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「見えたぞ、あれが王都ヴァルフだ」

「うわぁ、すっごぉ!」


 馬車の窓から身を乗り出した玲衣は、目を輝かせた。

 高台に建てられた真っ白な王城が日の光を受けて輝き、その膝元には広大な街が広がっている。


 ヴァルフラント王国は、四方を豊かな自然に囲まれた王政国家だ。

 各地に小さな町が散らばり、国の中心に鎮座するのが王都ヴァルフ。

 数多くの召喚師と召喚獣が共に生き、それを支える多くの人々と暮らしている。

 感動に打ち震える玲衣を尻目に、リンナは荷物をごそごそとかき回し、目当ての物を見つけたようだ。


「王都に着いたらまずここを訪ねろって、母さんがこれを渡してくれた」


 リンナが荷物の中から取り出したのは、一枚のメモ。

 玲衣は窓の外から視線を移すと、内容に目を通す。

 そこにはフォルクルームという物件の名前と、その住所が書いてあった。


「これって何の住所?」

「母さんの友人で貸し部屋をやってる人がいて、格安で一部屋貸してくれるって。手紙で母さんが頼んでくれた」


 メモを懐にしまうと、玲衣と一緒にリンナも窓の外を見る。

 王都ヴァルフ、田舎から出たことのないリンナもやっぱりワクワクしていた。

 玲衣の手前、極力表には出さなかったが。




 ☆☆




「ありがとうございましたっ!」

「お世話になりました」

「いいってことよ、じゃあな嬢ちゃんたち」


 ここは王都東口。

 東の草原地帯へと続く玄関口である。

 多くの馬車が客を待ち、あるいは草原に続く道へと発っていく。

 馬車の御者に別れを告げ、二人は王都へと降り立った。

 

「さあ、大冒険の始まりだよリンちゃん!」


 広い王都の入り口に立ち、玲衣のテンションはかなり高い。

 そんな彼女をスルーしつつ、リンナは大荷物の中からズルズルと大きめの紙を取り出す。


「何それ? なんでも入ってるんだね、リンちゃんのカバン」

「王都の地図だ。これさえあれば絶対迷わない。準備万端、抜かりなし」


 ドヤ顔で地図を広げると、メモの住所と照らし合わせる。


「この住所は、今いる王都東口からすぐの住宅街だな。だいたい……この辺りか」


 住所の地点を指さし、リンナは堂々立ち上がる。

 そして、ズンズンと迷いの無い足取りで街の中へと歩きだした。


「行くぞレイ、私についてこい」

「頼もしい! 凄く頼もしいよリンちゃん!」


 こうして玲衣は自信満々のリンナについていき、そして……。



「えーっと……ここがさっきのところ……いや違うか、あれ……」

「大丈夫? 私が代わろうか?」


 迷った。


「うぅ……どうなってるんだこの街。どこもかしこも建物だらけじゃないか……」


 地図とにらめっこを続けていたリンナだったが、とうとう折れたようだ。

 がっくりと肩を落とし、玲衣に地図とメモを渡す。

 入り組んだ石造りの路地に、同じようなデザインのレンガ造りの住宅。

 都会に出た事のないリンナが迷うのも無理はないだろう。


「えっと、今ここだね。だから二本目の路地を右に行って、次を左に、と」


 地図を片手に玲衣はすいすいと進んでいく。

 不安げにその後に続くリンナ。

 二人は程なくして目的の住所に到達する。

 そこは二階建ての建物で、玲衣がよく知る自分のアパートと似たような造りだった。


「着いたよ、リンちゃん。ここが目的の集合住宅だよね」

「こ、こんなにすんなりと行けるものなのか……」



 リンナは管理人の部屋の前に行き、ドアを軽く二回ノックする。


「リンナ・ゲルスニールです。管理人さんはいらっしゃいますか」


 程なくして、恰幅のいい中年女性がドアを開けた。


「あらあらリンナちゃんね。はるばるようこそ、ジーナから話は聞いているわ。長旅ごくろうさま」


 穏やかな顔に優しそうな笑みを浮かべ、旅の苦労をねぎらう大家さん。

 リンナの故郷について会話していたようだが、しばらくして隣の少女に気づく。


「あら、あなたは? リンちゃんのお友達かしら」

「玲衣っていいます。リンちゃんに召かっもごご」


 リンナは慌てて玲衣の口を押さえると、早口で大家さんに弁明する。


「友達です! 友達! 途中でばったり会っちゃって、ここで一緒にやっかいになろうかと」

「あらあらそうなの。一緒に住もうなんて仲がいいのねぇ」


 なんとかごまかせた。

 リンナはホッと一息ついて、玲衣の口から手を離す。


「なんでごまかすのさ」

「人間を召喚するだなんて聞いたこともない。言っても信じないだろうし、変な心配掛けちゃうかもだろ」

「あ、そっか、ごめん」


 二人が小声でそんなやり取りをしている間に、大家さんは管理人室から部屋の鍵を持ってきていた。


「さあ、二人とも。部屋はこっちだよ」


 外側に付けられた階段を上がって二階に向かう大家さんの後を、二人は付いていく。

 203と書かれたドアの前で彼女は止まった。


「さあ、ここだよ。家具も用意してあるからねぇ」


 ドアの鍵がガチャリと音を立てて開き、二人は中へと案内される。

 居間と寝室が一緒になっており、キッチンも完備。

 トイレはもちろん浴室まで付いている。

 これはなかなかの物件なのではないだろうか。


「こんないい部屋、本当にいいんですか?」

「大丈夫だよ、これくらい。ジーナの娘さんを預かるんだからねぇ。」


 彼女は二人に部屋の鍵を渡すと、最後にこう言った。


「でもごめんねぇ、リンナちゃんの一人暮らしだと思ってたから、一人用のベッドしか用意してないんだよ」


 それじゃぁ、とドアを閉め大家さんは部屋を出ていった。

 興味津々といった感じで、玲衣は部屋のあちこちを見て回る。


 居間兼寝室にはシングルベッドと大きめの木製テーブル。

 テーブルにはこれまた木製の椅子が四つ備え付けられている。

 大きな鏡台もあり、ここで身だしなみを整えられそうだ。

 他に目立った物は衣装タンスくらいだろうか。

 キッチンには調理器具も一通り揃えられている。

 玲衣が一通り見て回ると、リンナは複雑な表情でベッドを見つめている事に気づく。


「どうしたの? リンちゃん」

「いや……」


 ——こいつと一緒に寝るのか、しかもかなり密着して。


 一人でのびのびと寝たい。

 そもそもこいつの寝相は大丈夫なのか。

 様々な思いが、彼女の中を駆け巡った。



 気がつけば、もう日が暮れようとしている。

 部屋に備え付けてある食糧庫に入っていた食材で、玲衣は料理を始めた。


「レイ、料理できたんだ」

「一人で暮らしてたからね。全部一人でやらないといけなかったから、自然と身に付いたの」


 まな板に乗せた野菜を、トントンと小気味よい音を立て、切っていく。


「一人? お父さんやお母さんは?」

「私が小さい頃に事故で……、ね」

「あ……ごめん」


 まずい事を聞いてしまったか、と後悔するリンナに、玲衣は笑って見せる。


「大丈夫、気にしてないよ。それよりリンちゃんは料理出来る?」


 気まずい空気になる前に話題を切り換える玲衣。

 だが、リンナはさらに気まずそうな表情で、視線をあさっての方向にそらす。


「ま、まあ……そこそこ?」

「あっ……、そうなんだ」


 彼女の態度に玲衣は何かを察する。

 そして、料理当番は自分がやろうと心に決めたのだった。



 玲衣の作った料理が食卓に並ぶ。

 鶏のような肉を使った香草焼きに、牛のような肉を野菜と一緒に煮たシチュー。

 恐らくお米であろう穀物を炊いた物に、瑞々しいサラダ。


「おおぉぉぉぉぉ!」


 目の前に並ぶごちそうに、リンナは目を輝かせた。

 玲衣はもちろんこの世界の食材の事を何も知らない。

 だが持ち前の料理の腕は、そのハンデを吹き飛ばしたようである。


「私の味付けが口に合うかわからないけど、どうぞ召し上がれ」

「ではさっそく、いただきます。あむっ……うま! レイ凄い!!」


 彼女の味付けは、リンナの胃袋をガッチリとつかんだようである。

 一方の玲衣も、誰かに料理を食べてもらうというのは初めての体験であり。

 こんな楽しい食事はいつ以来だっただろうか。

 おいしそうに頬張るリンナを見ながら、自然と笑みがこぼれた。


「ごちそうさま、とっても美味しかった。私の母さんより料理上手かも」

「リンちゃんのお母さん……。ね、リンちゃんはお姉さんを探してるんだよね」

「うん。さっきも言ったが、姉を探して故郷を出てきた」

「そっか、お母さん達と離れて寂しくない?」


 わずかに考えを巡らせた後、リンナは答える。


「寂しくないと言えば嘘になるけど、姉さんの事が気になるしな」

「お姉さんのこと、大好きなんだね」


 頬杖をついて微笑む玲衣に、リンナは少し恥ずかしそうに返す。


「そう、だな。姉さんは私の誇りであり目標。越えるべき大きな壁というか……」

「見つかるといいね」


 リンナはコクリと頷き、どこにいるかも判らない姉に想いを馳せた。



 洗い物を終えた玲衣は、ワクワクしていた。

 友達と一緒に入浴するというイベントは、彼女にとって未知のものである。

 期待に胸を膨らませ、リンナに尋ねる。


「ねぇねぇ、リンちゃん。一緒にお風呂入らない?」

「いや、二人は狭いだろ。絶対」

「あぅ、そっかー。残念」


 この部屋のシャワールームはかなり狭い。

 浴槽も二人で入る事は困難な大きさだ。

 玲衣の提案は却下され、結局一人ずつ別々に入浴することとなった。



 入浴を終え、パジャマに着替えてベッドでダラダラしていたリンナ。

 そこに、バスタオルを巻いただけの玲衣が困り顔で進み出てきた。


「あはは……。えっと、私、服があれしかないんだった」


 召喚された際に着ていた学校の制服。

 ドラゴンとの戦いで転げ回り走りまわり、しっかりと汚れている。

 着の身着のまま、これ一着しか彼女の服はないのだ。


「どうしようもないだろ、あの服着て寝るしか。明日街に買いに行こう」


 寝巻に身を包んだリンナは、さっさとベッドに潜ってしまう。


「リンちゃんいっぱい荷物もってたでしょ。パジャマ一着くらい貸してよー」

「仕方ないな……」


 ベッドから起き、荷物の中をゴソゴソと探るリンナ。

 やがて寝巻を一式取り出し、玲衣に渡す。


「はい、これ着て」

「ありがとう、リンちゃん!」


 お礼を告げて着替え始めた玲衣だったが、上着のボタンを留める際、なにやら苦しそうに呻く。


「うぅ、さ、寝よっか……」


 玲衣が着たパジャマは、全体的にパツンパツンである。

 特に胸のあたりのボタンは、今にも弾け飛びそうだ。

 言い知れぬ敗北感に襲われるリンナだった。



「レイ、まだ起きてるか?」


 消灯してしばらく経ったころ、リンナが話しかける。

 二人は小さなシングルベッドで、向かいあう形で寝ている。


「ん、起きてるよ」

「ごめんな、突然こんな変なことに巻き込んで、危険な目にあわせて」


 うつむき、申し訳なさそうにおずおずと話を切り出すリンナ。

 無関係な彼女を巻き込み、命の危機に晒してしまった。

 しかも元いた場所に帰す事も出来ないのだ。

 償っても償いきれない、罪悪感が彼女の心を苛む。

 玲衣はそんなリンナの頭を撫で、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。


「謝らないで。私、リンちゃんに感謝してるんだから」

「感謝?」

「うん。私、ずっと一人だった。家に帰っても誰もいなくて、学校にも友達いなくて、遊ぶ時間もなくて。何のために生きてるんだろうって考えた事も、一度や二度じゃない。だから今日一日、リンちゃんといて凄く凄く楽しかったの」


 怖い目にもあったけど、今日一日が今まで生きてきて一番楽しかった。

 生きてて良かった、そう思わせてくれた少女に精いっぱいの感謝をこめて。

 華奢なリンナの体を抱きしめ、青い瞳をまっすぐに見つめて、玲衣は微笑んだ。


「だから……ありがとう。こうしてリンちゃんと出会えて、私、凄くうれしい」


 吐息がかかりそうな距離に、リンナの心臓がドキリと跳ねる。

 なぜだかわからないが、顔と体が熱くなる。

 早鐘のような心臓の鼓動を気づかれないか、リンナは少し焦った。


「リンちゃんが気に病む必要なんてないんだよ。それじゃあ、おやすみ」

「……ん、おやすみ」


 玲衣はリンナを抱きしめ、リンナは玲衣の腕の中で、目を閉じる。

 お互いの温もりを感じながら、二人の長い一日は終わった。

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