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45 天空から舞い降りた少女が差し伸べた手

 馬車の昇降口から勢いよく飛び下りたルト。

 ここは王都北東、草原地帯の小さな宿場町。

 この周辺で最近、凶暴なA級召喚獣マンティコアが出没し、旅人を襲っているのだという。


「ふっふっふ、ここがキョーボーな召喚獣が暴れてる場所か」

「嬢ちゃん、ここまで連れて来ておいてなんだけど、本当に大丈夫なのかい?」

「まかせてよ、おじさん。ボク、ムチャクチャ強いんだから! よーし、待ってろよ、マンティなんちゃらー」


 自信満々でブイサインを見せると、ルトは猛烈な勢いで草原へと駆けだしていく。

 御者の男性は、不安一杯でそれを見送った。


 その遥か上空。

 巨大な翼を広げ、大空を行く緑の巨鳥・フレズベルク。

 その背中に、白いローブの少女の姿があった。

 シフル・ガールデン、やさぐれモードである。


「いいのです、別にいいのですよ。どうせシフルは一人身ですし、のけものなのです。ふーちゃんさえいればそれでいいのです」

「キュイイ?」


 主の愚痴に不思議そうな声を出すふーちゃん。

 彼女たちは今、マンティコア討伐の依頼を受けてこの場所を訪れている。

 風に髪をなびかせながら、シフルは緑の草原を見渡す。

 一面に広がる緑の絨毯。

 高く飛ぶ鳥にしか味わえない景色に、彼女の心はいくらか癒された。


「キュイイイッ!」

「おっとふーちゃん、敵さん発見ですか!」


 フレズベルクの視力は、三キロ先の獲物を間近に見る程。

 その鋭い眼が、遠く彼方にサソリの尾を持つ巨大な獅子の姿を捉えた。


「ではマンティコアさん、申し訳ないのですが、鬱憤晴らさせてもらうのです!」


 フレズベルクはシフルを落とさないよう緩やかに旋回すると、真正面にマンティコアを捉え、突っ込んでいく。

 風の刃を無数に作り出し、すれ違いざまに引き裂くために。

 しかし、突然にその突進の勢いを弱めると、緩やかに上空へと上がっていく。

 攻撃のための風も消してしまった。


「あれ? どうしたのですか、ふーちゃん」

「キュイイ……」


 シフルが疑問を口にした次の瞬間。

 ズガアアアァァァァァン!!

 まさに青天の霹靂。

 青空の広がる穏やかな草原に、特大の雷鳴が轟いた。


「うひゃあああああああ!!!」


 ふーちゃんの背中で、シフルは思わず飛び上がる。

 フレズベルクの視力ははっきりと捉えていた。

 マンティコアに向かい、思いっきりハンマーを振り下ろす少女の姿を。


「な、何が起こったのです!? と、とりあえずふーちゃん、現場に向かうのです!」

「キュイイ」


 再び旋回すると、フレズベルクは真っ直ぐに少女の元へと飛ぶ。



「ふぃー。ま、ボクにかかればこんなもんだよ」


 ミョルニルを送喚したルトは、宝玉を懐に仕舞うと仕留めた獲物を満足気に見つめる。

 彼女の目の前には、猛毒を持つサソリのような尾が生えた巨大な獅子が体中から煙を吹いて息絶えている。

 これで彼女の目的は達成された。

 と、ルトは思っている。

 ターゲットの二人の事は、すっぽり頭から抜け落ちているようだ。


「良い仕事したなー。さて、素材を剥いでお金にっと、……ん?」


 ナイフを取り出し、素材を剥ぎ取りにかかろうとした時。

 背後から急接近する何者かの気配を彼女は感じ取った。


「え、なになに?」


 背後を振り返ったルトの目に飛び込んできたのは、猛スピードで突っ込んでくる緑の巨鳥。

 さすがの彼女も思わず立ち竦んだ。


「うぇっ!? なんか来てる!?」


 咄嗟に懐からミョルニルの宝玉を取り出し、身構える。

 しかし、こちらに敵意や殺気を向けているわけではなさそうだ。

 それになんだかやたらと強そう、と本能的に感じ取り、様子を見る事にする。

 やがて巨鳥はゆっくりと着陸すると、背中から女の子が飛び下りる。

 それに驚く間もなく、ポン、と音を立てて、巨大な鳥が丸い生物に姿を変えた。


「お疲れ様なのです、ふーちゃん。しばらく休んでていいのですよ」

「ふー」


 ふーちゃんを頭の上に乗せると、シフルは目の前の光景に目を移す。

 呆気に取られている銀髪の少女、その後ろで煙を吹いているマンティコア。

 この少女がマンティコアを仕留めた召喚師、という事だろう。

 ひとまずそう判断し、少女に話しかける。


「こんにちはなのです。このマンティコア、あなたが仕留めたのですか?」

「ふぇ? あ、うん! ボクにかかればこのぐらいチョロいもんだよ」


 やたらと得意げに胸を張って見せるルト。

 シフルは目を輝かせ、感激の声を上げる。


「凄いのです! シフルと同じぐらいの年で、ここまで凄い召喚師は初めて会ったのです!」

「え、そう? ボクってそんなにスゴい? そんな事……あるけど!」


 シフルには、同年代の友達はいなかった。

 彼女自身はそうは思っていないが、彼女は間違いなく天才だ。

 その才能が飛び抜けて優れていたため、同じ年頃の子どもの中にいるとどうしても浮いてしまう。

 だからこそ、自分と同じくらいの少女がA級召喚獣のマンティコアを軽く倒した事が、彼女には嬉しかった。

 目の前の少女となら友達になれるかもしれない、いや、友達になりたい。

 シフルは初めて、そう思ったのだ。


「シフルはシフル・ガールデンなのです。こっちは召喚獣のふーちゃん。あなたのお名前は?」

「ボクはルトだよ。名字は……わかんないんだけど」


 名字がわからない。

 おそらくデリケートな問題だろう。

 シフルはあえてそこには踏み込まず、ニッコリと手を差し出した。


「よろしくなのです、ルトちゃん」

「うん! よろしくね、シフル」


 ルトはシフルの手を取り、握手を交わす。

 小さくて柔らかい手。

 なんだかずっと触っていたい気分になる。

 シフルが手を引っ込めると、ルトは少し名残惜しく感じた。


「ところで、ルトちゃんも依頼でここに来たのですか?」

「依頼? 違うよ。ここでキョーボーな召喚獣が暴れてるって聞いたから、やっつけに来たんだ。……って忘れてた!」


 何かを思い出した様子のルト。

 ナイフを取り出すと、マンティコアの解体に取り掛かった。

 本来の目的は未だ忘却の彼方。


「素材の剥ぎ取りですか。大体の召喚師は報酬金で十分だと言ってやらない物ですが」


 倒した召喚獣の素材を売れば、それなりの金になる。

 ただし、ギルドの報酬金が十分な額であること、そして何よりも、解体がグロテスクな事から大抵の召喚師がそれを避ける。

 せいぜいが牙や角を持っていく程度だ。

 しかし、ルトは非常に手なれた手つきで角や牙から目玉や内臓までさばいて、袋ごとに分けていく。


「ずいぶん手馴れているのです。普段からやっているのですか?」

「うん。こうしないと食べていけないからね」

「え? ギルドの報酬金で十分暮らしていけると思うのですが」

「ボク、字が書けないから。あと住所ってのも無いし、コセキってのも無い。だからギルドに入れてもらえないんだ」

「あ……」


 召喚師ギルドに入るには、当然書類手続きが必要だ。

 登録には住所、氏名、戸籍番号が必要で、代筆も許されてはいない。

 ヴァルフラントのほとんどの人間は、教育を受けて読み書きが出来る。

 しかし、そこから零れ落ちた人間も、少数だが確かに存在する。

 なんて言葉をかければいいのか、シフルは咄嗟には出てこなかった。


「さて、これで終わりっと! ん? どうしたの、シフル」


 なによりも悲しかったのは、彼女が非常にあっけらかんとしている事だ。

 家も家族も無い、一人で生きていかなければならなかった境遇。

 それを彼女は当たり前の事だと思っているのだ。


「ルトちゃんは、ずっとこうして一人で生きてきたのですか……?」

「うん、そうだけど。それがどうかした?」


 ルトはシフルを不思議そうに見つめる。

 何故彼女はそんな悲しそうな目をするのか、全くわからない。

 そもそも自分にここまで興味を持ってくる人間に、今まで出会った事もなかった。


「よしっ!」


 シフルは両の拳をぐっと握りしめると、ある決意を固める。


「ルトちゃん、シフルと一緒に来るのです!」

「んぇ? どこかに行くの?」

「そうでは無いのです。シフルの家でルトちゃんを預かって、字を教えるのです。絶対にルトちゃんをギルドに入れて見せるのです!」


 居候という形にはなるが、これなら一時的にでも住所を作る事が出来る。

 戸籍はヒルデに頼めばなんとか作ってもらえる。

 あとはルトが字を書けるようになればいい。

 ギルドに入れさえすれば、彼女の腕前であっという間に高位の召喚師になれるだろう。

 そうなれば、一人で生きていく分には困らない収入が安定して手に入る。


「な、なんで!? なんで会ったばかりのボクにそこまでするのさ!」


 会ったばかりの彼女にここまでするのは、過ぎたおせっかいかもしれない。

 しかし、初めての同年代の友達になれるかもしれない少女。

 シフルはどうしても彼女を放っておく気にはなれなかった。


「ルトちゃんの力になりたいと思ったから、なのです。それでは駄目ですか?」

「……ダメじゃ、ないけど」

「じゃ、決まりなのです。ふーちゃん、行くですよー」


 シフルが杖を高く掲げると、ふーちゃんはフレズベルクへと変身する。

 その広い背中に飛び乗ると、ルトに手を差し伸べた。


「さ、乗るのです。一緒に大空の旅ですよ」


 差し伸べられた手を前に、ルトは少しだけ躊躇い、その手を取った。

 シフルが彼女をふーちゃんの背中に引き上げ、緑の羽毛の上に二人は座る。


「うわっ、ふかふか」

「ではふーちゃん、れっつごーなのです」


 フレズベルクの双翼が大きく羽ばたき、その巨体は二人の少女を乗せて大空へ舞い上がった。

 緑の草原がどんどん眼下に離れて行き、遠くの町が薄らと見渡せる。

 大空を飛ぶ高揚と、目の前に広がる絶景。

 初めて味わう光景と感覚に、ルトは目を輝かせた。


「凄い! 凄いよシフル! ボク、カンドーしちゃった!」

「それは良かったのです。シフルもルトちゃんが嬉しそうで、嬉しいのですよ」

「え、なんで? なんでボクが嬉しいとシフルも嬉しいの?」

「そ、それは……ですね。えーっと……」


 不意に飛んできた予期せぬ質問に、シフルは少し戸惑う。

 こういう時、なんと答えれば良いものか。


「……友達が嬉しいと、自分も嬉しくなるものなのです。きっと」


 出会ったばかりで友達と言ってしまうのは少し恥ずかしかったが、少なくともシフルはもう友達だと思っている。

 少し頬が熱くなるが、言われたルトはキョトンとした顔でシフルを見ていた。


「トモダチって何?」

「えぇっ!? これはまた難しい質問なのです……」


 彼女はずっと一人で生きてきたのだろう。

 この反応は、心を許せる友達が今まで一人もいなかった事の証明だ。

 そんな彼女にも分かるよう、シフルは頭を悩ませる。


「うーん、一緒にいたい、一緒にいて楽しいと思う相手……でしょうか」


 腕を組んで悩んだ結果、出した結論。

 そもそもシフルも友達と呼べる人間は少ない。

 胸を張ってそう言えるのは、玲衣とリンナの二人くらいだろう。

 その二人ともそこまで付き合いが長い訳でもない。

 本当にこの答えで合っているのだろうか、と、ルトの顔を見る。

 彼女はどうやら納得いった様子で、うんうんと頷いていた。


「それじゃ、シフルもボクのトモダチだね! だって今シフルと一緒に飛んでて、凄く楽しいもん」

「ルトちゃん……。うん! シフル達、友達なのです!」


 大空を行くフレズベルクの背中の上、二人の少女は楽しげに笑い合った。

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