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43 帰る場所

 とある宿場町の屋台の前、ベンチに腰掛けて串焼き肉をかじる少女が一人。

 上機嫌で足をプラプラさせる彼女、年は十二、三歳といったところか。

 銀色のショートヘアに黒いカチューシャをセットし、肩には刺繍の入ったケープを羽織っている。

 最後の一口を胃袋に収めたところで、彼女の目の前に黒いコウモリが出現し、しばらく羽ばたいて消えた。


「えー、また集会? この前やったばっかじゃん。メンドクサイな〜」


 ヘレイナからの呼び出しの合図だ。

 ブツブツと文句を言いながら、軽くジャンプしてベンチを降り、串を放り投げる。

 少女の名前はルト。

 名字はわからない、彼女自身にも。


「ヘレイナみたいにパッと消えたり現れたりできる訳じゃないんだからさ、ボク」


 ため息を一つ残し、彼女は歩き出す。

 目指す廃酒場がある町はここからすぐ近く。

 コウモリの飛行の軌跡は3を描いていた。

 指定された日取りは三日後だ。


「でもま、べつに急ぐ事も無いか〜。のんびり行こ」


 後ろ頭に手を組み、彼女は空を見上げる。

 目に写るのは、青い空を高く飛ぶ鳥の姿。

 大空を自由に飛ぶその姿を、彼女は少し羨ましいと思った。




 ☆☆




 夕日の中の決闘から五日が経った。

 四人を乗せた馬車は無事、王都ヴァルフへと到着。

 最初にシズクが、舗装された石畳に足を踏み出した。


「王都、懐かしい空気。二度と戻ってこないつもりでいたけれど」

「ハッハッハ、これからはそうそう王都からは出られないぞ。たっぷりと仕事を回してやろう」


 続いて馬車から降りたヒルデが、乱暴に肩を組み豪快に笑う。

 シズクとしては優しく肩を抱いて欲しいのだが。


「なんだかいつもよりキレがありますね、ヒルデさんの笑い方」

「すっかり元気になって、安心しました」

「そうか? いや、二人にも世話になった」


 最後に隣合って降りてきた玲衣とリンナが、以前に増してパワフルになったヒルデにコメントする。

 実際、胸のつかえが取れた気分だろう。

 後は彼女を騎士団の詰め所に連れ帰るだけだ。


「さて、シズク。あちこち見て回りたい所だろうが、あいつらが首を長くして待っているのでな。まずは顔を見せてやってくれ」

「うん、ヒルデ。一緒にあの場所へ帰ろう」


 隣に並び立ち、帰るべき場所へと。

 二人はゆっくりと歩き出した。


「なんかいいな、あの二人の関係。通じ合ってるっていうか」

「私もリンちゃんとはあんな感じだと思うんだけどー」

「あ、えっと、まぁ……。そう、かな」


 口を尖らせて拗ねた口調の玲衣。

 リンナは胸を張ってそうだと言いたいが、やはりまだ素直に気持ちを伝える事は出来なさそうだ。



 騎士団詰め所へ向かう途中、四人は召喚師ギルドの前を通りがかる。

 そこでバッタリと出会ったのは、頭に謎生物を乗せた幼い少女。

 彼女達の姿を見るや、少女は声を上げた。


「あっ、レイおねーさんたち! そして見知らぬ美人さん!」

「シフルちゃん、依頼から戻ったんだ」

「なのですよ。A級召喚獣の大群をちぎっては投げなのです」


 誇らしげに胸を張る、若干十歳のA級召喚師シフル。

 彼女は興味津々といった様子で早速質問を浴びせかける。


「おねーさん達、騎士団長さんと何してるのです? あと、そちらのおねーさんは?」

「シフル殿、紹介しよう。こちらはシズク・レギンス。私の友人だ」

「私はシズク、よろしく」

「よろしくなのです。シフルはシフル、こっちはふーちゃんなのですよ」

「ふー」


 頭の上で鳴き声を上げた丸い生物。

 それを見たシズクの目つきが急変した。


「か、かわいい……」

「え、シズクさん!?」


 普段の鋭く凛とした目は見る影も無く、だらしなく下がった目尻。

 頬を赤らめ、指先をわきわきと動かし、何やら落ち着かない。

 玲衣は思わず面くらった。


「ね、撫でていい? いいよね?」

「もちろんうぇるかむなのですよー」


 許可が下りた。

 その瞬間、ふーちゃんはシズクの十本の指でもふもふされる事となる。

 さすがはS級召喚獣、この程度では動じないようだ。


「ところでシズクおねーさんは何者なのです? 見たところ、騎士団長さんといい感じなのです」

「またシフルはそういう事を……」


 散々からかわれたトラウマが、まだリンナには残っているようだ。


「ん? いい感じか、ハッハッハ! そうかそうか!」

「あ、この人よく意味がわかってないな。っていうか話が進まないし」


 満足げに大笑いするヒルデに、ふーちゃんをひたすらもふもふするシズク。

 この有様に苦笑いすると、玲衣はシフルに説明を始める。


「あはは……、えと、シフルちゃん。シズクさんは剛剣グラムの使い手なの」

「うぇっ!? それって敵じゃないんですか!?」


 うっとりとした顔でふーちゃんを撫でまわす彼女からは、全くそんな感じはしないが。


「あの人はヒルデさんの古い友達でね、あの人が命がけで連れ戻してくれたんだ」

「そうだったのですか、なるほど。——愛なのですね」

「ほんと何言ってんだお前は」


 ジト目を向けるリンナに、シフルはニヤニヤしながら言葉を返す。


「むふー、そんな事言って。わかっているのですよ、リンナおねーさん。レイおねーさんに気持ちをつたもがっ!」


 慌ててシフルの口を手で塞ぐ。

 そのまま素早く玲衣に向き直り、弁明しようとするが。


「あ、あの、これはだな、えっと」

「リンちゃん? えっと、急にどうしたの」


 しかし、全く弁明になっていない。

 あたふたするリンナに、玲衣はクエスチョンマークを浮かべる。

 その間にシフルは、リンナの手から抜け出した。


「ぷはっ、つまりこれで七傑武装セブンアームズは、残り六つという訳ですね」

「六つって? あ、そっか。シフルちゃん知らないんだった」

「え? 何がなのです」


 玲衣とリンナは、シフルに説明する。

 穿弓の使い手と戦った事、リンナの宝玉が聖剣の物だった事を。


「そ、そんな、シフルがいない間に、そんなに話が進んでいたのですか!?」


 ショックによろめき、後ずさるシフル。

 頭の上のふーちゃんが手の中から離れていき、シズクは残念そうにする。


「そんなに落ち込むな、シフル殿。私も穿弓と聖剣の話を聞いたのは、つい六日前だ」

「いいのですよ、慰めなんて。シフルはどうせ、どうせ……」


 俯き、体を震わせるシフル。

 やがて背を向け、その場から走り去っていく。


「のけものなのですよーっ!!」


 そのまま、雑踏の中へと消えていくのだった。


「あー、行っちゃった……。大丈夫かな、シフルちゃん」

「放っといてもいいんじゃないか。あいつ、あれで結構しっかりしてるし」

「そうかな。いくらしっかりしてても十歳の女の子なんだし。今度会ったら慰めてあげよっと」

「レイに、慰めっ!?」


 一体何を想像したのか、顔を赤くするリンナ。

 去っていったもふもふを名残惜しそうに見送るシズクの隣で、ヒルデは二人に声をかける。


「さて、私たちは騎士団詰め所へ向かうが、レイ殿達も来るか?」

「いえ、私たちはここで失礼します。いいよね、リンちゃん」

「ん!? あ、ああ。ちょうどギルドの前だしな、依頼を見ていくよ。それに私達は騎士団じゃ部外者だし。水を差しちゃ悪いから」

「そうか、気を使わせてすまないな。では行こうか、シズク」

「うん。ねえ、ヒルデ。騎士団にも、もふもふいないの?」

「もふもふか……、うむぅ……。いないな!」


 二人並んで立ち去っていくヒルデとシズク。

 二人の背中を見送ると、玲衣とリンナは次の依頼を受けるため、召喚師ギルドへと入っていった。




 ☆☆




 騎士団詰め所の門番は、退屈そうにあくびをした。

 一時間ほど立ちっぱなし、そろそろ交代の時間だろうか。

 早く座って冷たいものでも一杯いきたい。

 そんな事を考えていると、道の向こうから歩いてくる金髪の女性。

 門番は眠気が吹き飛び、門の中へ大声で報せる。


「団長だ! 団長が帰ってきたぞーっ!!」


 彼女の帰りを今か今かと待っていた副団長のアスラ。

 その声が耳に届くと、書類を放り出し、座っていた椅子を蹴倒して駆けだす。

 ゆっくりと鎖を巻き上げ、上がっていく大きな門。

 全速力でその場へ駆け付けたアスラは、ヒルデの姿ともう一人、黒髪の女性の姿を見る。


「団長、シズクさん!!」


 彼女の後に続いて、フィーヤの町で別れた騎士たちも走り寄る。

 彼らも門番の声を聞きつけ、駆け付けたのだ。


「おお、お前達。心配掛けたな」

「まったくですよ! でも……」


 アスラはヒルデの隣に立つシズクに目を移す。

 昔、憧れて背中を追いかけた頃の微笑みそのままで、彼女は見つめ返す。


「久しぶり、アスラ。元気そうでなにより」

「シズクさんも……、うっ、うえぇぇぇぇっ」


 シズクの胸に飛び込み、アスラは泣きだした。

 彼女の頭を撫でつつ、シズクの目尻にも涙が浮かぶ。

 顔を上げて、辺りを見回す。

 ヒルデにアスラ、騎士団の団員たち。

 皆笑顔で、あるいは涙を浮かべて出迎えてくれている。


「みんな……。私、ここにいてもいいの?」

「もちろんですよ、シズクさん。騎士団の名簿からも、貴女の名前は外していません」


 涙ながらに答えるアスラ。

 副団長の権限を駆使して、彼女の除名を阻止し続けてきたのは彼女だった。


「お帰りなさい、シズクさん!」

「よくぞ帰って来てくれたであります!」

「シズクサーン!」


 口々に帰還を喜ぶ、懐かしい顔ぶれ。

 最後に、隣に立つヒルデが微笑んだ。


「私だけじゃない、皆がお前の帰りを待っていた。改めてお帰り、シズク」

「——そっか、ずっとあったんだ。私の帰る場所。……ただいま、みんな!」


 表情の乏しい彼女が浮かべる精いっぱいの笑み。

 それは、四年ぶりに見せる心からの笑顔だった。

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