口にしながら相手の顔を見る。


「ご、ごめんなさ……あれ?」

「いや、私の方こそ……ん?」


 シフルが見たのはよく見知った顔。

 偶然の遭遇に驚くシフルだが、相手の方も同じような顔でこちらを見ている。

 そして、その後ろにはこれまた顔なじみの姿。


「リンナおねーさんじゃないですか。それにレイおねーさんも」

「シフル、それにルトだったか。お前たちもこの店に来たのか?」

「そうなのです。頑張ったルトちゃんへのご褒美なのですよ。それよりお二人はまたデートなのですね?」

「ちょっ! 違うから! 任務達成のお祝いにってレイが……!」


 シフルがリンナをからかって、顔を赤くしたリンナが必死に反論する。

 そんないつもの光景を尻目に、玲衣はルトに挨拶する。


「こんにちは、ルトちゃん。今日はご褒美でここに来たんだ」

「そうなの。ボクが勉強頑張ったからって、シフルが連れて来てくれたんだ。でももっとお腹が膨れるものが良かったなー」

「スイーツ苦手なんだ。珍しいけど、まあそういう事もあるか。シフルちゃんに頼んでお店変えて貰うとかは?」

「それがさ、シフルはボクが本当の食べ方を知らないって言うんだ。よく分かんないよねー」

「食べ方……。あ、そういうことか。私もリンちゃんとだったら何倍も美味しくなるし……」

「んぇ? どゆこと?」

「もうすぐ分かると思うよ。ほら、リンちゃん、そろそろお店に入ろう? ここじゃ他のお客さんの迷惑になっちゃうよ。二人も、もし良ければ私たちと一緒に食べない?」


 身振り手振りを交えながら必死に弁明しているリンナに声をかけ、玲衣はドアノブに手をかける。


「そうなのです。リンナおねーさんで遊んでる場合ではないのですよ。さあルトちゃん、今度こそ入店なのです」

「あ、うん。一体何なんだろう、本当の食べ方って……」


 首を傾げながらも、ルトはシフルに付いていく。

 玲衣がドアノブを回してドアを開けると、シフルとルトは店内へと入っていった。


「全くシフルは……。いつか年上の威厳というものを見せてやらなければ……」


 腕を組んでシフルの背中を見送るリンナ。

 そんな彼女に、玲衣はニッコリと微笑んだ。


「仲良いよね、シフルちゃんと。——ちょっと妬けちゃうかなぁ」

「ひっ!? は、早く入ろう、レイ! ア、アイス楽しみだな、うん」


 彼女の目が笑っていなかった気がするのは、きっと気のせいだろう。

 リンナが急いで入店すると、玲衣は静かにドアを閉めた。



 店内に漂う、ひんやりとした空気と甘い匂い。

 ピカピカの白い壁とピンク色のよく磨かれた床が、清潔感を演出する。

 透明なガラスのショーケースの中には、色とりどりのフレーバー。

 中に入った瞬間、まるで別世界に来たかのような錯覚を覚える。


「うわー、良い感じのお店だね、リンちゃん。まさにデートって感じ」

「ん、そうだな。……いや、違う! デートじゃないから!」

「またそう言うんだ……。いい加減認めちゃえばいいのに。ねえ、シフルちゃん」

「そうですよ、リンナおねーさん。ヘタレるのにも限度ってものがあるのです。シフルは胸を張って言えるのですよ、今日はルトちゃんとデートだと!」

「シフル、デートってナニ? おいしいの?」

「あぁ……、いいのです。そのままのルトちゃんでいいのですよ」


 キョトンとしたルトを、少し悲しげな目で見つめるシフル。

 その無垢さは、耳年増な彼女には少し眩しすぎた。

 玲衣はリンナを連れて早速ケースの前に行くが、豊富なメニューにあれこれ目移りしてしまう。


「リンちゃん、何にする? 私はイチゴかな」

「そうだな、私は……。メロンにしようと思う」


 注文の決まった二人は、店員にオーダーして料金を払う。

 カップに大盛りに盛られたイチゴとメロンのアイスを、二人はそれぞれ受け取った。


「じゃ、二人とも。私たちは先に席に着いてるからな」

「えへへ、リンちゃん、食べさせあいっこしようね」

「うえぇっ!?」


 玲衣とリンナは店の奥のテーブル席へと移動していく。

 二人のやり取りを、シフルは生温かく見送った。


「あの二人は相変わらずなのです。ちょっとシフルが背中を押してやらねばですね」

「うぅ〜。ねえシフルー、たくさんあり過ぎてわかんないよぉ。どれがおいしいのかもわかんないし、シフルが選んでよ」

「おっと、そうですね。ルトちゃんはスタンダードにバニラ……いや、捻りが無さ過ぎるか。それならチョコレートですかね。シフルはオレンジにするですよ」

「チョコレートかー。よくわかんないけど、シフルが選んでくれたならいっか」


 店員に注文を告げ、シフルも二人分のカップを受け取る。

 店の奥に進むと、既に玲衣とリンナは隣り合って席に座り、アイスを食べ始めていた。


「おーい、シフルちゃん、ルトちゃん。こっちだよー」

「お待たせなのです。いやはや、お二人のデートを邪魔してしまって申し訳ないのですよ」


 二人の向かい側に、シフルとルトは腰を下ろす。

 シフルの発言にリンナがツッコミを入れるよりも先に、玲衣が言葉を返した。


「気にしないで、シフルちゃん。ほら、ダブルデートってやつだと思ってさ」

「なるほど、そういうのもありますね。さすがレイおねーさん」


 深く深く頷くシフル。

 ルトはこのやり取りには全くついていけないため、早速スプーンでチョコアイスを掬うと、口へ運ぶ。

 口の中に広がる冷たさと甘さ、そしてシャリシャリとした食感。

 確かに悪くは無いが、やっぱりお腹の足しにはならない。


「シフルには悪いんだけど、ボクやっぱり……」

「はい、ルトちゃん。あーんなのです」

「んぇ? なにしてるの、シフル」


 スプーンの上に自分のアイスを乗せ、目の前に差し出された。

 彼女のその行動の意味が分からず、ルトは首をかしげる。


「いいからいいから。ルトちゃんは口を開けるのです」

「う、うん。あー……」


 大きく口を開いたルトの舌の上に、シフルはオレンジのアイスをそっと乗せた。

 ルトは彼女の満面の笑みを見ながら、シャクシャクと音を立てて咀嚼する。

 何故だか胸の辺りが暖かくなり、嬉しいという気持ちが溢れていく。


「おいしい……。おいしいよ、シフル!」

「よかったのです。これが女の子のスイーツの食べ方なのですよ。友達や恋人、大切な人と一緒に食べると、何倍もおいしくなるものなのです」


 そうは言うが、シフル自身にそのような体験をした事は無い。

 彼女は耳年増である。


「シフルもボクの食べてよ! ほら、あーん」

「では遠慮なく。あー……」


 お返しにチョコアイスをシフルの舌の上に乗せる。

 その味を味わいながら、彼女も顔をほころばせた。

 さて、完全に二人の世界に入っているが、このテーブルにはもう二人座っている。

 目の前で繰り広げられる微笑ましい光景に、玲衣はじっとリンナの顔を見つめる。

 何かを言いたげなその視線に、リンナは必死に明後日の方向を向いた。


「ねえ、リンちゃん……」

「やらないぞ! 絶対やらないからな!」


 深い深いため息が、玲衣から吐き出された。


「あれ、シフル。口の横にアイス付いてるよ」


 お互いにひたすら食べさせあっていた二人。

 ルトはシフルの唇のすぐ脇に、チョコアイスが付いている事に気付く。


「おっと、どこなのです? 乙女として付けっぱなしで街は歩けないのです」


 テーブルに備え付けてあるナプキンを手に取り、シフルは位置を教えてもらおうとする。

 ところが、ルトはおもむろにシフルに顔を近づけると。


「ここだよっ」


 ぺロリ。

 舌で綺麗に舐め取った。


「な、な、ななななんっ!?」


 顔を真っ赤に沸騰させ、シフルは言葉を失う。

 ルトは無邪気に笑い、自分のチョコアイスを頬張った。


「ホントにおいしい。ありがと、シフル。これからももっと色んな事教えてね」

「は、はいなのです……。あうぅ……」


 完全な不意打ちを食らい、シフルはあえなく轟沈した。

 その様子を正面から見守っていた玲衣は、何か言いたげにリンナを見つめる。


「や、やらないからな! たとえ二人きりでも、あれはさすがに無理だからな!」

「別に、もうリンちゃんには期待してないよ。だから……」


 リンナの唇の脇に付いたメロンアイスの欠片。

 そこを目がけて玲衣は顔を寄せる。

 そして、ぺロリと舐め取って見せた。


「だから、勝手にやらせて貰いましたっ。えへへ」

「……………………」

「あれ? リンちゃん? もしもーし」

「駄目ですね、完全にふりーずしてるのです」

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