44 雷鎚の少女
とある宿場町の外れにある、打ち捨てられた廃酒場。
その前にやってきた銀髪の少女は、立てつけの悪いドアを開けるため、片手で押す。
しかしビクともしない。
両手で押してもビクともしない。
「開けっ、このヤロー!」
怒りと共に蹴りを入れると、ドアは派手な音を立てて開いた。
その音に、ゆっくりと入り口に目をやるのはディーナ。
ため息混じりに少女、ルトに注意する。
「『ミョルニル』か。あまり派手な登場はご遠慮願いたいな。この場所が注目されることは出来るだけ避けたい」
「ふん! 大人しく開かないドアが悪いんだもん。ボクはなにも悪くないよ」
ルトは全く耳を貸さず、ふくれっ面でそっぽを向く。
酒場の中には、まだ彼女とディーナの二人だけのようだ。
大きな樽の前に行き、身軽に飛び乗るルト。
そのまま腰掛け、パタパタと足を動かしながら、退屈そうにあくびをした。
「ねーねー有名人さん。なんか喋ろーよー」
「……」
話しかけられたディーナは腕を組んだまま壁にもたれ、一言も発しない。
チラリと視線を送り、また目を前に戻す。
「むー、ボクが話しかけてあげてるんだけど!」
「やれやれ、相変わらず騒々しいなぁ。しかも埃臭いときたもんだ」
「うえぇ、嫌な奴が来た」
酒場の扉が開き、姿を現した幻笛の青年。
これでこの場には三人が揃った事になる。
「話し相手が欲しいのかい? ならばこの僕の有難い話を聞かせてやっても」
「あとは『ミストルティン』だけかー。アイツが世界蛇手に入れたとかかな、今回の集合って」
青年の言葉を完全に無視してディーナに話しかけるルト。
彼が怒りの声を上げるより先に、彼女はその場に音も無く現れた。
「残念ながら違うわ。今はこれで全員集合よ」
「……ヘレイナか。どういうことか説明してもらおう。その左腕も含めてな」
ディーナは鋭い目でヘレイナを睨む。
彼女の言葉に、ルトはその左腕に視線を向ける。
ヘレイナの左腕は、二の腕から先が存在していなかった。
「うぇ、マジで!? なんで左腕持ってかれてるのさ!」
「せっかちさん達ね。一から説明してあげるわよ」
中央の大きなテーブルに備え付けられた椅子にヘレイナは腰を下ろす。
「まず、『ミストルティン』が死に、『グラム』が寝返ったわ」
「は!?」
「おいおい、冗談だろう?」
「…………」
ヘレイナの発言に、三者三様のリアクション。
頭を大きく振り、右手で額を押さえる芝居がかった仕草で、ヘレイナは大きなため息を吐いた。
「残念ながら本当よ。『ミストルティン』は聖剣の娘たちと戦って命を落とした。ただし、世界蛇の宝玉はこの通り手に入れたわ」
懐から紫色の禍々しい光を発する宝玉を取り出し、三人に見えるように手の上に乗せる。
その宝玉が放つオーラは、明らかにS級召喚獣すらも凌駕している。
「すご、ほんとにあったんだ……。ね、ボクにも触らせてよ」
「ハッ、お前みたいなガキよりも、この僕にこそ、この力はふさわしい。そうでしょう、ヘレイナ」
「そうねぇ……。あなたたち程の召喚師なら、もしかしたらこの子を操れるかも」
そう言いながらも、ヘレイナは世界蛇の宝玉を懐にしまい込む。
名残惜しそうな二人を尻目に、ディーナは鋭くヘレイナを睨みつけ、問いただす。
「『ミストルティン』が彼女たちと戦って死んだと言ったな。それは本当の事か」
「そうだけど、何が言いたいのかしら」
言葉は返さず、無言で睨み続ける。
妹が人の命を奪う事をするなど、彼女には到底思えなかった。
一触即発な空気を全く読まず、ルトは口をはさんでいく。
「『グラム』が裏切ったってのはどういうこと? アイツいつも一人だったしあんまり喋んないし、よく知らないんだけど」
「それねー。実はあの娘、昔のお友達に絆されちゃって。ふにゃふにゃになっちゃった」
「ほだされ? なにそれ、よくわかんない」
「ハッ、これだから学の無いガキは」
よく意味がわからず、首をかしげるルト。
青年は前髪をかき上げながら、その様子を小馬鹿にする。
しかし、ルトが応戦する前にディーナが彼を睨みつけた。
鋭い眼光に縮み上がり、ヒッ、と声を出す青年。
ルトは小声で「ダッサ」と呟いた。
「さて、最後にこの左腕の話ね。実は、私自ら聖剣の娘たちと戦ったの。それで見事に一本持っていかれちゃったってワケ」
「ヘレイナがやられたの!? 信じらんない!」
「……フッ、どれだけ挑発を繰り返した結果なのだろうな」
自業自得だと言わんばかりに鼻で笑うディーナ。
彼女は心底ヘレイナの事を嫌っている。
出来る事なら、自らの手で殺してやりたい程に。
しかし、それは出来なかった。
実力が足りないわけではない。
どれだけ力があろうとも、彼女には絶対に不可能なのだ。
その事を知っているからこそ、歯がゆい。
「ほんと、姉妹揃って見事に嫌われているわね」
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ヘレイナは薄ら笑いを浮かべる。
思わずディーナの体から殺気が漏れ出そうになるが、なんとか抑え込んだ。
「さて、そんなわけで私は傷を癒すためにしばらくお休みするわ。その間にあの娘たちを負かしちゃっておいてね。見事倒した人には豪華賞品をプレゼント〜」
懐からチラリと世界蛇の宝玉を覗かせる。
その言葉と仕草だけで、ルトと青年の心に火が点いたようだ。
「マジ? 世界蛇くれるの!? よーし、ボクに任せといてよ。すぐに叩き潰してくるから」
「脳みそまで筋肉で出来ていそうなヤツに何ができるのやら。やはり頭を使ってスマートにいかないと。そうでしょう、ディーナ」
「……私は世界蛇などに興味は無い。話は終わりか、ならこれで失礼する」
壁にもたれかかっていたディーナは、用が済んだと見るや早々に立ち去っていく。
「貴様とは出来れば二度と顔を合わせたくないものだな」
ヘレイナの隣を通り過ぎながらそう吐き捨て、ドアを開く。
錆びた蝶番がキイキイと軋む音だけを残し、彼女は廃酒場を後にした。
「ヘレイナ、早速行ってくる。期待して待っててねー」
樽から飛び下りたルトも、元気よく走り去っていく。
後に残ったのは、ヘレイナと幻笛の青年。
「さて、では私もそろそろ……」
「ヘレイナ、お願いがあるのですが」
「あら、何かしら」
青年はヘレイナの前に出ると、恭しくお辞儀をして見せる。
どこか芝居がかった仕草は、ヘレイナと通ずる物があった。
「この僕に、世界蛇の宝玉を預けては貰えないでしょうか」
「そうねぇ、……いいわよ、面白そうだから」
「おお、有り難い!」
「ただし、あの娘が勝ったらちゃんと渡してあげなきゃだめよ」
「ふっ、それはもちろん」
懐から紫色の宝玉を取り出したヘレイナは、本当にあっさりと青年に手渡して見せる。
面白いから、面白そうだから、本当にそれだけが彼女の行動原理なのだろうか。
手の中で禍々しい光を放つ宝玉に、青年は歪んだ笑みを浮かべた。
☆☆
勢い良く飛びだしたは良いものの、ルトはふと気付く。
標的となる二人がどこにいるのか、皆目見当もつかない事に。
「うわ、しまった。ヘレイナに聞いてこればよかった……。でももういないだろうし、今さら戻るのもカッコワルいしなー」
彼女は考える。
どうすればターゲットとそーぐーする事が出来るのか。
まず、敵はヘレイナの左ウデを斬り落とすほどの強さだ。
そりゃもうスゴいウデ前にちがいない。
するとイライも高なん度の物になるだろう。
つまりキョーボーで強そうな召かん獣が暴れているところに行けば会える!
「これだ! ボクって天才かも」
彼女の中では完璧なロジックの完成に満足げに頷くと、早速情報収集を開始する。
まずは誰かから話を聞くため、ルトは大通りに出た。
そして、道行く人をキョロキョロと見回して品定め。
騎士はなんとなく声を掛けづらいからパス。
おばさんは話が長そうだからパス。
若い男はなんか嫌だからパス。
散々選り好みした末に、ルトは狙いを定めた。
「ねえねえ、そこのお爺さん」
「はあ、なんじゃぁ」
杖をついた、体がプルプル震えている老人に声をかける。
なお、彼は耳が遠い。
「この辺にキョーボーな召喚獣が暴れているところって無い?」
「今日坊が収監中? それは大変じゃのう」
「そう、大変なんだ。だから場所を教えて」
「馬車か。馬車乗り場ならそこの通りを右に行ったところじゃ」
「ナルホド! ありがと、お爺さん」
「坊によろしくなー」
手を振る老人に別れを告げ、ルトは走りだす。
通りを右に曲がり、しばらく走ると馬車乗り場が見えてきた。
そのまま加速し、懐に手を突っ込んで宝玉を取り出す。
そして急ブレーキ。
到着した馬車乗り場を彼女は見渡す。
ここに凶暴な召喚獣が……。
「お嬢ちゃん、どこまで乗っていくんだい?」
「……キョーボーな召喚獣が暴れてるところまで」
「おお、召喚師さんかい。小さいのに大したもんだ」
御者のおじさんに行き先を告げ、馬車に乗り込む。
馬がいななき、観光客や商人で賑わう平和な馬車乗り場。
何かがおかしい事に、ルトはようやく気付くのだった。




