表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/95

40 炎の中で

 ヒルデが左手に握りしめた緑の宝玉。

 そこから迸る光は炎となって渦を巻き、彼女の左手に剣を形作っていく。


「——召喚! 来い、ノートゥング!!」


 炎が弾け、姿を現した赤い刀身。

 燃えるような意匠が施された片刃の剣は、発する熱で周囲に陽炎を揺らめかせる。


「凄い、ヒルデさん。召喚武器を二本同時に……」

「無茶だ! あんな事をしたら体が持たない!」


 感嘆する玲衣の横で、リンナは焦りの色を見せる。


「え、どういう事?」

「召喚武器の二本同時召喚は、身体能力強化エンハンスも二重に掛かるという事。体にかかる負担は絶大だ! だから禁じ手とされているんだ……」

「ヒルデさん、そんな無茶してまで……」



 右手に氷の魔剣、左手に炎の魔剣。

 両の手に一つずつ握り締め、ヒルデはシズクと対峙する。


「なんのつもり? 師匠の剣を持ち出してきて。しかも二本同時召喚なんて自殺行為」

「そう言うな。二重の身体能力強化エンハンス、これくらいしかお前に勝つ手段が思い浮かばなかったんだ」

「それに、私を守る? 私よりも弱いあなたが何を言っているの」

「お前より弱いかどうか、今から見せてやるさ」


 強く地を蹴ると、ヒルデは一瞬でシズクの眼前に到達する。

 先ほどまでとは比較にならない速度。

 右手で振り抜いたバンムルクを、シズクは何とかグラムで受け止めた。


「重い……」


 その衝撃に両手が軽い痺れを覚え、一撃の重さに思わず歯を食いしばる。

 力も速度もバンムルク一本の時とはケタが違う。

 ガードを崩すため、ヒルデは左手のノートゥングも振り上げ、叩きつけようとする。

 このままでは防御を崩され、多大な隙を晒す事になるだろう。

 シズクはバンムルクを払いのけると、バックステップで距離を離す。


「逃がさん!」


 すぐさま後を追う。

 跳躍の瞬間、足の筋肉が悲鳴を上げた。

 痛みが走り、僅かに顔をしかめる。


「やはり、長期戦は無理そうか」

「自業自得。こうして動き回っているだけで、あなたは自滅する」


 着地したシズクは、間を置かずに背後に跳ぶ。

 ヒルデの方がスピードは上。

 すぐに追いつくが、シズクは回避に全力を傾け、繰り出した攻撃は空を切る。


「真正面から斬り合ってはくれないか?」

「相手の弱点を突くことは基本。卑怯とは言わせない」

「確かにな、正論だ」


 バンムルクの青い刀身が、冷気を発生させる。

 後退を続けるシズクの背後、氷の壁が生み出された。

 彼女の背中にぶつかる、冷たく硬い感触。


「逃げ道は塞いだ!」


 動きを止めたシズクに、バンムルクとノートゥング、二つの剣を同時に叩きつける。


「グラムの力、その程度で破れはしない」


 身体能力強化エンハンスで強化された筋力、全てを防御へと回す。

 二つの剣による凄まじい一撃。

 周囲の地面がクレーター状に抉れ、シズクの全身の骨がきしむ。

 だが、その防御を崩す事は叶わない。


「防ぎきった。次の手は考えてある?」

「もう既に、手は打っている」


 僅かに上がるヒルデの口角。

 直後、周囲に立ち込める濃霧。

 ノートゥングの放つ熱が氷の壁を蒸発させ、水蒸気を発生させていた。


「また目くらまし? 気配は見えていると言ったのに。バカの一つ覚え」

「それはどうかな」


 ヒルデは素早く後ろに下がると、霧の中へ姿を消す。

 シズクは精神を集中し、ゆっくりと目を閉じる。

 その心眼は、蟻一匹の気配すら逃さない。

 そのまま攻撃を待つ。

 待つ。

 待つ。

 妙に間が空いているのは、こちらの油断を誘うためか。


「……来た。後ろ」


 シズクの背後、二本の剣を振りかぶるヒルデ。

 渾身の上段薙ぎ払いを、深く身を沈めてかわす。

 カウンターの斬撃は、速度で上回るヒルデが回避。

 起死回生の攻撃は、失敗に終わったかに見えた。

 しかし、これがかわされる事はヒルデにとっては想定内だ。


「散々待たせてこんな攻撃? がっかりした」

「驚くのはこれからだ」


 バンムルクを一振りすると、霧が晴れる。

 シズクの目に写る光景は夕暮れの山中、ではない。


「これは……炎のドーム……?」

「正解だ。コイツを作るのに少々手間取ってしまった」


 ヒルデとシズクが立っている場所は、全方位をドーム状の炎の壁が囲んだ空間。

 炎を操るノートゥングの魔力で作りだした灼熱の闘技場だ。

 直径わずか二十メートル程の狭い空間で二人は対峙している。



「リンちゃん、何!? あの炎のドーム!」

「ヒルデさんが作りだしたんだ。あの中で短期決戦を仕掛けるために」

「……ここからじゃ中が見えないね」

「あの炎が消えた時が決着の時、だな。それまで中の様子は分からない」


 黄昏の山の中、燃え盛る炎のドーム。

 その中を二人がうかがい知ることは出来ない。

 ただ、ヒルデの勝利を信じて祈る事しか。


「負けないで、ヒルデさん……」



 ドームの内部は灼熱の空間。

 シズクの頬を汗が伝い、地面に落下した瞬間に蒸発する。


「なるほど。これで私は時間稼ぎが出来なくなった。早めに決着をつけないと、この暑さは堪える」

「すまないが、私は暑さ対策はバッチリだ」


 バンムルクの刀身が魔力を発し、ヒルデの体を冷気で包んでいる。


「快適そう。羨ましい」

「お前にも分けてやりたいが、今は無しだ」


 先に仕掛けたのはシズク。

 間合いを詰めてグラムを横薙ぎで振り抜く。

 ヒルデはバンムルクを防御に回して受け止めようとするが、その攻撃はフェイント。

 寸前で剣を止め、素早く背後へと回り込む。


「お前の得意なパターンだな、読めている!」


 左のノートゥングを背中側に回すヒルデ。

 グラムを上段に振りかざしたシズクは、まだ剣を振り下ろさない。

 二重のフェイントで正面に移動したシズクは、ガラ空きになった正面に鋭い斬り上げを繰り出す。


「ぐっ!」


 バック転で距離を離し、攻撃をかわしたヒルデ。

 その鎧が中心から割れ、ゴトリと音を立てて地面に落ちた。


「今の踏み込み、お前らしくないな。もう一歩踏み込んでいれば、私は真っ二つだった」

「貴女が攻撃をかわした、ただそれだけでしょ」

「それに、今まで何度か降参を勧めてきた」

「回りくどい。何が言いたいの」

「私はお前を斬りたくない。だから致命傷となる攻撃は繰り出していない。もしかしたらそれはお前も同じなのかと思ってな」


 シズクの眉が一瞬ピクリと動く。

 だがそれだけ。

 表情は一切崩さず、「くだらない」と吐き捨てる。


「そんな事より、もう小細工は使わない気? それとも、もう使えないとか」


 シズクの指摘はズバリ的を射ていた。

 ノートゥングは炎のドームの維持、バンムルクは熱の遮断。

 どちらも戦闘に魔力を回す余力は残っていない。


「お前の言う通りだ。だからここからは真っ向勝負。剣だけでお前を上回る」

「本気で出来ると思ってる? 私とグラムを相手に」

「思ってるさ!」


 鋭い踏み込みで間合いを詰め、二刀を振り下ろす。

 凄まじい速度と力を纏った一撃。

 受け止めたシズクは足元から砂煙を上げ、数メートル後退した。

 ヒルデの全身の筋肉が悲鳴を上げるが、気にしてはいられない。

 そのまま鍔迫り合いの力勝負に持ち込む。


「もう一度聞く。お前が強くなりたいと思ったきっかけはなんだ」

「自分の弱さにうんざりしたから。他人の弱さにもうんざりしたから。他人なんてどうでもいい、私は一人で強くなる。この答えで満足?」

「それはおかしいな。お前はあの時、私にもっと力があったなら、と言った。他人の事をどうでもいいと思っている人間の口から出る言葉か?」


 バンムルクとノートゥングの刃が、グラムの刃と擦れ合い、火花が散る。


「シズク、お前、本当は怖いんだろう?」

「何を言い出すの。私が何を怖がってると」

「お前は仲間を作るのを、作った仲間を失う事を怖がっているのだろう」

「何を、知った風な事を!」


 ポーカーフェイスを貫いていたシズクの表情が、僅かに揺らぐ。


「それだけの力を手に入れながら、それでもお前はまだ怖がっている。守りきれなかったらどうしよう、いなくなってしまったらどうしよう、と」

「そんな事を言って! 動揺を誘おうなんて!!」

「違うのか?」

「違うッ! そんな事、私は思ってない! 私は、私は……!」


 目に見えて動揺が広がっていく。

 彼女が閉ざした心をこじ開けるべく、ヒルデは声の限り訴える。


「お前の! お前の本当の気持ちを聞かせてくれ、シズク!」

「ッ! あああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 押さえつけていた感情が、とうとう爆発した。

 力任せにヒルデの剣を弾き返し、体勢を崩した彼女に斬りかかる。

 乱れた心で振るうその剣は、太刀筋も荒く大振りだ。

 今のヒルデの速度なら、回避は容易い。


「私は! 強くなって、誰よりも強くなって貴女を守りたかったの! でも、強くなる程に限界が見えてくる!」


 秘めていた想いを吐き出しながら、がむしゃらに攻撃を繰り返すシズク。

 体の痛みに耐えつつ、ヒルデは回避に専念し、反撃には出ない。

 今は彼女の吐露する想いを受け止める時だ。


「こんな強さじゃ、誰も守れない! きっとヒルデも、私の前からいなくなる! だったら、だったら最初から一人の方が——」

「私は、お前の前からいなくならない!! 絶対に!!!」


 彼女の叫びは、シズクの脳裏に懐かしい光景を呼び起こした。

 二人で切磋琢磨し、笑い合ったあの頃。


 シズクの剣を、ヒルデは青い刀身で受け止める。


「お前を、一人になんてしない! 私がお前をその恐怖から守ってやる! 私にはお前が必要なんだ、だから——」


 そのまま赤い刀身とでグラムを挟み込み、


「だから、私の隣に帰ってこい! シズクッ!!!」


 捻りを加えて紫の刀身を弾き飛ばした。


 剛剣はクルクルと回転し、地面に突き刺さる。



 消滅していく炎のドーム。

 バンムルクとノートゥングは、緑の光となって宝玉へ戻る。

 シズクはゆっくりと顔を上げ、夕日を背に微笑むヒルデを見上げた。

 その笑顔はあの頃のまま、なにも変わらない。


「私……、ヒルデの隣にいてもいいの?」

「ああ、私はお前よりも強いからな。お前をおいていったりはしない」

「ヒルデ……。うっ、ぅぅ……」


 ヒルデに抱きつき、ぽろぽろと大粒の涙をこぼすシズク。

 彼女の頭を、ヒルデはそっと撫でる。


「おかえり、シズク」

「……ただいま」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ