46 真っ直ぐに気持ちを込めて
B級召喚師であるリンナに回される依頼は、王都のごく近場に現れる下級召喚獣の討伐・捕獲依頼である。
したがって、今回もあっさりと依頼は達成された。
標的を見つけると、玲衣があっという間に近づいて一撃で終わらせる。
部分強化を使うまでもなく、リンナはただ見てるだけ。
もはやギルドの金を使って、玲衣と二人であちこち小旅行に行っているといった感覚だ。
「なあ、レイ。このままで本当にいいのだろうか。今のままで姉さんに追いつけるのかな」
ギルドに設けられたテーブルにだらりと体を預け、リンナは問いかける。
玲衣は彼女の隣に椅子をぴったりくっつけて、髪をもふもふしていた。
「リンちゃんは頑張ってると思うよ? 沢山依頼もこなしてるし、すぐにA級召喚師になれるんじゃないかな」
「うん、昇格についてはそうなんだけど。なんて言うかな、最近手応えが無いっていうか、成長してる実感が湧かないんだ」
重力に任せるまま、テーブルに突っ伏すリンナ。
自分は何もせず、玲衣が瞬殺して依頼達成。
実績は積み上がっていくものの、召喚師としての力量が上がっている実感は全く無い。
「ね、リンちゃん。シフルちゃんも前に言ってたよ。召喚獣の力量はそのまま召喚師の力量だって。私が強くなってるのは、リンちゃんが強くなったからだよ」
「レイ……。そうだな、ありがとう。そしてさっきから何をしているんだ」
全身の力を抜いてテーブルに身を預けていたはずのリンナ。
玲衣は今、彼女を抱き上げて髪に顔を埋めている。
「何も言わないから良いかなって」
「良くない! 人が見てるし!」
近頃急速に頭角を現してきた、天才召喚師の妹。
リンナはこの場所で、それなりに注目を受けている。
よって今のこの様子も、通り過ぎていく召喚師たちに見られているのだ。
「じゃあ、人が見てない所なら良いんだ」
「そういう事じゃ……、ないことも、その……」
顔を赤らめ、そっぽを向いてしまう。
そんな彼女の様子に、玲衣の中の何かが振りきれそうになる。
「リンちゃん、今すぐ帰ろう。二人っきりになろう」
「や、やだ! 今のレイ、目が怖い!」
「怖くないよ、大丈夫。何もしないから」
「何かするヤツの言う事だ、それ!」
密着したまま、傍目からみるとただイチャついてるようにしか見えない問答を繰り広げる二人。
そんな中、リンナは二人の少女が連れだってギルドへと入ってきた事に気付く。
一人はシフル、いつも通りの白いローブ姿で、頭の上にふーちゃんがいる。
その隣、黒いカチューシャを着けた銀髪の少女は、初めて見る顔だ。
「ん? レイ、シフルが入ってきたぞ。知らない女の子と一緒だ」
「ホントだ。おーい、シフルちゃーん!」
リンナを抱きしめたまま、玲衣は大声でシフルを呼ぶ。
このままではまたからかわれる。
シフルがこちらを見る前に、リンナは玲衣のハグから素早く逃れた。
本当は嫌でもなんでもなかったため、非常に名残惜しいが。
「お、レイおねーさん。リンナおねーさんも一緒なのです」
「んぇ、シフル、あれ誰?」
二人が座るテーブルの前までやって来た彼女達。
シフルはルトに、二人の友人を紹介する。
「ルトちゃん、こちらはレイさんとリンナさんなのです。二人ともシフルの友達なのです」
「そーなんだ。ボクはルトだよ、よろしくね」
「ルトちゃんだね。私はレイ・カガヤ。よろしくね」
「リンナ・ゲルスニールだ、よろしく。ところでシフル、機嫌は直ったのか?」
以前に会った時は、いじけてどこかへ行ってしまったが。
あれからそれなりに時間が経ってはいるが、それでも今の彼女は大分機嫌が良いようだ。
「当然なのです。今のシフルはとっても機嫌が良いのですよ」
「それは何よりだが、なんでそんなに?」
「それは勿論、こんな可愛い女の子とお近づきに……ルトちゃん、どうしたのですか?」
ルトは二人の顔を交互に見比べ、何か難しい顔をしている。
今、彼女の頭は埋もれた記憶をフル回転で掘り起こしていた。
レイとリンナ、この名前と顔、どこかで覚えが……。
「わあああぁぁぁぁっ! 思い出したぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ど、どうしたのですか。急に」
とうとう彼女は思い出してしまった。
目の前にいるこの二人が、自分のターゲットである聖剣の宝玉の持ち主だという事を。
「うぅぅぅぅ、どうしよぉぉぉぉ〜」
思わず頭を抱えてしまう。
このまま戦いを挑んで二人をやっつけた場合、そのトモダチであるシフルはとっても悲しむ。
シフルの悲しい顔を想像するだけで、何故か胸の辺りがチクチクする。
それに、シフルに比べれば世界蛇なんてちっぽけな物のように思える。
ここまで自分の事を気に掛けてくれる人間に出会ったのは生まれて初めての事だ。
ヘレイナだってミョルニルをくれた事に関しては感謝しているが、ただそれだけ。
なんかあいつ気持ち悪いし。
「ううん……。よし、決めた!」
ルトは決心した。
七英刃を抜ける事を、あっさりと。
心の中でひっそりと別れを告げる。
さようなら、ヘレイナ、ディーナ、そして名も知らぬ糞野郎。
「えーっと……ルトちゃん、大丈夫なのです?」
「うん、平気! なんだかボクスッキリしたよ」
突然百面相を始めた末に、晴れやかな笑顔を見せるルト。
シフルには何が何だか分からないが、スッキリしたなら何よりである。
「それじゃあシフルは依頼の報告に行くのです。リンナおねーさん、今度会った時どこまで進展したか教えてくださいねー」
「ちょっ! シフル! お前はそういう事ばっかり……!」
「またねー、シフルちゃん、ルトちゃんもー」
手を振る玲衣に、二人も振り返す。
顔を赤くして何か言っているリンナを置いて、シフル達は依頼の達成報告の為にカウンターへと向かう。
ギルドでも召喚獣の素材買取はしているが、マンティコアの内臓や目玉は痛んでしまうため、あの後すぐに近場の町で売却した。
「本当にいいのですか? マンティコアを倒したのはルトちゃんなのに、シフルが依頼を報告しても」
「別にいいよ。ホントならシフルがズバッとやっつけてたんだし。むしろボクの方こそシフルに謝らなきゃ」
「ルトちゃん、本当にいい子なのです。嫁に欲しいのです」
「よめ? なにそれ」
「なんでもないのです。ルトちゃんはそのままでいてくださいね」
☆☆
ここはシフルの自宅。
両親にルトの事を説明し終えたシフルは、彼女を置いて貰えるよう頼み込む。
「お願いなのです! ルトちゃんをうちに置いてあげて欲しいのです」
「いいわよ。こんな可愛い子なら大歓迎。むしろ家の子になっちゃう?」
「ははは、母さん。娘が増えたな」
「あ、ありがとう! おとーさん、おかーさん!」
随分とあっさり了承を得たように見えるが、シフルは感激した。
「やったのです、ルトちゃん。これから一緒に暮らせるのです」
ルトの両手を取り、自分の事のように喜ぶシフル。
自分の為に頭を下げてくれた彼女に、ルトの心はとても暖かな気持ちで満たされていく。
「え、えと。ルトっていいます。よ、よりょしくお願いしますっ」
「ええ、よろしくね、ルトちゃん」
「結構結構、行儀の良い子じゃないか」
緊張で声が上ずり、少し噛んだ。
そんなルトの挨拶を受け、シフルの両親は快く彼女を迎え入れたのだった。
そして二人は今、長旅の疲れを癒すため、一緒に仲良く入浴している。
王都に来るまでの間、一緒に入った事は何度かあった。
しかし、狭い浴室に二人で入るとシフルは改めて思う。
ルトの膨らみかけの胸、その将来性の高さについて。
「ぬふふ、どうですか? シフルのてくにっくは」
「あはは、くすぐったいよー!」
シフルは泡立てた柔らかいタオルでルトの背中を優しく擦る。
くすぐったそうに身をよじるルトは、とても楽しげだ。
「でも羨ましいのです。シフルの胸はまだまだ成長する気配を見せないのですよ」
「おっぱい大きくなりたいの? あっても重そうだしジャマなだけだと思うけど」
「そのセリフを言うということは、大きくなりますね。間違いなく」
「んぇ、何で?」
「とにかくシフルは大きくなりたいのです。リンナおねーさんみたいな悲しい事には——なりたく、ないのですよ」
遠い目で思い起こすのは、彼女の母親。
その胸は王都東部の大平原を彷彿とさせる。
「でも現実は厳しそうなのです。切ないですね……」
「ボクにはよくわかんないや」
「だからせめて、ルトちゃんのお胸を大きく育て上げるのですよ」
「それでシフルは喜ぶの? だったらボク頑張るよ」
「ルトちゃん……」
彼女の向ける純粋な笑顔に、邪念に塗れた十歳は目頭が熱くなった。
ルトにとって、その日は初めての事ばかりだった。
誰かが自分のために一生懸命になってくれた事。
誰かと一緒に食卓を囲む事。
誰かと一緒にベッドに入る事。
誰かと——シフルと一緒にいると、こんなにも楽しいのだという事。
「ねえ、シフル。ボクね、シフルと会えてホントに良かった」
「シフルもなのです。ルトちゃんと出会えてとても嬉しいのですよ」
ベッドの中、二人の幼い少女は向かいあう。
明かりを消し、暗い部屋の中。
互いの温もりを感じながら。
「ねえ、シフルは何でそこまでボクの為に頑張ってくれるの?」
「そうですね……。少し照れくさいですけど」
目の前のこの少女には、回りくどい言い回しは通じない。
だからこそ、真っ直ぐに気持ちをぶつけなければ伝わらないのだ。
普段からリンナをヘタレだと思っている手前、ここで引く訳にはいかない。
「シフルは、同年代の友達がいないのです。召喚師として天才だと周りから思われてるみたいで、誰も寄ってこないのですよ。だから、A級召喚獣をあっさり倒したルトちゃんを見た時嬉しかったのです」
「何で嬉しかったの?」
「シフルと同じくらいの年で、そこまでの力を持った召喚師は初めてなのです。この子ならシフルを特別扱いしないかもしれない、ありのままのシフルを受け入れてくれるかもしれないって、そう思ったのですよ。だから……」
顔が熱くなる。
一呼吸置いて、ルトの瞳を見つめると、気持ちが伝わるように訴えた。
「だから、この子と絶対に友達になってやるんだって。えへへ、ルトちゃんのためならシフル、なんでも出来そうなのです」
——言った。
言ってやりましたよ、リンナおねーさん。
とことん顔を紅潮させながらも彼女から目を逸らさず、なんとか言ってのけた。
シフルの気持ちを受け止めたルトは、少し涙ぐんでいる。
「ど、どうしたのですか、ルトちゃん。シフル、何か変な事でも……」
「違うの、嬉しいの。ボク、誰かに優しくされるなんてのも初めてなのに、シフルがそこまで想ってくれて……」
零れた涙を、シフルは指でそっと拭う。
「ルトちゃんは笑ってる方が可愛いですよ。嬉し涙もいいですけど、ルトちゃんには笑ってて欲しいのです」
「シフル……」
ルトは考える。
目の前の少女に対する、胸からあふれ出るこの気持ちを伝える言葉を。
それはすぐに思い浮かんだ、たった四文字の言葉。
「大好き!」
「シフルも、ルトちゃんが大好きなのです!」




